【溺愛ざまぁ】義妹がサキュバスだった件〜現代淫魔の性事情は相思相愛が大前提です。彼女が俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶまでの話〜

神伊 咲児

第1話

 それはとんでもない光景で。


 風呂に入ろうとした時だった。

 義妹が、俺のトランクスの臭いを嗅いでいたのである。


「お前……。何やってんだ?」


 で、義妹の弁明がこれ。


「ふざけんな! 雑魚のくせにッ!」


 そう言って、自分の部屋へと戻って行った。


 いやいや。

 俺は被害者なんだぞ?


 しかし、粗方、想像はつく。

 と、いうのも、義妹の頭には山羊のような2本の角が生えていたからだ。


 俺、こと真野  夜歌ようたの義妹はサキュバスである。

 サキュバスといえば、男の性欲を吸い取る魔物として有名だろう。

 平たくいえばエロい悪魔。謂わば淫魔だ。


 彼女の名前は真野  彩迦あやか

 16歳の高校1年生。

 長い赤毛は限りなく黒に近い。

 大きな瞳はガーネットのように輝く。見つめられると魅了されそうになる。

 胸は大きく、肌は白い。

 所謂、美少女というやつだ。


 俺は高2で、義兄ということになっている。


 彩迦が淫魔であることが発覚したのは両親が再婚した3年前だった。

 俺の義母、つまり彩迦の母から説明を受けた。

 彼女がサキュバスだったのだ。

 

 父は魔族と結婚した。

 いやらしい魔術にでも魅了されたかと思ったが、実はそうではなかった。

 両親曰く、2人は相思相愛らしい。出会った経緯は不明である。


 また、義母曰く、現代淫魔は理性を強く持っているとのことだ。

 よって、誰かれ構わず体を交えるといった、無差別な貞操観念は持ち合わせていないらしい。

 しかしながら、湧き上がる性欲はどうしようもなく、それを発散させる必要があった。

 義母には父がいるので、なんとかなるが、義妹はそうはいかない。


 よって、先程の行動は、まぁ、サキュバスだからということだろう。


 俺は彩迦の部屋に行った。

 こういうことはスッキリさせておくべきなのだ。


「おい彩迦。入るぞ」


「は!? ちょ! 勝手に入るな! この愚兄!!」


 やれやれ。

 これは愚兄なりの努力なんだ。

 俺たちは4人家族。

 ベタベタに仲良くする必要はないが、ギクシャクするのはお互いに辛いだろう。顔が合えば気持ちよく挨拶する程度にはなりたいものだ。

 

「さ、さっきのは……勘違いしないでよ! わかってる!?」


「ああ。お前が淫魔だからだろ?」


 湧き上がる性欲が抑えられないんだ。


「だからってバカにしないでよね! 淫魔にも理性があるんだから!」


「うんうん」


「性欲の発散は好きな人じゃないとできないのよ!」


「うんうん──」


 え?


「それって……俺のことが……」


「バカバカ! 本当にバカなんだから! バカーー!!」


 やれやれ。

 そんなにバカバカ言われたら本当にバカになってしまうよ。

 確かに、彩迦は俺より優秀だ。学年ではトップの成績を誇る才女。俺も一応はトップの成績だが、体育がダメなんだ。ハッキリ言って最低ランク。彩迦は運動神経もトップクラスなので、俺とは出来が違う。それに見た目も完璧だ。非モテの俺とは外見すらも差がある。まぁ、自慢の妹といえばそれまでだがな。いかんせん素直じゃない。


