第14話 「Break up」
毎週決まった曜日に集会へ教祖として顔を出してからその後アイハに会いに行く日々も数ヶ月続いている。
始めの頃は集会が終わりに近付く時間に設けられていたサトルへの質問も回を重ねる度に減っていった。
それは当然である。
こんな大勢の目の前でさも自分が無知だったような扱いを受けるか、もしくは自身のあまり知られたくなかった事を何でも暴露されてしまうのだから…。
サトルの能力はもう十分皆に伝わったしむしろそんな何でも知っているサトルを恐れる信者も出てきたくらいだ。
集会では相変わらずエーアイシンプトンズの未来についての演説が続いている。
よくもまぁ、何十年もこんな取り留めのない話しを聞きに来るものだ。
いつものように集会が終わるとサトルはアイハの元へ向かった。
いつもの部屋の前に行くとなんだか様子が違う。
アイハの姿がない。
慌てて廊下を歩く看護師に尋ねてみると
「昨晩、急に容態が変わり今は集中治療室にいる。」
との事だ。
心臓が激しく高鳴り、どうしたら良いのか分からず取り乱すサトルを看護師がなだめる。
手の震えが止まらずワーッともギャーッともつかない叫び声を上げてその場にしゃがみ込むともう動けなくなった。
暫くすると施設の職員と運転手が小走りにやって来てそんなサトルを抱え込むようにしてその場を去る。
車に乗せられそのまま自室へ運び込まれたが、その後食事も喉を通らずにサトルは寝込んだ。
サトルは詳しく知っている。
あの状態のアイハが集中治療室へ運ばれるという事がどのような意味を持つのか…。
二日後の夕方、サトルが一番聞きたくないと思っていた知らせが届く。
アイハが亡くなったのだ。
あと数日で二十五歳になるはずだった。
気が狂いそうになる気持ちというものを初めてサトルは味わった。
アイハがもうこの世の中の何処にもいない。
もう、二度と会えない。
そして自分は何も出来なかった。
悲しみと無力さが無限に自分に襲いかかってくる。
放心状態のサトルに申し訳なさそうに施設の職員が声を掛けてきた。
「明日、アイハさんの所へお別れの挨拶に行くかい?」
「……うん…。」
ぼんやりとしながらテレビをつける。
何でもいいから音が欲しかった。
ニュースでは数ヶ月前の襲撃事件の被害者が亡くなった事を告げている。
アイハの顔写真と年齢と住んでいたエリア、職業。
全て報道されている。
急にアイハの顔がテレビから自分の目に飛び込んできて心臓がバクバクする。
キャスターの声は殆ど耳に入って来なかったが、改めてアイハが本当にこの世から消えてしまった事を再認識させられる。
辛くてテレビの電源を切った。
ベッドに座り込むとハイロがいつも通り膝の上に飛び乗ってくる。
「ハイロ…。ねぇ、ハイロ。アイハが…。」
ボタボタと涙が流れては落ち、ハイロを抱えたままうなだれまた動けなくなった。
翌朝、施設の職員と連れ立ってアイハの所へ向かった。
アイハは木の箱の中に入れられていて眠っているようだった。
今にも目を覚まし、
「よぅ!サトル、元気か?」
ニカッと笑い、そう言う声が聞こえてきそうなのに…。
悲しみに暮れていると背中越しに声がした。
「サトル君、大丈夫かい?」
振り返るとアイハの職場の監督の姿がそこにはあった。
そして、これからアイハは火葬場に行くのだと教えてくれた。
葬儀と呼ばれるものにしてはあまりにも質素で身寄りのないアイハは国が管理するお墓に入れられるそうだ。
ふと周りを見ると火葬場の入口付近に見た事のある若い男が一人立っていた。
黒いスーツ姿にスラッとした出で立ちは二年前と何も変わっていない。
その男に自ら近付き声を掛ける。
「あの…。僕の事、覚えていますか?」
一瞬、怪訝そうな顔をされはしたがすぐさま気付いたようで
「あぁ、あの時の…。サトル君だね?だいぶ大きくなったから一瞬分からなかったよ。君が何故ここに?」
「僕はアイハさんに弟のように可愛がって貰いました。」
「そっか…。アイハは昔っから面倒見が良かったもんな…。」
彼の頬を涙が伝う。
「お兄さんは?」
「あぁ、俺はアイハの幼馴染みなんだ。子供の頃は施設で一緒に暮らしていたんだ。ここ数年は会ってなかったけどね。俺の名前はアイ、君に初めて会った時も言ったかな?目のエーアイシンプトンだよ。」
アイハの口からその名前は何度か耳にしていた。
でも初めて施設を抜け出した時に繁華街で出会ったこの人とアイハの幼馴染みが同一人物だったとは…。
サトルは何だかアイハが自身の代わりに…と、アイを引き合わせてくれたような気がした。
「アイさん、連絡先を教えて貰えませんか?」
「あぁ、いいよ。君は…、何処かの施設だよね?何処の施設?」
