今日だけ女の子!

橋元 宏平

今日だけ女の子!

【逆男女差別】


「……僕、女に生まれたかったなぁ……」


 明日から、二連休の金曜日。

 

 一週間の仕事を終えた俺と先輩は、居酒屋で呑んでいました。


 先輩はアルコール度数の低い甘いカクテルを呑みながら、愚痴ぐちり始めました。


 お人好ひとよしで気遣きづかい屋だから、ストレスをめ込みやすい人なんですよね。


 だから、たまに吐き出さないと、心がすさんでしまうんだとか。


 そんな面倒臭い先輩を、俺は何故か放っておけないんですよね。


 普通の顔立ちの男フツメンなのに、なんか構いたくなる可愛いオッサンって、たまにいるじゃないですか。


 先輩って、そういうオッサンなんです。


 店員さんから新しいおしぼりをもらって、先輩の顔を拭きながら、話を聞きます。 


「先輩は、女に生まれたかったんですか?」


「うん。それも、可愛い女の子に、生まれたかったんだよね」


「可愛い女の子ですか」


「だってさぁ、『可愛い』ってだけで、周りの男達がちやほやしてくれて、人生勝ったも同然じゃん」


「まぁ、そうかもしれませんが」


「頭が悪くても、性格が悪くても、何したって、許されるんだよ?」


「それは偏見へんけんかたよった意見いけん)では……」


 俺が苦笑すると、先輩はほおふくらませて、くちびるとがらせます。


 なんですか? その顔。


 アラサーのオッサンがする顔じゃないですよ、それ。


 俺が声を立てて笑うと、先輩はますます面白くなさそうに、ブツブツ言います。


「元バンドマンのイケメンって、モテ要素しかない人生勝ち組のお前には、僕の気持ちは分かんないよ……」


「それは、褒められていると、受け取って良いんですかね?」


「別に、褒めてないけど……」


 お酒を飲んで赤くなっていた顔が、さらに耳と首まで赤く染まったから、照れているのでしょう。


 この人は、思っていることが全部顔に出るタイプなんですよ。


 そんな可愛い先輩に、俺はポケットからあるものを取り出しました。


「では、先輩にこれを差し上げましょう。デッテレテッテテ~テ~テ~ッ♪」


 効果音と共に差し出したのは、栄養ドリンクが入っているような茶色の小ビン。


「は? なにこれ? 栄養ドリンク?」


「違いますよ。これは、『変身ドリンク』です」


「『変身ドリンク』? じゃあ、これ飲んだら女の子になれるの?」


「はい、そうですっ!」


 俺が大きく頷いても、先輩は半信半疑はんしんはんぎ……いや、うたがいの眼差まなざしで、ビンを見つめています。


「ウッソだぁ。また、そうやって僕をだます気だろ~?」


「違いますって。マジで、変身出来るらしいですよ。効果は一日くらいみたいですから、試しに飲んでみたらどうです?」


「え~……信じらんねぇ~……」


 全然、信じてくれそうにありません。


 胡散臭うさんくささ、プンプンですもんね。


 俺だって、同じようにこんなもん渡されたら、信じる気ゼロです。


 先輩は、チョンチョンとビンをつつきながら、問い掛けてきます。


「だいたいさぁ、お前、こんなもん、どこで買ってくんの?」


「『Amaz〇n』です(ウソ)」


「『Amaz〇n』って、こんなもんまで売ってるのっ?」


「ジョークグッズ(パーティーなどで、笑いを取るためのオモチャ)のようなもんですよ(ウソ)」


「へぇ~、最近のジョークグッズって、こんなもんあるんだ?」


 先輩は興味津々といった顔で、ビンを見つめています。


