太陽の塔




「おらっ きびきび歩け」

 瓦礫のフロアを盗賊の男に銃を突き付けられながら進んで行く。

 オオカミガイアは置いて来た。充電も済んで無いし、何より———

 ちらとレイは後ろを振り返った。ぱくぱくと同じ言葉を繰り返すユウレイ少女が抱えられている。足が無い事に気付いてないのか———気が動転している?


「捕まったと 思ってました」

「ああ捕まったさ。三人な」

 ベンも それには驚いて歩みを止めずも振り向いた。

「三人? あとの二人は……」

「知るかよ! あっちの部屋で動かなくなっちまった!」

 顎をしゃくって、苛ついてもいるようだ。レイの眉目が微かに振れる。

「どう言う事だよ。ここには超文明のお宝があるんじゃなかったのか? 国に持ち帰れば恩赦釈放って———なのに……命を盗られるとか———そんな。本当に……」

 ベンは男の様子に驚きを隠せなかった。遺跡塔の入り口で見た貫禄が見る影も無い。この短時間で、いったい彼の、彼らの身に何が起きたのだろうか。


「『命を盗られた』ですか」

 静かに呟き、彼女はぐるりと徐に振り返った。銃口に怯まず、揺るぎない金の瞳が男を射抜く。


「そこに案内していただけますか?」


   ☀︎ ☀︎ ☀︎


「なんで……」

 辿り着いたのは広く吹き抜けた空間だった。

 さっきの植物公園よりも高く広い。所々大きな瓦礫も落ちているが、中央に鎮座する装置だけは無傷のようだ。大きさは先程の移動装置トランスポーターの部屋くらいだろうか。

 が、男にはそんな事より大事な事があった。


「屍体が無ェ!」

 確かに『命を盗られた』男の仲間の姿が無かった。男の頰がヒクつく。

「そうか! ははっ 気絶して倒れてたんだな! そうなんだなぁ!?」

 半ば半狂乱に笑いながら、男は物陰に銃を撃ち込みつつ装置へ近づいていく。


 レイはその様子に憐れを感じた。

「こんな所でそんなモノを乱射したら、どうなるか分かりませんよ」

「ヘッ 脅しのつもりかぁ? 生憎怖かねんだよその可愛いツラじゃあなぁ!」

 口では蔑みながら、目は恐怖を隠せていない。視えるモノが視えていない。


「貴方もなりますよ、と言っています」

 レイは天を指差して、男の恐怖を上塗りした。ベンも釣られて上を見て———目を疑った。


 部屋の上空を、雲のように漂う大量の死色シロ

 頭だけのモノ。

 腕だけ。

 あるいは影だけ。

 カタマリだけ。


「何ですか アレは……!?」


「あれは、太陽に近付きすぎた超文明のヒトビトの———成れの果て」

「何ですって!?」

「彼らはもう、本当はこの世に留まる事は出来ないのに、ここから去る事も消える事すら出来ない———あの装置が ある限り」


 ユウレイの奔流のその中に、ただ二体だけまともな『ヒトガタ』を保つユウレイがいた。

「お前らッ———あっ!?」


 ユウレイの群れの中に見知った顔を見つけて動揺した男の隙を突き、少女がその腕から逃げ出した。

 文字通り飛ぶようにレイの元まで飛んでいった少女に、男の眼は血走り、息が浅くなる。ようやく少女がユウレイであった事に気付いたらしい。


「わ…… うっ———」

 言葉の形を為さない声が、男の喉から漏れ出し———そして溢れた。


「わあああああああああああああ!!!」


 乱射。


 撃った弾は壁に当たり天井に当たり床に当たり———装置に当たった。

 刹那ブゥウンッと唸り始める装置。


 するとユウレイに動きがあった。

 死色の一部がグルンと纏まり、みるみる色が変わっていく———ドス黒いあの『もやのモノ』へと。


「来るなぁああああああああああ!!!」

 靄に向かって銃を撃ち続ける男。


 しかし実弾の銃は呆気なく靄に呑まれ。

 靄が割れ。

 唾液に塗れた舌と鋭い牙が男を捉え———


 バクンッ!!


 男を喰った靄は、モグモグと咀嚼するように震えながら 装置の元へ帰っていった。

 吸い込まれるように消えていく靄。やがて全て飲み込んだ装置は、死色を吐き出した。


 あの男もその一部のように内包して———


「もう自らを創り上げたヒトはいないのに。壊れてもなお稼働を続ける———毒を、振り撒きながら」

 なぜ彼女は———レイは、こんなに詳しいのだろう。

 疑問が顔に出ていたのか、レイはその答えを紡ぎ出した。その衝撃を。


「彼らが教えてくれました。この装置の連鎖機構が、生物から電子を収奪している事を。塔体全体に循環され続けているエネルギーを糧にして」

「貴女は彼等の声が聞こえるんですか!?」

 彼女と一緒にいると、確かに『視え』て『触れて』しまうとは聞いたが———まさか当人は声まで聞こえていたなんて……!


