変態紳士、見☆参の巻き

東乃異端児

変態紳士、見☆参の巻き

『午前一時二十一分、暴れまわるバケツから、足が二本』


 ある真夜中のこと。

 透き通った声が聞こえたので頭を出してみると、そこには茶色いカーディガンを上に来た、制服姿の女子高生が、口元にスマホを近づける形で、俺、雄二郎を見下ろしていた。


「あの、一体何をされてるんです?」


 そんな、彼女からの率直な問いに、俺は答える。


「飲食店の廃棄物調査だよ。ここら辺はゴミの分別が悪くてね、こうやって見回って、危険物が無いか見てる最中なんだよ」


 俺はそのハエのたかったすまし顔で「これも町を守る為なんで」と、言い切って見せた。


 俺にも男の意地というものがある。

 日中、パチンコで摩って文無しになったから、生ごみ漁って食ってましたなんて、ましてやこの慶応大学卒のこの俺が、現役JKの前で醜態をさらすことなど、絶対あってはならないことだろう。


 だから、嘘でもなんでも塗りたくる。

 女の子の前では、モテる男でないと、――いけない。


 彼女は黙り込むと、品定めするかのようにじろじろと俺を見る。

 流石に怪しいか? 頬を一筋の汗が流れる。

 すると彼女はコクリと頷いて、そして手を叩いた。


「……すごい、カッコいいです!」


 え?


「すごいカッコいいと思います! ゴミにまみれながらも町の為に日々奮闘されてるなんて、……素敵です」


 早口でぐいぐい迫る彼女に理解が追いつかない俺は、その慶応大学卒の、その知能派の脳で、あらゆる情報を目まぐるしく整理する。


 ――どうやら、俺は彼女に、――滅茶苦茶カッコよく映っているらしい‼


「いやぁ~、それほどでもぉ~」

 この時、俺は目の前の美少女JKに、「カッコいい」だの「素敵」だの言われてしまったもんだから、有頂天になっていたに違いない。


 それから「俺、実は知能派なんだよね――べらべら」と、あれよあれよと自分の自慢話が垂れ流されるのを、彼女は何度も頷きながら、時に小さく拍手してくれたりと、なんともするすると口が動く動く。


「だからさぁ、――」

ぐぅ~


 すると言わずもがな、金を摩って昼から何も入れていない腹が鳴った。

 固まる俺の顔をマジマジ見つめる彼女は、小首をかしげてこう言った。


「……もしかして、お腹すいてるんですか?――もしよければ、ウチで夕飯ごちそうしますよ?」


 そして、彼女は「その代わりに」と付け足して、


「恋人になってください」


 と、優しく微笑んでそう言った。






 自分でも信じられない。まさか自分に、恋人ができるなんて。


 彼女の後をついて歩きながら、彼女をチラリとみる。すると彼女はまたスマホに向かって、

『午前二時五分、恋人を獲得』と言った。


 どうやらガチらしい。

 思えば大学時代は勉学に勤しんでからなぁ。女を自ら断ち切ってきた身だったとしても、初めての彼女の存在は、どうも心臓が鳴りやまない。


 あ、そうだ。名前聞かないと。


「きみ、名前は」

「絵里」


 絵里ちゃんかぁ~、顔は悪くないし、うん良いだろ!


 それにしても、なんで飯食わせてもらう交換条件が恋人になる事なんだろうか? 確かに高学歴の俺と付き合えば将来安泰なのは確かだけど。

 などと腕を組み、一人で唸る俺に向け、彼女が振り返りざま手を後ろに組んで、それは嬉しそうに、無邪気に笑う。


「でもよかった。あなたみたいに優秀で真面目な人が恋人になってくれて、――お母さん、喜ぶだろうなぁ……」


 いま、なんて?


 い、いやいやいや、早すぎない⁉ 

 恋人になって数分よ? もうご両親に挨拶なんて、いくら何でも早すぎるでしょ!


