マイ・ベスト

M.Kaye

第1話 マイ・パスト

 ポタポタと落ちる汗の音しか聞こえないこの部屋。勝つのに必死で声も出ない程の緊張感がすごくてみんなが押し潰されそうだ。今、私は勝つか地獄に堕ちるか、勝敗が確実に私の人生を変えるゲームの最終ステージにいる。でもこのゲームの話をしたいなんて思っていない。何故なら私は今確信した。みんなには悪いけどこの勝負は私の勝ちだ。多分今回ばかりは神も私の見方をしてくれてる。ずっと失敗ばかりを経験して我慢してきた。何をやっても駄目だったし、今となっては何もかもを失っている。でもだからなのかもしれない、失うものもないから、振り返るものもないから前だけを見てここまで来れたんだ。昔から私の取り柄は頑張ることだけだったから。


 「莉子りこ?こんな時間にまだ起きてるの?勉強をするのもいいけど早く寝て休んでまた明日にしなさい。」


 ママはそう言って私の部屋から出て行ったけど、ごめんねママ、私は今勉強じゃなくて自分の人生のシナリオを書いているだけだったの。私は子供の頃よく自分のサクセスストーリを描いていた。絶対に幸せな人生を送るため、親の言うことに従い、ちゃんと勉強をして、友達もたくさん作り人とのコネクションを大事にしていた。そして高校になった時には私は医者になると自分に誓った。それを私の未来日記に書いていたのだ。でも私の家は普通で、いや、普通よりちょっと下ぐらいかもしれない。日常生活で苦労はそんなにしないし、最新の物も学生ながらに親にお願いすれば買ってもらえていた。それでも私は知っていた、私達は貯金もなくいつもギリギリでマイナスにならないように過ごしているだけなのだと。私に早く寝るように言っているのは、もちろん私のことが心配で休んで欲しいのもあると思うけれど、私にパパとの生活に関してのを聞かれたくないからだと思う。たまに聞いてしまったこともあった。遅い時間に目が覚めて飲み物を取りに行こうと階段を降りている時二人の話しあってる声が聞こえた。最初は言い争っているのかと思って停めに行こうかと小走りになった。


 「そうね!」


 「ああ、俺の小遣いを減らしてその分お弁当を作ってもらえたら少しでも出費も減るだろう。」


 二人のそんな言葉を聞いて私は身を隠し様子を見た。ダイニングテーブルの上には請求書や領収書が整理されていてママがその日やその月の出費を説明してこれからどうやって毎日を乗り切るかを話し合っていた。自分たちのことはできるだけ最小限にしてなんとか毎日、毎月の生計を維持していたのだ。それなのに親は私のためならと私の夢を応援してくれていた。多分私が医者を目指すと話した後もあんな会議があって、どうやって私の夢を叶えられるか話し合ったのだろう。医者になるなんて安くない事ぐらい知っていたから親には無理をさせてしまうとも思ったそれでも二人のためにも私は医者になりたいと思った。そしてやっぱり二人とも資金集めやいろんなサポートをして頑張ってくれた。それならと私も応えるためにもっと努力して、勉強して成績は常にトップを目指し自分に厳しくしていた。そして全てにおいて完璧を求めた。どんな物語の優等生にも負けないような学生人生を計画していた。学問だけでなく、常に生徒会メンバー、部活動もちゃんとこなし、ボランティア活動などもちろんの事、誰からも頼れる存在、良い友達で誰にでも優しく接する事ができる人物、ヒーロインでもサポート役でも陽でも隠でも、染められているようで染まってない自分、全部イメージ通りに進んでいた。だからなのかもしれない、私は失敗には弱かった。そんなこんなで私は充実感を味わっていたけど、忙し過ぎてじわじわと崩れていく自分にも気づけなかったのだ。


