異世界転移して魔王を倒すことになったが、城の近くの敵が強すぎて最初の街に行けない

ぎざくら

レベルが上がれば強くなるってことは、レベルが上がらなきゃ強くならないということでは?

 突然だが、俺には勝算がある。




 何の話かと言えば、さっき異世界に召喚されて、魔王を倒すことになってしまったことについてだ。




 俺、北原きたはら負夫まけおは、YouTubeでゲーム実況配信を視聴中、配信と全く関係無い白い光に包まれ、異世界に召喚された。

 城に召喚された俺は、いきなり王様みたいな見た目のオッサンから「魔王を倒してまいれ」と言われたのだ。


 「まいれ」じゃねぇよ、それが人に物を頼む態度かぁ?と言いたいところだが、郷に入りては郷に従えという言葉もある。つーか、普通に王様の圧が怖かった。流れで俺は依頼を受け、魔王を倒しに行くことになってしまった。




 この「魔王を倒す」という、具体性も難易度も不明瞭なミッションに対し、俺には勝算がある。




 なぜなら、俺はこの城に召喚される前に、神の声を聞いたからだ。




 神は言った。




「え?異世界行くの?じゃあレベル上がるようにしとくわ」




 本当に神か?と思ったが、脳内でステータスを表示できるようになったのでマジらしい。HPとか力とか、色々見れるようになった。見方は、まあきっとゲームと同じだろう。

 ステータスと一緒に説明文も見れるようになった。誰が作ったんだ、このUI。


 分かったことは、3つ。




 1つ。敵を倒せば経験値が溜まり、レベルが上がる。

 2つ。レベルが上がればステータスが上がり、その分だけ俺は強くなる。

 3つ。死んでも城で復活できる。




 このシステムなら、倒せない敵に遭遇してもレベルを上げていればいつかは倒せるようになるってことだ。


 これは俺の無双待ったなし。



 聞くところによると、王女がどこかに捕らわれていると聞く。助け出せば嫁にしていいと王様から言われた。レベルを上げたら、まずは王女を助けに行こう。美少女だといいな。俺より年上か?年下か?ああ、楽しみぃ!




 さて。戦う前に、隣街で武器や防具が売っているらしいから、そっち行くか。

 王様からは、1万円札1枚渡されただけだからな。安すぎだろ、魔王倒させる気あるか?




 城から隣街は2kmくらい離れているのみ。遠くに町並みが見える。

 この距離なら、敵に遭遇することもあるまい。




 と思っていたら、モンスターに遭遇した。




 ドラゴン……いや、でっかいトカゲだ。羽根が無い。




 とりあえず、殴ってみるか。


 ガスッ!


 木を棒で叩いたような音がしたのみ、トカゲにダメージ無し。


 トカゲが怒って体当たりしてきた。


 そのあまりの威力に、俺の首から上、飛ぶ。




――――




「どうした、勇者よ。もうやられたのか?」


 王様の声で、ハッと目が覚める。

 気がつけば、俺は玉座の前で倒れていた。


「城の付近は強いモンスターも出ないから、死ぬことは無いはずだがのう」


 いや、体当たり一撃で死亡って、割と強いと思うんだが?当たり所が悪かったのか?


「頑張ります」


 短く返事をして、俺は再び城を出る。




 そういえば死ぬとき全く痛くなかったが、即死だったからか?

 もしくは、痛みを感じなくなっているのか?


 聞くところによると、痛みは死を避けるために身体が出すサインらしい。つまり実質死ななくなった俺には不要だから、痛みという機能は排除されたのかもしれない。やられる度に痛いのは嫌だから助かる。




 気を取り直して、改めて隣街へ。




 大トカゲ、まだいる。




 動きを見て、攻撃を避けよう。




 大トカゲは俺の顔を覚えたのか、顔を見るなり体当たりを仕掛けてきた。




 速い。避けきれねぇ。




 ドォン!と大きな音を立てた後、俺の身体が宙を舞う。

 今回は頭は飛ばなかったが、身体が宙に浮いてから地面に叩きつけられたせいで、うまく動けない。痛みは無い。やはり痛みは感じなくなっている?しかし、動けなければどうしようもない。




 大トカゲが近づいてくる。




 その後のことは、ご想像にお任せします。




――――




「……え?また死んだの?」


 再び玉座の前で目覚めた俺にドン引きの王様。


「ウチの近くってさ、ほら、大きめの蜂とか小さめのオオカミとか、そういう弱いモンスターしかいないはずじゃよ」


「いえ、馬よりデカいサイズの大トカゲがいました」


 やっぱり、あれ強すぎだよな?


「何?おい衛兵、調べてまいれ」




 1時間後。




「城の周囲を調べましたが、そのようなものはおりませんでした。どこかへ行ってしまったのかもしれません」


「だそうじゃ」


 王様は胸をなで下ろして言った。


「もうしばらく戻ってくるなよ」




 大トカゲさえ居なければ大丈夫だ。今のうちにさっさと隣街に行こう。




 城を出て数分後。




 大トカゲがのっしのっしと岩の陰から姿を現した。

 いや、おるやん。さっきの兵士、本当にちゃんと探した?




 今度は、全速力ダッシュで街まで逃げるぞ!




 ダメだトカゲのが走るの速ぇ!