「父は発掘許可のある方でしたから———持ち出した装置に憑いていた方に伺ったんです。『このまま装置が稼働し続ければ、更なる被害を生み続ける』と」

 そうか、彼女の父親そうだったのか。故人までは把握していなかった。

「遺跡塔の技術を掘り起こせば、確かに『技術』は得られます。けれどそれを続けて行き着くのは、超古代に起きた人災の再現……!」


 カチャッ


「だから———破壊します」


 装置へ銃を向ける。

 しかし掲げた腕は、そのまま右へスライドされ———固定された。


 カチャッ


 もう一つ 耳馴れてしまった音が鳴る。


「やはり、見逃しては くれませんか」

 銃口を向けたその先は——— ベン・アイザスその人だった。


「刑事さん」

 彼は、懐から眼鏡を取り出し掛けた。

「イエ 守護者さんと呼ぶべきでしょうか」

 眼鏡の奥で、鳶色が開かれた。

 自重の色を乗せながら。


「気付いていたんですか」

「『民間人』なんて普通の人は使いません。それにこの子が……ずっと『お巡りさん』って言ってましたから」

「その子が?」

「『もやのモノ』から逃げる時に、この子を護ってくれたでしょう? ベストの下にあったその拳銃に、気付いてしまったみたいです」

 それが原因だったか。そういえばぱくぱくと何か喋っているようだった。

 だが護ってバレたのなら仕方がない。


「……殺傷能力は無いのでは?」

 暗にその銃は彼に効かないと言ったつもりだろう。

「気絶くらいはさせられます。護身用、ですから」

「全く……」


 一つ息を吐いたベンは、次にキッと鋭く睨んだ。

「近頃、発掘作業中に破壊されて間もない遺物が発見されている。丁度この規模の———まだ未開の筈のエリアで」

 レイは沈黙した。

「貴女が やっていたんですね」

 ベンは 肯定と捉えた。


「どうして……! 遺跡塔の技術はこの国の発展の礎だ。貴女だってこの国の考古学者なのに!」


「私は 考古学者なんて名乗れません。カンニング、してるようなモノですから」


「だから———ガイア 『発射準備スタン・バイ』」

「なっ!?」

 ぐるんと空間を見渡して———見つけた。瓦礫の上だ。

 引鉄を引こうとして、さっきの男の顛末が過ぎる。

負電子N・イオン照射砲———ファイア」


 迸る電子の奔流。

 直撃だった。

 為す術なく紫電が暴れるのを眺めるしか出来ない。

 やがてそれも収束し。

 装置が 沈黙する。

 最後にバキッと音を立て、致命的な傷痕を遺して———


「なんてこ———!?」


 まるで唄のようだった。


 人の頭よりも大きな球体。

 そこに上半身が浮いている。

 目はあるが、瞳は無く翠色。

 体型と髪の長さはバラバラで———生前の姿を取り戻したユウレイたちが、ひとり ふたりと宙へ還ってゆく。


 ふと 頭を撫でる感触がして顔を上げた。

 他のユウレイたちと同じく、球体の上に浮遊する上半身。髪の長さは腰くらいで———他のユウレイよりも小柄で。

 顔もカタチも全く違うのに、あの少女だと解った。


 アリガトウ


 聞こえないはずの『声』が 聞こえた気がした。


「私は———何れこの仔とも お別れしなければなりません」

 いつの間にかレイは瓦礫の上のガイアの傍らへと移動していた。すっかり元に戻った毛並みを撫で、相棒を労るレイ。


「この塔と、同じモノをエネルギー源としていますから」

 ベンの背筋が凍りつく。

「じゃあ貴女の目的は———」


「この塔の頂にある、主要太陽光発電管理装置の破壊……!」

 遺跡塔の頂———誰も辿り着けない故に謎とされながら、この塔を特徴付ける最たるモノ。

 塔の先端で浮遊し発光する球体。


 この塔を『太陽の塔』と言わしめるモノ。


 彼女は踵を返した。

「待てッ!」

「逮捕しますか? 構いませんよ。抵抗は……させていただきますけど」

 職務として、今ここで彼女を捉えるのは正しい事だ。けれど———

 これ迄の全てが彼の足を、手を縫い付ける。


「遺跡塔の技術は、この国のあらゆる先端技術に利用されている。それも貴女は壊すのか? ———貴女はこの豊かさを 手放せるのか!?」

 代わりに出たのは言葉だけだった。


「……今の所判っている事は、この塔の主要エネルギー源と繋がったシステムにのみ、人災の要因となったシステムが組まれていると言う事———でも もしここの技術が元で現代に悲劇が繰り返されるのなら、迷わず汚名を被りましょう」


 隙間から差す光が彼女を神々しく照らす。


「だって私もこの国に生まれ 育った人間なんです。だから———」

 光に照らされ レイが振り返る。


「同じ轍は踏まないって信じたい」


 その顔は 美しかった。


 男女の視線が交差する。

 揺るぎない金の瞳。

 揺れる鳶色。


 彼は力無く銃口を下ろした。

 下ろすしか なかった。








 矛盾を抱えながら、今日も彼女は塔を登る。


 この世から、その残滓が消えるまで———




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太陽の塔 龍羽 @tatsuba

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