第4話

 気が付けば洗濯乾燥機の動きが止まっている。時間を見ると午後十時。なんとここへ来てから二時間も経過していた。


「え、うそ、やだ、もうこんな時間! すみません、胸糞悪い話ばっかりしちゃって」

「全然。俺も楽しかったよ。今度はコピー機の前で佇むOLでも描こうかな」

「え、それ見たいです。っていうかフォローしてなかった」


 私はスマホを取り出してツイッターを開き、『浜本聖也』と検索をかけた。ペンギンのアイコンをタップして『フォローする』を押す。これで浜本さんが絵を上げたらタイムラインに流れてくるようになった。


「ところでなんでペンギンなんですか?」

「最初は自分の似顔絵にしてたんだけど、どうもフォロワーが増えなくて、誰もが好きなペンギンにしたら急増しただけ。特に意味はない」


 ふぅん。そんなもんなんだ。


 私は毛布の入った洗濯乾燥機の扉を開けた。同時に温かい風と温かい匂いが身体を包み、思わず「わぁ」と声が出た。お日様の匂い、というわけではないが、幸福感溢れる優しい香りで、夏だけどこの毛布に包まって寝たいと思った。家に帰ったら圧縮袋に入れて、香りも温かさも閉じ込めちゃおう。


「それじゃあ、今日は色々とありがとうございました」

「いいえ。俺、毎週木曜の夜八時すぎにここ利用してるから、気が向いたらまた話聞かせてよ」

「分かりました。あ、絵、楽しみにしてますね」


 持ってきた時より明らかにふんわりとして重量が増した毛布をカバンに詰め込み、私はコインランドリーから出た。相変わらず外は暑く、カエルが遠くで鳴いているのが聞こえる。


 あれ、なんだか心が軽いな。空も飛べそうというか、背中に羽が生えて自由を手に入れた感じというか。家から外に出た時はイライラしていたのに、コインランドリーから外に出てもイライラしない。よく分からないけど、私はスキップをしていた。


 人に話を聞いてもらうって、こんなにもスッキリするんだ。聞かされた浜本さんからしたら迷惑だったかもしれないけど、第三者の赤の他人だし、楽しそうに聞いてくれたから大丈夫だろう。ウェーブがかった髪をひとつに束ねて、白いTシャツに七分丈の黒いパンツ、靴は下駄という一風変わった見た目をしたイラストレーター。毎週木曜日にあのコインランドリーを利用する神様。


 ツイッターを開いて浜本さんのページへ飛んだ。何度見てもため息が出るほど色使いがキレイな絵をタップして、画面いっぱいに表示させる。


 そうだ、来週の木曜日もあのコインランドリーに行こう。洗濯物を持って、回る洗濯機を前に浜本さんと色々な会話をしよう。話したいことはいっぱいある。


 ……ん? これじゃまるで浜本さんに会いに行くみたいじゃないか。違う違う! コインランドリーに行ったついでに、浜本さんとお話をするのだ。メインはあくまでも洗濯物。だって、洗濯したいものはたくさんあるんだから。掛け布団に敷布団、何枚かのひざ掛けに、カーテンだって。


 全部洗って、身も心もキレイになって、あの優しい香りに包まれればきっと私は無敵になる。そして浜本さんの絵があれば、最強だ。毎日の仕事も頑張れそう。


 なんとなく振り返った。コインランドリーの灯りが暗い夜に浮かんでいる。


 カラン。


 遠くの方で、浜本さんの下駄の音がした気がした。



END.

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木曜日の夜、第三者の赤の他人。 小池 宮音 @otobuki

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