「〇〇です。電話番号は☓☓☓…。」
「うん。今、登録させて貰ったよ。ところで君は何処のエーアイシンプトン?」
アイは以前、別れ際に聞きそびれた質問をする。
「僕は脳です。」
「そうか…、それは凄いな…。」
アイハとは見た目も立ち居振る舞いも正反対な印象を受ける人物だがサトルは何か縁のようなものを感じた。
ひどく落ち込んでいた気持ちもこの世の中でハイロ以外誰も友達が居なくなってしまったという喪失感もほんの少しだけ軽減された気がする。
それから暫くの時間待合室のような部屋の中で待っていると葬儀場の職員が静かに居合わせた者達に声を掛ける。
「こちらです。」
あんなに身体が大きかったアイハが小さな箱に収まる程になっていた。
サトルにも骨を拾う事が許可され、泣きながらアイハにお別れを告げる。
こんな姿のアイハを誰が想像出来ただろうか…。
形見としてアイハの小さな骨を一欠片だけ持ち帰る事を許された。
自室へ戻ると白いハンカチに包まれた小さなアイハの骨をハイロに見せた。
匂いを嗅ぐような仕草をしてからハイロは寝床へ行ってしまった。
それを丁寧に包み直すとメッセージカードと写真と一緒に机の引き出しにそっとしまい込んだ。
サトルは今週の集会に顔を出すのをやめた。
事情を話すとシロガネの母親も分かってくれたようで
「分かったわ、無理はしないでね。教団の皆には私から伝えておくから安心してね。
また来週こちらから連絡するわね。」
そう言われた。
実は彼女の方も暫くサトルを集会に出す事を一時的に中断しようと思っていた所であった。
何故ならサトルの能力を恐れたり、サトルを快く思わない信者達の数が日を追う事に増えて教団内では派閥が出来始めていたからだ。
この問題を速やかに収める為にはサトルにほんの少しの間だけ一歩下がっていて貰う必要がある。
サトル本人はというととても集会へ出られるような気分じゃなかったし、集会へ出る理由がもうなくなっていた。
いっその事教祖なんて辞めてしまいたいとも思っていた。
これは面倒くさいという感情だ。
その代わりにサトルはここ数日間、毎日のように別の事を考えている。
アイハをあんな姿にした者を探し出したい。
でも十歳の自分に何が出来るだろうか…。
ふとアイの事を思い出す。
目のエーアイシンプトンだと言っていた彼の能力がどのようなものなのかサトルは知っている。
ならばアイの協力が必要だ。
明日、アイに連絡を入れてみよう。
翌日の昼過ぎサトルは教えて貰った電話番号に連絡を入れた。
留守番電話になっている。
仕方がないのでメッセージを残して電話を切った。
夕方過ぎて施設に連絡がきた。
受付けの職員から受話器を受け取る。
「もしもし、サトルです。」
「あ〜、サトル君。遅くなってごめんね、連絡くれていたのに…。何かあったの?」
「いえ、あの…。近いうちに僕と会ってくれませんか?話したい事があるんです。」
「うん、構わないよ。いつがいい?」
「僕ならいつでも大丈夫です。」
「あれ?学校は?」
「行っていません。」
「あ…、ごめん。なんか俺、変な事聞いちゃったね。」
「いえ、気にしないで下さい。アイさんはいつが都合良いですか?」
「そうだなぁ…。日曜日はどうかな?」
「大丈夫です。時間は何時頃にしますか?」
「うーん。午後からだと有難いな…。三時過ぎとか…。どうかな?」
「分かりました。じゃあまた土曜日に連絡します!」
「あぁ、ありがとう。」
電話を切ってから自室へ戻り、先程の会話を整理する。
サトルはアイの性格というものを知らない。
だから先日会った時の会話や、先程の電話のやり取り等でアイという人間の情報を少しでも集めておきたいのだ。
サトルの分析ではアイという人間は人に気を使うタイプの人間だという事が分かった。
相手を探りながらの会話に言葉の選び方や自分の意見を押し通そうとしない話し方、そして相手を尊重しつつも結果的には自分の意思や希望はしっかりと相手に伝える話しのテクニック。
なんでも表裏なくストレートに表現するアイハに比べて慎重なのか回り道をしてくるタイプだ。
だからと言って悪い人間ではない。
アイハとは少しタイプが違うだけでアイも優しい性格の持ち主だ。
アイハが大きくてガッシリとした山だとするとアイはサラサラと流れる川のような感じ…。
人間を人間以外のもので表現する事が出来た自分に少し驚く。
さて、本題はここからだ。
サトルの計画ではまずアイと二人でアイハのアパート近辺へ行き、防犯カメラの映像をアイに読み込んで貰う。
アイの能力なら数ヶ月前の映像も読み取れるだろう。
その映像をコンピューターに落とし込んで貰い、それをサトルが自分の脳にダウンロードするのだ。
何か証拠になるような映像さえ見つかればあとは簡単だ。
本当は役所のサーバーとでも繋がればもっと話しは早いが流石にそれは無理だ。
それでもサトルが現在持ち得る情報を駆使すれば時間は少し掛かるが犯人は特定出来る筈だ。
土曜日になり、アイと連絡を取る。
週に一度の外出を最近していなかったせいかサトルが外出許可を求めると是非お出掛け下さいと言わんばかりに許可が下りた。
日曜日、午後三時過ぎアイとの待ち合わせ場所へ行く。
場所は公園の噴水広場だった。
時間ピッタリに到着するとアイは既に居てサトルを待っていた。
「ごめんなさい!アイさん。」
「あぁ、サトル君。謝らなくて大丈夫だよ、俺が少し早く着いてしまっただけだから…。」
取り敢えず二人で公園内を歩き出す。
「いい天気だね。そうだ、サトル君。俺に何か話しがあるって言ってたね。」
「はい。」
「んじゃ、あっちに座ろうか?」
アイが指差した先にベンチが見える。
「はい。」
サトルはベンチに腰掛けてふぅーっと息を吐く。
その様子を見てアイが言った。
「何?何か改まった話しかな?」
「はい、率直に言います。僕はアイハをあんな目に合わせた犯人を見付けたいんです。」
暫く遠くを見つめていたアイが言う。
「なるほどね、それで俺の力が必要ってトコかな?」
「はい。お願いします!」
「うーん…、サトル君…。君は凄く危険な事をしようとしているの、自分で分かってる?」
「はい、警察やアンチエーアイシンプトンズ…色々考えました。なので危険は承知です。でも犯人を見付けたいんです。その為には防犯カメラの映像が必要で…。でも、今の僕にはどうにも出来なくって…。」
「うーん…。君はさ、何処まで俺を巻き込もうとしてる?例えばどうやれば俺の目で見た映像を君に渡せるの?君には何か策があるのかな?仮に防犯カメラの映像を君に渡したとして…。一応、俺はお役御免になる事も出来るよね?」
「はい。アイさんがイヤだと言うならそこだけ協力して貰って後は知らない振りをして下さい。」
「うーん…、そうか…。やっぱり…。さっきから君は俺の協力を仰ぐ割には結局ひとりで探すつもりで話してるよね?」
「えっ?」
「あのさ、サトル君。俺もアイハの幼馴染みで兄弟みたいに育ったんだ。だからさ、君ひとりで背負い込む必要はないって俺は言いたいかな…。」
その言葉を聞いた瞬間、サトルの中でアイハが亡くなってからここ数週間張り詰めていた何かがプチンと弾けたようで一気に涙が溢れてきた。
「ちょっ、ちょっと待って、サトル君。」
アイが慌ててポケットからハンカチを取り出しサトルに渡す。
それからスラリとした手のひらをサトルの頭にそっと乗せて優しく撫でながらこう言った。
「ごめんね、もっと早くこちらから連絡すれば良かった…。ひとりで考えていたんだね。辛かっただろ…。」
この日をもって、サトルには頼れる協力者が出来た。
そして考えた詳しい計画をアイに話す。
聞けばアイは自身の能力を殆ど使いこなす事なく生きてきたようだ。
自身がその目で見た映像にモザイクをかけてみたり、自分の都合で綺麗に見えるように映像を細工できる事は知っていたが、サトルに教わるまでパソコンと連動可能な事は知らなかった。
連動とは言ってもアイの場合はダウンロード専門だが…。
おまけにアイが他に触れた事のある物は幼い頃に触れたデジカメとスマホ、店の防犯カメラとレントゲンカメラくらいしかないという事もこの時判明した。
いくらAiに自動学習機能があるとしても流石に二十年前のデジカメでは今のそれの足元にも及ばないだろう。
自分の能力を意識的に封印していたアイは二十年近く能力のアップデートもされず止まったままだ。
まずはアイの能力のアップグレードから始める必要がありそうだ。
二人は翌週の日曜日もこの公園で同じ時間に会う約束をした。
サトルは自室へ戻ると今日の出来事をハイロに話す。
これはある日からわざと始めた事だ。
この部屋は監視されていて声も拾われている。
だからそれを逆手に取り、今後の計画を施設の人間達に知られない為に考えついた事だ。
肝心な部分は敢えて話さない。
「ハイロ。アイはね、優しいんだよ。今度ハイロに会いに来てくれるかも知れないね。」
それから頭の中でどんなAi搭載カメラがアイに良いのか最新機器を検索する。
今はカメラも進化して二十年前の物とは比べ物にならない程高性能だ。
(うーん…。これなんかどうだろう…。)
追尾機能と高速移動連続撮影。
画像データをコンピューターが学習し、狙った被写体が何処に居るのか探す機能とか…。
はたまたレンズにセンサーが付いたもの…。
顔認証システム、車体番号認識、犯罪予測機能の付いた防犯カメラなんかは?
赤外線も見えるようになった方が…。
どれも全部、アイが身に付けたら良さそうな機能だ。
あと、空港にも連れて行こう。
空港なら簡単に手荷物検査用のスキャンや温度を検知するカメラに触れられる。
これも何かの役に立つかも知れない。
来週の日曜日には空港とカメラの専門店へ行こう。
翌日、サトルの元に一本の電話が掛かってきた。
相手はシロガネの母親だった。
「もしもし、サトル君?今週の集会の事なのだけれど…。もう一週間お休みして頂いていいかしら?」
「はい、僕は構いません。」
「ごめんなさいね。また来週、連絡させて頂くわね。」
「はい。」
少し考えたら電話の内容の理由が分かる。
どうやら信者達を少し怖がらせてしまったようだ。
次の集会では大人しくしていよう。
いや、むしろこれは彼等の心を掴むチャンスかも知れない。
そうこう考えているうちに日曜日が来た。
公園の噴水広場へ向かう。
やはり今日もアイの方が早く到着している。
「お待たせしました。こんにちは、アイさん。」
「あぁ、サトル君。久し振りだね。」
サトルが立てた今日の予定をアイに話すと
「ありがとう、サトル君。俺の事なのに…。そんなに考えてくれて…。」
ニコッと微笑まれた。
サトルも久し振りに嬉しさを味わう。
早速、カメラ店へ向かう。
とあるビルの前に着く。
ここは建物の館内商品の全てがカメラだ。
「凄いな…。カメラの店なんて、今まで全く興味がなかったよ…。サトル君のお薦めがあるんだよね?」
「はい。」
サトルは自身が調べたカメラの事、その機能や、今から会得するであろう能力の使い方をアイに説明する。
「へぇ〜、凄いな。俺より俺の事知っているんだね。」
店員にはただ一言
「このカメラを見せて下さい。」
と言って次々と色々なカメラを手にする。
どれもAi搭載カメラだ。
「あ、サトル君。ちょっと待って…。」
アイは目を閉じて目頭を押さえ、動きが一瞬止まった。
二十数年振りに急にアップグレードしたせいだろう。
「アイさん、大丈夫?」
目を再び開いたアイが言った。
「あぁ、大丈夫。今まで以上によく見えるよ。」
それから二人は空港へ向かった。
誰かを見送る振りをしてこっそり目当ての機械に触れる。
サトルに向かってアイが言う。
「サトル君、オーケーだよ。」
その後は空港内のレストランへ入り、今日の成果を二人で話し合う。
そして例の計画の話も…。
まずはアイがアイハのアパート近くの防犯カメラに触れる必要がある。
次に今日アップグレードした能力を使って不審者や不審車両をあぶり出す。
そこでサトルにバトンタッチだ。
アイの映像をダウンロードしたPCとサトルがリンクする。
アイの顔認証システムに引っかかった不審者の顔をサトルのデータで身元を明らかにする。
「じゃあ、来週の日曜日にアイハの住んでいたアパートへ行こう。」
アイにそう言われ、サトルは黙って頷いた。
五日後の木曜日、サトルは数週間振りに集会に顔を出した。
相変わらず盛大な拍手で迎えられる。
いつもの椅子に座って会場内を見渡す。
サトルが黙って微笑むと顔を向けている方向に居る信者達は自分に微笑んでくれたのだと勘違いをし、有難がってくれた。
二時間程のいつもの彼女の熱弁に皆が同じタイミングでうんうんと首を縦に振っている。
集会が終わりに近付く頃にサトルの方から皆に伝えたい事があると告げた。
予定にないサトルの行動に彼女は戸惑いを隠せなかった様子だったが、お構いなしにサトルはマイクを手にする。
「皆さん、数週間振りですね。皆さん達は僕等エーアイシンプトンズに対して肯定的な意見を持ってくれている方達ばかりです。それは僕に取ってどれだけ心強い事か…。感謝しています。僕は皆さんや、この教団を誇りに思います。これは僕ひとりの言葉ではなく、全てのエーアイシンプトン達の言葉だと思って聞いて下さい。エーアイシンプトンは人間です。僕達は仲間なんです。そんな僕等を大切に思ってくれる皆さん、本当にありがとう。そして家族のいない僕にとっては皆さんが家族です。」
会場内が称賛の声と大きな拍手に包まれる。
サトルに対して少しでも不満を抱いてしまった信者は皆、自分を恥じた。
こんなに幼いにも関わらず何事にも動じずに不平不満があった事を知っていたはずであろうに感謝の言葉を述べてくるなんて…。
集会が終わり、会場を出ると興奮気味のシロガネの母親に言われた。
「サトル君、やっぱり貴方は凄いわ!教団内の揉め事を一瞬にして収めたのよ?貴方を教祖にして間違いなかったわ!」
迎えの車に乗り込むとサトルは外の景色を眺めながらこう思う。
(彼等を何かに利用出来ないかな…。)
いよいよ日曜日が来た。
時間は午後三時過ぎいつも通りの待ち合わせ時間だったが、場所はアイハの住んでいたアパートの最寄り駅にした。
いつもより五分程早く着くとちょうどアイが駅の改札口に現れた。
「こんにちは、サトル君。」
「アイさん、こんにちは。」
「じゃあ、始めよっか?」
「はい。」
背の高いアイは背伸びをして長い手を伸ばすと簡単に駅の防犯カメラに触れる事が出来た。
手を下ろすと暫く目を閉じてじっとして動かない。
どうやら複数台と連動して更に時間も遡っているようだ。
「うん、オーケーだよ。」
次は商店街とアイハが毎日通っていたコンビニ、そこからアパートまでの道の防犯カメラに触れる。
手の届かない高い所は取り付けられている物、例えば街灯の柱等に『少し意識を変える感覚』で触れてみるとその能力をコピー出来る事を知った。
これもサトルが教えてくれた。
アパートの共用部に取り付けられた防犯カメラと今来た道の反対側に設置されている防犯カメラにも触れた。
「あとは何処かな?」
アイに尋ねられるとサトルが頭の中で地図を開く。
「ここの裏手少し行った先に駐車場があります。そこにも行きましょう。」
駐車場へ向かう途中、アイがサトルに言う。
「あのさ、サトル君。君はいつも俺に気を使って敬語で話すよね?なんだか堅苦しいから君が嫌でなければ普通に話さない?」
「えっ?いいの?」
サトルが急に十歳の子供に見えてきた。
いや、実際十歳の子供なのだが…。
思わずクスッと笑ってしまったアイにサトルが言う。
「僕もそうだったけど、アイさんも僕に気を使っているよ?」
「そうかな?そう見える?そんなつもりはないんだけどな…。」
アイが相手によって話し方を変えるのはもはや職業病だ。
「アイさん、次に会う時は僕の施設に来てよ。紹介したい友達がいるんだ。」
「へぇ、サトル君の友達か…。いいね、会ってみたいな。」
駐車場へ到着し、入口と奥の角に設置してある防犯カメラに触れる。
「大体、こんなとこかな?」
「あ、アイさん。あと現場監督が車を停めている駐車場にも行きたい。」
二人で電車に乗り数駅先の駅で降りる。
目当ての駐車場へ行き、そこの防犯カメラにも触れた。
「あ、これか…。」
アイが呟く。
何か映像を拾ったようだ。
それから二人は計画通りに動く。
「うん。じゃあ次はネットカフェに行こう。」
駅前のネットカフェに入り、サトルの指導のもと初めて自分の中だけに留めていた映像をパソコンに落としてみる。
あっと言う間に今さっき撮った映像がパソコン上に写し出された。
「へぇ…。こんな事出来たんだ…。」
感心するアイの横で今度はこの映像全てをサトルが自分の頭の中にインストールする。
その後すぐさまアイの能力で見つけた不審者と車両ナンバー、それから事件当日アイハのアパートに出入りする複数の人間の顔認証と逃走ルートが割り出される。
「分かったよ、アイさん…。」
パソコンの映像を何枚かピックアップしてアイに見せた。
「えっ?サトル君、でもこれって…。どういう事?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます