第16話 新しい部屋

「ここにするわ」


 私が決断したのは、セレレに案内されて魔王城を巡っている最中、八番目のドアを開けた時だった。

 小花柄の壁紙の室内にはベッドが一台にローテーブルにソファにキャビネット。ライトブラウンのカーテンが柔らかい印象の、こぢんまりとした客室。


「ここならゆっくり休めそう」


 スプリングの利いたベッドに腰を下ろす私に、羽耳メイドは困惑したように眉尻を下げた。


「こんな地味なお部屋でいいんですかぁ? もっと華やかなお部屋はいっぱいありますよぉ。セレレのオススメは一番最初のお部屋ですけど」


「地味なのがいいの。落ち着けるから」


 個々の趣味は尊重されるべきだと思うけど。壁一面にびっしりスパイクリベットが生えた、彼女曰く『華やかなお部屋』には、私的に恐怖と不安しか感じない。

 セレレはちょっと不服そうに、


「でも、お部屋に何も飾りがなくて寂しいですね。あ、そうだ。可愛いお人形を持ってきましょうか? たまに目が動きます」


「やめて」


 明らかに呪いのアイテムだから、それ。


「それでは。セレレは奥で控えていますので、何かあったら呼び鈴を鳴らしてください」


 ぴょこっと水色頭を下げて部屋を辞そうとするメイドを、私はすかさず呼び止める。


「あの、お茶をもらえるかな? 体は疲れてるんだけど、目が冴えちゃって。温かい物を飲めば眠気が来そうかなって」


「はい、畏まりました」


 セレレは心得たとキャビネットを開き、ティーポットに茶葉を入れた。そして、水差しから水を注ぐとすぐに湯気が上がる。


「……!?」


 私は驚愕に叫びそうになるのをすんでで堪える。

 詠唱もなく火精霊を使役し、一瞬で常温水を熱湯にするなんて。火炎魔法を使えるマギーだって、湯を沸かす時は薪やランプに火を点けるところから始めてた。魔族はこんな繊細な魔法技術を息をするように使えるのか……。

 密かに戦慄する私に気づかず、羽耳メイドはニコニコとティーカップにお茶を満たす。


「はい、どうぞですぅ」


「あ……ありがとう」


 そういえば、ハルバルドも紅茶を淹れてくれたけど、こんな風に沸かしてたのかしら?

 恐る恐る口をつけたお茶からはほんのり魔力の香りはするけど、やっぱり悪い気は感じられず……なんだか優しい味がした。

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