「出てけ! 雑魚!」


 と、ぬいぐるみを投げつけてくる。

 俺はそれをひょいひょいと交わした。


 まぁ、いつものことなんだ。


 両腕を広げる。


「来いよ」


「な、なんのつもりよ!?」


「わかってるだろ?」


「んぐぐ……!」


「俺はお前の義兄だからな」


「…………」


 彼女はベッドに座ったまま動こうとしなかった。


 やれやれだ。


「ほら。こっち来いって」


 もう一度、両腕をぴんと伸ばす。


「いつものだろ?」


「うう……」


 彩迦はチラチラと見ながら戸惑う。


「じゃあ、やめるか?」


「うう……」


「よし、やめ──」


「夜歌くーーん!」


 彼女は俺に抱きついた。

 俺はそれに応えるように、優しく彼女を抱きしめた。

 途端に彼女の体に鳥肌が立つ。

 同時に、頭から2本の角がにょきっと生えた。

 快感を我慢する声が漏れる。


「はぅうっ!」


 これからエッチいことを想像するのはやめていただきたい。

 そういうのは残念ながらないんだ。なにせ、俺たちは兄妹だからな。

 これは、あくまでも彼女の……、義妹のリビドーを抑える方法にすぎないのだから。


 俺は優しく頭を撫でてやった。


「ふみぃ〜〜♡」


 仔猫のような声を出す。

 その顔は恍惚として、幸せになっていた。

 そして、彼女は俺の体を抱きしめる。


「しゅき……♡」


 サキュバスの性質はどうしようもないのだろう。例えるならば発情期に入った猫とでもいおうか。

 定期的に、こうやってハグをしてやらないと発散できないんだ。


「さ、さっきはごめんね。ぬいぐるみ。当たらなかった?」


「ああ、なんとか避けたからな」


「良かった……」


「落ち着いたか? もう離れていい?」


「ダメ♡」


 やれやれ。


「夜歌くん。さっきは雑魚なんて言ってごめんね」


「なんだよ。本気のくせに」


「んもう、意地悪ぅ」


「俺はお前には敵わないよ。陰キャで運動神経皆無だからな。それに、お前とは違って異性にはモテないし」


「モテたって嬉しくないわよ。わかってるでしょ? 現代サキュバスは、好きな人とじゃなきゃ性欲が発散できないんだから」


「不便だよな。それじゃあ淫魔として辛いだろう」


「……そんなことないわよ。好きな人の子供を産むって素敵じゃない」


 そういえば、


「確か、子供を産むために、お前たちは人間界に来てるんだったな」


「そうよ。淫魔に雄はいないからね。それに好きな人とじゃないと受精しないしね」


 人間の男と契りを結ぶのが、サキュバスの絶滅を防ぐことらしい。


「じゃあ、早く彼氏を見つけないとな」


「え? いや、別に……。さっき言った言葉……聞こえなかったの?」


「ブラコンは卒業した方がいいぞ」


「ブ、ブラコン!?」


「ああ。ブラザーコンプレックス。お前はブラコンだろ?」


 彼女はぬいぐるみを投げ始めた。


 なぜだ?


「バカバカバカーー! 愚兄!!」


「おい、なんだよ。また込み上げてきたのか?」


「もういい! 出てって!!」


「いや、しかしだな」


「私の気持ちも知らないでーー! 出てけ愚兄!!」


 やれやれ。

 サキュバスは難しいな。


 これが俺と彼女の普段の生活だ。


 しかし、学校での彩迦は別人である。

 服装は至って普通。

 露出は最低限。スカートの裾は長めである。

 そこにあるのは清潔感だけ。

 一緒に登校すれば、彼女はみんなから挨拶された。


「「「 真野さん、おはよう 」」」


 絢迦は、それを冷ややかな微笑みで返答する。


「おはよう」


 感じさせるのは知性である。

 淫魔のいの字もない。

 彼女は女子からも人気があった。

 周囲からは羨望の眼差し。


「ああ、真野さん、今日も綺麗ねぇ」

「素敵だわ」

「憧れるなぁ……」


 その人気から、1年にして生徒会の副会長を務めていた。

 全生徒からは絶大な支持を得ている。

 

 校内を歩けば、男子生徒らはみんなが振り返るだろう。

 彼女と目が合えば、1日幸せ、とばかりに大喜びだ。

 因みに、僕と彼女は同じ苗字であるが、僕に挨拶してくれる人はいない。

 耳に入るのは陰口くらいである。


「義兄らしいが、真野さんと一緒に登校できるなんて最高の身分だよな」

「同じ家に住んでいるのか……。うう、羨ましい」

「ちっ! 俺も義兄になりたいぜ」


 俺は妬みの対象なんだ。

 それにしても、みんなはお気楽だよな。

 うちの義妹の正体を知ったら驚くだろう。

 学校で見せている知性なんて、ちの字も見えないんだ。

 いつも情緒は不安定で、僕のことは愚兄扱いなんだからな。

 

 彩迦はとにかくモテる。

 魅了の魔法でも使っているのかと邪推したが、どうやら違うらしい。

 彼女曰く、現代淫魔の魅了魔法チャームは身の安全を確保するために使うそうだ。

 何度か痴漢に襲われたそうだが、魅了魔法チャームで操って川の中にダイブさせたと言っていた。

 俺に使われないことを祈るばかりである。


 そんな彼女は俺のことを「夜歌くん」と呼ぶ。

 できれば「お兄ちゃん」と呼んで欲しい。

 一応は義兄なのだからな。それくらいは求めたって構わないだろう。

 それだけが、俺のささやかな望みである。

 

 