 恐る恐る「本気?」と尋ねると、いたって変わらない様子で「もちろん」と答える絵里。


「ご家族は?」

「お母さんが一人です」


 どうやらお母さまは女手一つで、出会ったばかりの人間に飯を食わせてくれる優しい絵里さんを育ててくださったらしい。ならば俺も覚悟を決めねば。


「……絵里さん、お母さんを幸せにしよう!」


 彼女は驚いた様子を見せると、それからニコリと、優しく微笑んだ。





『午前二時三十分。遅い夕飯、食事を彼にふるまう』


 白いテーブルを中心に二人は向かい合わせで座る。目の前にはどこからか運ばれてきた鉄板の上を、大きな肉の塊がジュウジュウと音を立てて鎮座する。


 どこからか、――その表現はつまり、そのままの意味を指す。


 ダイニングキッチンになっているその部屋には、キッチンの何処を見渡しても調理器具はおろか、周りにテレビやソファー、時間を知らせる掛け時計すら存在しない。


 ただ二人が挟む白いテーブルと椅子、それだけが不自然にそこにあった。


――『十一月十四日、午後三時――』


 すると絵里はスマホを操作し、音声を流す。

 それから彼女はスマホを、ずっとテーブルの上に立てかけてあった白い額縁の写真立ての前に置いた。

 スマホに向けて喋る彼女のその行動に合点がいく。ずっと録音していたらしい。


「どうしました? 頂きましょう」

 その光景を不思議そうに眺める俺に対し、絵里は頂きますと手を合わせる。

 食卓にBGMのように流れる音声に首をひねりながら、ナイフで切り分けた肉を口に運ぶ。


「そういえばさ、お母さまは? どこに居るのかな」


 辺りを見渡しても空虚な部屋からは、二人以外の人の気配を一切感じない。

 そんな問いかけに今度は彼女が小首をかしげる。


「いま報告記録を聞いてもらってる最中じゃないですか」


 彼女の目線の先、音声を垂れ流すスマホの先の、白い額縁に飾られた一枚の写真。その中にはひとりの女性が、どこかで見たような優しい微笑みを作っている。

 写真の女性と彼女を交互に見比べながら、もしかして、と恐る恐る尋ねた。


「お母さまって、まさか」


 すると目を伏せたまま、彼女は、

「死にました」

 と言った。


昔を懐かしむように、スマホからは依然と、自分の声を流し続けながら、絵里はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「水商売をやっていた母は朝帰ってくると、お店で仲良くなった男性の方と一緒に帰ってくることが多くて、その方々と顔を合わせる母は、とても幸せそうだったんです」


 彼女は嬉しそうに過去を語る。だがその表情にはだんだんとだが、影が落ちていくのがわかった。


「……でも、おうちに一人で帰ってきたときは、ひどくアルコールの臭いがするんです。それでわんわん泣き叫んで、あらゆるものが飛んできて、――私も、何度もぶたれたんですよ。『あなたさえいなければ! 私は、あの人と幸せになれたのに!』って」


 自然と顔が強張った。

 例え店の客が家に来たとしても、それはただの客だ。遊び半分で来ている男に、連れ子持ちの女を養う覚悟なんて、あるとは考えられない。


「だから母に彼氏が出来ないのはきっと、――私のせいなんだって」


 彼女から出た言葉に何故か、寒いものが背中を通るのを感じた。


 自分を差し置いて男に走り、存在さえ否定され、――それでも母親を裏切れず、代わりに自分を否定する。

 そんなことを繰り返すうちに、彼女はどこか、人間的な部分で、ねじまがってしまったかのような、そんな感じがしたからだ。


「ある日、朝起きると、テーブルの上に見慣れない紙が置いてありました。見ると何千万と書かれた借用書と男の名前。――そして」


 彼女は、だんだんと、顔を上げる。


「保証人に、母の名前が書いてあって、――私、怖くなって、その場を逃げたんです」


彼女と目が合う。すると、自分の血の気が一気に引くのを感じた。

彼女は、まるで人形のような、全く光の無い眼で、薄く、笑っていた。


「夜が更け、意を決して家に帰ってみると、家財道具がきれいさっぱり無くなっていたんです。私、非常に驚きましてね、母も帰ってたんで事情を聞こうと思ったんですけど、――でも、直接は聴けませんでしたね」


 ナイフを持つ手を上げ、頭上を指し、壊れた人形は、薄暗く笑う。



「ぶら下がってたんですよ。この上で」


 口の中に残る肉の、その感触に吐き気を催した。


「実は今日、母の命日でして、……私が母を、不幸にしてしまったから、――」


 ……まさか、


「せめてあの世では、母に借金背負わせて自殺に追い込んだ男じゃなく、優秀で立派な人が、恋人になってほしいじゃないですかァ‼」


 ガン


 激しく打ち付ける音がした。

 おそるおそる自分の、その手の甲を見てみる。


 そこには、血しぶきを上げたフォークがグサリと突き立てられていた。


「ッだぁぁぁぁああああ‼」


 痛い、痛い痛い痛い、痛い痛い痛い痛い痛いぃいいいいい!!

