第10話 何故
♢ルイ視点
「ここ最近、国境付近の問題は少なくなってきています。理由は不明ですが、魔獣も活発ではなく、むしろ大人しすぎると言ってもよいほど見かけません」
「ふむ」
「そして奴らも、今までの暴虐ぷりが嘘のように、何も被害の報告を受けていなく、目撃してもいません」
「どこかで戦力の立て直しでもしているのだろうか…」
「奴らにそれほど戦力が残っているとは思えませんが。先の戦いで私たちが壊滅に追い込みましたので」
「まあな。だが奴らは国民皆兵だ。人がいれば、それなりの数が兵士になる」
「いずれにせよ、警戒を怠るべきではないというわけですね」
「そうだな」
「そして・・・」
「・・・以上で報告は終了です」
「ん、下がってよし」
「失礼します」
ジークが部屋から出て行くのを確認すると、俺は椅子の背もたれに寄りかかって大きなため息をつく。
「はぁ………」
アルスが倒れ、元に戻らなくなってから既に2ヶ月が過ぎた。アルスの容体は国王陛下や他の公爵家の者たちにしか伝えられていない。
しかし、国内外はもちろん、領民の者にも伝えていない。領民を不安にさせ、無駄な混乱を防ぐ為だ。ここまで情報が外に出るのを避けているのは、アスタニア王国を取り巻く情勢の複雑さゆえだ。
アスタニア王国は現在5カ国、1つの賊と戦争、または膠着状態に在る。
北に魔導帝国ティエーネ、ステラジア共和国、グルシア王国、東にヴルドハント騎士王国、南の海賊。
これらと戦争を続けて早200年以上、海賊は5年ほど前に出てきた存在だが、奇跡的にもアスタニアは一度たりとも領土を奪われていない。だが、アスタニアは相対的に弱体化しつつある。
原因として挙げられるのは、農作物の不作や長年の国力の疲弊もあるが、やはり一番の原因は敵対国に神眼持ちが同年代で複数生まれたことだ。
今まで、神眼を持った者が複数生まれることはなかった。そもそもここ200年の中で、神眼持ちの人間は存在していない。だからこそ、アスタニアは危機に瀕している。
神眼持ちはたった一人で戦場を変えることができる。神の力は一騎当千、一人で一国の軍隊に匹敵する力だ。それが敵に複数いるとなれば、もはや国家の運命は決まったも同然である。神の力にできるのは、同じ神の力のみ。ただの人間が戦おうとするのは自殺行為に等しい。
敵対国の中には、神眼持ちが7人いる。
対してアスタニアにはアルスを含め三人。一人はエスクリド公爵家の嫡男で、暗黒神の力を持つアーク・エスクリド、もう一人はこのアスタニアの第一王子、氷神の力を持つオーラリオ・アスタニア。
正直言って、問題ばかりだ。アスタニアの神眼持ちは全員の地位が高すぎる。どの子も国の未来と国民を引っ張っていく存在。もし危険な戦場に出し、戦死してしまえば、国民の不安が高まることは避けられないだろう。その不安と不意を突かれた戦術を取られ、劣勢を強いられることになれば、アスタニアに道は無い。しかし同時に、神眼持ちという大きな力を戦場に出さなければ劣勢は免れない。
あれからアルスについて分かったことはほぼない。手がかりすら掴めず、何もできない状態だ。
話しかけても答えず、虚ろな目でどこかを見ている。ただ、稀にこちらを認識しているかのように見るときもある。真偽は不明だが。
しかし、身体は一切動かないというわけではなく、寝返りを打つことは可能なようだ。
嬉しい誤算というのはあれだが、なんと食事はできた。これで餓死をすることはないだろうからひとまず安心だ。
今は屋敷のアルスの部屋で寝かせている。アルスの身の周りのことは、アリスや公爵家のメイド長であるマリアがやってくれている。無論、敵襲なども十分警戒して魔術障壁を何重にも掛けている。
自分は公爵家当主として、金獅子団団長としてするべきことが山ほどある。本当はずっとアルスの側に居てあげたいが、俺たちがやらなければ国全体に被害が及ぶ。
ルクサス家の領地は国境に接していて、その守護を任されている。また、王国東部方面の国境警備も主導しているため、負担が他の貴族たちと比べて大きい。
まだ変化の兆しは見えないが、もしアルスのことが出回れば、将来的に国境付近の均衡が崩れるかもしれない。早めに対処法を模索しなければ。
深く考えを張り巡らせていると、ドアの前に気配を感じた。アイだ。
コンコンコンッとノックをしたアイは「入ってもよろしいですか」と、ついこの間まででは考えられないほどハッキリと発音できている。
「ああ、入りなさい」
「失礼します」
入ってきたアイの姿は凛としていて、どこか寂しそうにも見えた。
あれからというもの、随分と熱心に勉強し始めた。何かに取り憑かれているかのように。無理をしているように見えたが、止めることはできなかった。その方がアイにとって良いことだろうと思ったからだ。
「どうしたんだ?」
「お願いがあってきました」
少し驚いた。お願いなんて、今までしたことはないのだ。そして、こちらを見つめる目には一切の迷いが見えなかった。
「……何だい?」
「私にも、お兄様と同じように訓練をつけて欲しいです」
……そうきたか。
「何でだ?」
「お兄様のように、領民を、国を護る者になりたいからです」
「アイ、お前がやらなくても俺たちが…」
「私はやらなくちゃいけないっていう理由でお願いしてるわけじゃないの!やりたいからお願いしてるの!」
「アイ……」
子供の成長、可能性にはつくづく驚かされる。まだ三歳だというのに、こんなことを考えさせてしまう自分が不甲斐なく思った。
「それに、お兄様は必ず目を覚ますもん!」
「……それは俺も同じ気持ちだよ、アイ」
何故かは分からないが、アルスなら目を覚ますと確信している。こう思えば気が楽になるという気持ちから来る理由ではなく、自分の直感によるものだ。
「私は……強くなりたい!!」
真っ直ぐなその気持ちは、十分すぎるほど伝わっている。本当に兄妹二人ともよく似て、歳からは考えられない言動をする。
「わかった。でも、絶対に諦めないんだよ?」
「うん!」
この先の道は、きっと辛いだろう。でもアイなら、アルスなら、どんなことも乗り越えていけるような気がした。
公爵令息はどうしても斧を振り回したい 赤井 松茸 @matutake3
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