第16話 「Girl」
「エーアイシンプトンズには関わるな。」
「エーアイシンプトンズはこの世の中の害悪だ。」
「エーアイシンプトンズは人ならざる者だ。」
少女はこの言葉を幼い頃から両親に叩き込まれていた。
今年で中学三年生の十五歳の少女は産まれてから一度もエーアイシンプトンなる生き物に出会った事はなかった。
いや、エーアイシンプトンは見た目は普通の人間と変わりはないのでもしかしたら何処かですれ違ったりしていたかも知れない。
でも少なくとも自身が通う学校や過去の習い事の教室にエーアイシンプトンズは居なかった。
ある日学校から駅までの帰り道、衝撃的な現場を目撃する。
そこは工事現場だった。
歳の頃は二十代前半くらいだろう。
ガタイがよくて背も高く、作業服を着た男が壁を素手で殴って破壊している。
一瞬、何かの見間違いではないかともう一度見ると今度は何十キロもありそうな重たいであろうコンクリート片をいくつも纏めて軽々と持ち上げ、トラックの荷台へと運んでいるではないか。
暫くその男の動きに目が奪われた。
その後もやっぱり見間違いなんかではなくて壁を素手で掘っている。
何か見てはいけないものを見てしまった気分だ。
どうやらあれがエーアイシンプトンなのだろう。
何故か恐怖で心臓がドキドキする。
(目が合いませんように…。)
そう思いながら工事現場の横を通り過ぎた。
自宅マンションに着くといつものように部屋には誰も居らず、一目散にパソコンの前に座る。
ドキドキしながらエーアイシンプトンズの事を調べてみる。
こんな事を調べているのが両親にバレたら大変だ。
後でしっかり削除しなくては…。
エーアイシンプトンには色々なタイプがいるらしい。
さっきの工事現場の男は手もしくは腕辺りのエーアイシンプトンだったのだろう。
恐ろしいものを見てしまった…。
あんなものが学校の近くに居るのは大問題だ。
翌日、学校の帰り道また工事現場の横を通る。
工事現場の簡易的な障壁に工事の日程や何処の会社が請け負っているのかが書かれている。
(〇〇建設、日程は○月○日迄)
障壁の隙間からまたあの男が見えた。
何かしゃがみ込んで鉄板を触っているようだが、伸ばした人差し指の先に火花が見える。
何かで鉄板に穴を開けているようだが、その手には道具らしい物は見当たらない。
指先から火花が出ているようにも見える。
また、怖いもの見たさで見てしまった事を後悔する。
そしてそのまま帰宅した。
両親は共働きで夜にならないと帰って来ない為に少女の時間潰しの相手はもっぱらパソコンだった。
勿論、学校にも友達は居るが中学三年生ともなると皆今の時間は塾へ行っている。
少女は成績が良く、このままいつも通りに勉強をしていれば志望校へ余裕で合格出来ると進路指導の教員に言われていたので塾へは行かずにマイペースで勉強をしていた。
勉強が出来るという事は自身の全てでもあり、プライドでもある。
それとクラスの中でも一番パソコンに明るいという事も。
幼稚園の時に親からパソコンを与えられ、オモチャ感覚でパソコンに触れてからはパソコンが何でも知らない事を教えてくれた。
今でも両親はエーアイシンプトンズの事以外は何を調べていても黙認してくれている。
少女の両親は分かりやすいアンチエーアイシンプトンズだ。
そんな両親に育てられた少女もエーアイシンプトンズは害悪だという認識を強く持っている。
何が害悪なのか理由は特に知らない。
でも両親が言うのだからきっとエーアイシンプトンズは害悪なのだ。
ここ数日前に見付けてしまったエーアイシンプトンの事をアンチサイトに書き込みをする。
すると少女の元にダイレクトメッセージが一通届いた。
それは、
「この世の中の害悪であるエーアイシンプトンズを一緒に撲滅しよう!」
というメッセージだった。
どうやったらそんな事が出来るのか興味が湧いて、返信をしてみる。
するとすぐに返信があり、メッセージにはこう書かれていた。
「私達はアンチエーアイシンプトンズの仲間です。エーアイシンプトンズを撲滅する為にあなたの一票が必要です。私達に賛同して下さるならば下のイイねをクリックして下さい。」
簡単な事だ。
何も迷わず書かれていた通りにイイねをクリックした。
こんな事で撲滅出来るのか半信半疑だったが、まぁ、いいだろう。
これで少しでも自分は世の中の役に立ったのだ。
でもこんなに沢山のイイねが押されているという事は両親の言う通りエーアイシンプトンズは間違いなく悪なのだと確信する。
少女は自分が見付けたエーアイシンプトンを一刻も早くこの世の中から消す事は出来ないか考え始めた。
そこで一つの方法を思い付く。
自分が直接手を下さなくてもエーアイシンプトンを消し去る方法だ。
仮にあんな化け物と直接対峙したら間違いなく葬られるのは非力な自分の方だ。
