第20話 魔王城探索(1)

 長い廊下に二つの足音が響く。ペタペタと軽い私のフラットシューズと、カツカツと硬質な魔王のヒールの高いブーツの音。

 魔王の歩き方は姿勢正しく堂々として、さすが『王』の風格だ。

 彼の後をついていきながら、私は城内を観察する。


「随分大きなお城だけど、魔王とセレレとバルトルドの他に住人はいるの?」


 魔族ではその三人としか会ってないけど。


「幾人かは。そのうち出会うであろう」


 紹介する気はないんだ。


「この城って、魔王が建てたの?」


「余ではないが、二代目の魔王が人の建築物を模して造ったそうだ」


 二代目というと、約九百年かな? そんな昔からあるのか。


「模した?」


 聞き返す私に、魔王は振り向きもせず続ける。


「本来、魔族には雨露を凌ぐ場所などいらぬ。これは人に向けた畏怖の象徴だ」


「どういうこと?」


「魔族は生ける物の負の感情を取り込み力を得る。『ここに魔王が棲んでいる』と認識することで、恐怖の方向性が定まる」


 なるほど、あえて視覚的に怖がらせる対象を置いているわけか。


「じゃあ、私達が怖がれば怖がるほど、魔王は力を増すの?」


「理屈ではな。余は特に人の恐怖に愉悦は感じぬ」


 和平を望む魔王様だもんね。


「でも、わざわざ恐怖を煽るなんて、悪趣味ね」


 素直な感想を述べた私に、魔王は飄々と返す。


「そうか? 人間も時には恐怖を娯楽として楽しむこともあろう?」


「え? そんなことしないわよ」


 私は瞬時に否定するが、彼は不思議そうに首を捻り、


「さりとて、今年の夏はロックが『肝試しをやりたいから城の地下墓地カタコンベを貸してくれ』と申してきたぞ?」


「な……っ」


 なにやってんのよ、プリム村青年団ーーーー!??


本物アンデッド出没るからやめておけと言っておいたが」


 モンスターの本気度MAXなホラーハウスじゃん。

 ……どうしよう。畏怖の象徴なのにテーマパーク扱いだよ、この魔王城。


「でも、この城って地下墓地まであるの? 歴代の魔王の墓標でも立ってるの?」


「魔王は聖剣で討たれると消滅するから墓はいらぬ。余の代でさびれはしたが、昔は魔王城にも魔物の軍勢が多く出入りしていたし、魔王不在の期間には人の領主が管理していたこともあるから、かなり増改築を繰り返して様々な施設が入っておる。地下墓地は余が生まれる何世代か前に人が建てた物で、その後の魔王降臨時に死霊の巣窟と化した」


 随分、でたらめな歴史を辿っているなぁ、魔王城。


「なんか、あなたと話してると私の常識がどんどん崩れていくわ……」


 頭を抱える私に、魔王は薄く笑う。


「それでいい。そなたは余を知るためにここにいるのだから」


 長い黒髪を揺らし、そんな満足気に微笑まれると――


「……ぜんっぜん有意義な情報じゃないけどね!」


 ――私は頬を膨らませて、わざと憎まれ口を叩いた。

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失恋聖女の魔王城滞在記 灯倉日鈴 @nenenerin

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