 そんなある日。

 両親は2人だけで旅行に行った。

 3日間は帰ってこない。

 その間、俺と彩迦は2人きりである。

 高校生になって初めてのことだ。


 まぁ、どうせ、いつもの日常だろう。 

 そんな風に高を括っていた。


 ところが、学校から帰宅して、リビングに入るやいなや、飛び込んで来たのは彼女の声である。


「キャッ!」


 下着姿の彩迦がいたのだ。

 驚く彼女とは裏腹に、俺は呆れるだけだった。


「なんでこんな所で着替えているんだよ?」


「ジ、ジロジロ見ないでよ!」


「視界に入るだけだ。それに見られるのが嫌ならこんな所で着替えなければいいだろう」


「あ、暑かったから直ぐに着替えたかったのよ」


 いやいや。


「着替えはお前の部屋にあるじゃないか。わざわざリビングに持って来たのか?」


「ク、ク、クーラーがこっちの方が涼しいのよ!」


「……お前の部屋にもエアコンはあるだろう?」


「バ、バカーー!」


 そう言って自分の部屋へと走って行った。


 やれやれ、なんなんだよまったく。

 それにしても、上下ともに真っ白い下着だったな。

 彼女は黒い下着がデフォルトだったと思うが……。

 まさかな。偶然か。


 夕飯は彩迦が作ることになった。


「へぇーー。なんだか、ニンニクのいい匂いがすると思ったら豪華だな」


「えへへ。こんな時くらい贅沢しましょうよ」


 ガーリックステーキに、牡蠣フライ、とろろ芋、ニンニンの芽のサラダ。レバニラ炒め。


 これって……。


「なんだか精力が付く物ばかりじゃないか?」


「ドキッ!」


 今時、ドキって声に出す奴がいるんだな。


「俺に精力をつけさせてどうするつもりだよ?」


「べ、別にぃ。ピューピュー」


 口笛下手だな。

 意味はわからんが、美味いからよしとしよう。


 食後。風呂場に入る。

 すると、足拭きマットの上に下着が落ちていた。

 さきほどの白い下着である。


「なんのつもりだ?」


 視線を感じて振り返る。

 扉の隙間から目が見えた。

 覗いているのは彼女である。


「おい彩迦。どういうつもりだ?」


「べ、別にどうもしないわよ! そ、それよりも、私のパンツじゃないそれ! じっくり見たのね!」


「いや、足元にあっただけだ」


「す、好きな色なんでしょ? し、白が……」


 なぜ、俺の好みを知っているんだ?

 家族の直感か?

 は!


「お前……さては」


「な、何よ?」


「褒めて欲しかったのか?」


「え?」


「似合ってるって言って欲しかったとか?」


「バカ! そんなわけあるかーー!」


「じゃあ、なんでこれみよがしに見せつけるんだよ?」


「べ、別に……。み、見せてなんていないわよ!」


 いや、アピってるだろうが。


「に、に、匂いとか嗅いだんじゃないでしょうね!?」


「そんなことするか!」


「な、なんでしないのよ!? 普通はするでしょ!」


「いや、普通はしないだろ」


「我慢できる方が異常よ!」


「その質問は狂ってるぞ?」


「ず、狡いわよ! 私ばっかり匂いを嗅がせて!」


「そんなことは強要してないだろうが。お前が勝手に洗濯機を漁って俺のパンツの臭いを嗅いでいるだけだ」


「うう! こっちだって、我慢できないわよ!」


「なんの我慢だ?」


「バカーーーー!」


 彩迦は真っ赤な顔になって部屋に走って行った。


 やれやれ。

 変態ブラコンだなぁ。

 それとも、サキュバスの血がそうさせるのだろうか?

 どちらにせよ、解決するのが得策か。


「おい、彩迦。入って良いか?」


「来るなバカ!」


 はいはい。

 いつものことだ。


 でも、待てよ?

