第1章 第5話

 教室の外は、相変わらずの熱気だった。廊下に響き渡る蝉の声に急かされるように、ぼくは一階にある自販機に急ぎ、その足で二階のとある空き教室に向かった。自販機で買った、パンとコーラの冷たさに励まされながら、熱気をかき分けて進んでいく。それでも階段をのぼる足は重い。一歩また一歩と階段を登るたび、蝉の声がうるさくなっていった。階段を登りきっても、ぼくの足どりは重いままだった。ぼくはコーラを一気に飲み、体を冷やしながら、なんとか空き教室の前にたどり着いた。


 扉を開けると、リーダー会はすでに始まっていた。中の冷気とともに、一瞬冷ややかな視線を感じた。


「なんだ、きみか。」とミュー長が、さっきの視線をごまかすように大げさに明るく言った。よかった。ぼくはまだ歓迎されているようだった。


 ぼくが席につくと、会話が再開された。とりあえずぼくはパンにかじりつきながら、各班の現状報告に耳を傾けていた。


 一通り、報告が終わると、突如、Bが声を上げた。


「今日さー、あいつが朝睨んできてまじウザかったわぁ笑」




 始まった。


ぼくは手元のパンに目を落とした。もう三分の一ほどいしかないそのパンがこの場所の命綱だった。


 Bは選挙で負けた衣装長のことを未だに根に持っている。仲の良いミュー長についてきて、リーダー会に顔を見せて以降、衣装長はリーダー会に顔をだしていない。表面上は、衣装班である彼女が長代理ということだ。「あいつ」とはもちろん衣装長のことである。


「分かるー、最近なんか俺も睨まれてるようなきがするわ笑」


 とCが呼応する。彼はミュージカル班のただの班員だがAやミュー長と仲がいいので、Bに誘われてついてきたようだった。


「あいつまじでキモいよね、すぐ人睨むし、命令口調だし」


さらにミュー長がそれに乗っかる。これを合図にして、3人の愚痴大会が始まった。話題は「あいつ」とおもに「あいつ」と仲のいい元ミュー長立候補者も含めた数名。もはや名前を出すことさえ憎いかのように、教室中に「あいつ」という言葉が反芻する。その中でAはただ苦笑いをし、他の長たちは時々合いの手を入れ、ぼくは黙々と小さくなったパンをさらに小さくちぎっていた。いつもの光景だ。これがあと一時間弱続く。


 いつの間にかぼくのパンは限界まで細かくなっていた。ぼくはいつもどおり、時折コーラを流し込みながら欠片とも呼べないようなパンをゆっくり口に運んでいた。パンに目を落とし、口に入れようとしたその時、


「えーそんなことないと思うけどなー。そんな悪い人じゃないよ、衣装長。」


 もう一人の副団長が今日はじめて声を発した。その言葉に、教室の冷気が鋭さを増す。蝉の声がどこか遠くでなっているのが聞こえる。ぼくはパンを口に運んだ変な格好のまま止まっていた。

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