第19話 新生活

 カーテンの隙間から差し込む光が顔を照らし、私は眩しさに薄めを開けた。


「ふあぁ〜〜〜」


 両腕を伸ばして大あくび。めっちゃよく寝た! 夜中に一回も目を覚ますことなく熟睡した!

 すごいわ、セイレーンの歌声。人間界なら普通に商売になるよ。

 肩と首を回して体のこわばりを解すと、私はベッドを下りた。カーテンを開けると、見えた太陽の角度はまだ午前のそれだ。

 私は窓の掛金かけがねに手をかけるけど、簡単に嵌められただけの金属は何故かびくともしない。


「封印されてる」


 指先から感じる魔力に嘆息して窓から離れると、今度はドアノブを回してみる。

 あ、開いた。あっけなく廊下に出られてしまって、今度は拍子抜けだ。しかし、試しに廊下の窓も調べてみると、そちらは固く閉ざされている。


「ふむ……」


 どうやら外には出られないけど、魔王城内なら歩き回れるらしい。窓に掛けられている封印魔法はそんなに強力ではない。多少無理すれば解除できそうだけど……。


「起きたか、聖女よ」


 背伸びをして窓をいじっていると、突然低く澄んだ声が掛けられる。振り返ると、黒絹のローブが涼やかな魔王が立っていた。相変わらず、そこに居るだけで絵になる美丈夫だ。


「窓は開けてもよいが、城の敷地は余の結界内。どこに行こうと異物は感知できるぞ」


 ……仮にも賓客である聖女わたしを異物呼ばわりするな。

 でも、やっぱり脱走対策はしてあるのか。昨日、謁見の間まで一人で行けたのは、単に道順を誘導されていただけ。


「私を閉じ込めていても、信用は得られないわよ?」


 人間の挑発に、魔王は薄く嗤う。


「無論、監禁するつもりはない。しかし、せっかく連れて来たのに逃げられても困るのでな。余に害意がないことを示すためにも、なるべくそなたと行動を共にしよう」


 ラスボス自ら捕虜の監視役をするの?


「魔王って暇なの?」


 一応訊いてみると、


「暇だな。軍を率いて人の国に攻め込まない限りは」


 ……なるほど、本来なら戦いが魔王の仕事なのか。


「して、なにかしたいことはあるか? 質問があれば答えようぞ」


 随分親切な魔王だな。それじゃあ、私の要望は……、


「とりあえず、お腹減ったんだけど」


 伏し目がちに切ない音を鳴らすお腹を擦る私に、魔王は不思議そうに首を捻る。


「昨日、あれほど食うたではないか。足りぬのか?」


「昨日の分はもう消化されたわよ。人間は毎日食べなきゃお腹が減るの! 魔族は違うの?」


「個体差はあるが、余はイプソメガス山の瘴気さえあればこの体を維持できる。食うこともできるが食わなくても問題ない」


 構造がでたらめ過ぎた。プリム村の人達は普通に魔王にお菓子をあげてたけど、もらっていたのは魔王の気遣いなのかな。


「とにかく、私に死なれたら困るんでしょう? だったら栄養を摂取させて」


「ほむ。食堂に村人の献上品が残っているやもしれぬ。行ってみるか」


 踵を返す魔王に、私は二歩遅れでついていく。

 ……なんか、いろいろと掴みどころがないな、この魔王。

 ふと目を向けた窓の向こうには青空が見える。


「ジェフリー……」


 私が魔王城に着て二日目。予定通りなら勇者一行はもう王都を出発したはずだ。ううん、私がさらわれた直後に捜索隊が出ているかもしれない。

 あんな別れ方しちゃったけど、カレンもマギーも何年も一緒に旅をしてきた仲間で、ジェフリーに至っては生まれた時からの幼馴染で元恋人だ。きっと私を心配している。


(みんなが助けに来るまで、私、がんばるからね)


 心の中で拳を握りつつ、私は魔王の羊角を追いかけた。

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