俺を異世界に飛ばした神様がその様子を実況解説しているようですが、なぜか俺にも筒抜けなので俺得でしかない――これがほんとの『天の声』?――

紅葉 紅羽

とある平原にて

『さあ、またしても彼の前に困難が表れました。突然召喚されたりこうして皆々様にその様を観察されたり、彼の運命は数奇が過ぎるものですねえ』


――ああ、『また』聞こえて来た。俺にとっての転機や難関が訪れるたびに脳内でガンガンと鳴り響く楽し気な男の声は、俺――反町 響生そりまち ひびきに向けられたものでは決してない。アイツが言うところの『皆々様』がこの実況解説の届け先であるというのが、ここ数週間で得た俺なりの見解だった。


 何の罪もない一般高校生を異世界に放り出しておいてそれを実況解説するとはずいぶん悪趣味な神様もいたものだが、もう起こってしまったことにとやかく言われてもしょうがない。たとえそれが神々の娯楽として消費されるだけのコンテンツなのだとしても、俺は何をしてでも生き抜かなければならないのだ。


『今彼の目の前に立っているのは、危険度が高めであるこの平原でも一番の暴れん坊です。ここまでその悪運と観察眼で生き残ってきた彼でも、この場を乗り切ることは難しいのではないでしょうか?』


――そう、何を使ってでも。たとえそれが、コンテンツとしての破綻になりかねないようなミスに付けこむ形であったとしても――


『この試合の見どころとしまして、特別に観測者の皆様にも教えてあげましょう。この魔物――『バーサークタイガー』が有する、非常に稀有な性質を』


――本来選手たちに聞こえてくるはずのない実況解説の声を、たまたま俺が拾ってしまっているのだとしても。


 なるほどな、目の前の魔物はバーサークタイガーと言うらしい。キラキラと光を反射するその白い毛並みは思わず見とれてしまうほどに美しいが、俺の五倍くらいは大きな体躯をしているとさすがにその綺麗さも霞んでしまうというものだ。……少しだけ、時間を稼がないとな。


 俺は背中につっておいた剣を引き抜き、両手で大きく構えを作る。黒い刀身に一本赤い線が走った刃渡り一メートルほどの長剣は、『引き抜いたら死ぬ』という真っ黒な曰く付きな代物だった。


 ……まあ、実際のところ正しい手順を踏めば安全に抜けるし、剣もその抜いた奴のことを主と認めてくれるんだけどな。それに関する情報が無ければ確かに呪われた剣でしかないが、そこさえ通過してしまえば忠誠心のあるいい魔剣だ。


 そのことを証明するかのように、俺は地面に魔剣――通称『エニグマ』を突き立てる。その直後、バーサークタイガーがその毛並みと反対に真っ赤な口の中を見せつけながら俺を食い殺さんと迫って来て――


「……はじき返せ、エニグマ‼」


 俺が愛犬に向かってそう叫んだ瞬間、半透明の障壁がその突進を押しとどめる。思い切り壁にぶつかったことでバーサークタイガーは情けない鳴き声を上げていたが、しかしダメージはさほど大きくなさそうだった。


 だけど、一度攻撃を防げればそれで十分だ。それだけあれば、『アイツ』がしゃべくるだけの時間は稼げているから――


『おお、相変わらずの魔剣捌きですねえ。……ですが、それでは一生この魔物の脅威を治めることはできません。かの魔物の暴走状態を治めるには、額にひっそりとついている宝石状の器官に素手で触れなければならないのですから!』


「……ふーん、良いこと聞いた」


 確かにそれは初見殺しだったな……。この勢いのまま暴れられてたら防御にもいずれ限界が来ていただろうが、攻略方法が分かってしまえばある程度はどうにかなる。手探りで勝機を探すステップを全てスキップできたと思えば、これほどまでに便利なナビゲーションも中々なかった。


