時間を食べるリス
浅木信助
時間を食べるリス
俺の名前は吉竹カズキ。とある会社に勤めるアラサー男だ。
住んでいるアパートが居酒屋と近くて静かに作業するのは中々難しいと、同僚にオススメの新居を聞いてみた。
オススメしてもらったのは、駅まで10分徒歩の静かなアパートだった。写真を見せてもらって、実際に部屋の様子を見たら何の変哲もない普通の部屋で、とても住みやすそうなアパートだと思った。それで俺はこのアパートに引っ越すことにした。運ぶ荷物の殆どが服や本の類だけで、業者に頼むほどの多さではなかったから自車で運んだ。
新居に引っ越した直後も仕事で手一杯になり、中々荷物の配置には取り掛かることはできなかった。
引っ越して三日目になった今日こそ荷物を配置しようと、コンビニから買い物して帰宅。
冷蔵庫に置こうと思ってカップアイスを取り出そうとしたら、何故かアイスが溶けてしまった。
「えっ、帰宅してすぐだけど…。うわ、全部かかってるし」
俺は袋の中身を全て取り出し、アイスでビチョビチョになった食材たちをすぐ冷蔵庫に入れた。
服をクローゼットに整理しようと、服が積んであるスーツケースを開いてみるが、スーツケースのジップのプラスチックが劣化してボロボロに砕けた。
中にある服を確かめると、服は黄色くなったりカビだらけになって着れない状態に。スーツケースを開けた瞬間もカビのせいで少しむせた。
気持ちを落ち着かせようとテレビを点けてみるが、妙なことに気づいた。
時がなんと、10年も進んでいた。ニュースや他の番組を見ても、年が2033年になってる。
夢なんじゃないかと思い、俺は自分の頬をつねってみたが、痛かった。そして顔を洗おうと、すぐにお手洗いに行ったら…
「は?ウソ…だろ?」
ヒゲが長く伸びて、髪もボサボサな状態の俺が鏡に映っていた。
すると、部屋が突然停電した。玄関にあるブレーカーをいじっても電気がつかない。ドアも暗証番号入力のデジタル式であるため、簡単には開かない。でも幸いなことにスマホの電波がまだついていて、誰かに連絡したりするのはまだ可能。連絡するなら同僚、もしくは大家さんかな?と迷っていたら…
「待てよ。電話しようったって、今10年進んでるから、向こうどんなんなるんだ?」
助けが必要なのは間違いないけれど、向こうが混乱した時にどう説明すればいいか思いつかない。とりあえず電話はやめとくか…。
気分転換に好きなバンドのMVを流したいとスマホで動画サイトを開いたら、チャンネルにある動画が10年も前のものばかり。俺が今新曲
「あれ?さっきテレビで2033年ってあったけど…?2013年?」
この短時間で、何で10年も年月が変わってんだ?
今いる状況が整理できなくて同僚に連絡しようとしたら、連絡先には同僚の番号が入っていなかった。
明らかに電話かけるタイミングを逃した、連絡するならさっき10年進んだタイミングでやっておけば…。と頭を抱えた矢先に、全く知らない番号から電話がかかってきた。
「もしもし?吉竹さん」
大人の男性の声がした。一体誰なんだ?というか何で俺の名前を知ってるんだ?
「もしもし?誰ですか?」
「あ、道沼ユウジって言います。今あなたが住んでいる部屋の前の住人だったんです。」
良かった!部屋のこと知ってる人だ!
「あの…大家さんから聞いたんですが、もしかして今困ったりしてます?」
もしかしたらこの人助けられるかも!と、俺はすぐに今いる状況を説明した。
「実は今、時間の流れが狂ってて…10年行き戻りしてるんですよ。」
道沼さんは明らかに残念そうな声をあげた。
「あのですね、実はその、原因は一つありまして。私が研究した、時を操るリスがその部屋にいるんです。そのリスが恐らく時間を狂わせてるのかと…」
時を操るリス…?未知の単語過ぎてツッコミを入れざるを得なかった。でも、研究ってことはこの人は科学者か何か、か…?