 チョロすぎです、先輩。


 完璧に、だまされてますよ。


 酔ってるってのもありますが、それにしたってチョロすぎです。


 まぁ、それを狙ってたんですけど。


 実はこれ、俺が作った女体化薬なんです。


 まだ人体実験はしたことがないんで、ぜひとも先輩に飲んで欲しいんですよね。


 でも、この調子じゃ、飲んでくれそうにありません。


 こうなったら、最後の手段です。 


「分かりました、俺も飲みますから。効果があってもなくても、一蓮托生いちれんたくしょう(運命を共にする)なら、いいでしょう?」


「マジか! お前、ホント良いヤツだなっ!」


「変身ドリンク」をもう一本取り出すと、先輩の顔が、パァッと花が咲いたようにほころびました。


 チョロいなぁ、ホント。


 俺がビンのフタを開けると、先輩も恐る恐るフタをひねりました。


「じゃあ、同じタイミングで、一気に飲み干しましょう」


「う、うん……飲んだふりすんのは、なしな?」


「当たり前じゃないですか」


「絶対だかんな? じゃあ、約束の『指切りげんまん』しよう」


 先輩が真剣な顔で、俺に小指を差し出してきました。


『指切りげんまん』って、子供じゃないんだから。


 俺と先輩は、いい年こいて『指切り』をしました。


 オッサンと『指切り』なんて、こんな恥ずかしいこと、酒飲んでなきゃ出来ませんよ。


「じゃあ、行きますよ?」


「うん!」


 顔を見合わせて頷き合うと、「変身ドリンク」を一気に飲み干しました。


 先輩の喉から、ゴクンッと音がして、ちゃんと飲んだことが分かりました。


 よっしゃっ!


 先輩は、空になったビンの匂いをふんふんといでいます。


「味もにおいも、普通の栄養ドリンクって感じだな」


「そうですね、美味うまくもなく、不味まずくもなく」


 飲んでしまえば、何事もなかったかのように、先輩は自分の体を触って確かめます。


「なんも、変化ねぇけど? やっぱ、ニセモノかぁ?」


「ラベルに書かれた説明文によると、『変身には、全身の細胞を作り変える為、ある程度の時間を要する』とありますから。ゆっくり待ちましょう」


 このラベル作ったのも、俺なんですけどね。


「なぁんだぁ……すぐには、変わんないのかぁ……」


 先輩はつまらなそうに、グラスに残ったカシスオレンジをあおりました。


 そんな先輩に、俺は笑いながら問います。


「先輩は、女の子になったら、何したいんですか?」


「う~ん……そうだなぁ……」


 先輩は、首を傾げたり腕を組んだりして、しばらく考えた後、語り出しました。


「女同士ってさ、なんで公共の場でも、イチャイチャ手ぇ繋いだり、ベタベタ抱き合ったりしても、許されるの?」


「男同士でも、スポーツの試合とかで抱き合って喜びを分かち合ってるの、よくあるじゃないですか」


「あれは、ああいう状況だから、許されるの。普通の時に、男同士で抱き合ったり手ぇ繋いでたりしたら、絶対変な目で見られて、ホモ扱いされるだろ?」


「俺でも、それ見たら『ホモかな?』って、思っちゃいますね」


「女同士はじゃれ合って良くて、男同士はダメって、おかしくない?」


 先輩は不服そうに頬杖ほおづえをついて、むくれました。


 なるほど、その考えは分かります。


「そうですね……見た目の問題でしょうか? 可愛い女の子達が、キャッキャウフフしてたら、可愛いですけど。ムチムチぱっつんぱっつんの男同士が、くんずほぐれつしてたら、むさ苦しくて見苦しいじゃないですか」


