追放させてよ聖女さま

靴のサイズ30㌢

第1話 よくある話

「もういい! 俺勇者辞める!!」



 勇者なんてクソだ。

 新しく受けた神託に従って、何度目になるだろうか。とにかくそう思いながら、俺は野を駆けた。


 事の始まりは一年前。

 国をあげて祀っている女神ミズーミ様から神託を受け、勇者となってしまった。

 正直面倒臭いし世界なんて救えないと遠回しに主張してみたんだが、いつのまにかあれやこれやとあっという間に全国に広まり、引き下がれなくなって国を代表する勇者となってしまった。

 そこから一年間、利得と私利私欲で塗り固められたプロパガンダによる、勇者アレスの旅が始まった……のだが。


 順風満帆ならば、こんな語りをしているはずがない。



「さぁ勇者アレスよ! 旅立つがいい!」

「……え? 装備これだけ? 舐めてあそばせですか?」

「旅立つがいい!」

「それにこの三日分くらいしかない路銀、追加分は領収書出せば経費として精算してくれやがるんですか?」

「旅立つがいい!」

「なんでこの国の人間、人の話ろくに聞かねーの?」



 不満は色々とあるが、まず金がない。

 国をあげての勇者ならば、それなりの待遇があって然るべきだと思うのだが、必要経費は税から拠出されるという理由で、初期装備は物凄くしょぼかった。その辺にいる一山いくらの傭兵の方が整っているくらいだ。

 なお、これには理由があるらしく、表向きは魔王の影響で財政が困難でうんぬんかんぬん、らしい。

 ならその指輪だらけの手に持ってる酒はなんだと問い詰めたくなったが、そんな度胸があれば勇者なんてとうに断っている。



「勇者様だ! あんな装備で旅立つそうだ。なんてみすぼらし……清貧な方だろう!」

「勇者様グッズ発売中! あぁなんて慈悲深い! 肖像使用料は要らないと!」

「勇者様、サインを200枚ほど頂けますか? 転ば……店先に飾りますので!」

「こいつらに救う価値ある?」



 奴らは他にもあれこれ理由をつけてはいたが、要は清貧でノブレス・オブリージュに満ちた慈愛の勇者、という心底くだらないマスコットイメージのためらしい。


 もし魔王がこの世の欲に絶望して滅ぼそうとするタイプだったら寝返ってやろうと、ちょっとだけ考えたこともある。



「勇者様! うちの猫がどこかに行ってしまったんです! うちは貧乏なのでお金は出せません!」

「勇者様! 崩れた谷の岩を撤去し整備してください! うちの会社は経営難で金は出せません!」

「勇者様! イベントに出演してください! あ、自治体の小さなイベントなので報酬は出せませんが!」

「…………任せてください!」



 ろくな装備も持たされず日銭を稼いでは経費に消え、身一つ、ほとんど無償で民の不満を癒す。

 ボランティアは無料奉仕という意味ではないのだが、都合のいい部分しか見ることが出来ない、概念的視力の欠落した老人どもにはそれがわからないらしい。


 そして、それら全ての元凶、女神ミズーミ。彼女は夢の中に現れる。



『アーサーよ。最近妾太った気がするのじゃが、そなたから見てどうじゃ? あと今度の捧げ物は巷で話題の一日百個限定スイーツを百個で』

『そんなくだらない神託で俺の眠りを妨げるなクソ女神シバキ回すぞ』

『そうかそうか、そなたが言うのならそうで……ん?』

『了解です。ではまた後ほど』

『待て! まだ話は……! 妾はまだ二万六千さ……』



 あれこれ御託を並べてもそれもこれも全て、クソ女神様の神託のせいだ。

 そもそも無神論者だったのに、夢に出てきて空から自宅に光が差した上、聖剣が降ってきたので信じるしかなくなった。

 ちなみに、あと数センチズレていたら聖剣は俺の墓標になっていた。


 そして、もはや俺への精神的スリップダメージと化した仲間たち。



「アレス氏、私は騎士だが女だ。そして貴方は屈強な男で、勇者だ。両手両足を縛った上、丸腰でようやく対等だと思う。なに、安心してほしい。流石に剣はつまら……何かあったらいけないのでな、ムチを使わせていただく」

「お前もう騎士名乗るのやめろよ」



 女神様の神託でパーティメンバーも全員女の子だ。なんでもその方が都合がいいとかなんとか。ハーレムかと思春期らしく少し期待したが、大間違いだった。



「アレスくん。新しいクスリが出来たから飲んでよ。治験? 今やろうとしてるじゃないか」

「人間社会に生きてて道徳が欠片も身につかないことってあるんだ」



 女所帯に居る男の地位は凄まじく低いものになることは、世の姉妹持ちの男子なら覚えがあるだろう。



「アレス様、同衾しましょう。それがダメなら褥を共に。もしくはわたくしを色んな意味で抱き枕にしてください」

「ごめん、君初対面だよね?」



 不満があればなんとかして機嫌を取り、ことある事に買い物をして荷物を持ち、全部人に任せ切りでろくに働いていない奴らのマッサージをさせられ、まさに地獄だ。


 ストレスで枕元の抜け毛が日に日に増えているのは内緒だ。


 そして、そんなストレスマッハな環境の中、再びストレスの塊がクソババアもとい女神ミズーミ様から降ってきた。



『聖女マリアをそなたのパーティから追放せよ。さすればなんやかんやで失われし秘宝やその他諸々が復活して魔王討伐に役立つであろう。あとついでにそなたの安寧の日々が失われる』

