第四十七話

 その夜、万松柏は無忌と共寝した。

 広めの作りとはいえ、一人しか寝れない牀に二人で入るとかなり狭い。それでも無忌は何も言わず、そればかりか万松柏を胸元に抱きかかえるとさっさと眠りに落ちてしまった。


「……おーい。無忌? もう寝たのか?」


 万松柏は目を閉じた瞬間に寝息を立て始めた無忌の耳元でそっと呼びかけてみたが、気付いている気配すらない。頬をつついても、指をつねっても、静かな寝息が乱れることはなかった。


「まったく、寝汚い奴だ」


 万松柏は呆れたように独り言つと、わざと無忌ににじり寄ってから目を閉じた。

 温かく、逞しく、絶対に自分を守ってくれる男がすぐ横にいる。何者にも縛られず、邪魔されず、離れ離れになることもない――数百年の時を経てついに手に入れた安寧だった。望遠春を守るために命を賭した無忌の劫も、これで終わったのだ。

 その夜は、夢を見ることも、過去の記憶にふけることもなく過ぎていった。



***



 秋が過ぎ、冬が過ぎ、立春の日がやって来た。

 新年の準備に浮かれる街を、万松柏と無忌は並んで歩いていた。春とはいっても寒さの残る中、上衣の上からさらに外套を着込んだ二人は雪除けの蓑と笠も身に付けて、背中には荷物の包みという旅の出で立ちだ。長剣もしっかり背中に渡し、さながら江湖の旅人だ。


「なあ、無忌。ここらで何か食べていこうぜ」


 万松柏はたまたま通りかかった屋台を指さした。湯気を立てる蒸し器の隣では肉か何かを煮込んでいるらしく、食欲をそそるたれの匂いが通りに漂っている。

 無忌は屋台を一瞥すると、無言で二つ分の代金を店主に渡した。金色の目を持つ男に驚き、戸惑う店主に万松柏が声をかけ、ようやく手に入れた包子を片手に今日の宿を探す。

 仙師として人生のほとんどを過ごしてきた万松柏にとって、自由気ままに旅をする日々は新鮮なものだった。魔偶だった無忌もそれは同じのようだったが、人としての精神を阻害されていた期間が長かったせいか、万松柏が手助けをする場面も少なくない。

 それでも、幸せな旅だと思っていた。そして何より、あちこちを巡りながら気に入った場所に住み着くのがこの旅の最終的な目標なのだ。



 万松柏がもう仙門には戻らないと告げたとき、暁晨子や沈萍たちは雷に打たれたような衝撃を受けていた。どうやら二人は、ようやく再建が始まった白凰仙府に万松柏も戻るものと思っていたらしい。しかし、万松柏は禁術を二度も使った上に、一度目ですでに追放されている身だ――万松柏は毅然と復帰を断り、無忌とともに旅に出ることを二人に告げた。どのみち行き場がないのだから、いっそのこと旅をしながら腰を落ち着ける場所を探そうという計画だ。比連を連れていけないことだけが心残りではあったが、暁晨子によく懐き、沈萍への抵抗感も薄れていることから、万松柏は白凰仙府に預けても大丈夫だと判断した。霊気に満ちた場所で修業することは比連にとっても役に立つ上、人間らしいやり取りを学べばどこに行っても生きていける。沈萍に弟子入りさせたから、間違った知識や武功を身に付けることもないだろう。


 何よりも、仙師としてできることはやりきった、そう感じたからこその決断だった。蒼生を助け、魔界の勢力を大幅に削り、魔鋒という最強の武器を使い手ごと葬ったのだから、これ以上ない功績だ。もちろん魔界の軍勢を率いるのは閻狼摩だけではないが、万が一魔偶に遭遇したらその時だ――万松柏も無忌も腕には覚えがある。学び得た強さを弱いものに分け与える、これをするのに仙師の肩書は必要ない。



 包子を頬張りながら、賑わう街をぶらぶらと歩く。ふと、無忌が足を止めて前方を指さした。


「宿だ」


「ほんとだな。空き部屋があるか聞いてみるか」


 万松柏は頷くと、無忌と並んで歩きだした。

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魔偶と越界の想い人 故水小辰 @kotako

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