「『ぱっつんぱっつん』とか『くんずほぐれつ』って……お前、言葉選びがヤバい。でもまぁ確かに、見苦しいよな」


 俺の例えがツボにハマったのか、先輩は声を立てて笑い出しました。


 その後、ひとしきり呑んで、居酒屋を出ました。


 酔っ払った俺と先輩は肩を組みながら、先輩のアパートへ行って呑み直して(場所を変えて、また飲む)、つぶれて寝てしまいました。


「変身ドリンク」を飲んだことを、すっかり忘れて。





【消えたMagnumマグナム


 僕は温かい何かに、顔をうずめて眠っていた。


 幼い頃、お母さんの胸に抱かれて、眠った時のような安心感。


 息を吸い込むと、お母さんの優しい匂いがした。


 すぐ近くで聞こえる心臓の鼓動が、心を落ち着かせる。


 そうか、僕は今、赤ちゃんの頃の夢を見ているんだ。


 思えば、赤ちゃんの頃が、一番幸せだったかもしれない。


 無条件で愛されていた、僕の黄金期おうごんき


 黒歴史製造機くろれきしせいぞうきになる人生なんて、全く知らなかったあの頃。


 戻れるなら、あの頃に戻りたい。


 このまま、目覚めたくないとすら願う。


 しかしその願いは、ひとえに風の前のちりに同じ。


 あっけなく風に吹き飛ばされるちりのように、はかなかった。


「先輩、くすぐったいんで、ぱふぱふ(胸の谷間たにまに顔をはさむ)するの、やめてもらえませんか?」


 その声を聞いて、僕の意識は完全に覚醒かくせいした。


 男の永遠の野望やぼうである「ぱふぱふ」は、現実だった。


 いや、そうじゃない。


 なんで、朝目覚めたら、いきなりぱふぱふしてんだよ。


 いや、幸せだったけど!


 僕のBigビッグMagnumマグナムが、Erectエレクト(立ち上がる)リカルパレードになるわっ!


 咄嗟とっさに(瞬間的に)、股間こかんおさえて気付く。


 あれ? エレクトリカルパレードしてないんだけど。


 っていうか、僕のBigビッグMagnumマグナムが装備から外れてんだけどっ!


 どこへ行ったっ? 僕のBigビッグMagnumマグナム


 混乱していると、ふわふわマシュマロおっぱいが離れていった。


 もうちょっと、ぱふぱふを堪能たんのうしたかった……じゃなくて!


 見上げると、前下がりで黒髪のボブヘアーをした、えらい美人がそこにいたっ!


 しかも、出るとこ出てて、腰回りはキュッとしまっている、魅惑みわくのワガママボディ。


 なんで、こんなモデルさんみたいな美人さんが、僕にぱふぱふしてくれてんのっ?


 何のサービス? いくら、ぼったくられるのっ?


 大混乱しながら顔を真っ赤にして、美人さんから目をそらして、うつむいた。


 すると、その美人さんが楽しげに笑い出した。


「何、『ひとりあっちむいてほい』してるんですか、先輩。俺ですよ、俺」


「は?」


 恐る恐る視線を上げて、美人さんの顔を良く観察する。


 言われて見れば、女になってはいるものの、見慣れた後輩の特徴をくっきりはっきり残していた。


 声も、後輩の声をそのまま高くしただけって感じ。


 例えるなら、宝塚の男役みたいなイケメン美女って感じ。


 相手が後輩と分かれば、遠慮することはない。


 僕は全身の力を抜いた……と同時に、湧き上がった疑問を投げ掛ける。


「お前、なんで、女になってんのっ?」


「忘れちゃったんですか? 昨晩、『変身ドリンク』飲んだじゃないですか。あれで先輩のご希望通り、女になったんですよ」


「――あ……あぁぁああぁぁぁあああっ!」


 言われて、思い出した。


 昨夜、呑んだ勢いで、胡散臭うさんくさいドリンクを飲み干した。


 それで、後輩は女になったのか。


 謎は、すべて解けた!


 真実は、いつもひとつ!