 自分で蒔いた種は自分で収穫する。私は頑張った結果、念願の医学生になった。全部親に任せるのは違うと思い、なんとか奨学金などで希望の医大に入ることができた。


 「ママ、パパ後もう少しだから。私頑張って最短で医者になるから。そしたらどっちかが病気になっても私が見てあげられる、給料だって多分そこそこ良いと思うから二人の面倒は私が見てあげられるまで頑張るから。本当にいつもありがとう!」


 入学祝いに3人で贅沢してフレンチレストランで最後のデザートを前に私は親に感謝を言って二人とも我慢できずに涙を溢し席から立って私を抱きしめにきた。


 「恥ずかしいから!もうみんな見てるよ!」


 「ははは…それもそうだね。座って大人しく食べて、出てらみんなでいっぱいハグしようか!」


 「それもそうね!」


 「それもやだよ〜!」


 そうしてようやくデザートを食べ終え、もう少しだけ3人で話し続けてそれからお会計を済ませ帰ることにした。


 「莉子、こちらこそいつもありがとう。私たちはこんな良い子が子供でとても幸せよ。」


 「そうだ、感謝をするのはこっちだ。私たちはお前の親なんだからやってることは普通だ。私達のことを考えてくれているのも嬉しいが、莉子の幸せが私達の幸せなんだからな。頑張るのも良いけど、自分を大切にして無理はするな。」


 「そうよ、莉子。急がなくて良いしゆっくりでも良いの。私達は大丈夫だよ。」


 「うーん、ゆっくりなんてできるかな?私は親に似て頑張り屋さんだからな〜」

 笑いながら私は答えて、二人も私に続いて笑いながら仲良く帰った。


 私の優等生っぷりも相変わらずだったが医学への道は本当に簡単ではなかった。別に簡単だと思っていた訳ではない。ただ自分はもっとできると思っていた。私は周りから優秀だと思われても自分が天才でも頭がとてもいい方でもない事を知ってる、でも勉強は嫌いじゃない。私の成績が常に良かったのは私は勉強をする事が苦ではなかったから。何度も何度も理解するまで参考書を読んだり、いつでも見返せるように何冊ものノートに書き込みを残したり、努力して成績を伸ばしていたのだ。私は努力して頑張ってる、そんな私に医者になれない理由なんてないと思っていた。


 「莉子、どうだった?」


 「残念ながらBだったよ。」


 「それのどこが残念なの?このクラスの半分はD~Fだったんだよ。私もその一人だよ!」


 医大に入ってからは昔とは比べもにならないくらい私は友達と呼べる人が減った。そんな少ない友人達の中で亜里沙ありさは特別で一番仲が良くて信頼できる私の親友だった。


 「だって、時間がもっとあれば絶対Aは取れていたもの。亜里沙だってもっとタイムマネージメントが出来ていればもっと高い評価が取れてたはずだよ。」


 「いやいや、私は確かに無駄な時間の使い方してるかもだけど、莉子はもう十分だよ。ていうか心配なぐらいだよ。寝てないんじゃないの?こんなスケジュール無理だよ、人間じゃないみたい。」


 医大に入ってから最も変わったのは時間だった。時間が早すぎる。やるべきことが多くて時間が足りない。小学校ぐらいからやり直してその時、無駄に遊んでいた時間を取りに行きたいぐらい。そもそも多分私は医者になる事を目指し始めたのが遅かった。今、良い点を取ったり時間に余裕がある人はずいぶん幼い頃から医者になる準備をしていた。でも私は高校になってようやく医学を知り始めたから、その分の遅れが今出ている。経験値の違いが痛かった。最短で医者になるにはもっと努力してみんなに追いつかないとダメだ。私はただ医者になるだけじゃダメ、優秀な医者になって絶対成功しなきゃダメなんだから。そんな事ばかり考えて私は自分のリミッターでさえ無視して進み続けた。3日間一睡もせずにいる事は普通になり、毎晩医学書を読みながら体を休めていた。食べる時間も忘れてしまう私だったけど亜里沙がいつも私を食堂まで引っ張っていくからなんとか食べられていた。いつも図書館や自分の部屋にいる私には食堂が一番騒がしく思えた。みんな並んで食べ物を取りにいってる間も、テーブルで食べながらワイワイと話しあったり楽しそうだった。みんな普通に楽しそうなのに私だけ違うような気がした。


