第8話

「そう、二人とも無事だったか。そう、うん。それは何よりだ。後始末はこっちでやっておくよ。ああ、そうだ。聡介君も制限解除(アウトリミット)くらい覚えたらどうだ?そんなに特別な才能も必要ないし。ああ、巴月嬢に教えてもらうといい。はは、そうだね。それじゃあ」

 電話を切り、フッと小さく息を吐く。

 俺は床を蹴り押して椅子を後ろにずらすと、そのまま脚を机の上に乗せた。骨董店二階の事務所は誇りっぽいが、このほど良く淀んだ空気が、魔法使いには心地よい。

 異端者の増加。欠落者による殺人。霊脈の強いこの土地柄、異能のものが発生しやすいのは仕方が無いが、それにしても妙だ。

 大抵の欠落者は、自分の能力を知って、その使い道を知る。つまり、自分に発現した異能を無意識的に出していくうちに、その制御や適した目的を探るものだ。

 それなのに、今回の少女は謎だ。

 彼女自身は、おそらく自分の異能を知っているはずだ。知っているのに、その実験をしていない。人外の能力だ。その存在をきちんと認識するのさえ、常人には難しいはず。だが、彼女は自分の能力自体を試さず、能力が最も活用できる状態をどう作るかの実験しかしていない。これは、変だ。

 リスクを犯してまで三人も奇麗に殺す練習をした彼女が、能力を試してみないのは、明らかにおかしい。

 欠落者ではなかったのか。

そんなことは無い。

 彼女は確かに能力者だ。なんの力かは分からないが、彼女の行動から死体を保存するような能力だったと予測できる。

「そうか、囁いた(・・・)やつがいるか」

 俺はにやりと笑った。そうだ。思い出せば、そういうやつがいた。古い知り合いだが、直接手を下さないせこいやつだっけ。

 今更になってなんのつもりが知らないが、どうやら遠まわしに俺に嫌がらせか、もしくは喧嘩を売るつもりだろう。それか、別に狙いがあるか。

 二人が帰ってきたら、少し訓練の必要がある。俺を狙うにせよ、彼らを狙うにせよ、どの道危険はあの二人に降りかかる。

 聡介はあの通りだし、巴月も欠落者同士なら負けないだろうが、相手が俺と同類となると、分が悪くなる。対魔訓練くらいはやっておいた方がいい。

「まあ、退屈しのぎくらいにはなるな」

 俺は立ち上がり、本棚の奥をあさり始めた。確か俺の師匠が書いた『無能でもできる魔術入門』がどこかにあったはずだ。

 この科学万能の時代に取り残された者が一人。この世界からズレたものが一人。

なに、気にするほどのことでもない。元々俺たちはズレた所でしか存在できない。外れて、ズレて、疎まれ続けた者だ。今更受け入れて貰おうとか、まともになろうとは思わない。あらゆる平凡や小さな幸福といった、人間としてのささやかながらも当然の権利を、ずっと昔に放り投げたのだから。その生きてゆく中での最低限の安堵すら捧げて、自己の目的を求めた。俺はそれを誇りにすら思っている。

 さあ、はじめよう。

 挑戦者ならなお歓迎だ。

 別に期待はしないが、願わくは、昔の名を名乗らせる程度はさせて欲しいものだ。真名などもうしばらく名乗っていない。

 俺は薄く笑った。その笑みはおそらく、どこまでも冷たく、どこまでも無感情で無感動だろう。

                                                             

                           〝推定自殺〟 了

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