第1章 第2話

 外に出ると、そこはうだるような熱気と、雲ひとつない晴天だった。蝉の声がかすかに遠くから聞こえる。絵に書いたような夏の朝だ。ぼくは家の前ににおいてあった、変な音のなる自転車にまたがった。空気が抜けているようだった。この暑さで、パンクしたかもな、そんなことを思いながら、ぼくはポケットから取り出したイヤホンを耳にはめ、見慣れた道を漕ぎ出した。


 道の両脇には、白い建物が、立ち並んでおり、敷地内には、所狭しと太陽光パネルが置かれていた。風に混じって聞こえてくる、子を起こす母親の声。車のドアを締める音。食器の音。そこかしこで、朝の音が鳴りわたる住宅街を走りぬけ、車通りの多い大通りに出た。ぼくは、ほうと息を吐きながら、少し顔を上げ自転車のスピードを落とした。少々家を出るのを遅れたせいか、道は渋滞気味になっていた。どの車も、窓が全開にあけられ、すれ違う車の中、盆休み明けの憂鬱そうな会社員の顔が、暑さで溶けているのがよく見えた。そんな顔を傍目に、ぼくは、自作プレイリスト、アップテンポソング5選を頭から聞き始めた。


 ちょうど4曲目を聞き終えた頃、大きめの交差点を渡ると、道が急になり、車の音に比べ蝉の声が一段とうるさくなっていた。見上げると、高台の上で学校の白い壁が反射しているのがよく見えた。なぜ、わざわざあんなところにと、ぼくは内心、悪態をつきながら、音量を上げ、アップテンポな曲調に、漕ぐリズムを無理やり合わせた。


 次第に小さかった白い壁が大きくなっていくのを目の端で捉える。と同時に体が重くなっていった。視界には永遠と坂が広がっている。ぼくは深く息を吐いて、目の前の坂と、音楽に気持ちを集中させた。耳にメロディーがこだまする。背中に汗が伝うのを感じる。サビを迎えテンポがさらに上がる。漕ぐリズムを更にあげる。風景が加速する。ラスサビがもう終わる。

 

 顔をあげると、校門はすぐそこだった。

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