 もしかして、本当に入って欲しくないのかもしれん。

 確認してみようか。


「む? 鍵がかかっていて入れんな。じゃあ帰るとしよう」


「え? 鍵なんてかけてないわよ?」


ガチャ。


「ほら、開くでしょ?」


ニヤリ。


「騙されたーーーー! バカバカ最低!! 愚兄ぃいいいいい!!」


「ははは。揶揄って悪かったよ」


「んもう! バカバカぁああ!」


 俺は両腕を広げた。


「ほら、来いよ。ハグしてやるから」


「うう。い、行かないわよ! いつも行くと思ったら大間違いなんだからね!!」


 やれやれ。


「おーーい。こうやって腕を広げるのは疲れるんだぞ?」


「ううう……」


「じゃあ、もうやめちゃうぞ?」


「ぐぬぬ……」


「3つ数えるまでに来ないとやめちゃうからな」


「や、やめればいいじゃない」


「1」


「ふん!」


「2」


「いつも、思い通りにいくと思ったらね、大間違いなんだからぁ」


「さ──」


「わかったわよ! 行けばいいんでしょ行けばぁあ!!」


 やれやれ。


「まったくもぉ〜〜。まるでどこかの国の独裁者ね。そうやって人をコントロールして弄んでいるんだわ!」


「いやいや、サキュバスを操るほどの術は持て余していないよ」


「ふん! じゃあ、ゆうわくの技でも習得したんじゃないの? 効果は抜群よ、まったく」


 プリプリと怒りながら、俺の体を抱きしめる。

 俺はそれに応えるように、彼女の体を抱きしめた。


「ほい」


「はぅううううッ♡」


 瞬間。

 彼女の頭から2本の角がにょきっと生えた。

 もう、目の中は♡である。

 そのまま俺の胸に顔を埋めた。


「しゅき……♡」


 素直が一番なんだがなぁ。

 こいつのブラコンには困ったもんだよ。


「ごめんね夜歌くん……。バカとか言っちゃって……」


 やれやれ。

 こうなると素直なんだ。


「なぁ……。そろそろ、普通の兄として認めてくれないかな?」


 彼女のハグは強さを増した。


「……そ、それはできないわよ」


「なんで? 俺って兄らしくないかな? 一応、年上だけど?」


「そ、そんなんじゃないわよ」


「じゃあなんだよ?」


「わ、わからないの?」


「?」


「……お、お兄ちゃんとは結婚できないじゃない」


「はぁ?」


「うう……。わ、私の気持ちはわかってるでしょ?」


「何が?」


「んもう! 鈍いんだからぁあ! 結婚よ結婚!!」


「一体、なんのことだよ? 兄妹は結婚できないんだぞ?」


「わかってるわよ、そんなことぉ!」


「とにかく落ち着けって。お前が俺のことを好いてくれているのは知ってるからさ」


「うう。本当にわかってるの?」


「ああ。だからこうやって協力してるんだろ?」


「きょ、協力って何よ?」


「サキュバスのリビドーを止める協力じゃないか。妹が困っているのを、兄として見過ごすわけにはいかないからな」


「んもう! 結局、兄妹になっているじゃない!」


「だって、家族なんだから当然だろ?」


「だから、愚兄なのよ!」


 うーーむ。

 まぁ、愚兄でも、一応は兄という漢字が入っているのだがな。

 しかしな……。やっぱり理想は「お兄ちゃん」だよな。


「なぁ、どうやったらお兄ちゃんって呼んでくれるんだ?」


「私の気持ちに気がついたらね」


「ははは。なんだ、そんな簡単なことか!」


「気付いてないじゃない!」


「気付いているさ。兄を舐めるなよ」


「じゃあ……」


 彼女は真っ赤な顔になった。


「す、好きって言ってよ……」


「好き」


「そ、即答ね」


「家族なんだから好きに決まってるじゃないか」


「バカバカバカ! そういう好きじゃないっての! 愚兄ぃいいい!!」


「じゃあなんだよ?」


「……うう、どこまで言わないとわからないのよ? 私ってそんなに魅力ないかな?」


「そんなことはないと思うぞ。お前は可愛いしな」


「え? ほ、本当にそう思う?」


「ああ」


「じゃ、じゃあ、どうして下着姿を見て襲ってこなかったのよ?」


「どういう意味だ?」


「ギクっ! と、とにかく、私は下着姿を見られちゃったのよ? その……。ムラムラっと来て……。ガバッと……。そういうワクワクする展開はないの?」


「ワクワクってなんだよ?」


「す、好きなんでしょ! 白い下着が!」


「やっぱりか。あれは計算で履いていたんだ! 俺に見せるのが目的だったんだな?」


「う! あ、あれは偶然よ! 事故よ事故!」


「もう遅い」


「うううう」


 俺は頭を撫でた。


 まったく可愛い妹だよな。

 下着を兄に見せて褒めてもらおうなんて。

 少々、ブラコンが過ぎるかもしれんが許してやろう。


「よく似合ってたよ」


「そ、そういうんじゃないっての!」


「じゃあなんだよ?」


「おかしいなぁ。夜歌くんって胸が大きくて白い下着の子が好きなんでしょ?」


 はい?


「な、なんのことだよ!?


