契約不履行

こぼねサワー

第1話【完結】

 中学に入学したとたん、上級生にカラまれた。

「なーんか態度デケェなぁ、テメェ?」

「その目つき、なんとかなんねーの?」

「ナマイキなんだよ、1年坊がよぉ」

 校舎の廊下で。いきなり、寄ってたかって肩を小突かれた。


 たいした栄養もとってないのにムダにタッパがあって、ややエビ反り気味の姿勢のクセが、オレにはある。

 それに、視力検査表の上から2番目の字がギリギリ読めるレベルのド近眼にもかかわらず、メガネを買う金がない。

 必然的に、瞳の焦点しょうてんをシボって視界をクリアーにしようと、常に目を細くスガめておかざるを得ない。目つきが悪いのは、そのせいで。

 ツイてない。


 必修部活の入部希望は、憧れの弓道部一択だった。

 新入部員が顔合わせしたミーティングのその日に、道着どうぎや革手袋、ゴム弓や矢の注文書を手渡された。

 オプションの、カラフルな矢筒やづつのパンフレットに、女子はキャッキャとテンあげしてた。

 いかんせん、オレは血の気が引いた。顧問の先生が追い打ちをかける。

、入部時に必要なのはこれだけだから。後は、各自おいおい揃えていってもらえれば」

「とりあえず」で税込35,000円オーバー。初手から詰んだ。


 オレは、それっきり一度も部室に顔を出さなかった。


 オレの人生には、この先、こんなミジメな落とし穴がいくつも待ち受けているんだろう。

 今までも、これからも。せめて合唱部にでも入っていれば、ワンチャンあったかもしれなかったが、オレはトロくてバカで。先を見通す能力がなくて。

 生まれついてのガチャ失敗組に、この世の中はハードモードがすぎる。


 ツイてない。ああ、ホントにツイてない。


 放課後、他の生徒はみんなそれぞれの部活に向かうのに、オレは1人コソコソと校門を出る。


 けど、歩道をトボトボ歩いてたら、道端に少年マンガの雑誌が落ちていた。

 今月出たばかりの新刊だ。それに、ほとんど汚れてない。

 これは思いがけないラッキー。迷わずそれを拾って、なにげなくパラパラッとページをめくった。


 そのときパッと自然に開いたページが、『幸運のネックレス』の広告だった。

 見開きを贅沢に使ったカラーのページで、ラピスラズリとかいう神秘の魔力を秘めた小ぶりの青い石がついた宣材写真の横には、セクシーな水着のおねーさん2人に囲まれながら、一万円札をいっぱいに満たしたフロにつかってる小太りのおにーさんの笑顔の写真。


 ここで偶然この雑誌を拾い、このページをひとりでにめくったことが、すでに『幸運のネックレス』のパワーなんではあるまいか?

 ああ、そうだとも。違いない。

 オレは、そう自問自答した。


 市営団地の3階の部屋に帰宅すると、すぐに注文ハガキを書いた。

 "18才未満のお子様は保護者の署名が要"とあったが、オヤジの字をマネることなんて朝メシ前だ。


 1週間後、ネックレスが郵送されたので、さっそく身につけて、近所の宝くじ売り場に急いだ。


 それから2か月後くらいに、弁護士事務所から手紙が届いた。

 ネックレスの代金の督促とくそくだった。

 こんなのオヤジに見つかったら、ブン殴られる。

 オレはアセって、『幸運のネックレス』の通販会社に電話をかけた。


「何度も振込用紙を送ったのに、無視なさったでしょ? クーリングオフ期間もとっくに過ぎてますし。代金の9,800円を今すぐお支払いいただくか、さもなきゃ法的な措置そちを……」

 と、通販会社の担当者は言った。わりと若い男の人の声だ。


 オレは答えた。

「お金なんて持ってないですけど」


「は? お金もないのに商品を注文したの?」


「お金がないから注文したんですよ! 決まってるでしょうが!」

 逆ギレ? とんでもない。まっとうな抗議だ。


 担当者は、スットンキョウな声をあげた。

「はああ?」


「代金は宝くじの当選金で支払うつもりでしたし、ちゃんと」


「はぁ? ええっと、……はああ?」


「ですからぁ! 『幸運のネックレス』を持ってたら、宝くじが当たるはずでしょ? なんなら、10倍の金額を支払いますってば」


「ちょっ、……宝くじなんて、そんな簡単に当たるワケないでしょ? 何言ってんのマジでキミ」


「そっちこそ何言ってんですか? もしも宝くじが当たらなかったら、『幸運のネックレス』なんてウソってことじゃんかよ。ショーヒシャチョーに訴えてやるかんなっ!」

 と、オレは、ヒステリックにギャンギャン泣きわめいた。


 この世に生まれ出てから、積もりに積もってきたウラミやツラミや鬱憤うっぷんなんかを、ありったけ込めてヤツアタリしたんだろう。


 相手は無言のまま、しばらくして電話はスンッと静かに切れた。

 メンドくさそうな舌打ちだけが、かすかに耳に残った。


 督促状とくそくじょうは、それっきり途絶えた。

 あれから10年以上たつが、通販会社からも弁護士事務所からも、連絡はいっさいない。

 宝くじは、5枚中1枚も当たっていなかった。


 中学を卒業する前に、オレは『幸運のネックレス』を捨てた。

 ちゃんと分別せず生ゴミに紛れ込ませて処分したことだけが、オレの唯一の罪だと思っている。


 了

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