第15話 「Answer」
サトルがピックアップした映像には全くと言っていい程、共通点が見付からないように見える。
それに、先程アイが見付けた決定的な瞬間映像よりもこの普通に見える映像の方が重要なのだと言う。
サトルが何故こんな何の脈絡もない映像を表示するのか、間違いではないかとアイはもう一度聞く。
「サトル君、これは…。どういう事なんだ?」
「うん。これが答えなんだ。」
「ちょっと待って、よく分からない。もっと詳しく説明して貰えるかな?」
サトルはまず、コンビニの店員の顔写真と最寄り駅の駅員の顔写真をアイに見せる。
「この二人はね、兄弟だよ。」
「うん、それで?」
「それからこの人達…。」
次々と写真を見せて行く。
アイハのアパート裏手の駐車場に立つ二人の男の映像。
それからコンビニ店内の客二人、この二人は別々の通路を歩いている。
そして駐車場の車の写真と運転手の顔写真。
「事件当日、関わっていたのはこの七人だね。あとは……。」
そこから数日遡った現場監督の家の近くの駐車場に立ち、監督と話しをしている八人目の男。
この映像は先程、アイも気付いた。
(アイハの葬儀にいた現場監督だ。)
恐らくアイハの事を聞いているのだろう。
その男が乗っていた車の運転手で九人目。
事件当日の車とこの遡った日の駐車場の車、二台の所有者が別々に居て二人で十一人。
更にこの十一人が書き込みをしていたサイトへ飛ぶ。
それはネット上によくあるゲームコミュニティサイトだった。
「え?ゲームコミュニティってどういう事?コイツら皆、アイハの知り合いとか?何でゲーム?」
アイが尋ねると冷静にサトルは答えた。
「ううん。アイハの知り合いは一人もこの中には居ないよ…。この十一人はね、ゲームをしただけなんだ。」
ゾッとして聞き返す。
「ゲーム?何の?人がひとり、亡くなっているのに?」
「うん、あくまでも彼等はゲームだと信じているよ。」
「信じている?ちょっと待ってサトル君、俺に分かるように説明してくれ。」
「この十一人はね、あるゲームをやっているプレイヤー達に過ぎないんだ。各自ゲーム上にタスクがあってね、それをこなさないとポイントが貰えなくて負けちゃうんだ。」
「ちょっと待てよ!そんなの正気の沙汰じゃないだろ?!」
「うん。この人達のもっと嫌な所はね、アイハもこのゲームの参加者だと騙されている事なんだ。だからアイハが今回亡くなってしまった事は彼等の予想外だったみたいだけど…。彼等はゲーム中の不慮の事故だと思っている筈だよ。」
「なっ!そんな…。ふざけるなよ、事故だって?!誰が騙しているんだよ!?」
「それを今から調べてみるよ…。」
我に返り、アイは取り乱した事をサトルに申し訳なく思った。
冷静にパソコンと向き合っているように見える小さなサトルの肩と指先が震えている事に気が付いたからだ。
「ごめん…、サトル君。大人の俺が取り乱したりして…。で、もう一度聞くけどアイハはそのゲームに無関係なんだろ?」
「……。」
「まさか、アイハもそのゲームとやらに過去に関わった事でもあるのか?」
「ううん。アイハはこのゲームの存在すら知らなかったよ。ただ…、無関係かと言われたら…。」
「?」
「僕達はエーアイシンプトンだよ。これはね…。これを見て。」
サトルが別のサイトに飛ぶ。
それはアンチエーアイシンプトンズのコミュニティサイトだった。
「このゲームを主催している企画運営会社の役員は皆、アンチエーアイシンプトンズなんだ。それからこの会社の関連会社にスポンサー…。」
「なんだよ…、それ…。」
「全部調べるとアイハの事件に関わった人間は五十人近くもいるんだ…。」
サトルは話しを続ける。
「アイさんは、サバイバルゲームって知っている?大昔に流行ったゲームなんだけど…。」
「あぁ、聞いた事はあるよ。オモチャの銃で撃ち合うゲームだよね?」
「そう、彼等のゲームはこの時代にそれを少し改良して復活させたようなものなんだ…。昔のそれに比べるとかなり現実的で過激になっているね。」
ここまで調べ上げるとサトルは言った。
「アイさん、協力してくれてありがとう。僕一人じゃここまで出来なかったよ。今日はもう帰ろう。」
