後編(受け視点)
とにかく子孫を残さないと。そのために各方面に定期的に依頼を出していた。
人族は結婚相手として引く手あまた。
しかし、人族は人口が少なく、あまり他種族とは結婚しない。しかも、特に人族は竜族を警戒している。竜族には『卵を産まされる』という警戒感を抱いている。
だからといって、子孫を残すことを諦めるわけにはいかない。長く続いてきた血脈を私の代で途絶えさせるわけにはいかない。
前々から金を握らせておいた狸族の仲介業者から『世間知らずな若い人族の男を手に入れた』と、急ぎの報が入った。あと数時間でこちらに着くという。
卵が産まれたら金を渡して自由にさせればいい
そんな軽い考えてようやく手に入れた人族の男。短い黒髪、意志の強そうな瞳、整った顔。
その後のことは思い出したくもない、人生最大の屈辱。
そのはずだった。
竜族はひとたび抱かれてしまっては、この先同じ相手に定期的に抱かれないと精神が保てなくなる。だから、竜族が性に関係なく子どもを産めると言えども、自分で子どもを産む選択をする者はほとんどいない。
しかし、こうなってしまっては。あの人族の男、ジンがどこかにふらっと逃げてしまわないように監視をつけた。
「今日はどうだった?」
仕事が終わり屋敷に帰る。自室に戻ると、すぐに腹心の監視役にそう尋ねる。
「今日も下町の工業区と商業区のあたりで行動していました。あの辺りではすっかり認知されています」
「そうか…」
傲慢な男だと思った。人族の身でありながらこの私を組み敷いて。
しかし、二度目からはやたらと優しかった。何も言葉を交わすことはなかったが、壊れ物を扱うような丁寧さだった。
実際のところ、ジンとはどんな男なんだろう。
気になってしかたがなく、ある休みの日、私は顔を隠して下町に出向いた。
ジンは下町で顔が知られているみたいだし、誰かに聞けばどこにいるかすぐ分かるだろう。
が、誰かに聞く前に柄の悪い男たちに絡まれた。面倒くさいから適当に締め上げようかと思ったその時。
私を助けてくれたのはジンだった。柄の悪い男たちから『狂犬』と呼ばれるジン。一体何をしたのだろうか。覆面の下からじろじろ眺めていると、ジンに話しかけられた。「家まで送りましょう」と。
柄の悪い男からは狂犬と呼ばれたが、家まで送ってくれるなんて紳士的な申し出。しかし、頷くわけにはいかない。すると、「大通りまで送りましょう」と言ってくれた。なぜこんなに親切なのか。
大通りまでの道、何人もの市民がジンに話しかけた。多くはジンに感謝を述べるもので、何人かはジンの顔を見て逃げた。大通りまで送ってくれたあと、ジンはまた下町へ戻った。
「一体、どういう男なんだ」
余計に分からなくなった。
それから数日後、再び覆面をして下町に向かった。しばらく歩くと、ある店の前でジンと遭遇。
「あれ?この前の人ですよね」
コクリと頷く。声で正体がバレてはいけない。
「道に迷いましたか?案内しましょうか?」
頷くのがいいのか、何も返事しないほうがいいのか。どうしようか迷っていると、店のドアが開いた。
「これはこれはジン様、お待ちしていました。こちらはお友達ですか?ご一緒にどうぞ」
店の中から狐族が出て来た。この店のオーナーだろうか。ジンはまあいいかという雰囲気で、私を先に店に入れた。どうやらここは織物の卸の店。
ジンと一緒にテーブルにつき、何をするでもなく周囲と眺める。
商人が品物を見せに来ることはあっても、自分が店舗まで足を運ぶなどともう何年もないことだ。ジンはこの店の客なのだろうか。
「貴方のお眼鏡に適う物がありますか?見たところ、あなたはいい家の方でしょう?」
ジンに話しかけられて驚く。初めて会ったときのあの傲慢さは全くなく、本当に紳士的だ。
「ジン様、いつも見回りしていただき、すっかりこの店も安定しました。今日はぜひ聞いてほしいお話が…」
ジンは客ではなく、この店にも見回りに寄っているようだ。前に大通りまで送ってもらったときも、市民に感謝されていたし…。
そんなことを考えていると、狐族の男はジンにとんでもない話を持ち掛けた。
「実はですね。ウチの顧客の、さる高貴なお方が…。人族とのジン様との子どもが欲しいとのことで…。いえ、ジン様に卵を産んでもらうのではなく、ジン様の種をいただきたいと」
覆面をしていてよかった。目を剥いて驚いてしまった。一体どこの誰だ。ジンとの子どもがほしいなんて。
人族であるジンに目を付けたということは、竜族の誰かか。いや、普通なら人族に卵を産ませようとするから、竜族ではないか。いやしかし。子どもが欲しいと熱望するのなら…。
子どものいない竜族の面々を思い浮かべるが、対象者が多すぎる。
そんな私の内心とは対照的に、ジンは溜め息吐いて手を振った。
「むりむり」
「ええっ?そのお方との子どもを成せば、ジン様には何年も遊んで暮らせる報酬が」
「いろいろ間違ってるんだよ。子どもを作って金もらうのがまずダメだし。何回も言ってるけど、俺には決まった相手がいるんだってば」
決まった、相手。
「でも、以前うかがった話では、愛は無いのでしょう?でしたら…」
「ああもう。うっかり口を滑らした俺がバカだった。いいんだよ。愛が無くても。縁があってそういう仲になったんだから」
心がざわめく。
傲慢で、紳士的で、市民に信頼され、柄の悪い相手には恐れられ。そして、私のことを決まった相手だと言う。
「まあ、ジン様がそうおっしゃるなら。先方にはお断りの連絡を入れておきます」
狐族の男は納得していないようだったが、しつこく食い下がることはしなかった。ジンの機嫌を損ねたくないようだ。
「それじゃ。もう行く」
「おや、どちらへ?」
「今日は今から職人のところ」
「そうですか。ではまた。お待ちしております」
ジンが立ち上がったので、私も一緒に席を立つ。すると、ジンは困った様子もなく私に話しかけた。
「俺はこれから機織りの職人の家に行くんですが…一緒に行きますか?」
その誘いに頷く。というか、考えるより先に頭が動いていた。先ほどから胸がおかしい。ざわざわ、いや、ずきずき。なんだ、これは。
目的地に向かう道すがら、ジンは返事をしない私にいろいろと話をしてくれた。
「このあたりは柄の悪いやつも多いんで気を付けてくださいね。前も絡まれてたでしょ。なんかあったら走って逃げてくださいね。俺がいれば、まあ、なんとかなるでしょうけど。…あ、そこ段差あるんで足元気を付けてくださいね」
ジンに組み伏せられたとはいえ、私はそこらのやつらに負けはしない。それを知らないとはいえ、ジンは私を心配している。心が落ち着かない。
そうこうしてるうちに、ジンが一軒の粗末な家の前で足を止めた。開いた窓から中を覗き、中にいる誰かに挨拶をして中に入る。
「いらっしゃいませ、ジン様」
ここがジンの言っていた職人の家らしく、鳥族の夫婦が頭を下げた。
「今日もよろしく。こっちは俺の知り合い。見学させてあげて」
鳥族の夫婦は私に向かい、小さく頭を下げる。
「はい。構いません。粗末なところですがどうぞ」
私は鳥族の夫婦にすすめられた椅子に座る。そしてジンは、機織り機の前に座った。自分で機織りをするのかと意外に思っていると、鳥族の男がおずおずとジンに声を掛けた。
「布ならいくらでも差し上げますが、やはり自分で織られるのですか?」
その問いに、ジンは驚くような返事をした。
「うん。そのうちおくるみが必要になると思うから。おくるみ用の布を自分で準備しておきたいんだ」
ジンのその言葉に、鳥族の夫婦は感激した様子で息を吐いた。
「おくるみですか。それを手ずから…ジン様はなんとお優しい…」
子どものため。そんなことを考えていたのか。
心のざわざわが収まらないし、下腹部がずくずくする。
子孫を残さなければという使命ではなく、それとは違う感情。
とりあえず、今夜、ジンを部屋に呼ぼう。そう思いながら不器用な機織りを眺めていた。
それも、縁 のず @nozu12nao
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