塔に棲むモノ




 控えめに言ってとても可愛い。

 いやロリコンではない。断じて。


「こんにちは。ひとり?」

 レイが少女と目線を合わせるようにしゃがんだ。そこでベンは我に帰る。

「何で民間人がこんな所に……?」

 見た所本当にただの子供だ。侵入者とするにはあまりに幼い。真っ白な髪に透き通るような白すぎる肌はもしかしたら白化変種アルビノかもしれない。ワンピースまで真っ白だ。

 少女に目を取られていると、レイの傍らに控えていたオオカミが唸りを上げ始めた。ベンの方を見て牙を剥く姿はもはや普通の獣だ。

「アラ」

 彼を見るレイがパチクリと瞬きし、少女はレイに抱き付きその陰に隠れてしまった。

 ベンは警戒されてしまっている。


「え? はっ あのう……?」

 訳が判らず戸惑っていると、レイが困ったように彼の後方やや上を指差した。

 素直に振り向き———後悔する。


 飛び込んで来たのは巨大な牙だ。

 そしてたっぷりと唾液の絡んだ舌。

 真っ黒な煙にぽっかりと。


 まさに正体不明———


「はああっ!?」


 ちなみに野生動物に遭遇した場合、大声などの刺激は絶対に与えてはいけません。


「うふふ。今日は随分大物ですねぇ?」

「そんな悠長な!?」

 片手で少女を抱き上げ、レイの手を取り「逃げますよ!」と彼は走り出した。


 間髪入れず飛び込んで来るドス黒いUMA。


 轟音。

 パラパラと降ってくる埃や瓦礫。

 ぶわりと揺らいだUMAはゆっくりと回転し———カッと四つの眼を開いた。

 白い穴のようだった。

 瞳は無いのに彼女らを睨んだと判る。


「何だあれ何だあれ何だあれ!?」

 彼は自分史上珍しく取り乱した。

 あんなのただ躱しながら撤退なんて無理。


「ガイア———」

 そんな中、やけに静かなレイの声が響く。

 さっきまで傍にいたはずのオオカミは、この建物の中でも一際明るい瓦礫の上———遺跡の隙間が生み出した、日向の光の中に立っていた。


 UMAの黒とは質の違う、黒曜石の毛並み。

 さっき見たキラキラとした微かな反射ではなく、まるで淡く発光しているような———


「———正電子P・イオン発射準備スタン・バイ

 その音声入力により、オオカミの背中の体毛がざわりと揺らいだ。

 そして首を一度上下に振り、その背中が割れる。


 胴の中から迫り上がったのは———銀の砲台。


「武装型ッ……!」

「ファイア」


 圧縮され 可視化する程の密度となった電子の奔流がUMAを襲う。


 目を開けられない程の閃光。

 この世のモノとは思えない断末魔。

 その反動の爆風。


 ベンは飛ばされて危うく瓦礫に埋もれる所だった。


「……っけほ!」

 細かな破片ばかりで助かった。埃は避けられなかったが。


 すっかり尻餅をついてしまった彼の元に寄ってきたレイは、そこでしゃがんでベンの様子を伺った。

「災難ですねぇ。ご無事ですか?」

「貴女ねえ……!」

 武装型のアニマクスの所持は、一般人には禁止されている。

「駄目じゃないですか。いくら開発者だからって、ルールは遵守して———」

 しかしベンの勢いは萎むように失速した。レイの背後にあるモノを認識してしまったせいで。


 固まった彼を見て、ちょっと首を傾げたレイは、すぐに「ああ」と合点がいったのかクスクスと含むように微笑んだ。


「私と一緒にいると、視たり触れたり出来ちゃうみたいなんですよ」


 何が?———とは言うまい。

 何故なら答えを待つまでもなく 一目瞭然だからだ。


 バケモノに襲われ

 バケモノから護った

 真っ白な少女。


 心配そうに彼を心優しそうな少女は今———レイの頭上1Mを浮遊していた。


   ☀︎ ☀︎ ☀︎


「すっかり懐かれましたねぇ?」

「懐かれた、んですかコレ。憑かれたじゃなくて?」

 少女はベンの背中で彼の頭をヨシヨシと撫で、楽しそうに肩車的なモノを満喫していた。


 と———


「!」

 再びドス黒いUMAが現れた。

 だがさっきよりもぐんと小さい。それこそそこにいるオオカミ位の———

 カチャッ

 耳馴れてしまった音に反応する。

 音の元へ目を向けた時には既に、彼女は引鉄を引いてしまっていた。止める間も無かった。


 光球が小型UMAを貫き、まるで風船が割れるように黒が弾ける。

 頭の上でパチパチと可愛らしい拍手をする少女。

 一先ずUMAが消せたのはいいが……。


「銃まで———」

「殺傷能力はありませんよ? あくまで護身用です」

「だからって……」

 この国では、一般人が銃を持てない決まりがあるのに。

「それにそろそろガイアも充電しないと———今日はいきなり大物に遭ってしまいましたから」

 そう言って撫でられるオオカミは、言われてみれば確かに最初の頃よりは元気が無く見えた。

 ヒュゥウウン……。

 悲しげに声を上げるオオカミ。まるで大型犬だった。


 不意にレイが駆け出す。

 何事かと思って見ていると、彼女は幾つか並んだ個室のひとつに入って行った。ちょいちょいと手招きされて入ってみると、10㎡程の部屋のようだった。床面を覆う大きな円の中には、丸や直線で構成された同心円状の模様が施されている。植物を連想させられるようだ。

 ピッと電子音。

 部屋の外がブレて揺らいだと思う間もなく景色が変わる。

 相変わらずの瓦礫の山と隙間からの日向があるのは変わらない。けれど、天井がぐんと低くなっている。さっきまで三階建ての建物がすっぽり納まりそうな高さがあったのに。

 さっきまで感じなかった軽い目眩感もある。


「今のは……」

「おそらく移動装置トランスポーターですね。階を移動する際に使われていたのでしょう。ここの他にも何ヶ所か見つけた事があります———あっ」

 再び駆け出すレイ。行き先を視線のみで先越せば、光が眩しく差す人が通れそうな大きさの穴———出口だ。


 それは塔の外壁にせり出るように設けられた、ガラス張りだったであろう空間だった。

 結構広い。屋内競技用のホールくらいはあるだろうか。すっかり割れたガラスからか、或いは元々か———生い茂った草木や、かつては整備されていたであろう人工の小川や池もあり、まるで公園のようだ。


「良かった。ここならゆっくり出来そうね」

 それが合図だったのか。するりと駆け出したオオカミは、小高い場所まであっという間に駆け上がると、くるりと回って丸くなった。眠る体勢だ。

「私たちも一休みしましょう。明るい場所ならあの黒い『もやのモノ』は現れませんから」

 言うや否や、レイは公園の瓦礫の一つに腰掛けた。少女もふわふわとベンの肩から降りて彼女の傍へ飛んで行く。

 だが彼はそこから動かなかった。

 拳が握られている。


 確かに彼女レイは考古学者だ。

 だが詳しすぎる。

 人が知り得ない知識もだ。


 そもそもこの塔の調査は、国が設けた厳しい基準をクリアしないと許可が降りない。許可された者も、発掘する時間と場所を束縛される筈だ。さらに発見された遺物は総て余す所なく開示され、国有の『財産』となる。

 ここは明らかに未発見の場所。


 そして彼女は———


「見つけたぜぇ テメェらぁ」

 地の底から這い出るような声。


 ———入り口で守護者に捕らわれたはずの、盗賊団のボスがそこにいた。



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