第18話 その時、勇者一行は(1)

 ――聖女アリッサがさらわれた夜、王城は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

 大臣達の怒号が飛び交い、騎士達は慌ただしく駆け回る。女官達は震え上がって色をなくし、城門は早々に閉ざされた。


「一体、近衛兵は何をしていたのだ!? 魔物が城内にまで侵入するなど、これまでになかったではないか!」


「も、申し訳ございません!」


 豪奢な椅子に座ったまま、唾を飛ばして容赦なく叱責するユリスティ王国国王に、鎧を着た中年の近衛騎士団長は膝をつき低頭する。

 国王はイライラと親指の爪を噛みながら歯ぎしりした。


「おのれ、魔王め。度々脅迫文を送ってくる程度では飽き足らず、とうとうわしの居城にまで乗り込んでくるとは。して、被害は?」


 水を向けられた騎士団長は頭を垂れたまま返す。


「侵入した魔物は一体。貴賓室側の廊下を歩いていた聖女アリッサ様を拉致し、夜空へ消えたと」


「なんと! 聖女がさらわれたのか」


 ……それでは、魔王の襲撃の目的はではなく勇者達だったのか?

 王が口の中でぶつぶつと呟いていた、その時。


「国王陛下!」


 勢いよく王の間の扉が開き、金髪の美青年が飛び込んできた。


「ご無事ですか? 魔王の襲撃があったと」


 銀色の光り輝く聖剣を手に現れたのは、言わずと知れた勇者ジェフリーだ。


「おお、勇者よ! 実はそちには辛い報せがある。聖女が魔王の手先にさらわれたのだ」


「聖女? アリッサが!?」


 ジェフリーは驚愕に目を見開く。


「そんな、さっきまで一緒だったのに」


 ――浮気の糾弾をされていたわけだが。


「我々もまだ混乱しておる。しかし、魔王の手が王城まで伸びた以上、一刻の猶予もならん。勇者よ、すぐに王都を発ち、魔王を倒すのだ!」


「……え?」


 ビシッと北の方角を指差す国王に、勇者の目は点になる。


「今から、ですか?」


「そうだ」


 聞き返す勇者に、国王は頷く。


「聖女がさらわれたのは、つい先程のこと。追えばまだ間に合うかもしれん」


「いえ、でも、まだ夜明け前ですし……」


「明けも暮れもあるか。早く出立いたせ!」


 国王の剣幕に、勇者は仕方がないと腹をくくる。


「わかりました。では、兵の準備が整い次第、出発いたします」


 その返事に、国王は露骨に顔を歪め、


「何を言うておる、兵などおらぬ。そちの仲間達だけで行くのだ」


「そんな!」


 ジェフリーは悲鳴にも似た抗議の声を上げた。


「出陣に際し、王都の兵五千をお借りする約束だったじゃないですか! それから王都外で待つ数万の兵と合流し、イプソメガス山に着くまでに周辺の領から兵を集め、最終的には十万を超える軍勢になり魔王城に乗り込むと!」


「うむ、確かにそう言った」


 しかし、と国王はため息をつく。


「状況は変わったのだ。魔物が王城にまで入り込んだ以上、儂は王都の守りを固めねばならぬ。王あっての国だ、国の要を守るために、余計な箇所に人員は割けぬ」


 『余計』呼ばわりされた勇者は呆然とする。


「軍資金と物資は用意しよう。馬と新しい馬車も。ラルワムル山脈周辺の領主には兵の召集を呼びかけている。彼らと合流いたせばよい」


「国王陛下……」


 見上げる勇者の肩に、国王は手を置き激励する。


「心配するな。初代勇者はたった三人の仲間と魔王城に乗り込んだという。歴代勇者一の聖剣の使い手と謳われるそちなら、軍勢がなくとも必ず魔王を討ち滅ぼすであろう」


「はい……」


「では、儂は大臣と緊急会議を開かねばならん。勇者よ、そちらの勝利を信じているぞ」


 慌ただしく去っていく国王を虚ろな目で見送ってから、勇者も王の間を出た。


「ジェフリー! どうしたんだ? 城の中は大混乱だぞ」


「アリッサがさらわれたって聞きましたわ。何がどうして……?」


 扉の前で待っていたカレンとマギーが駆け寄ってくるが、ジェフリーは動かない。


「……カレン、マギー、すぐに王都を発つぞ」


「これから? まだ日も昇ってないのに」


「朝になってから、王様の軍を従えて王都を出るんでしょ? あたし、とびきりのドレスを着て……」


「いいから今すぐ支度しろ!」


 突然爆発した旅のリーダーに、剣士と魔法使いはビクリと肩を揺らし、自室へと逃げていく。そんな彼女らの背を目で追いもせず、勇者は硬く拳を握った。


「……っんだよ」


 あの日見つけた聖剣のお陰で、死ぬほどつまらない田舎からやっと抜け出せたというのに。

 国王にも認められ、名実ともに勇者になれたのに。

 ――目を閉じると、大軍を率いて王都の大通りを悠々と馬で歩く自分の姿が見える。沿道には花を投げ、勇者の出陣を祝福する大勢の国民が。


(俺は勇者だ。もっと誉め讃えられていいはずなのに)


 それなのに、こんな惨めな旅立ちをする羽目になったのは……。

 ダンッ! と拳を壁に打ちつける。


「あいつ、ほんと厄介な女だな」


 ジャフリーの口から、さらわれた幼馴染を思って出た言葉は……、心配ではなく悪態だった。

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