額縁
淀江ユキ
額縁
大学の講義から帰ってきたある日のこと。ふと、テーブルの上に置いてある写真立てに目を引かれた。そこには私が通っていた高校の制服に身を包んだ、黒髪のロングヘア―の少女が写っていた。
彼女は私の初恋の人だった。だがいまはもう、彼女はここにはいない。死んでしまったのだ。
どうして彼女を好きになったんだっけ。ほんの些細なことがきっかけだったのは覚えているが、どうしても思い出せなかった。
彼女はとっても奥手で、何をするにも一番最後だった。いつも皆から煙たがられていたし、さらには陰湿ないじめも受けていた。何度か彼女は自殺を試みていた。そんな彼女を私は自分なりに一生懸命慰めた。痛いところはない?辛かったね。独りじゃないよ。とか、ありきたりな言葉を彼女に投げかけながら、私は彼女の命をなんとかつなぎとめた。彼女とは話したことも顔を合わせたこともないのに、なぜかそうしてしまっていたのが今でも不思議に思う。
介抱したときにふと触れた彼女の温かみはいまだに忘れられない。まるで太陽をその身に宿しているかのような温かさ。私が慰められてしまっているのではないかと思うこともあった。ともかく、彼女と一緒にいると私はとても居心地よく感じた。なにより、彼女の笑顔が私は大好きだった。まるでひまわりのような、満面の笑みが私の生きる糧だった。それに彼女が笑っていると私もなんだか嬉しくなってくるし、泣いていればつられて私も悲しくなってくる。
彼女を殺した時もそうだった
私の家で勉強会をしていた時のこと。建前はテスト対策の一環として、本音はおしゃべりしたり遊びたかっただけの、二人だけの集まりで彼女はふと呟いた。
「私、このままだと笑えなくなっちゃうかもなぁ」
さっきまで微笑みながら楽しそうにしていたのに、突然しおれたように彼女は俯いた。
「えっ、どうして?」
「だって、私にとっての楽しみなんて、×××ちゃんと話してる時しかないんですもの。学校では誰も話しかけてくれないし、お父さんとお母さんもいないし」
彼女は私と同じで両親を早くから亡くして独り暮らしをしていた。
「じゃ、じゃあ、私ともっといっぱいおしゃべりしようよ。それがいいよ、うん」
「でも、貴方だって忙しいでしょう?この先受験とかもあるし、貴方の負担になりたくないもの」
あぁ、だめ。悲しい顔をしないで。でも、もしそうなったら、私はどうしたらいい?
貴女は悲しまない方がいい。それに、笑っていた方がいい。笑わなきゃいけない笑っていなきゃ、貴女じゃない。
「違う」
「え?」
気が付いた時には、私は倒れている彼女の上に馬乗りになっていた。右手には刃先が真っ赤に染まった果物ナイフが握られていて、グレーだったパーカーもジーンズも不格好なまだら模様に染まっていた。
不思議なことに溢れ出た血液は、彼女と同じ温もりを保っていて、赤黒く濡れた衣服でさえも彼女の体の一部であったかのようなそんな気がした。
「どう、して?こんなこと、を?」
弱弱しい声で彼女が呟いた。言葉を紡ぐたびに血の混ざった唾液が飛び散って、服に斑点を増やしていく。
「だって……違うじゃない。貴女は笑っていなきゃいけないの。笑っていないのなら、貴女は違う」
そう言って、私は彼女の喉を掻き切った。
この写真立てを見れば今でも鮮明に思い出せる。
「……あぁ、なんて素敵」
これで、貴女はもう悲しい顔をしなくなった、私は貴女の笑顔を永遠に見ていられる。
彼女を失った今、私は孤独だ。だけれど、寂しくはない。
ここにいる彼女は笑ったままなのだから。少し冷たくなってしまったけれど、貴女は必ずここにいる。世界に一人しか存在しない貴女はもう泣くことも悲しむこともない。
その日の夜はワインレッドのパーカーと、少しシミが増えたジーンズを履いて寝た。彼女に抱かれて、私は深い眠りについた。
額縁 淀江ユキ @ydeyuki
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