「アンタ何してくれてんだよ!」
「違うんです!あの子はその部屋がお気に入りで、私が今の新居に連れてきても簡単にあの部屋に戻ってくるんです!これ何度かあったんですよ…!」
「はぁ…。えーっと、その子を探せばなんとかなるんですか?」
「恐らくは。その子を探して、うまく落ち着かせれば時間が元に戻るはずです。でもトキコちゃん人見知りで、初対面の人にはちょっと怯えちゃうというか…」
落ち着かせる…?どうやって?ってか何が「恐らくは」なんだよ!こっちが困ってるっていうのに…!
「リスのお名前、なんていうんですか?」
「トキコちゃんです。トキコは胡桃じゃなくて時間が好物です。時間を食べると身体が青くなるんですよ。」
話が全然頭に入ってこない。改めて思うけど時を操るリスって何だよ?俺はその疑問を抱きながら部屋中を探し回った。
「あの、トキコちゃんって結局何なんですか?普通のリスとは何か違うんですか?」
「それについては研究結果のファイルにまとめたんですが、今手元になくて…」
「マジですか…」
話の途中で、何処からか噛み砕く音が聞こえた。音が出るところを辿ると、青い金平糖をかじるトキコの姿が見えた。
「道沼さん、トキコの姿が見えたんですけど…何で金平糖なんか食べて…?」
「それ、トキコちゃんが時間を食べている証拠なんです。」
「あの金平糖が…俺の時間ってことですか?」
俺はトキコを捕まえにゆっくりと近づいたが、トキコは俺の気配を取ってすぐさま逃げた。
「ちょっ!待て!」
「あの!吉竹さん!あまり脅かさないでください!トキコちゃんビビって逃げちゃいますよ!」
道沼さんは電話越しで俺を注意したが、俺は時間を戻したい一心でトキコと追いかけっこし、道沼さんの電話も途中で切った。しかし流石はリス、逃げ足が速い。部屋中走り回っても一向に捕まえられない…。
駆け回ること15分、俺は疲れて床に寝転んだ。
「俺は今何してんだろ…時間戻んないし、外出れないし、」
トキコはそっと俺の方に近づいてきた。
「トキコちゃん。俺、元の日に帰りたいんだよ…悪いけど、俺の時間戻してくれる…?」
そう言った俺は、ゆっくりと眠りについた。すると翌朝…
「吉竹さーん!いますかー?」
ドアを叩いた道沼さんの声と、トキコちゃんの鳴き声で俺は眠りから覚めた。俺は寝起きの声で道沼さんの呼び声に応え、ドアを開けようと出向いた。すると、中々開かなかったドアロックが簡単に開いた。
「あ、開いた、良かった…」
俺がドアを開けると、トキコちゃんはすぐに道沼さんの方へ駆け寄った。
「うおっ!トキコちゃん!」
「あ、道沼さんですか?」
「どうも初めまして。道沼です」
この人やトキコちゃんについてもいろいろ聞きたい事はあるが、とりあえずは…
「今って時間戻ってますよね?」
「今2023年ですから、ご安心ください」
それを聞いて俺は凄くほっとした気分になった。
「ちなみに今、部屋の物はどうなってますか?」
「さっき服とかカビだらけだったんですが、今どうでしょうね」
スーツケースの中身を確かめると、服は元の状態に戻った。
「良かった…もう一生何もできないんじゃないかと思って焦りましたよ」
「ところであの、トキコちゃんに関してですが…」
「あっ、ファイル見つけましたか?研究結果の」
「ええ。今も持ってきてます。」
「うーん、聞きたいのは山々なんですが、とりあえず今は」
「あの、吉竹さん?知りたいんじゃなかったんですか?」
「ごめんなさい、今日この後用事がありまして…」
「用事の後でもいいので良ければトキコちゃんの話を…!」
「あの、もう、帰ってください!」
俺はすぐに道沼さんとトキコを追い出して、ドアを閉めた。道沼さんやトキコちゃんについては色々気になるところはあるが、10年行き戻りした疲れでとりあえず休みたい気分だ。
「濃い10年間だった…。いや、20年か。」
疲れを癒すために俺は風呂に入りに行こうと、着替えを取りに行った。
あのリスが帰ってこないことを信じたい…。
時間を食べるリス 浅木信助 @Tonch
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