 ……いや、謎と真実が分かっても、それだけじゃダメだ。


 あの時、僕も同じものを飲んだってことは。


 外せないはずだったBigビッグMagnumマグナムを、装備から外してしまったのか。


 すぐさま、自分の姿を確認したくなって、鏡の前に立ってみる。


 鏡に映った僕の姿は、アイドルみたいな美少女だった。


 あまりの可愛さに、見惚みとれてしまう。


「まぁっ? これが私っ? 何これ、めっちゃ可愛いじゃんっ! あ、そうだ。お前におっぱいが出来てたんだから、僕にも……ってあれ?」


 確かに、おっぱいはある。


 しかし、「つるぺた」とまではいかなくとも、「控えめなおっぱいちっぱい」だ。


 僕は思わずムッとして、後輩のおっぱいをワシづかみにする。


「なんで、お前はこんなボインボインなのに、僕はペッタンコなんだよっ!」


「そんなこと、俺に言われても困りますよ。元の体の違いじゃないですか? 先輩、あんまし食わないから、痩せすぎなんですって」


 笑いながら、後輩も僕の胸をみ返してくる。


「ほらほら、ペッタンコじゃないですって。先輩にも、ちゃんとおっぱいがあるじゃないですか。ちっぱいですけど、美乳びにゅうですよ」


「おっぱいは、質より量だろ!」


「俺は好きだけどなぁ、美乳。それに、美脚びきゃくじゃないですか」 


 後輩は右手で僕のちっぱいを揉みながら、左手で僕の足をでまくる。


 後輩は、美脚フェチである。


 すかさず、その手をはたき落とした。


「おい! やめろっ! それ以上触るようなら、金取るよっ?」


「先に、ぱふぱふしたり、ワシ掴みしてきたのは、先輩の方じゃないですか。で? どうです?」


「どうって? 何が?」


「女の子になった感想は?」


「まぁ、可愛いっちゃ可愛いけど……それだけだよね」


「じゃあ、出掛けて、女の子を実感してみませんか?」


 後輩が満面の笑みで、僕の両手を握った。


 突拍子とっぴょうしもない発言に、僕は目を丸くする。


「は? 何言ってんの?」


「せっかく女の子になったのに、出掛けなきゃ面白くないですよ。普段は出来ない可愛い服着て、女の子扱いされてみませんか?」


「う……それは……っ」


 確かに、魅力的なお誘いではある。


 普段モテない地味なオッサンの僕が、ちやほやされる。


 ちょっと想像しただけで、顔がニンマリしてしまった。


 僕の顔を見て「Yes」と判断したのか、後輩がニコニコと楽しげに笑い出す。


「ちょっと待ってて下さい。俺、先輩に似合う服、買ってきますから」


 後輩がいそいそと、出掛ける用意を始めた。


 女になって十㎝以上縮んだのか、男物の服はブカブカだ。


 代わりに、胸は大きく膨らんでいて、しかもノーブラ。


 不自然な胸を隠すように、後輩は上着を着ながら聞いてくる。


「あ、そうだ。化粧は、どうします?」


「化粧は、いらないだろ。だってこれ、一日も持たないんだろ? その後、絶対使わないって」


「それもそうですね。それじゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 仕事以外は引きこもり気味の僕が、今日だけは遠足が楽しみで仕方がない子供みたいに、珍しくワクワクしていた。