だから自分に足が付かない方法で葬ってやろう。
色々と調べた所、とあるサバイバルゲームの企画会社の役員達がアンチエーアイシンプトンで構成されている事を突き止める。
次にそのゲーム内でスペシャルイベントなるものがある事を知る。
過去のゲームイベントの記録を見る限り、かなりリアリティに富んでいて本物の犯罪や戦闘に近い事をやっている。
これは使えそうだ。
それからあの工事現場のエーアイシンプトンの事を調べ上げた。
建設会社のスタッフ紹介ページからあのエーアイシンプトンの名前が判明した。
次の日にはそのエーアイシンプトンの後を付けて住んでいる所を割り出す。
これにはその会社のワゴン車を追いかける為のタクシー代に貯めていた小遣いから結構な額を支払った。
でもこれも世の中の為だと思えば仕方ない。
住まいを発見した後に速やかに帰宅してその地域のホームページへ飛ぶとあのエーアイシンプトンの情報が手に入った。
学校や勉強の間に情報収集していた為に初めて見付けた時から時間はかなり経っていてこの頃には既に学校帰りの道の工事現場は既に更地になっており、当然あのエーアイシンプトンの姿はもう見る事はなかった。
しかし、あんな化け物をこの世の中に放置してはおけない。
見つけてしまった以上はこの計画を最後まで貫き通すのだ。
そんな事を思っているうちに受験シーズンに突入してしまい、この計画は一時期お預けとなる。
そしてその後に少女は周りの大人達や本人の希望通りの高校へ入学した。
学校は今迄どおり、中学から高校へと変わっても同じ最寄り駅の高校を選択していた。
高校生活は特にこれといった問題もなく変わらず成績も良く、正直退屈だった。
なのでつまらない時はいつも同じ事ばかり考えていた。
「実行日」の事を。
秋になり、とうとうその日がやって来た。
例のゲームで近くスペシャルイベントがある。
このサバイバルゲームのイベントにSS級ターゲット希望者としてあのエーアイシンプトンの情報を登録する。
仲間のターゲットサイドの情報部員として現場監督の情報も登録した。
ターゲットと情報部員は二人一組で参加希望との文面も書き込む。
その時にターゲット本人がエーアイシンプトンである事も登録した。
例の男がターゲットとして本当にゲームに参加出来るのか不安があったのでゲーム企画運営側のスタッフ専用サイトに侵入して少し細工をする。
更に脅迫状の文面を自身で考え、再更新出来ないように固定した。
ハッキング行為はこれが始めてではなかったので少女はスムーズに目的を果たしたのだった。
そしてエーアイシンプトンがターゲットとして自ら参加希望したとなるとアンチの多い企画側の人間は抽選と言いながらも間違いなく彼をターゲットにするだろうと踏んでいた。
仮に今回ターゲットに選ばれなかったとしても次回また同じ事を繰り返すだけだ。
そもそもSS級ターゲットサイドは高ポイントだが、その分危険度も高い為にユーザー達には人気がなかったのであの男を今回のスペシャルイベントに強制参加させる事に成功した。
ライブ配信がなかったのが非常に残念だったが、イベント後日あのアパートで襲撃事件があった事をニュースで知ると自分の計画が成功したのだと身震いした。
ゲームサイトはイベントが終了したであろう時刻と同時に登録抹消、パソコン上のゲームに関するデータを全て証拠が残らないレベルで削除した。
あのエーアイシンプトンを見つけてからここまでかなりの年月を費やした。
それだけに気分が良い。
自分は正義を貫いたのだ。
少女は英雄になった気分を味わっていた。
でも、今回の事件に関わった事は誰にも言わなかった。
いくら英雄でももし、それを言ってしまって何か面倒な事に巻き込まれたらそれはそれで大変だと思ったからだ。
それから更に数ヶ月が経ち、襲撃事件のエーアイシンプトンが亡くなったというニュースも見た。
間接的にではあるが、この世の中の害悪を退治出来たのだから結果は大満足で清々しい気分だ。
今日も学校から駅への帰り道を歩く。
あの工事現場だった場所は相変わらず更地で新館と呼ばれる建物だけがポツンと建っている。
そう言えばこの建物はなんだったっけ…。
何かの研究施設か医療施設とか聞いた気がしたけど…。
そんな事を考えてその場所を横目で見ながら通り過ぎようとした時に後ろから声がした。
「こんにちは、お姉さん。」
振り返ると小学生くらいであろう、男の子が立っていた。
一度辺りを見廻して自分が声を掛けられたのだという事に気が付く。
「えっ?……わたし?」
「うん。そうだよ、こんにちは。」
「あ…。はい、こんにちは……。」
見た事のない子供だ。
小学生くらいに見えるがこの時間なのにランドセルは背負っていない。
近所の子供だろうか…?