 「莉子先輩?」


 「えっ?」


 「やっぱりそうですよね!なんかちょっと雰囲気が違ったので一瞬わからなかったけどやっぱり先輩だ!私高校の後輩で先輩に憧れて私も頑張ってこの医大を目指しました!先輩に会えて本当に嬉しいです!」


 「え?真希が言ってた先輩ってこの人?話ではキラキラしてる人だけどなんかちょっと思ってたのと違うからびっくり。でもこの人ここでもすごい噂だよ。ずっと勉強ばっかりしてるから医学に取り憑かれてるって。」


 「ちょっと、莉子先輩に失礼だよ!ごめんなさい!失礼します!」


 騒がしく寄ってきて騒がしくさって行った後輩。周りの人達も私に気づいたらしくヒソヒソと私の事を話し始めた。みんなはヒソヒソ話すともっと目立つとわからないどだろうか?


 「莉子、他で食べよう?行こ。」と亜里沙は私をまたも引っ張って食堂を出た。


 亜梨沙は多分私になんて言えば良いのか分からなかったのだろう。そのまま無言でどこに行くのかも分からなく私の手を離さずに歩いて行った。本当は悲しかった、私が思い描いていた大学生活とは違いすぎて心が今にも折れそうだった。私はもう周りがもう見えていなかった。建物のガラスに映る私は私でもわからないぐらい変わり果てていてとても惨めだった。でも亜梨沙の手が暖かく感じて私は我に帰ったように立ち止まって亜里沙の手を握り返した。


 「亜梨沙、ありがとう。私は大丈夫だよ。何食べよっか?」


 「そ?よかった。本当に良かったよ〜莉子は?何が食べたい?」


 「ふふ。死んだ人が生き返ったみたいじゃん。う〜ん?パスタかな?」


 「決まりだね!」


 半泣きしながら、笑い合ってバカみたいだった私達はそのまま私の家に行き私がパスタをご馳走することになった。


 それから私は最低限人として必要な事はすることにした。それはもちろん寝ることも。そして少しづつでも昔の自分を取り戻そうとまた努力した。でも多分ちょっと遅すぎたのだ。


 最初に悲鳴を上げたのは私の体だった。いつも通りに講義を終え亜梨沙と出ようとして席を立った時にちょうど携帯がなってカバンから取ろうとした時、ふらっと周りが暗くなった。明るくなった時には多分私はベッドの上で白い天井が見えた。周りを見渡すと母が隣で泣いていた。その時私は病院にいるのだろうと思った。一瞬かのように感じたことに泣くなんて大袈裟だと思っていたけど、私は3日も起きなかったのだと知らされびっくりしながらも母の反応に納得していた。


 「大丈夫だよ。多分疲れただけで、回復するためにずっと眠っていただけだよ。もう泣かないで。」


 「大丈夫じゃないから倒れたりするのよ!」


 ママは怒ってるのか、悲しんでるのかわからないぐらいにずっと私を叱っては泣いて、謝ってとすごい混乱してることだけはわかった。


 「もう、ごめんって。今度から気をつけるから。」


 その後、いろんな検査を受けても悪いところは見つからず、私はただの過労だと診断を受けて退院した。だけど、私はただの過労が許せなかった。いっそ何かの病気であって欲しいとさえ思っていたのかもしれない。それは自分の体調も管理できていなかった自分を受け止める事ができないからだ。わかっていた。自分のせいだったんだと。でもそれぐらい周りや自分のことが見えないぐらい余裕がない自分が嫌だった。大学に戻るも教授などからお大事になど、体調には気をつけるようになど言われる様になってもっとムシャクシャした。私は信頼されることに慣れていたから、心配されてる事は違和感でしかなかった。今のままではダメだと分かっていた。でも私が知っていた逃げ道はもっと頑張ることしかなかった。


 時間は止まってくれたり、ゆっくり過ぎてくれたりするわけもなく、私は何とかギリギリで全てを維持していた。寝る時間はなんとか4〜6時間は確保し、ランチは亜梨沙と夜ご飯は家族で絶対するようにした、成績もB~C判定でなんとか受かる範囲でとどめていた。色々とお金が掛かる実習などもあるようになって家庭教師のバイトなどもすることにして時間がもっと早くなった気がした。今思うと多分もうきつかったのかもしれないけどそんなことを認めたくなくて全部大丈夫だと思い込んでいただけなのかも知れない。


 ある夜家族でワイワイと食事をしていた。


 「莉子、勉強も大変なのにバイトするのはもう無理なんじゃないか?俺も収入が上がったんだし辞めても良いんだぞ?お金の心配までする必要はないんだよ。」


 「そうよ、莉子。ママもパートから社員になったんだし。一人で抱え込まないでみんなで頑張りましょう?」


 「ありがとう。でもまだ大丈夫。教えてる子もいい子でなんか気分転換にもなるし。いい経験になると思うの。もう無理だったらその時はちゃんと辞めるから。」


 「そう?なら良いんだが。よし!気分転換に久しぶりに歌うか?」


 「今からカラオケ?」


 「パパ、莉子は疲れてるんですよ。休ませましょう。ふふふ。」


 「分かった。じゃ、ここで俺が一曲だけでも歌うことにしよう!」そう言って勢いよくパパが立って、それからクッと立ち止まった。


 「どうしたのパパ?”」私がそう聞くと、パパは床に蹲って胸に手をぎゅっとして苦しそうだった。ママはすぐにパパの方へと行って私が見た事がないくらいに心配して泣きそうだった。


 「あなた!どうしたの?!ねえ!莉子どうすれば良い?!」


 私はハッとした。私もすぐにパパに近寄り、脈をとりながらママに救急に連絡するように促した。そしてママはすぐに携帯を取り出し電話するも、パニックでうまく情報を伝えることができなくて、私は携帯を奪い代わりに話した。なんとか冷静でいようと思った。


 「ママ、パパの薬は?何がある?ニトロとかあった?」


 「わからないけど持ってくるわ、待ってて!」


 こんなにも勉強して何もできないなんて思いもしなかった。とにかく早く、早く救急車が着く事を祈った。


 それからママが薬を持ってきて、私は自分の中にある情報を振り絞りながら全部に目を通して、今の症状に合うようなものはパパになんとか飲ませた。意識がなくならないように話し続けなるべく楽になるような姿勢を探してあげて、ゆっくり呼吸するように一緒にやった。それぐらいしかできなかった。ようやく救急車が到着すると私はすぐに玄関を開け。隊員を迎えて状況をできるだけ詳細に話した。すぐに搬送先も決まり病院に到着すると看護師に案内され、パパは別の部屋に連れて行かれ私は看護師に全てをまた説明した。何が起きてるのかもわからない状態だったけど、病院の手続きなどをして同意書などにもサインして気づいたら私達は手術室の近くで座っていた。


 パパは心筋梗塞だった。なんとなくそうだろうと思ってはいた。手術も無事成功したが後遺症はどのぐらいなのかはまだわからない。私達はやっと病室に案内され、ベッドで寝ているパパを見つめていた。看護師はママに説明することがあると別室で医者が待ってる事を伝えてるけど、ママは聞こえてないようにずっと泣いたままだった。


 ”すみません、母も休ませたいので私でもよろしいでしょうか?”