 恐怖と痛みに絶叫し、頭が真っ白だった。


 なんでだ、何でこうなるんだ! 俺がなにしたってんだ、ただ生ごみ食べてたコトを隠してウソをついただけじゃねぇか! 


 だが、とにかくわかることは、――このままじゃ、死ぬ! 殺される!


 絵里は「よかったね、よかったね、お母さん」とうつろな目で俺を見下ろし、鳴り響いていた録音の音声が全て流れきったのを理解すると、その続きを、彼女は口にする。


「午前三時ちょうど。お母さんの恋人、今送るからぁぁあああああああ‼」


 テーブルを飛び越え、絵里は俺の胸にナイフを突き当てようとした。


 咄嗟に上体をひるがえし避けると、自分の背後にナイフのガン、という重い音が響く。


「交換条件でしょ⁉ 母の恋人になってくださぃぃ!」

壊れた人形は狂い、涙を流す。


 母親の恋人だと? その為に殺されるのか? 冗談じゃない! コイツは正気でない、論理的でない、理解できない!


 彼女を振りきり足をもつれさせながら逃げるものの、狭い家の中ではただの悪あがきに過ぎない。

 壁際に追い込まれると、無力にも腰を抜かし、そこに座り込んだ。


 死ぬ時って、こんなぶるぶる震えるもんなんだな。

 震えが止まらないからだを抱きしめながらそう考えるということは、もう自分が死ぬってことを冷静に理解してしまったからなのかもしれない。

 そして覚悟するように、ゆっくりと瞼を閉じる。 


 ――もう、お終いか。


 そして、絵里はナイフを振り上げ、グサリ、と腹に突き刺さった。


「……なにこれ」


 しかし返ってきたのは痛みではなく、絵里の、困惑気味の声だった。


 切り込んだTシャツ。

 絵里はそこに手をかけ勢いよく引き裂く。


 そこには金を借りる為、ギャンブル依存を隠すつもりで服の中に隠してあった、切り込みの入ったパチンコ雑誌と、床に散在した馬券の数々。


「ちょっとぉ、なによこれ‼」


 絵里は胸ぐらをつかんで叫ぶ。

 その反応を見て、俺は唖然となりながらも、記憶の点と点を合わせていく。


 そうか! 俺は藁にもすがる思いで、自分のズボンを下ろした。


「きゃあああ!」


 そこから出てくる、競馬新聞からエロ本、宝くじの数々。

 そしてパンイチになった俺、雄二郎は高らかに宣言する。


「聞けよ! 我こそ最低最悪の人間なり‼」


 腰を抜かし、青ざめてたじろぐ絵里に追い打ちをかける。


「いいか、よく聞け! 男ってのはなぁ、どうしようもない連中なんだよ! 二十八になってもプラプラして、いまだに高学歴ってことにあぐらをかいて、ギャンブルをやめられない、傲慢で現実も見えてない俺が、最たる例だぁ!」


 人は、どうやら窮地に追い込まれれば、自分を見直すらしい。俺はそれから絵里に自分のダメな所を叫び散らかし、絵里はそのたびに絶叫する。


 よし、トドメだ!

 俺は生き残るのに必死だった。だから最後の一押だと、自分のブリーフにその手をかけた。





「被告人、雄二郎のわいせつ行為は正当防衛に含まれるという主張を全面的に却下し、したがって雄二郎を、禁固三年の実刑に処す」


 カン、と裁判官の木槌を叩く音が、法廷に響き渡る。


 あの夜、叫び声を聞きつけて近くの住人が警察に通報してくれていたらしい。

 状況から不信に思った警察は家に突入。


そこには、おびえる少女の前で、血眼で、全裸になる俺の姿があっ訳だが、

さて警察は、どっちを犯人だと思ったでしょう?


 幸いにも絵里は自分の犯行を認めたのだが、俺はそのまま捕まるらしい。


 その放心した表情で「ありがと、目が覚めたわ」と去っていった彼女の背中を思い出しながら、俺もこの夜の出来事を機に、刑務所生活でゆっくり自分を見つめなおそうと思います。


 それから俺は、じゃらじゃら手錠を鳴らしながら、一抹切なさを心に、法廷を後にした。



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