――実況解説と言うのは、その対象に言葉が届かないことを前提として成り立つものだ。プロ野球だって選手たちにその声が届くことはないし、サッカーだって、バスケだってなんだってその前提は変わらないだろう。それが揺らがないから、彼等は戦術についてああでもないこうでもないと言葉を発することが出来るわけで。


 んで、それが揺らいだ状況にあるのが今の俺だ。本来ならばその娯楽をより円滑に楽しむための実況解説は俺にまでも届き、俺が相対する難関をどう攻略すればよいのかを懇切丁寧に教えてくれる。客へのサービス精神が旺盛なのか何なのか、『特別』と前置きしながら声の主は一から十まで攻略情報を見物客へと伝えてくれるのだ。


 さっきの『エニグマ』だって、その声が無けりゃ俺には絶対引き抜けなかったもののうちの一つだ。解説によるとそれを正しく引き抜くための情報は既に失われており、抜けるとしたら超幸運な奴に限られるんだとか。……たまたま神様の一人語りを盗み聞けるんだし、確かに俺は幸運だな。


 エニグマは忠誠心が強く、剣を正しく引きぬいて所有者になった主を全力で守ろうとしてくれる。その一環なのか俺の身体能力は日本に居た時よりもはるかに強化されており、やろうと思えば立ち幅跳びで走り幅跳びの世界記録を越えてしまえるだろう。……うっかり盗み聞ける神様の実況解説――文字通りの『天の声』は、生半可なチートよりもとんでもない力を俺に与えてしまっていた。


「……さて、それじゃあやるか」


 エニグマを地面から引き抜いて、俺はバーサークタイガーを一瞥する。その眼には無差別な戦意が宿っていて、俺は思わず苦笑した。バーサークの名の通り、本当にただ目の前の敵を殲滅することだけにそのリソースは使われているらしい。


 その突進力と耐久力は脅威以外の何物でもないが、その強みを把握してしまえばそれが活きる戦場に立たなければいいだけの事。そう俺の中で結論付けて、俺は大きく跳躍すると――


「行ってこい、エニグマ!」


 手の中に収めた魔剣をバーサークタイガーの足元へと投げつけ、その視線が俺から魔剣の方へと流れる。人間とは比べ物にならないくらいの強大な魔力を帯びたそれは、ただ目の前の敵を倒さんと猛進するバーサークタイガーにとって格好の囮だった。


 地面はそこそこ硬いが、エニグマはすんなりとそれを突き破って大地に突き立てられる。その直後、まるで猫じゃらしにでも飛びつくかのように、その柄の下へとバーサークタイガーが覆いかぶさった。


『おおっと、これはどういうことだ⁉ ヒビキの一番の武装であるエニグマを、彼はむざむざと手放したぞーーーッ⁉』


 その行動を異常なモノと見たか、とたんにあおるような声が俺の脳内に響いてくる。普段は神様秘蔵の情報をリークしてくれる便利な声も、ことこういう時に限ってはうるさいノイズでしかなかった。……まあ、普段の貢献度と天秤にかけてそれくらいのデメリットは妥協するけどさ。


「その煽りに相応しい急展開も、見せてやれるだろうしな……‼」


 口元でそう小さく呟いて、俺は空いた右の拳をぐっと握りしめる。それを合図として、地面に突き刺さっていた囮が大爆発を巻き起こした。


「ギャ……オオオッ⁉」


『おおっと、またしてもどういうことだ⁉ エニグマがバーサークタイガーもろとも吹き飛ばすような大爆発を起こしたぞッ⁉』


 突然すぎるその現象に、バーサークタイガーと実況解説が同時に驚いたような声を上げる。そのシンクロ率に思わず吹き出しそうになるのをこらえつつ、俺は砂煙の中のバーサークタイガーを探した。


 魔剣の恩恵は単純な身体強化にとどまらず、五感の性能も日本に居たころからは想像もつかないくらいに向上させている。日本に居たころはコンタクトか眼鏡がどうしても手放せなかったが、今じゃあ暗いところでも砂煙が立っていても目標を見通せる超高性能な視覚へと進化を遂げている。砂煙の中のバーサークタイガーの姿を探すことくらい、それをもってすれば訳ない事だ。