電車に乗っても二人は無言だった。
最寄りの駅に着くとサトルは言った。
「来週、アイさんに時間があったら僕に会いに来てね。」
「あぁ、分かったよ。友達、紹介してくれるの楽しみにしているよ。」
閉まった電車の扉向こうに小さな背中が走り去って行くのが見えた。
サトルが調べた結果、判明した事件の筋書きはこうだ。
ー企画運営視点ー
まずはゲームのプレイヤーである会員達にスペシャル限定イベントと名を打ってイベント内容を告知。
次に参加者を募る。
このイベントはSSランクなので所有経験値ポイントの低いEランク〜Bランクは参加不可能な事を提示する。
AランクからSSランクのプレイヤーの中で決められた時間や場所に確実に参加可能な者達を募集する。
(当日キャンセルも考慮し、募集枠は広めに設定)
抽選でイベントのスペシャル招待状を運営側から各当選プレイヤーに送信。
イベントミッションの内容をゲーム内掲示板にて通知。(参加者のみ)
今回のイベントはライブ配信無し。
ターゲットはSSランク級。
ゲームモードはスペシャルハードモード。(武器の所持有り)
経験値の高いプレイヤーが集まっても複数人で倒さないとこちらが全滅するという攻略ヒントを提示する。
(この際、ターゲットはSS級のエーアイシンプトンと表示)
情報部隊、運び屋のジョブ選択をしたプレイヤー達にはミッションクリア時に〇〇万ポイント。攻撃部隊は通常Sランクモードの三倍のポイントを報酬として付与。(スタンは更に五十パーセント増)
これらの情報をイベント終了まで更新、管理。
尚、ゲームにリアリティを持たせる為にターゲットサイドにはミッション終了時に脅迫状を置いておく事とターゲットサイド情報部員宛に脅迫電話も掛けさせる。
こちらの件に関しても随時更新と管理。
ーサトルの説明ー
今回のイベントミッションにおいてのジョブ選択(役割)は、監督に会いに行った人間とコンビニの店員(弟)と駅員(兄)の三人が情報部隊。
アイハのアパート裏手の駐車場に居た二人とコンビニ店内に居た二人の計四人が攻撃部隊。
イベント当日、攻撃部隊を乗せる車を運転した者とイベント数日前に監督の家の近くの駐車場に情報部隊員を連れて行った二人は運び屋A。
運び屋Aに車を貸した二人は運び屋Bだ。
これで計十一人。
ープレイヤー視点ー
ゲームスタートからミッションクリアまでの制限時間は十分間。
SS級ターゲットが降参するか、スタン(気絶、または行動不能)させればこちらの勝ちとなりミッションクリアだ。
またこちら側の誰かが降参、又はスタンさせられた時点でミッション失敗となる。
失敗した場合は攻撃部隊のみ獲得ポイントはゼロだ。
ゲームが始まり、ターゲットの部屋に侵入する。
普通ならターゲットもフル装備で待ち構えている筈だが今回のターゲットは何故か丸腰だ。
そう言えばミッション攻略ヒントの下に小さな文字でSS級エーアイシンプトンって書かれていたっけ。
きっと丸腰でも戦える強いプレイヤーなのだろう。
エアガンで初めは攻める。
「なんなんだよ、てめぇら!!」
まぁ、急襲されたターゲットは大体この言葉を吐く。
流石はSS級だ、エアガンくらいでは降参しない。
スタン(気絶、行動不能)をお望みのようだ。
スペシャルハードモードだしな…。
持っていた二段警棒で殴りかかると腕でガードされた。
ゴン!!あれ?なんか普通に人を殴った時の音じゃないような…。
不思議な音がした。
普通の腕じゃないぞ?!
もう一発!!またガードされた!!
やっぱり腕が普通じゃない…。
そうか!コイツ、腕のエーアイシンプトンだな?
なるほど、腕そのものが武器って訳だ。
やるな…。
攻撃部隊全員でSS級ターゲットをスタンさせようと首を締め上げたり、ボコボコに殴る蹴る。
制限時間がもうない。
抵抗が激しく道具を使って攻撃しているのに何故、降参しないのか…。
強情な奴だ、そちらのクリア報酬はこちらの何倍なんだ?
急いでクリアしないと…。
どれくらい皆で攻撃し続けただろう。
ターゲットの動きがようやく止まった。
スタン成功だ!