 私は立ち上がり、看護師と一緒に部屋を出た。正直、部屋を出てホッとした。あの部屋の空気はとても重かったからだ。こんなにもどうすれば良いかわからなくなるなんて思ってもいなかった。それから医者の話を聞いて、手術の内容と結果、これからの検査、しばらく入院する事と後遺症のことなど色々と話していたと思うけど全部を全部吸収できなかった。確かに私は病気になったら私に任せてよって言った。でもこの時が来るのが早すぎた。私はまだ医者じゃないしまだ何にもできていない、何もできない、何もできなかった。


 次の朝、私は一様大学に行って亜梨沙に全てを話した。その後、教授や先輩達に事情を話してしばらく少し休む事を話して挨拶した。亜里沙も心配でその間ずっと付き添ってくれた。


 「私にできることがあったら絶対に言ってよね!」


 「うん、ありがとう。でもまだ大丈夫。」


 「でもあったら絶対だからね。休んでる間も連絡して。それから休んでる間の出来事とかも連絡するから。待ってるからね!」


 「お母さんかい!」


 私は笑い流したけど、亜梨沙が友達でよかったとその時また思った。


 私は一度家に戻った。玄関を開けるといつもママが迎えてくれて、その奥にパパが笑って食事に誘ってくれていた。でも今日はとても静かだった。これから大変だろうと思いながら私は自分の部屋に向かいベッドの上に自分を投げた。私はこのベッドが大好きだ。マットレスが体を包むようにやさしくて、枕はもちもちで癒されるそしてシーツがサラッとして肌触りがとても良く、掛け布団があたたかく抱きしめてくれていつも安心する。ずっとこのベッドの中に埋まっていたいとさえ思ってしまう。前からそうだった。私はこのベッドに弱い。一回入ってしまうと中々抜けだせないからなるべく本当に寝る時以外は見ないようにしていた。でも今日だけは、今回だけは自分を甘やかそう。そう思う間も無く私の携帯が鳴り出した。覗いてみるとママからだった。深く息を吸って電話に出た。


 「もしもし?ママ?」


 「莉子、今どこ?パパやっと起きたわよ。しばらく入院すると思うから家から着替えとかもってきてくれるかしら?」ママからそう聞いてホッとした反面、心配は消えなかった。そして必要になるものを全部聞きながら用意した。


 「全部あったよ。これから病院に行くから。まだ何か必要だったらすぐにメールしてね。」そう言って私は電話を切った。


 パパに会いたいけど足が重い。どんな顔をして会いにいけば良いか分からない。いつも元気でいてくれてる事が当たり前すぎて怖い。そして何より悔しい。そばにいながらもパパの病状を一回も疑ったこともない。私はそれぐらい余裕がなかったのか。なんのために頑張っていたのかといろんな事が頭によぎって気づけば私は病室の前に立っていた。まただ。考えすぎて時間が飛んでる。また周りが見えていなかった。今は考えるのをやめよう、今はただパパが無事で生きてるって正直に嬉しく思いたい。携帯を取り出してカメラを自分に向けて鏡がわりにし、笑顔を作り自分を整えた。そして扉を開けて笑顔でパパに会いに行った。


 パパずっと謝っていた。あんな大変なことの後だったけどすごく元気そうで相変わらずずっと喋っていた。少しだけ右手が弱ってうまく動かせないようだったけど、私には大丈夫だとそれを隠そうとしていた。こんな時でも親は子に気を遣ってしまうモナなんだろうか?


 「パパ、私これでも医者の卵だよ?隠しても無駄だし。これからはちゃんと健康第一でやって行かないと。今回は私もすぐに対応できなかったかも知れないけど、でもこれも経験だし。前向きに考えようと思う。パパは入院中、回復とリハビリに集中して。家のことはママと私でなんとかなる。大丈夫だよ、心配しなくて良いし、謝ることもない。」


 「それはそうだけど、病気になってもお前達のことはいつも私が見守ってやりたいんだ。」


 「それは分かってるから。でも回復しなきゃそれもできなくなるでしょ?今は病状を改善する事が大事。私達のためにもね。」


 この二人は頑固で頑張り屋だからこうでも言わないと絶対無理してすぐに退院すると思った。だからなんとか私のことで心配するようなことはなるべく減らしたかった。

 パパは渋々しばらく入院することに合意してくれて。ママも協力してくれることになった。


 その後、面会の時間ギリギリまで3人で楽しく話して私とママは帰ることにした。その夜、初めて私とママの家計に関しての会議をした。ママは家計簿、通帳や請求書などを出して色々と説明をしてくれた。そして私が思っていた通りに私達の生活はギリギリだった。


 「この前、もう余裕とか言ってたのに全然ダメじゃん。」


 「何言ってるの?ダメじゃないわよ?全部払えるし、お釣りも出るのよ。食費とかも全然良いもの買えてるし。私達のお小遣いも増えたの。」


 ママは自慢するかのように言っていた。


 「じゃあ、これからは?パパの収入は減るか無くなるか、それて病院のお支払いとかもあるし。看病するにもママも仕事の量を減らさないといけないかも知れない。このままだと貯金もないし、マイナスになるでしょ?」


 「大丈夫よ。保険もあるし。なんとかなるから。」


 そう、私達3人家族はみんな頑張ることしか知らなくて、『大丈夫』と『なんとかなる』が言い癖。それから私達はいっぱい話し合った。ママは仕事に専念して私はアルバイトを続けながらパパの看病をすることに合意した。本当はママにアルバイト、大学と看病は全部無理だと言ってパパの面倒は見ると言っていたけど時間的に無理があるのと生計面でもママが働いたほうが効率が良かったのだ。でもだからと言って私がアルバイトを辞めるとママの収入だけでは持たないので無理を言って承諾してもらった、得意の大丈夫となんとかなるを使って。大学を辞めることも一瞬頭によぎったけど私にその選択は選べなかった。もちろんその分時間も足りなくなるし、実習やいろんな出費もその分増えることも知っている。やめた方が賢いのかも知れないし、もっと楽になれるかも知れない。それでも諦めたくなかった、父の病気でもっと医者になりたい気持ちも強くなっていた。私が頑張れば何とかなる、努力は報われる、私は大丈夫。そう思い、私は重くなった鞄を背負うことにした。


 大学に行って、講義などが終わったらパパの病院に向かい、その後は仕事をし、残った時間は勉強をする毎日。私は大丈夫。そう自分に言い聞かせ乗り切っていたと思っていた。そんなにうまくいくはずもなく、私の成績はみるみるに落ちていた。初めて注意された時は銃で撃たれたかと思うぐらいだった。気がついたらビルから飛び降りようとしていたぐらいショックで私は初めて自分のメンタルの弱さに気が付いた。それでハッと我に返って自分を止めた。何やってるんだろう?なんとかなるんだから弱気になっちゃダメなのに!体は震えて止まらず私はパタンと座り込んだ。そしてパタパタと走って近づいてくる足音が聞こえた。


 「ねぇ!私にできる事があったら言ってって言ったよね?こんなボロボロになっても私に出来ることはないの?こんな時にこんなことを言うのも辛いけど、でも言わないと莉子がダメになっちゃうよ…なんで話してくれないの?なんで頼ってくれないの?莉子に比べれば私はダメダメかもだけど、それでも友達でしょ?そんなに私が頼りないの?友達として助けさせてよ!」


 「亜梨沙…?」


 何言ってるの?私は大丈夫だよ。パパも良くなってきたし、後少し我慢して頑張れば大丈夫なんだよ。努力すれば報われるんだよ。全部元通りになるから、亜梨沙も心配しないで…頼りなくないよ。いつもありさに救われてるんだよ。だけどまだ大丈夫だから。私は大丈夫。大丈夫だよ。そう言いたかったけど、また周りが暗くなった。


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