「……悪いけど、お前には静まってもらうぞ……‼」


 未だに混乱の真っただ中にいるその頭部に組み付いて、俺はその額をガサゴソと手で漁る。……すると、ほどなくして実況が言っていたその器官とやらは見つかった。


「後は、これに素手で触れるだけ」


 一度その器官から手を放し、手の皮を守るための薄い手袋を口を使って脱ぎ捨てる。その間片手と両足だけでバーサークタイガーの頭部にしがみつくことにはなってしまうが、それも今となっては割とどうにでもなることだった。


「……沈まれ、この暴れ虎ッ‼」


 先ほど記憶した位置に右手を突き出し、額にあるごつごつとした器官に思い切り触れる。素手でなければ分からないくらいの微かな熱が、その突起からは放たれていた。それが手の中にしっかりと伝わったことを確認して、俺は暴れ狂うバーサークタイガーの体から離脱した。


『ああーーっとおおッ⁉ これは、またしてもヒビキが正解をつかみ取ったかあッ⁉』


 その一部始終を見届けて、驚きを少しも隠すことなく神様が高らかにそう叫ぶ。それを聞いて、俺はこの戦いが終わったことを悟った。


 真正面から戦っていたらジリ貧確定ではあったが、それでもタネが割れてしまえばこんなものだ。……正直なところ、申し訳ないような気もするけどな。


 だが、この偶然を利用してやることに何のためらいもない。俺の数奇な人生がたとえ誰かにとっての娯楽なんだとしても、俺はこの偶然を使いつくしてやる。


「……くるるるぅ」


「……ん?」


 俺がその決意を新たに固めていると、その足元にフワフワしたものがこすりつけられる。それに気が付いてふと視線を投げれば、そこには大型犬ほどの体調になった白い毛並みの虎が居た。


「……この感じ、俺はこいつに懐かれたってことで良いのかな」


『バーサークタイガーは己の狂乱を止めてくれた者を主と慕い、生涯忠誠を尽くすという習性があります。……どこまで行っても、彼は悪運の強い少年の様ですね』


 俺の疑問に答えるかのように、実況解説がバーサークタイガーの真実を伝えてくれる。俺の事を観測している誰かも俺と同じ疑問を抱いていたんだろうが、それにしたってタイミングが良すぎるというものだ。


 ……だが、それならそれで好都合。この世界で生き抜いていくための戦力は少しでも多い方がいいし、旅は賑やかな方がきっと楽しいからな。


『……ですがしかし、この世界はまだまだ危険がてんこ盛りです! 戦力が増えたとはいえまだまだ死の危険は、そして数奇な運命の螺旋は途切れておりません故、この先のヒビキの人生からも是非是非お目を離さないで頂ければと思います!』


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、煽り文句とともに声が実況解説を締めくくろうとしてくる。どうでもいい部分は無視して危機の時にだけカメラを回そうと試みるあたり、神様にも、そして俺の人生にも『撮れ高』というものはあるらしかった。


「……ああ、目を離さないでいてくれよ」


 俺は小さく呟いて、近くに落ちていたエニグマを拾い上げる。大爆発の中心となったのにもかかわらず、それには傷一つついていなかった。


 ……この魔剣のように、俺もこの世界を生き抜いていかなければならない。それがたとえコンテンツになるのだとしても、神様の不条理な差し金なのだとしても。ありとあらゆる力を尽くして、俺はこの世界で一番の存在に成って――


「ラストシーンの目撃者は、一人でも多い方が気持ちいいからさ」


――いずれ必ず、俺にへんてこな運命を与えてくれやがった神様の横っ面をぶん殴ってやらなければならないのだから。

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俺を異世界に飛ばした神様がその様子を実況解説しているようですが、なぜか俺にも筒抜けなので俺得でしかない――これがほんとの『天の声』?―― 紅葉 紅羽 @kurehamomijiba

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