第2話 勇者辞めたから就活する

 拠点となる街を飛び出して一週間。俺は就職活動に勤しんでいた。



「空白期間が一年ほどあるけど、何してたの?」

「はい。その期間は勇者として世界を救う旅に出ていました。パーティではリーダーを務めており、そこでリーダーシップ、チームワークとはなんたるかを学びました。困っているメンバーには積極的に声をかけ、プライベートな相談に乗ることもありました。目標半ばで終えてしまいましたが、かけがえのない経験です」

「ふぅん……。結局諦めちゃったわけだ。なんで?」

「私の力は身近な人々を救うことに使う方が適していると気付いたからです」

「なるほど……ね。わかりました。なにか資格は?」

「剣術資格の【剣聖】と【飛剣】を取得しています」

「【剣聖】? その歳ですごいね」

「以上で面接を終わりたいと思います。最後になにか質問はありますか?」

「はい。ではふたつほど。御社の――」



 数日後。

 新しい住所に届いた手紙には、どうやら俺の活躍を祈ってくれているらしいことが書いてある。これが通算で20通目ほど。



「また落ちた。祈られすぎて俺は神なのかと錯覚しそうになる」



 どうやら、就活界隈では落とした相手の更なるご活躍を祈るとかいう最大級の煽り行為がマナーとして存在しているらしい。魔王より滅ぼすべきはこいつらなのでは?



「くそ、なんでだ……!? 書類通ってるってことは能力面では問題なくて、言っちゃなんだが俺はコミュ力もある……! 魔王を倒せないと勇者って実はただのデバフなのか……!?」



 勇者の顔見たさ、というのもあるのかもしれない。仮に俺が採用担当者なら、勇者が応募してきたとなるならとりあえず呼ぶだけ呼んでみるだろう。そして面倒くさいことになる前に落とす。ひょっとして人間ってクソなのでは?



「……マリアからもらった小遣いがひぃ、ふぅ……あと五年は暮らせるな」



 しかし、五年間もヒモニートをするわけにもいかない。あれは選ばれし者しか出来ない業だ。並の人間がその道を進んでしまった場合、罪悪感と自己嫌悪感で自死を選んでしまうだろう。

 俺にそんなメンタルはない。



「かくなるうえは……」



 俺は意を決して、空に手をかざして聖剣を呼んで、ある場所へと向かった。



「たのもーう!」



 そびえ立つという表現がこの世で最も相応しい建物に到着し、俺はその巨大な門を全力で叩きまくっていた。

 門番的な巨人が二人いたので、ねんねしてもらっている。


 時間にして10分ほど経ったろうか、反応がないので、ぶち壊すことにした。



「せいっ!」



 硬く重たい門扉が数十メートル吹き飛び、俺は自分で入城を許可した。



「おじゃましまーす」



 中では幾人かの魔族がポカンとした様子でこちらに目をやっていた。

 無理もない。いきなり職場の扉が吹き飛べば誰でもそうなる。



「何奴!」

「アレスって者ですが」

「アレス……? 貴様勇者か!! 何しに来た!」

「何しにって、魔王殺しに……」



 魔王討伐を途中で諦めたという点がマイナス評価になっていると感じた俺は、それを解消するべく、考えに考えた。そして日々のストレスとヤケ酒にやられた脳で、あることを思いついた。


 魔王を倒せばわかりやすい成果として就活で役に立つのでは? と。



「者共であえー!! 勇者が来たぞ! 敵は一人だが総出で叩く!」



 号令にあわせ、奥からぞろぞろと兵隊が出てくる。数にして千は下るまい。それも雑兵でなく、本丸務めを許可されるくらいには力のある連中ばかりだ。

 千を超える軍隊は一糸乱れぬ統率で俺を取り囲むと、四人の奇抜な格好をした奴らがその先頭に立った。



「我ら魔王軍四天王。司るは爆炎」



 真ん中に立っている、一番でかい群れを率いている一番でかい男がそう言って一歩前に出る。

 それに続き、残る三人も一歩前に出た。



「同じく。司るは豪炎」

「同じく。司るは狂炎」

「同じく。司るは獄炎」

「全部火じゃん」



 もっとこう、水とか風とか雷とかに分かれるものじゃないのか。あと四天王が一堂に会して戦うイメージは全くなかった。



「知れたこと。戦力の逐次投入なぞ愚策も愚策。我らは常に四人で戦う。ならば属性を合わせるのが道理」

「なかよし四人組ってことか」



 そもそもの四天王の役割が中間管理職でなく戦闘特化幹部ならば、それも頷ける。最大戦力で叩くのは定石だからな。



「スカイ、オルアシ、エリンギ! ブレイズインフェルノアタックをかけるぞ!」

「「「応!!」」」



 四人が一列に並び、一斉にこちらへ駆けてくる。それぞれ似た武器を似た構えで携え、一糸乱れぬ統率で速度や頭の位置さえも併せている。かなり洗練された連携だと、初見でもわかる。

 四天王は俺にぶつかる直前で四方にバラけると、そのまま炎であろう魔法を放った。



「四方からの炎撃、避けられまい!」



 完璧な角度、タイミング、速度。これではどこに避けても避けられない。なかよし四人組の名は伊達ではないか。

 意を決し、自分から炎の中に飛び込む。



「あっつ……!」



 熱さに逆らわずに進めば、やがて敵にぶつかる。とても簡単な理屈だ。

 炎の中を突き進み、やがて誰か一人の元へ辿りつく。



「みいつけた」

「な……!? 摂取六千度はくだらん炎の嵐だぞ!」



 こいつは確か狂炎と言っていたか。

 剣を構え、まずひとり――とはいかなかった。

 狂炎は武器を捨て、俺にしがみついてきた。隙あらば鯖折りにでもするつもりなのだろう、かなりの力だ。



「俺ごと撃て!」

「「「応!」」」



 正面と背後から、強烈な炎の気配。

 拘束を剥がし、そのまま巴投げの容量で真背面の奴にぶん投げる。

 そのまま起き上がりながら抜剣し、振るう。



「まずは四人」



 ずんばらりと、一太刀の元に斬り伏せた。

 どさどさと力なく倒れる音が聞こえるが、うめき声は四人分ある。



「さすがは四天王。全員首撥ねたつもりだったんだが、致命傷止まりとはな」



 放置して士気を下げるのもいいかと一瞬考えたが、遠距離魔法を使える以上、油断はできない。

 ならばトドメを刺そうと一歩踏み出すと、背後から強烈な気配を感じた。

 振り向くと、軍団の最奥の位置にその大男はいた。



「貴様が勇者か」



 そのひと言で、兵たちは一糸乱れずに道を開ける。

 大男は黒いマントをはためかせながら、つかつかとその道を歩いてゆく。ただならぬ気配を感じる。

 誰に問わずともわかる。



「そういうお前は魔王だな」

「ま、魔王様……!」

「奥で治療せよ。貴様らは確かに精鋭だ。だが、精鋭程度にこの化物の相手は務まらん」



 魔王はマントを脱ぐと、その鍛え抜かれた肉体を露わにする。過去の戦いでついたのだろう、鎧をの隙間からでも夥しい数の傷跡が確認できる。3メートルは優に越すその体躯、それと同じくらい長い大剣を二振り、背中に携えている。



「俺はアレス。いちおうまだ勇者だ。よろしく」

「我は魔の王。名をストマ。勇者殿に赴いていただけるとは恐悦至極である。先の戦いぶり、見事であった。褒美に何もせずこの場を見逃がしてやっても構わんぞ?」

「それはご親切にどうも。では褒美として一つ問いたい。なぜ、世界に仇なすのかを」



 魔王の侵攻とやらはこいつに始まったことではない。おそらく、お互いの始まりからそうなのだ。



「我が祖父の祖父の祖父の祖父の……とにかくかなり前の代からの悲願である故」

「……なるほど、そういうタイプか。仲良くなれるかもしれなかったのに残念だ」

「そうだな」



 言わずとも、示し合わせたように互いに抜剣する。



「四天王の炎に耐えるとはな。ミズーミの加護、か……。水を司るだけはある」

「いや、あれは俺の素の耐久だ」

「そうか」



 一瞬消えて、再び現れる。音が遅れてやって来て、周囲に衝撃波が伝播する。

 二刀と一刀がぶつかり合い、鍔迫り合いで火花を散らす。

 流石は魔王、力で押し切れないとはかなりの剛力だ。

 急所を含めて何太刀か入れたが、どれも直ぐに再生してしまっている。再生力は中々のものだ。



「……この、身体に似合わぬ力が、ミズーミの加護か?」

「これも俺の素の筋力だ」

「そうか」

「というか、加護ってのは弱い奴が貰うものだろ?」



 実は、この質問はよくされる。どんな加護を貰った、とか聞かれるのだが、聖剣が降ってくる前と後で、俺の能力値に変化はない。

 それを伝えると、魔王は何故か件を降ろして両手を挙げた。



「よし、降伏しよう」

「魔王様!?」

「いや見たし聞いただろこいつのデタラメさ。なんで太陽の表面温度に耐えてんの? なんで我の半分しかないのに一本の剣で受けれてんの? 受けるどころか致命傷20回くらい喰らったし。ホントに人間? 魔力だって我の八倍くらいあるし……それで加護なしってんだからやってられっかよ」

「それは、そうですが……いいのですか?」

「いいんだよ。魔族ってだけで差別される時代はとうに終わったんだし、世界征服なんてアホな夢なんて子孫に継がすなっての。世論統制のために掲げてはいたが……」



 なにやら降参する様子。とりあえず勝ちということでいのか?



「じゃあ、一応首撥ねとくか……」



 形だけでも勝鬨をあげておいた方がいいかもしれないと、剣を構える。

 すると、それをある声が制止した。



「お待ちになって、アレス様!」

「……この声は」

「聖女マリア、ただいま参上です!」



 声の主、マリアの背には、何故か後光が差していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る