「あれえぇ? おかしいわね?? あのフォルダにはそういうのが一杯、入ってたんだけどなぁ??」


「……お、お前、俺のパソコンを見たのか?」


「ギクゥ! み、み、見てないわよ!」


 俺は彩迦の頬を両手で摘んだ。


「痛れれれれれれ! ぼうりょふ、はんたひぃいいい!」


「見たのか?」


「ひょ、ひょっとらけれすぅ(ちょっとだけです)」


「この愚妹がぁああああああ!」


「ほめんらさい! ほめんらさいぃいいいい!!」


 おかしいと思ってたんだ。

 俺はこいつに下着の好みを話したことはなかったからな!

 俺のパソコンを盗み見して下着の好みを調べていたのか!

 

「ぐぬぬぬぬ!」


「はんせいしまひらはら。ゆるひれぇええええ!!」


 うーーむ。

 ロック番号は誕生部じゃダメだな。

 変えねば。


「ったく。油断も隙もないな」


「ううう……。ごめんなざいぃい」


 これは釘を刺しておくべきか。


「次見たら、ハグは無しだぞ」


「えええええええええええ!?」


「当然だろう。俺のパソコンを盗み見る義妹にハグをする兄がいるかよ」


「絶対に見ませんんん! 絶対に見ませんからぁあああ! それだけはご勘弁くだざいぃいいいい!」


 よし。


「許す代わりに言ってみようか」


「うう……。な、何を?」


「お兄ちゃんって♡」


「ううううううう………」


 おいおい。 

 そんなに嫌なのかよ。

 それはそれで結構傷つくぞ。


「も、もうこうなったら手段は選ばないわ」


 はい?


「なんのことだよ?」


 彼女は禍々しいピンク色のオーラを身にまとう。

 そして、俺に向かって光を放った。


魅了魔法チャーム!!」


「何ぃ!?」


 俺の体はピンク色の光に包まれる。


 なんだこれ?


「何をしたんだ?」


「ふふふ。悪いけど夜歌くんには魅了の魔法をかけさせてもらったわ」


「どういうつもりだ?」


「だって、こうでもしないと進展しないもの。あなたを性奴隷にしてあげる♡」


「何ぃいいいい!?」


「ふふふ」


 彼女は服を脱いで下着姿へと変わった。


「もう観念なさい。欲望に正直になればいいわ」


「ぐぅう……」


「ふふふ。苦しいでしょう?」


「うう…………」


「ふふふ。いいのよ? こっちに来ても♡」


「…………」


 綾迦は俺の股間を見つめた。

 それはなんの変哲もなかった。


「あれ? く、苦しくないの? 湧き上がる興奮に身悶えたりしない?」


「うむ。特には何も……」


「え? なんで?? 夜歌くんノーマルでしょ?」


「当たり前だろ」


「じゃあなんで反応しないのよ!?」


「知るか!」


魅了魔法チャーム!」


「うむ。なんともないな」


「えええええええええ!? 魅了魔法チャームが効かないいいい!?」


 ああ、そういえば……。


「親父も魅了魔法チャームにはかからないと言っていたな。どうやら真野家の男子は魅了魔法チャームが効かない体質らしい」


「何よそれぇえええええ!?」


「ふふふ。形勢逆転だな」


「うううう」


「どうする? このままハグが無くなるか、俺のことをお兄ちゃんと呼ぶか。選ぶんだな」


「うぐぐぐ!」


 彼女は怒りに身を震わせながら、ゆっくりと俺の方へと近づいた。

 俺の胸に額をくっつけると、ブツブツと何かを言う。


「うう……。お、お、おに……。ちゃ……ん」


「ふむ……。よく聞こえんな?」


「お兄ちゃん!!」


 と言ったかと思うと、俺にキスをした。


 はい!?


「へへへ。これでおあい子よ!」


「お、俺のファーストキスだぞ!」


「えへへ。あたしだって初めてなんだからぁ!」


「この愚妹めぇえ!」


「ふふん! もう遅いっての!」


「ほっぺた引きちぎってやるぅう!」


 彩迦は俺を抱きしめた。


「許してよね。お兄ちゃん♡」


「ず、狡いぞ! こんな時だけ」


「にへへぇ。お兄ちゃんは妹には手を出さないよねぇ?」


 こうして、彼女は俺のことをお兄ちゃんと呼ぶようになった。


 しかし、それとこれとは話しが別だ。

 教育的指導は必須なのである。

 よって、ほっぺたは抓った。


「痛れれれれれれ! ほめんらさひぃいいいい!!」


 兄に魅了魔法チャームをかけるなんてのは許せん。

 「性奴隷が……」とかなんとか言っていたが、それだけは忘れてやろう。

 妹の黒歴史を掘り返すほど野暮な兄貴ではないのだ。

 それが、兄としてできる最大限の優しさではないだろうか。


おしまい。

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