【サイズ】


 俺は先輩のアパートの前に止めて置いた、自転車にまたがりました。


 あ、なんか股間に違和感が……。


 今まであるのが当たり前だったBigビッグMagnumマグナムGolden Ballsゴールデンボールが、今はない訳ですから。


 代わりに現れたおっぱいの、重たいこと。


 首から、1kgのネックレスを下げているかのようです。


 胸の大きな女性は、肩が凝って大変ですね。  


 動く度に、ユッサユッサ揺れて、正直邪魔しょうじきじゃまです。


 男だった時は、巨乳の女性を見る度に「ウッヒョーッ☆ マジマジヤバい! マジデカいっ!」って、ハイテンションになりましたけど。


 巨乳の女性は、こんなにも大変だったんですね。


 今度、巨乳の女性を見かけたら、気遣きづかってあげようと思います。


 服は、今日しか着ない訳ですから、あまり高いものを買うのは、もったいないですね。


 安価で、そこそこおしゃれな「ウニクロ」で買うのが、妥当だとうでしょう。 


 さっそく、近場のウニクロまで自転車を走らせました。


 入店すると、まずはブラジャーを買う為に、普段は行かない女性下着売り場へ。


 女性物のパンツやブラが、ずらりと並んでいるのを見ると、なんとなく気まずい気分になります。


 今日は、女の子になっているんで、そんな考えは無用なんですけど。


 でも、俺の胸のサイズって、どのくらいなんでしょうか。


 当たり前ですが、ブラジャーなんて、初めて買うので、選び方が分かりません。


 困り果てて、女性の店員さんに相談したら、メジャーで測ってもらえました。


「うわっ、お客様、大きいですね。Eカップありますよ」


「Eカップですか」


 片胸の大きさは、大ぶりななし1個分くらいあります(Eカップの胸の重さは、片胸で約500g)。


 まぁ、自分で見ても、大きいと思いますよ。


 店員さんに教えてもらって、Eカップのブラジャーを購入しました。


 ブラジャーを着けると、胸がちゃんと支えられてるという安心感が得られました。


 ブラジャーって、大事なんですね。


 そこで、気が付きました。


 しまった、先輩の胸のサイズが、分からない!