「ねぇ、お姉さん。ちょっと聞いてもいい?」
「何?かな…。」
「お姉さんって、アンチエーアイシンプトンズでしょう?」
「な、何……?急に何を言ってるの?私、知らない…。」
「知らないじゃないよ。僕は知っているんだ。」
「えっ?」
「あのね、お姉さんにいい事教えてあげるよ。」
「何…?」
なんだかこの少年は気味が悪い。
「簡単な事だよ、あのね…。」
その少年の言葉を耳にした瞬間全身に鳥肌が立ち、居ても立ってもいられずにその場から走り去る。
一気に恐怖の感情に支配される。
恐ろしくて気が狂いそうになる。
こんな恐怖、生まれてから今まで一度も味わった事のない恐怖だ。
そしてそのまま駅に着くとちょうど特急列車が凄いスピードでホームへ近付いて来た。
少女も猛スピードで特急列車に向かって走っていく。
そしてそのまま電車が走り過ぎたと同時にパッと少女の姿も消えた。
「キャーッ!!」
ホームにいた女性が叫ぶ。
駅員が数人、バタバタと慌ただしく走り回り、たった今このホームで事故が起こった事を駅構内にアナウンスする。
暫くするとザワザワと人々の話し声が聞こえてくる。
「嘘だろ…、人身事故だって…。こんな時間に…。ホント、勘弁してくれよ…。」
夕方、サトルはアイをゲストルームで待つ。
今日はシロガネのコンサートの日だ。
実はサトルは先程このゲストルームに来る前にこっそり施設を抜け出していた。
時間にするとほんの五分程度だが…。
これからアイがここに来る。
いつもなら約束の時間より早く来るアイだが、恐らく少し遅れて来るだろう。
理由は知っている。
駅で事故が起きているはずだから…。
肩で息をしながらアイがやって来た。
「サトル君、ごめん!!少し遅れてしまったね。」
「大丈夫だよ、アイさん。まだ時間的には間に合うから…。」
「いや…、参ったよ。駅で事故があったみたいなんだ。電車が随分と遅れそうだよ、コンサート間に合うかな…?」
「じゃあ、ここの職員さんに頼んで車で送って貰おうよ。」
「良いの?それなら助かるけど…。」
「うん、大丈夫だよ。」
二人で車の後部座席に乗り込む。
駅の横を通ると救急車や消防車が停まっていて物々しい雰囲気だった。
「アイさん、電車に乗らなくて正解だったね。」
「あぁ、そうだね…。」
二人を乗せた車はコンサート会場に着いた。
「サトル君。俺さ、挨拶しなきゃいけない人がいるんだ。ちょっと一緒に来て貰ってもいいかな?」
「うん。」
アイが会場の中を見渡す。
すぐに関係者席の中に彼女を見付けると歩み寄った。
「こんばんは。〇〇さん、お招き頂いて今日はありがとうございます。」
「あら〜、アイ君。本当に来てくれたのね。」
アイの後ろにいたサトルを見て驚く。
「あら…?そちらは…。」
「あぁ…紹介しますね、彼はサトル君。僕の弟みたいな子です。」
「あら、なんて言ったらいいかしら…。何処から説明しましょう…。」
「はい?」
「アイ君、驚かないでね。ここであまり大きな声では言えないけれど…サトル君はうちの教団の教祖よ。」
「はい?えっ?!」
「ごめんなさい。アイさん、黙っていて…。」
サトルがうつむく。
(マジか!!)