最後に今日のスペシャルミッションの締め括りにコンビニの情報部隊員から受け取った一枚のメモをターゲットの側に置いて部屋を出る。
(興奮状態でメモの内容なんてよく見なかったな。)
スマホを取り出してミッションクリアのボタンを押してゲーム終了だ。
しかし今回のターゲットはなかなかだったな…。
自分がターゲットサイドだったらすぐに降参するのに…。
ま、だからこそのSS級ターゲットなのだろうな…。
毎回バリエーション豊富なこのゲームは適度な運動とストレス発散にもなるし本当に面白い。
このゲームの運営サイドは神だ。
今日も神に感謝だ。
その後はお互い知らない者同士、現地解散または運び屋に最寄りの駅まで送って貰う。
運び屋は指定された場所(今回は最寄り駅)にプレイヤーを届けて運び屋Bに車両返却してからクリアボタンを押す。
これでウン万ポイントも貰えるなんてラッキーだ。
駅ではゲームの為の着替えロッカーを管理する駅員の情報部員がいた。
ミッション中に汚れてしまった服の処理も頼めば彼が請け負ってくれる。
処理と言ってもゴミ箱に捨てるだけだが…。
彼は自身が管理していたロッカーが全て空になったらミッションクリア。
コンビニの情報部員はミッション終了の知らせを受ける。
ここからもうひと仕事だが、今回のミッションは比較的に楽だ。
運営から託されたデータを一枚の紙にプリントアウトして攻撃部隊に渡す事と、ミッション終了二十分後に決められた番号に電話をして『セリフ』を告げて電話を切ってミッションクリアボタンを押す。
セリフは「書き置きは見たか?こちらは本気だ。」だ。
ミッション前日から戦闘服や武器をロッカーで管理していた兄さんに比べたら楽なミッションだ。
三人目の情報部員の男はこのゲーム企画運営会社に入社したての社員。
このサバイバルゲームが好き過ぎてこの会社に入社した。
入社後もこのゲームを続けている。
今回のミッションはSS級のターゲットの情報集めだ。
決まった場所と時間に指定の場所へ行き、ターゲットサイドの情報部員に接触、
その情報をイベント開催数日前迄にイベント専用ボックスにメールをする。
ターゲットサイドの情報部員からはたいした情報は得られなかった気もするのだが…。
まぁ、お互い敵の情報部員に味方の情報を盗ませないのもこのゲームの醍醐味だ。
あとはミッション終了後五分以内に運営から通知のあった電話番号に電話を掛けて決められた『セリフ』を伝える。
SS級のコードネームはアイハと言うらしい。
「アイハに制裁を加えたから見に行くといい。」
ここまでやってミッションクリアボタンを押すとポイントゲットだ。
本当にリアル感のあるこのゲームは面白い。
後日、攻撃部隊が侵入したアパートに住むエーアイシンプトンの若者が何者かの襲撃により、意識不明の重体だというニュースを見る。
まさかと思いゲーム画面を開くと、いつも通りE級からSS級ランクミッションの参加者募集の文字が見えた。
ゲームは続いている。
もし、あの時のミッションとそのエーアイシンプトンの若者の襲撃事件が同一のものならばこのゲームそのものが終わっている筈だ。
なんだ…、単なる偶然か。
って事は、同じアパート内にエーアイシンプトンが複数人住んでたって事か…。
それから数ヶ月が経ち、仕事が忙しくなりゲームは暫くお預けだった。
その頃のニュースの顔写真でようやく数ヶ月前のニュースで見た襲撃事件の被害者であるエーアイシンプトンとSS級ターゲットが同一人物だったと知り、亡くなったというのを知った。
まさか…、あの日のミッションが原因なのか?
もしそうだとしたら自分が攻撃した相手が亡くなるなんて…。
誰がこの責任を取るのだろう…?
だって、そうだろう?
このゲームのプレイヤー規約には
『このゲーム内での事故又は死亡した場合、当企画運営側は一切の責任を負いません。』という誓約書にプレイヤーは同意しているのだから…。
バンジージャンプやスカイダイビングと一緒だ。
でも、なんだか気分が悪い。
こんなゲームはもうアンインストールだ。
これで俺は一切何も関係ないぞ。
あの日サトルから事件のあらましを説明されたアイは居た堪れない気持ちでいる。
こんな事、誰を責めればいいのだろう。
やはりアイハをターゲットとして巻き込んだゲーム会社の役員達か…。
そもそもアイハをゲームに巻き込んだ者がいるのは確かだが、それもゲーム会社の人間とも限らないとサトルは言っていた。
仮にそうだとしても一人一人に問い正した所で誰も責任を負わないだろう。
五十人近くもの人間が関わっているこの事件はこれという分かりやすい悪がいないのが特徴で、警察の捜査を難航させる原因でもあった。
今回、サトルと二人で調べた結果を当然警察に言うわけにもいかなかった。
それだけサトルとアイも普通に考えて犯罪だという行為に及んでいたからだ。
サトルとアイが大筋の謎を解き明かした数週間後、
警察の長期に渡る捜査の末に(一応)主犯格として四人の男が逮捕され、アイはそれをニュースで見た。
