フィナーレを飾る花束

風と空

第1話 名物車掌

『ご乗車ありがとうございます。本日は快晴。本車両も通常通り運行致します。運転手、車掌共に安全を守り皆様を目的地までお送りいたしますので、皆様のご協力宜しくお願いします』


 あ、高橋さんの声だ。今日も丁寧な挨拶だなぁ。


 私 哀倉あいくら果南かなん(17)の毎日の通学はこの沿線の車掌さんの声で始まる。その中でもこの車掌の高橋さんとは挨拶を交わす仲。


 何たってうちは田舎。うちの近くの無人駅から私とサラリーマンのお父さん、事務で働いているお母さんの三人で乗るから目立つからね。覚えてくれたんだ。


 しかも二両編成で、この時間は乗る人も決まっている。ほぼ顔馴染みだ。いつの間にか座る席も決まっている。これ、都会じゃありえないだろうなぁ。


 あり得ないといえば、景色もそう。この沿線は一部海の側を通る。だからこそこんなアナウンスが流れる。


『本日の海は凪の様子。皆様の今日という一日も穏やかに過ごせますよう願い、またのご乗車をお待ちしております。間もなく〇〇駅に到着いたします。お降りの際は足元にお気をつけ下さい。本日もご利用ありがとうございました』


 そう、海の様子から一言付けて送り出してくれる高橋さん。たまに俳句読むんだよね。季語も何にもないやつ。


 波が荒れた天気の日にね、『喧嘩して私の心は海のよう』ってアナウンスで詠んだ日には、降りる時乗客みんなから「仲直り出来るといいね」って言われてたんだよね。


 いつもニコニコしている高橋さんの目の皺がまた深くなって、一人一人に「ありがとうございます」って頭下げてたんだよねぇ。


 高橋さんのおかげで電車内の雰囲気があったかいんだ。だから長い通学通勤の辛さが和らぐんだよね。でもその日バスに乗った時お父さんが気になる事を言ったの。


「高橋さんも結構歳だろう?どうやらそろそろ引退するらしい」


「え?だってJRってシニア定年で66歳まで大丈夫じゃなかった?」


「お、果南調べてるな」


「とーぜん高橋さんに聞いたに決まってるじゃん」


 そう、高橋さんはもう60代。私が中学に入ってからの付き合いで朝の一時の時間とはいえ会えるの楽しみにしてたからね。ちょっと気になったんだ。


 そんな高橋さんが、退職。お父さんは最後の乗車日を聞き出していた。あと、一週間後のいつもの電車がラストランかぁ。


「何か出来ないかしら」


 お母さんも同じ気持ちだ。最早沿線の名物車掌と言っていい高橋さん。ファンも結構居るはず。


 その日から私はこっそり動き出した。

 


 そして高橋さん最後の乗車日ー


『本日もご利用ありがとうございます。私事で失礼しますが、本日で私高橋は最後の勤務となります。皆様の寛大で優しい心に支えられて四十一年勤務する事が出来ました。ありがとうございました』



 高橋さんのアナウンスが終わり、車内巡回をする時を狙って、私達家族が一人一本ずつ花を渡す。


 お父さん、お母さん、私で花言葉の「これまでの高橋さんに感謝と親愛の情を込めて」と言ってフリージアを渡すと、他の乗客さん達も高橋さんの側に来た。


 実はここ数日乗客のみなさんに私はこんなメモを配っていたんだ。


[ みんなの気持ちが詰まった花束を贈るプロジェクト


 沿線の名物車掌高橋さんへ、感謝の気持ちを込めて花を一本渡しませんか?


 名物車掌の高橋さんがあともう少しで退社になるそうです。1/31が車掌最後の日となります。いつも気持ちよく送り出してくれていた高橋さんを、今度は私達が送り出しませんか?


 宜しければ、1/31に乗車する方は花を一本高橋さんに贈って下さい。


 高橋さんに皆さんの感謝の気持ちが詰まった花を花束にして贈りましょう。皆さんのご協力をお待ちしています。


             発案者 哀倉 果南 ]


 内気な私にしては頑張ったんだよ。

 一人一人に声かけてメモ渡して、説明して。


 正直参加してくれるか微妙なところだったんだけど……


 お父さんと同じくらいの男性が高橋さんに「いつも楽しませて頂きました」と言って花一本を渡し、男子中学生さんも「お疲れ様でした」と言って高橋さんに渡していたの!


 良く考えたら、男性が花を買うのって勇気いっただろうなぁ、と思う。でも私達以外にも参加してくれた人達がいる事に私まで涙が出そうだった。

 

 社会人のお姉さんは趣味のドライフラワーを作ってきたらしい。手がかかってるなぁ。


 他の乗客さんもみんな一言声かけたり、私の提案に協力してくれたりで、高橋さんは両手で花を抱えてひたすらみんなにお礼を言っていた。


 背の小さな高橋さんがさらに小さく目皺がさらに深くなって笑い泣きしているのが印象的だった。


 私のプロジェクトは大成功に終わった。


 私まで泣いていたら、協力してくれた人達が私に感謝を良いに来てくれたり、肩をポンと叩いて慰めてくれたりしてくれてまた泣いた。お父さんお母さんは私の代わりに感謝の言葉をかけてくれてありがたかった。


 そしていつもの海が見える。

 そろそろ駅が近くなってきた。

 高橋さん恒例のアナウンスの時間。


『本日の海は雨が降り注いでおりますが、私にも沢山の優しさの雨が降り注ぎ皆様に感謝をお伝えします。これからは皆様を影ながら応援させて頂きます。本当にありがとうございました。間もなく〇〇駅に到着いたします。お降りの際は足元にお気をつけ下さい。本日もご利用ありがとうございました』


 少し涙声の高橋さん。アナウンスが終わると車内は拍手がわき起こる。持ち場にいてひたすら恐縮する高橋さんを見て、私もまた拍手を贈った。


 高橋さん車掌勤務のフィナーレを飾るのは、乗客から贈られた色取りの束になった花達。一本一本に感謝が込められている花束。


 後日高橋さんから聞いた話では社内報で取り上げられたとか。


 え?なんで知ってるのって?


 だって高橋さん、今度はお客として乗りにくるんだもん。


 この沿線の人気者として。

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