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課長から連絡をもらったときにいた交差点まで戻ると、外はすっかり暗くなっていた。近くのコンビニに車を停めてから、身体中の空気を入れ替えるように大きく息を吐いた。
「住民登録がなされぬまま亡くなった人だったんですね」
そうや、と逢野さんは一言だけ呟くと、紙カップに入ったホットコーヒーを美味そうに啜った。
香々地冬桜は、大正の終わり頃に生まれた人物だった。
逢野さんは彼女に本来の姿になるよう求め、彼女はそれに応えた。しかし本来の姿も大人であるとは断言し難かった。二十歳まで生きられたかどうかは怪しかった。
彼女を大正の終わり頃の生まれと判断したのは、現代とは大きく異なる服装と、私がひたすらノートに書き写した彼女と逢野さんの会話からだった。
記憶も朧げな彼女の親が届出を出さなかったらしい。届出が出されないということは、生きる上で幾度となく不都合があったことだろう。しかし、彼女は曲がりなりにも生きられるところまで生き、そして若くして死んだ。
香々地冬桜が願ったのは、自分が生きたことを記録されることだった。ただ、それだけ。
逢野さんは思案したのち、あの不完全な住民票に次の情報を加えることにした。氏名の読みを『かがち とうおう』とすること。性別を女性とすること。そして、生年月日を大正十五年一月一日生まれとし、没年月日を令和元年十二月二十九日とすること。
確かめる術がないので適当な情報だが、彼女はあどけなさが残る顔を綻ばせた。両サイドが崖になっていた一本道を再び道幅のある道路にした。一本道の出口まで道に沿って温かみのある赤橙色の光が点々と並ぶ。よく見ると赤い萼が──ホオズキが揺れていた。萼の中の実が光っているらしく、提灯のようにあたたかく辺りを照らしている。
バックシートに座っていた彼女はいつの間にか消えていた。
「彼女ホオズキが好きだったんですね。あれ綺麗だったなイルミネーションみたいで」
「氏に使った『かがち』はホオズキの別称や。英語も名称がいくつかあるが、Winter cherryと書くことがある。冬のサクランボの意だが、漢字に直せば冬の桜とも書けなくもない。教育を受ける機会はほぼ無かっただろうに、どうやって知ったかは分からんけど、好きやったから何とかして知ろうとしたのかもな。頭が下がるわ」
「頭が下がると言えば、普通に死にかけたと思うんです、僕」
「そうやな。怖い思いをさせたな、悪かった」
私は思い出したように頭に浮かんだ文句をたれたが、逢野さんは真面目な顔になって頭を下げた。が、すぐに顔が上がった。
「せやけど視える貴重な人材や。次はちゃんと応対できるようにしよか」
小学校の先生が諭すように穏やかに言うものだから、反射的に頷いてしまう。
逢野さんは即座に「決まりやな」と返すと、冷めたコーヒーを一気に煽り車を発進させた。
不完全な住民票 藤堂 有 @youtodo
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