――――




「うーん……」


 玉座の前に現れた俺を見て、王様は首を傾げて唸った。


「本当に魔王を倒しに行こうとしてる?なんか、いかがわしいこととかしてない?」


 死ぬような”いかがわしいこと”って何だよ。


「してません。それより大トカゲ、まだいましたよ。ちゃんと駆除しといてくださいよ」

「駆除ったってさぁ、キミ、魔王を駆除しようとしてるんでしょ?トカゲ一匹自分で処理できなくて、どうすんの?」

「いや、それはそうなんですが……」

「とにかく、ウチの兵士じゃそのトカゲ、会えなかったんだから。修行でも何でもして、自分で何とかするのじゃ」




 修行ったってさぁ。俺は敵を倒してレベルを上げると強くなるんだから、勝てない相手に何回挑んでても無駄なのよ。




 仕方ない。少し大回りして、トカゲのいるルートを避けて隣街に行こう。

 街で武装を購入すれば、少しはマシになるはずだ。




 隣街の近くにある森の、外側を迂回して街を目指す。




 大トカゲが、俺の通ろうとしたルートの目の前に立ち塞がっていた。


 何!?俺を探して、城の周囲を巡回でもしてるのか!?

 しまった!見つかった!




――――




「あのさあ、何度も目の前に来られると、儂、リラックスできんのじゃけど」




 俺は、玉座の脇のソファーで横になろうとしていた王様の目の前に現れた。




「王様、お金返すんで、武器と防具をください」


 俺は、ついに我慢できなくなった。なんでわざわざ隣街まで武器防具を買いに行かにゃならんねん。


「ダメじゃ」

「なぜ!?」

「税収が少ないから、お前に渡す武器防具の費用は捻出できん。城の武具は、一番安いので50万円じゃからな」

「魔王を倒すためですよ!?それくらい良くないですか!?」

「税収は城の防衛費に使わんといかんから。お前のように我慢する者が出てくるのは、この国のために仕方ないんじゃよ」


 なんでさっき召喚されたばっかの国のために、こんな我慢せにゃならんねん……




――――




 その後、俺は大トカゲにバレない別ルートを探したり、筋トレで強くなろうとしたり……色々やったが、どれも身を結ばなかった。

 っていうか、筋トレしても「力」のステータスは全く上がらない。やはりレベルを上げないと強くなれないようだ。

 頼む。トカゲ以外の敵、出てくれ。願いながら城を出発しても、絶対に最初にトカゲと会う。




――――



 そして、一ヶ月後。




 食事は取らなくて死なない身体らしいので、腹は全く減らない。よって、食費の心配はいらなかった。

 だが、レベルが上がらない。

 城を出たら、必ず大トカゲに会うからだ。

 隣街にすら、未だ行けていない。




 もう分かった。許してくれ。このまま元の世界に帰してくれ。

 召喚前に見れなかった配信のアーカイブ見てぇ。それだけで十分幸せだ。




 祈りながら城を出る。




 いつもの大トカゲがいない。


 いいぞ。これまでに無いパターンだ。


 隣街へ走る。







 ついに、そのまま隣街に着いてしまった。






 やった!

 地獄のループから抜け出したぞ!






 街は、パレードのような雰囲気だった。




「勇者の凱旋だ!」




 オッサンが叫ぶ。


 おいおい、俺のこと、そんなに待ちわびてたのか?




「勇者って、あんな感じなんだ!」


 大学生くらいの女が友達と喋っている。

 おいおい。こんなに注目されるなら、もっと早く街に来たかったぜ。




「勇者、あっちにいるらしいよ!」




 声を掛けられて、女子大生達は俺に背中を向けて走って行った。




 ん?いや、俺だよ?勇者、オレオレ。




「魔王を倒した勇者の凱旋だー!」




 鎧兜を着けた男が歩いているのを、街の人々が取り囲んでいる。




 何!?勇者って、俺だけじゃなかったのか!?




「ええ。召喚された時はびっくりしましたけど、何とか魔王を倒せて良かったです」


 街の取材陣にインタビューをされた男は、答える。


「え?王女?ああ、今はホテルのベッドで寝てますが、何か?」




 あの野郎、調子に乗りやがってぇ……!

 つーか、魔王が死んだから、モンスターいなくなったのか。




 ああ、はいはい、それでトカゲいなかったんだねぇ……







「よくやった、勇者タナカよ!あと、他の奴らは……誰じゃったっけ?」


 王様の玉座の前に勢揃いした、勇者達。総勢36名。こんなに召喚されとったんか。だから一人1万円しか支給されなかったんだな。


「ああ、お前は。唯一100回以上死んだ勇者じゃないか。……まあ、また今度飲もうや」


 勇者タナカ以外で唯一、王様から顔を覚えられていた俺。




「んじゃ、元の世界に返すからな。もう二度とこっち来るなよ」




 こうして、俺達は元の世界に帰されたのであった。







 魔王を倒した勇者タナカは、もうレベルアップはしなくなったものの向上した身体能力は元の世界でも継続しており、現実世界でも無双しているらしい。俺?いや、レベル上がってないし。




 そんな俺は。




 帰される直前に王様と飲み。




 意気投合した王様から、100億円(現金)を受け取って元の世界に帰っていた。







 え?お金を稼ぐコツですか?


 それはねぇ、やっぱり、無駄だと思われる努力でも、続けていれば何かが見えてくるってことですよね、俺みたいに。


 まあ、俺を見習ってもらって、コツコツと努力してくださいや。


 異世界サイコー!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転移して魔王を倒すことになったが、城の近くの敵が強すぎて最初の街に行けない ぎざくら @saigonoteki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