第17話 セレレのこと

 温かいお茶にほっと一息ついていると、


「聖女様、まだ眠くなりませんかぁ? 子守唄歌いましょうか? セレレ、お歌得意なのですよぉ〜」


 期待の眼差しでグイグイ売り込んでくる羽耳メイド。圧がすごい。私は体を仰け反らせつつ、質問を別の質問で返してみる。


「セレレは魔族よね? 魔王が人の村を助けていることについてはどう思っているの?」


 本来、魔物は人の命を奪う存在。魔王の支配力で従っているだけかもしれないけど、セレレからも人間わたしへの敵意は感じられない。

 彼女はにっこり微笑むと、ガラスの鈴のような愛らしい声で語り始めた。


「セレレは前は海の方に棲んでいて、船乗りさん達にお歌を聴かせるお仕事をしてたんです。でも、セレレの歌を聴くと船乗りさんは寝ちゃって、船が沈んじゃって、みんな最後まで聴いてくれなかったんですぅ」


 ……この子って、まさか?


「それがつまらなくって船が沈む前に歌うのをやめてたら、姉様達にすっっっごく怒られて海を追い出されちゃったんです。それで、なんだかんだでイプソメガス山にたどり着きました。それで……」


 伏し目がちに項垂れていたセレレは、不意に明るく顔を上げた。


「魔王様はいらない子だったセレレをお城に住まわせてくれました。村のみんなはセレレの歌を聴くとやっぱり寝ちゃうけど、次の日には目覚めてまたお歌をせがんでくれます。だからセレレは、今の暮らしが大好きだし、魔王様も大好きなのですぅ」


 セレレは魔族の中では異端で、同じく異端な魔王と波長が合ったのか。人間にも色々な性格の人がいるけど、魔物にも色々な考え方があるのね。そういうの、気づきもしなかった。


「ちなみに、魔王が好きって……」


 セレレはふんわり愛らしい美少女だし、魔王は心臓が止まるほどの美男子だ。並ぶととんでもなくお似合いじゃない? と思ったけど、


「はい。好きですよぉ」


 彼女は屈託なく肯定する。


「ハルバルドはもっふもふで好きですし、ロックはいっぱいお菓子くれるから好きです。ウェッソはお城を綺麗にしてくれるから好きですし、リンダはお歌を聴くと泣き止むから好……」


「ちょ、待って。もういい。十分わかったから」


 どうやら彼女の『好き』は平たく幅広いようだ。ってか、ウェッソとリンダって誰?


「それで、聖女様はセレレの歌聴きたいですかぁ? 今日は喉の調子も最高なのですよぉ!」


「……じゃあ、お願いしよっかな」


 ここまでウキウキで詰め寄られたら、断りづらい。

 セレレの正体は、セイレーン。美しい歌声で船乗りを幻惑し、船を沈没させる海の魔物だ。

 船が沈んだら困るけど、ベッドに沈む分には問題ないよね。

 羽根枕に後頭部を埋め、私は目を閉じる。耳元で聴こえる高く澄んだ歌声に、すぐに睡魔が降りてくる。


 ――明日から、どうなるのだろう?


 考えなきゃいけないことは色々あるはずだけど……。

 重い悩みはあくびに溶けて霧散した。

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