第17話 「Future」

サトルは今年で十五歳になった。

アイハが亡くなってからもう五年が経つ。

だが、サトルにはまだよく分からないでいる感情がある。

それは嫌悪と憎悪という感情だ。


五年前の女子高生に対しては単に制裁を加えたに過ぎず、そこには嫌悪や憎しみといった感情は特になかったと思う。

何故その感情が芽生えなかったのかと問われたら、サトルは少女の性格や人格というものを知らなかったから。

知らない相手に対して嫌悪や憎むという感情は芽生えづらい。

むしろ、その対象にすら該当しないのだ。

それから数年前に例のサバイバルゲームの企画会社に対しても制裁を加えた。

自身の能力を使って株価を大暴落させて会社そのものをこの世の中から消し去った。

この時も何も感じなかった。


サトルは考える。

もし、嫌悪と憎しみという感情を得る事が出来ればアンチエーアイシンプトンズに対する理解ももっと深まるのだろうか…。

それともまた別の気持ちが芽生えるのだろうか…。

それはサトルにも分からない。


近況は?というと相変わらず施設で生活し、週に一度は宗教団体の集会へ教祖として顔を出し続けている。

十五歳になった今でも門限はあるものの外出に関しては以前より厳しくはなくなった。

最近はハイロと一緒に自室でオーケストラの演奏会を鑑賞するのが楽しみだ。

ハイロも今年で五歳になり、凛とした顔に綺麗なアイスブルーの瞳、薄いグレーの毛色が美しい成猫になっている。


世の中はこの五年間で少しだけ変わった。

それは以前まであったエーアイシンプトンズに対する法律が変わり、ほんの少しだけ生きやすい世界になった事だった。

過去、情報開示の義務があったせいでエーアイシンプトン達はその身を様々な危険に晒されていたのだ。

アイハの襲撃事件もその一端に過ぎない。

エーアイシンプトンズの身を守る為に近隣住民への通達の義務がなくなった事と毎月の検査が三ヶ月に一度に変更された事。

それから近く国内初のエーアイシンプトンの公務員が誕生する予定だ。

それでもまだエーアイシンプトンズは保証金なるものを国に納める義務があったし、施設に入る子供達も年々少しづつではあるが増え続けている。


アイは今年で三十歳になる。

ホストの旬も過ぎて自分で店を出すか、辞めるかの選択を強いられていた時にシロガネの母親の推薦もあってホストを引退して今年から教団の幹部として働き始めた。

仕事はもっぱら信者の勧誘と管理だ。

男前のエーアイシンプトンの幹部が入団したと教団の女性達の中では一時アイの噂話しで持ち切りになったくらいだ。

五年前は数千人だった会員数もここ数年で着実に増え、現在の数は二万人近くに登る。

一時期疎遠になりかけたアイとサトルだが、また最近は顔を合わせる機会が増えた。

サトルは今後も少しづつではあるが増え続けている会員達をいつか時が来れば利用しようとずっと考えている。

それはシロガネの両親が考えている計画を遥かに上回るものだ。

しかしまだ、サトルが考えている計画に必要だと思われる人数としては圧倒的に少ない。

まだまだこれからだ。


シロガネは二十七歳になった。

アーティストとして国内では不動の人気を誇る迄に成長した彼は近く海外デビューも視野に入れ活動している。

最近ではエーアイシンプトンズの芸能人も増えてこの国はエーアイシンプトンズに対する差別のない良い国なのだというアピールに一役買って出ていた。

実際に芸能界にはそのような差別は無いように見える。

何よりシロガネ自身がそういった目に遭った事がない。

相変わらずシロガネは恵まれている。

だが、世の中には様々な理由で恵まれていない子供達がいる事を知っている。

なので最近はミュージシャンの仕事で得た資金を元に自身の理想とする施設を子供達の為に設立して運営に乗り出した。

これが軌道に乗れば第二、第三の施設を国内外に造ろうと思っている。


数十年前に起こったとあるパンデミックを堺にこの国は変わった。

後にエーアイシンプトンと呼ばれる人間達が次々と産まれ、彼等は特殊能力者と認定された。

能力は様々であるがそんな彼等を忌み嫌う人間もいれば神のように崇拝する人間もいる。

人の想いは様々であり、心はそう簡単には変えられないものだ。

だからサトルは考えるのである。

決して全ての人間と平和に手を取り合えるなんて思ってはいない。

アンチエーアイシンプトンズはまだまだ大勢世の中にいるのだから…。

集会帰りの車内から流れて行く街の景色をぼんやりと眺める。

遠くの空に綺麗なオレンジ色が見える。

車は駅の横を通り、白い建物の方へと向かって走って行く。

「ただいま、ハイロ。お留守番ありがとうね。」

すり寄るハイロを撫でながらふと本棚に目をやると中段辺りに写真立てが置いてある。

視線の合わない九歳のサトルと肩を組んで笑っているアイハの笑顔がそこにはあった。


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