「いや…、少し驚いたな。でもこんな偶然もあるんだな…。」
「まぁ、積もる話しは置いておいて…。折角のコンサートだもの、今日は楽しんでいって頂戴ね。」
彼女から三列程前の席に二人で着席する。
会場が暗くなり、コンサートが始まった。
シロガネの歌声が会場全体に響きわたり、前にゲストルームで聞いた時よりも幻想的で身体全部を包み込まれるような感覚がある。
会場が暗いせいでステージのシロガネしか目に入らない。
お笑いライブとはまた少し違う感覚だが、完全に惹き込まれた。
あっと言う間に二時間が過ぎてサトルは感動というものがどのような感じなのか良く理解した。
コンサートが終わるとシロガネの母親がこちらへ来て
「良かったら本人に会って行ってあげて。」
そう言われて楽屋まで連れて行かれた。
今さっきステージ上に居た人が目の前にいてタオルで汗を拭いていた。
「お疲れ様〜!素敵だったわよ!」
そう息子に声を掛ける母親。
「あぁ、ありがとう母さん。」
この二人の会話を聞いてアイはこの二人が本物の親子なのだとやっと思えた。
「今日はね、貴方にお客様よ。」
アイとサトルを紹介する。
「はじめまして、僕はアイと言います。今日は素敵な時間を過ごさせて頂きました。ありがとうございます。」
「いえいえ、僕の方こそ観に来て下さってありがとうございます。あれ?君は…。」
シロガネがサトルに目をやる。
「サトル君、だよね?少し大きくなったかな?一瞬分からなかったよ。」
「はい、施設で前にお会いしました。」
「コンサート、楽しんでくれたかな?」
「はい、感動しました。」
「なんか、照れるなぁ…。ありがとう!」
シロガネのサインを貰って楽屋を後にした。
帰りの車の中でサトルはアイに言った。
「今日はありがとう、アイさん。教団の事を黙っていてごめんなさい。」
「あぁ、その事なら気にしなくていいよ。俺もまさかそこが繋がっていると思ってなかっただけだから。ところでさ、コンサートは楽しめた?」
「うん!僕、感動したんだよ。」
「そっか、良かった!!」
アイを自宅まで送り届けた後に施設へ帰る道すがら駅前を通った。
もう既に何事もなかったかのように通常運転で電車は走っている。
サトルはこの日、完全犯罪をたったひとりでやってのけたのであった。
勿論、アイと一緒に色々と調べた後もひとりで調べ続けてある少女に辿り着いた事はアイには言わなかった。
アイハの事件に関わった全ての者達に制裁を下す事が何処まで出来るのかは分からないが、今日の一件は手始めに過ぎないと思っている。
でもこの世の中にはまだまだアンチエーアイシンプトンズは沢山居てまたいつ何処で誰がどのような被害に合うとも限らない。
サトルにだって先の事は分からない。
自室へ戻るとハイロが駆け寄って来た。
「ただいま!ハイロ。お留守番ありがとうね。」
ハイロの頭を撫でながら今日一日を振り返る。
そしてこんなふうに思った。
(たった一言伝えただけで人は簡単にこの世の中から消えちゃうんだな…。それからたったひとつのフレーズで人は感動もするんだな…。言葉って何だろう…。)
サトルが強く意識をして発した言葉に他者を洗脳する能力が秘められている事をサトル本人が知ったのはつい最近の事だ。
つまり、例の少女はサトルが意識して洗脳した結果死に追いやったのである。
言葉というものは地球上で唯一人間のみに与えられた特殊能力だ。
たまに喋る鳥もいるがそれはまた別の話し。
普段から当たり前のように何気なく使っているものだが、何かを成し得ようとした時にそれは強力な武器にもなる。
「ハイロも人間の言葉が話せたらいいのにね…。」
ハイロがもし、人間の言葉を話せたらサトルと何を話すのだろう。
「ハイロ、あのね。僕に沢山の言葉を教えてくれたのはアイハだったんだよ。」
今日の色々な出来事で自身の心の傷が少しでも癒えたのかというと、それにはまだまだ沢山の時間が必要なのだという事だけは分かった。
翌日、テレビを付けると〇〇駅のホームから女子生徒が特急列車に飛び込んだというニュースを目にした。
そのニュースを見てもサトルは何も感じなかった。
ある一言をその少女に放つ事でどのような結果になるのか最初から知っていたし当然それはサトルが望んだ結果だったからだ。
「さてと、今日は集会に行かなくちゃ。」
サトルは支度を済ませるとハイロに挨拶をして施設出入口へ向かった。
いつものように迎えの車が停まっている。
「お願いします。」
そう言うと車は走り出した。
集会場へ到着するとシロガネの母親が出迎えに来ていた。
「サトル君、昨日は少し驚いたわ。アイ君と知り合いだったのね。」
「はい。」
「やっぱりあれかしら、エーアイシンプトン同士は見えない何かで繋がっているのかしらね。」
「………。」
そんな一方的に近いお喋りを聞きながら会場の扉の前に立つ。
扉が開くといつものように教祖サトルとして盛大な拍手で迎えられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます