最終話 追放させてよ聖女さま




「アレス様、急に居なくなるのは困りますね。せめて一言残してくれれば良かったのに。さて、失礼しますね皆様。――『御体遡行』」



 マリアはなんと、魔王軍を回復させてしまった。それは傷付いた者どころか、既に命を失った者すらも何も無かったように復活させてゆく。

 やがて数秒もしないうちに、血溜まりすら消えていた。



「ふぅ。皆さん、他にお怪我はありませんか?」

「お前マジでなにしてんの??」



 四天王壊滅をはじめとした壊滅的打撃を与えたはずが、それが嘘のように元通りになってしまった。



「こ、これは……! 生命のみに限り、時を巻き戻す神の御業! 魔王様の無限再生と同じ……いや、それ以上の極限魔法、御体遡行……!」



殺人趣味があるわけじゃないから別に構わないが……なんか気に食わない。



「アレス様。まだ魔王を倒しに来る時期ではありません。もう2、3年ほどかけて世界中を旅をして、勇者アレスと聖女マリア、その一行を世に浸透させなければなりません」

「倒せるなら早いうちに倒した方が良いだろ」

「それで、無限に再生し続ける魔王をどう倒そうと?」

「無限に斬り続ければいいだけだろ?」



 そうすればやがていい感じになんかなりそうな気がする。

 マリアは珍しく、呆れたようにため息をついた。



「……はぁ、これだから脳筋アレス様は。そこも愛おしいですが。世界を救うには魔王を倒すだけではなく、各地の治安を良くしなければなりません」

「それは確かに。けど頭潰せばだいぶ楽になるんじゃないか?」

「そうは行きませんとも。跡目争いに領土問題、統治問題。魔王という旗頭を失った魔族は各地で必ず暴走してしまいます。それらを全て一度に止めることはアレス様でも不可能です」

「むむ……」



 いつもの色ボケた様子とは全く違う真面目なマリアに、俺はどうも調子を狂わされていた。

 いつもこのくらい真面目だったらいいのに。



「では皆様、失礼しますね」

「邪魔したな。また来るぜ」

「二度と来んな」



 帰路。

 俺はマリアからの説教を受けていた。



「だいたいアレス様はいつも……そもそもなぜおひとりでいらしたのです? クインさんもマドネさんもお暇でしたよね」

「アイツらいてもろくに働かないじゃん。他の奴雇おうぜもう」

「他の方でも変わりませんよ?」

「なんで?」



 なんだかものすごく嫌な予感がする。俺は嫌な予感だけはよく当たる方だ。



「だって、私がそうさせてますから」

「……は?」



 耳を疑う――どころの話ではない。脳がその意味を理解した瞬間、思わず手が出そうになった。

 それをなんとか引っ込め、喉から声を絞り出す。



「な、なんで……?」

「簡単な理屈ですよ? 恋愛には単純接触効果というものがあります」



 俺の返事を待たずに、マリアは続ける。



「では、アレス様と触れ合う回数を増やすには、どうすればよいでしょうか。そう、アレス様の負担を増やして、より傷つけさせればいいのです。つまり高難度クエストの人数下限4人を満たしつつ、他の方にはサボタージュしてもらう、という形に行き着きました」



 言葉が出せなかった。呆れてものも言えない、というのではなく、シンプルに恐怖で喉がつかえている。



「ええ、お怒りなのはわかっています。けれどもこれは、ふたりのため、ついでに世界のために必要なのです」



 そうにこやかに言って、しゅるりと手を取ってきたマリアに、俺は後ずさりながら絶句した。

 この女は本気でそう思っている。どんな御託を並べても、都合のいいように変換されてしまうだろう。



「さぁアレス様! 私と一緒に世界を救いましょう!」



 その屈託のない笑顔は、何故だかとても恐怖を感じた。魔王と対峙した時でさえ感じなかった、得体の知れない、まとわりつくような恐怖。


 絶望のさなか。俺はふと、女神ミズーミからの神託を思い出す。このときばかりは、その言葉が本当に神の救いだと感じた。そう思えるほどに。

 覚悟を決めて、その言葉を出力しようと腹に力を込める。



「つ、つ……」

「つ?」



 クインやマドネと比べてよく働く? 働かない原因がこいつなんだから、マッチポンプもいいところだ。愛情を向けてくれるのは嬉しいが、歪んだそれはシンプルに毒だ。


 俺は勇者となって初めて、真摯に女神ミズーミの神託に従うことを決意した。



「追放させてよ聖女さま……!」



 若干涙混じりのその懇願が、夜空にこだました。



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