『……は?』

『二度は言わぬ。妾はスロ……色々と忙しい。ではなアレス。今度の捧げ物はスシで頼む』

『スシ……? いや待てババア! いきなりどうしろって……!』



 そうして飛び起きたのが今朝のことだ。神託は一方通行なので、理由や方法を聞くことも叶わない。


 そして、現在。



「聖女マリア、君を追放する」

「え?」



 ぐうたらスイーツ脳女神ミズーミ様のお告げによると、どうも聖女マリアを追放することで眠っていた武器や失われていた技術が復活し、彼女が細々した問題を解決することで、それらが魔王打倒の楔となるらしい。

 ある意味いちばん厄介な色ボケ聖女様に解雇通知を突きつけるのは心苦しいのだが、心を鬼にして突き出す。



「もう一度言う。聖女サマ、君をパーティから追放する」

「イヤです!」

「そうか、じゃあ荷物をまとめて……イヤ?」



 思わず素で聞き返してしまったが、よくよく考えればそりゃあそうだ。誰だって急に解雇されるのは嫌だ。

 それはわかる。わかるんだが……なんでこの子笑顔なの?



「はい! ふっつーにイヤです!」



 ニコニコとしながら、突きつけた解雇通知をビリビリ破くマリア。いつもの優しげな笑顔と全く変わらないのが逆に怖い。



「……理由を聞いても?」

「正当な理由がないからです! 物資を横領したわけでも罪を犯したわけでも能力不足なわけでもありません! いくら愛おしいアレス様の命令だとはいえ、従う訳にはいきません! あと勇者様のお傍を女狐どもを置いて離れたくありません!なので断固拒否します!」



 ニッコニコで仲間を女狐と言い放つ彼女に圧倒され、それ以上何も言えなかった。だって正論だもん。



「どうしよう……」



 俺は自室に引きこもり、頭を抱えていた。

 ババアの神託は外れたことがない。だからこそ崇められているのだが。



「急にどうしたのだ。マリア氏に抜けろとか」

「そうそう、あんなに尽くしてくれてるのに」

「やむにやまれぬ事情があるんだ。というか鍵閉めてたのにどうやって入った?」

「どうって、合鍵だが?」

「ドアチェーンもかけてたが」

「……さぁ? ポルターガイストじゃないか?」

「フローリングの目がズレてるぞ」

「マドネ、ちゃんと閉めたよな?」

「うん。そもそも元素合成錬金だからズレなんてないよ」



 そう言って下に目をやるクインとマドネ。もちろん、フローリングにズレなどない。



「やっぱり下か」

「しまった! カマ掛けか!」

「このマドネちゃんとしたことが……! アレス君ごときのカマに引っかかるなんて!」

「最近財布から金減ってると思ったらやっぱりお前らか。追放するならお前らにしたいんだけど。マリアはちゃんと働くしな」



 そう、聖女のマリアは言動こそヤバいが、指示には従うしきっちり働く。金欠な俺を見兼ねて小遣いもくれる。だが、こいつらは違う。

 日頃のクエストもろくに働かず、そのくせ報酬だけはいっちょ前に請求し、プライベートなぞ知ったことかと言わんばかりに俺のわずかばかりの安寧を削ってくる。



「なっ! それは言い過ぎだろう!」

「そーだそーだ! マドネちゃんは傷付いたぞ! 補償を要求する!」

「黙れカス共。俺知ってるからな。財布から金を盗むだけじゃ飽き足らず、お前らが俺の名前使ってツケで遊び回ってんの」

「ぎく」

「ぎぎく」



 行ったことも聞いたこともない場所から請求書がしょっちゅう届くからだ。

 どう問い詰めてやろうかと考えていると、このクズ共は信じられない発言をしてきた。



「まぁ、お前は勇者だからな。ノブレス・オブリージュを知らんのか?」

「困ってる人を見捨てるのが勇者なの? 違うよね? 困ってる人がいたら何も言わず無償で差し出すよね?」



 絶句した。こんなに面の皮が厚い奴らは見たことがない。



「まぁ仮に私たちが悪くても、勧誘したアレス氏にも非があるとは思わないか?」

「類は友を呼ぶって言うでしょ? つまりアレス君も私たちと同類だよ?」



 そのガタガタでガバガバな理論武装だったが、それでも既に色々と限界を迎えそうだった俺の心を折るには、充分な威力を持っていた。



「もういい! 俺勇者やめる!!」



 気付けば俺は、そう叫んで部屋から飛び出していた。人目もくれず、ただ真っ直ぐに走り出す。

 そして、街から5キロほど離れた丘に着いたあたりで、泣いた。


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