 手のひらサイズの美乳だったんですけど、それだけじゃ、測りようがありません。


 悩みながら、下着売り場をウロウロしていると、良いものを発見しました。


 S・M・Lのフリーサイズブラ。


 Sサイズの黒を選びました。


 黒って、なんかエロくてえるじゃないですか。


 次は、服ですね。


 身長は俺とだいたい同じくらいだったので、自分を基準に選べば良さそうです。


 アイドルみたいなスレンダーな美少女になったので、何を着せようか迷います。


 せっかくだから、思いっきり可愛い服を選びましょう。


 自分の服は、サイズが合えばどうでもいいです。





【今日だけ女の子】


「ただいま戻りました」


「おう、お帰り~」


 1時間後、後輩が「ウニクロ」の大袋を提げて帰って来た。


 後輩もさすがに着替えたらしく、女性物の服を着ていた。


 モスグリーンのアウターに、オフホワイトのVネックの長袖Tシャツ。


 Vネックシャツって、胸の谷間がチラ見えして、なかなかエロい。


 ブラジャーも着けたらしく、たゆんたゆんしていた胸の形が整っていた。


 下は、「カットソーイージースカンツ」っつぅ、一見ロングスカートに見えるズボンを穿いている。


 イケメン美女に、とても似合っていた。


 ウニクロの壁に貼ってある、ポスターのモデルさんみたいだ。


「おぉ! カッコイイなっ!」


 僕が素直な感想を述べると、後輩は嬉しそうにはにかむ。


「ありがとうございます。でも、これ全部で、7000円ぐらいなんですよ」


「これで?」


 さすがは、天下のウニクロ様々。


 一式揃えても、1万未満とは、恐れ入る。


「で? 僕の分は?」


「もちろん先輩には、可愛いのを、見繕みつくろってきましたよっ」


 後輩はいそいそと、服を取り出して床に並べる。


「これがインナーで、ブラウスとアウターとスカートです」


 シックな後輩とは違い、僕の服は可愛いデザインだった。


 リボンタイ付きで、オフホワイトのサテン素材ブラウス。


 赤茶色のポンチョみたいなニットのストール。


 スカートは、紺色のプリーツミニスカート。


 ミニスカートに合わせるように、やたら長い靴下。


「えぇ~……この可愛いの、僕が着るの?」


「せっかく、女の子になったんだから着て下さいよ。きっと似合いますよ」


 後輩になだめられて、渋々と着替えた。


 ブラウスのリボンタイは上手く結べなかったので、後輩に整えてもらった。


 ひざ上ミニスカートは、股間のあたりが頼りなくて、スースーする。


 靴下はいてみると、膝上ひざうえまであった。


 こんな服、一生着ないと思ってたのに。


 これで、女装癖とかに目覚めたら、どうしてくれるんだ。


 身に着けると、見せつけるように立ってみせた。


「どうよ?」


「おぉ~っ! めちゃくちゃ可愛いですよ、先輩っ! ああ、でも、髪がまだですね。ポニーテールにしますから、後ろ向いて下さい」


「はいはい」


 背を向けると、ブラシで僕の長い髪をかして、後頭部でひとつにまとめられた。


 ちょっと頭が重くなった気がするけど、しっぽみたいになった髪の毛が、ユラユラ揺れる感覚が楽しい。


「はい、出来ましたよ。ほら、鏡見て下さい。とっても可愛いですよ」


「どれどれ?」


 僕は、部屋に置いてある、姿見(すがたみ=全身が映る大きな鏡)の前に立った。


 鏡には、ポニーテールがよく似合う、可愛らしい女の子が映っていた。 


 クルリと回ってみると、ミニスカートとリボンタイが、ふわりと舞い上がった。


 ポニーテールをまとめている髪飾りも、キラキラとキレイで可愛い。


「これは……可愛いぞ、僕!」


「馬子にも衣裳(まごにもいしょう=どんな人間でも、身なりを整えれば立派に見える)」とは、良く言ったものだ。


 思わずニンマリすると、鏡の中の女の子も、愛らしくにっこりと微笑んだ。


 でも、肉付きが悪くて、痩せすぎな気もしなくはない。


 ブラジャーにパットが入ってるけど、明らかにちっぱい。


 僕がベースになっているのだと考えれば、こんなもんか。


 姿見の前で、様々な表情やポーズを取ってみると、なかなか面白い。


 世の女性達が、おしゃれに気合いを入れるのが、分かる気がした。


「先輩は『化粧なんていらん』って、言いましたけど、これくらいは良いでしょう?」


 そう言って、後輩が僕のアゴを取った。


 リップクリームを塗られると、少しかさついて血色の悪かった唇が、プルプルのピンク色になった。


 カラーリップって、ヤツだ。


 後輩も自分の唇に塗って、満足げに笑う。


「うん。やっぱり、俺が見込んだ通り、可愛くなりましたね」


「巨乳美女のお前に褒められたって、嬉しくない」


 ムッとして唇を尖らせると、後輩がニヤニヤ笑う。


「またまたぁ~。でも、これなら、お出掛け出来るでしょ?」


「うん。これで出掛けないのも、もったいないからな」


「じゃあ、行きましょうか」


 後輩が僕の手を握って、玄関へ向かって歩き出した。


 いきなり手を握られて、ビックリした。


「おいっ。なんで、手ぇ繋ぐんだよっ?」


「腕組んだ方が、良かったですか?」


「そうじゃないよ。だって、手ぇ繋ぐとか、恥ずかしいだろ」


 振りほどこうとしたら、逆に強く握られた。


「いいじゃないですか。今日だけは、女の子にしか出来ないこと、いっぱいしましょうよ! 手ぇ繋いで歩くの、やってみたかったんですよねっ!」


 後輩が、物凄ものすごく良い笑顔で言うから、断れなくなってしまった。


 もしかするとコイツは、女の子のこういうやりとりに憧れていたのかもしれない。


 でも、男だから出来なかった。


 女の子になっている、今だけは許される。


 その気持ちは、分からなくはない。


 僕だって可愛い女の子になって、こういうことをしてみたかったんだ。


「分かった分かった。可愛い後輩の為だ、今日くらいは付き合ってやる。優しい先輩に、感謝しろよ?」


「はい! ありがとうございます、先輩っ!」


 諦めて、手を握り返してやると、後輩はますます嬉しそうに笑った。


 こうして僕達は、今日だけ女の子を満喫まんきつするのだった。

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