攻撃部隊の彼等だ。
事件は一件落着したように見えたが、サトルは何も終わっていないとアイに会う度に言っていた。
アイはいつも通りに仕事へ行く。
ネオンと街灯が光るこの街に戻ってくると落ち着く。
今日の予約客は…。
あ、元歌手の常連さんだ。
出勤してから三十分程経つと彼女が店に現れた。
「〇〇さん、いらっしゃいませ。」
「あ〜、アイ君。久し振りね。」
いつものようにいつもの席で接客をしていると数週間前にサトルと暴いた真実が非現実的に思えてくる。
「今日はね、アイ君にプレゼントがあるのよ。」
「えっ?何ですか?」
「これね…。私の息子のコンサートチケットよ。」
見ると『関係者席』の文字が目に入った。
今まで嘘かも知れないと思っていたが、彼女はシロガネの関係者には間違いない。
チケットは二枚あった。
「これが二枚あるという事は…。〇〇さんと僕で…」
そう言いかけたら彼女に遮られた。
「違うの、私の分はもうあるのよ。だから好きな女の子でも連れて観に来てちょうだい。」
「うーん…。連れて行ける女の子が居ないんですよね〜。」
これは真実だった。
しかし、このホストの世界でこのようなチケット系のプレゼントは『引っ掛け』の場合も多い。
もし、
「他の誰かを連れて行って〜」
なんて言われてチケット系のプレゼントを貰ったとしよう。
プレゼント相手以外の誰かと観に行くなんて事を馬鹿正直にやってしまったら、チケットをプレゼントした女性は二度と来店しなくなるだろう。
「誰かと一緒に〜」
と言いつつも自分を誘ってくれるのを待っているものなのだ。
女性という生き物はこういう所が難しい。
しかし、彼女の場合は本当に誰か別の相手を誘ってコンサートに来て欲しいと言っているのが分かるので、ここはストレートに
「ありがとうございます。子供でも大丈夫ですか?あっ、って言っても俺には子供が居ないので弟みたいな小学生くらいの子供なんですけど…。」
彼女に勘違いされなかっただろうか?
つい、口が滑っておかしな事を言ってしまった。
くすくすと笑いながら彼女は言う
「大丈夫よ、貴方に子供が居ない事は既に調査済みよ。」
「そうでしたね。」
冗談を言い合ってこの日の営業は終了した。
前回は断ってしまったから今回は必ず行かないとな。
サトル、時間取れるかな…。
門限あるって言ってたし…大丈夫かな。
次の日の夕方にサトルに電話を入れる。
コンサートの件を話すと
「少し待ってて…。」
受話器から離れたらしく、暫く待っていると急に大人の声がした。
一瞬焦ったが、自己紹介にアイハの幼馴染みという事とそちらの施設には数回既に伺っている事と今回はシロガネのコンサートへ行きたいという旨を伝えると
「少々お待ち下さい。」
そう言われ、なんだか役所で電話のたらい回しにあっているような気分になった。
「後日、こちらから御電話を差し上げます。」
そう言うと電話は切れた。
まだコンサートまでは日にちもあるし、少し待ってみるか…。
週末になるとサトルの施設から連絡があり、サトルをコンサートへ連れて行く事が許可された。
日曜日、サトルに早速会いに行く。
「こんにちは、サトル君。それにハイロも元気?」
ハイロを抱っこしたサトルがゲストルーム内に立っていた。
「うん、アイさん。こんにちは、ハイロも元気だよ。」
「今日はさ、もう聞いているかも知れないけどプレゼントを持って来たよ。」
「あ!知っているよ。コンサート!」
「そうだよ。シロガネは好き?」
「うーん…、分からないんだ。でも、もう一度会ってみたいんだ。」
「えっ?前にシロガネに会った事があるの?」
「うん。ここで会ったんだ。」
サトルはハイロを床に放ちながら言った。
「感動したんだ、歌を聞いて…。でもすぐにその感覚が消えちゃって…。」
それを聞いたアイはハイロを撫でながら言った。
「なら、ちょうど良かった。その感覚、きっとまた体験出来ると思うよ。」
「うん。」
最近はアイハの事件の事ばかりにずっと気を取られていたから少しでもサトルの気分転換になれば…。
そうアイは思った。
勿論、自分だって納得はいっていない。
ただ、何をどうすれば解決なのか考えてもスッキリする答えが見付からないのだ。
直接危害を加えた四人だってニュースやワイドショーを見る限りではゲームプレイ中の事故だと主張しているようだし、そのゲーム企画運営会社は現在事件の調査中なので警察から取材を受けないよう止められている等と言ってマスコミに一切対応していない。
その他、間接的に関わった者達がどうなっているのか、その者達が今後どうなるのかなんて事も全く情報が入って来なかった。
サトルの意見を聞きたい所だったが、また気分を落ち込ませてしまうだろうから暫くはこの話しに触れないでおこうと思った。
コンサートまであと半月…、サトルには楽しい気持ちでいて欲しい。
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