第5話

 人間は老いる。

 そして、老いると必ず、醜くなる。

 美しい人も、可愛い人も、格好いい人も、素敵な人も、その外見は例外なく老いていき、朽ちていく。

 だから私は人形が好きだった。

 いつも変わらず、いつも奇麗なまま、いつだって私を受け入れてくれる。昔は人形遊びが好きだった。いいえ、今も好き。でも、今はもう普通の人形遊びはしないし、出来ない。楽しいとも思わない。だってもう十八歳だもの。ままごと遊びで満足できる子供ではない。

 だから、いつも私は、心のどこかが乾いていた。どんなに普通の生活をしていても、決して満たされない部分があった。うっすらと、私は自分の異常性に気づいていた。でも、それを認めたくなかった。常識的な人間というものに、未練があったからではない。認めてしまえば、きっと歯止めが利かなくなるからだ。

 私は私の中の薄暗い何かをずっと無視し続けていた。

 しかし、それもある時から不可能になった。

 佐賀仁美。

 彼女はとても美しくて、私の心を一瞬で奪い去った。

 人並みに恋愛してきた私だが、今までもどんな男にも、こんなに心ときめくことはなかった。その時に初めて気づいた。私は女性が好きなのだ。ううん、それも違う。女性だの男性だの、きっとそれは関係ない。とにかく、佐賀仁美という女性自体に、たまらなく私は惹かれたのだ。

 奇麗な肌、奇麗な髪、奇麗な顔、奇麗なスタイル。

 私は彼女に恋をしたのだ。

 愛しくて、恋焦がれて、狂ってしまいそうになる。

 その衝動は、ずっと抑えていた私の狂気を一気に解放させた。

 もしも私に家族がいたら――あるいは、私は狂わなかったのかもしれない。共に暮らす人間という抑止力があったなら、私はまだその狂気を無視し続けたのかもしれない。

 でも、もう止められない。

 私は目覚めてしまった。

 それに、私には導きがあった。夢で誰かが、囁いたのだ。お前は特別だ。お前は自分の思い通りにすればいいと。夢の声は、アドバイスをくれた。もしかすると、夢の声の主は私自身かもしれない。今まで隠していた私の本質。私の本性。真の私が、いまだ生ぬるい私に囁いているのだ。

 夢の声は言った。

 目覚めた私には、特別な力があるらしい。私は私の力について質問した。声は律儀に、質問に答えてくれた。

 ああ、私の力は、なんて今の私にぴったりなのだろう。今の一番の願望にぴったりの能力なのだろう。

 だから、私は名づけることにした。そう、私の能力は『眠り姫(レプリカント)』。奇麗に血を抜いて、奇麗な状態で永久に保存する。

 そのためには、実験が必要だった。

 身長、体重、血液型から皮膚の色、体質まで彼女とほぼ同じ人間でどれくらい奇麗に血を抜けるのか、試す必要があったのだ。

 リスクはあった。色々正確なデータを取るために、三人も試すことになった。これ以上増えると、さすがにこの『自殺』も疑われ始める。

 でも、やっとだ。

 やっと全ての準備が整った。ようやく彼女を保存してあげられる。一番美しい時期に、一番美しい姿のまま、時間を止めて上げられる。そしてそれは私のもとに。

 だから邪魔はさせない。誰にも何にも。そういえば、ストーカーの被害がどうとか、そんな理由で彼女の周りを嗅ぎまわっていた男がいた。浅岡聡介、とかいったかしら。どうせもっともな理由を口実に、お前も彼女に近付こうというのね。

 許さない。仁美は私だけのものなのだから。他の人間になんて近づけさせるものか。しかし、勘が鋭いのか、情報戦に強いのか、仁美の失踪から二日で私の屋敷にたどり着くなんて、なんて優秀な探偵さんかしら。厄介だ。本当なら、知らぬ存ぜぬで通すほうがいいのだけど、面倒くさい。いっそ殺してしまおう。

 私は訪ねてきた彼をとりあえず屋敷にあげることにした。



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