それも、縁

のず

前編(攻め視点)

 いろいろあった。

 いろいろっていうのは、目が覚めたら田舎の道端にいた。アスファルトじゃない土の道。そこに俺はいた。

 そこに立ち尽くしていたら、馬車に乗った親切なおじさんに助けられた。おじさんには茶色くて小さい三角の耳がついていた。

「おや珍しい、人族かい?行くところがないなら助けてあげよう」と言ってくれて、馬車に乗せてくれた。ご飯食べさせてくれた。

 なんかよく分からんけど、親切な人もいるもんだ。と、人の優しさをしみじみ感じてたが、違った。親切じゃなかった。悪い奴だった。それに気づいたのは、大きな街に着いたとき。


 俺とおじさんはでっかいお屋敷に入って、そこでやたら美しい男と会った。


「身寄りのない人族を連れてきました。見た目もいいでしょう。どうぞ自由にお使いください」


 見た目はよくないぞ。

 そう思ったが、おじさんは美しい男の後ろに控えていた人から札束を受け取り「せいぜい奉仕するんだぞ」とニヤニヤ笑って出て行った。

 おいおい。俺は使用人か。いや、違う。ただの使用人じゃなさそうだ。


「人族は他の種族に比べ、子どもを宿しやすいと聞く」


 眉をしかめる。俺は男だぞ。


「お前は何も知らないのか。竜族に性別は関係ない」


 美しい男の首元を見ると、確かに鱗が。ああ、竜族ね。って思ってる場合ではない。卵産むなんてできるわけねーだろ。


「お前こそ勘違いするなよ。卵を産むのはお前だよ」


 押し倒されそうになったから、いっそ押し倒してやった。俺はこう見えて元カレにいろいろと攻め技を仕込まれた過去があるのだ。


 めくるめくアレコレの後。


 俺は強制性交の犯人として警察に連れて行かれるかと思ったけど、連れて行かれなかった。なんだか分かんないけど、使用人の人に「今日からこの部屋をお使いください」って言われたから居座ることにした。


 あとから知ったことだが、竜族は竜族はひとたび自分が抱かれる立場になると、成人期が終わるまで同じ相手に定期的に抱かれないと精神崩壊するらしい。

 ひえっ。想像以上にとんでもないことしてしまった。無理やり押し倒したのも、もちろんいけないことだけど。精神崩壊してしまうというのは…。


 美しい男は朝出かけて、夜帰ってくる。仕事に行ってるんだろう。それに比べて俺は、話し相手もいない寂しい生活。


 屋敷の中では俺は厄介なヒモのような存在なので、息抜きに外に出ることもあった。そんな、ある日の散歩のこと。

 ぶらぶら歩いてると、カゴを担いでいる鳥族の子どもとすれ違った。そのカゴの蓋が開いてて、白いぽわぽわしたものがふわふわ飛んでいく。


「おい」


「ひ、ひゃい」


 俺の顔が怖いのか、子どもは半泣きになった。


「カゴの蓋が開いてる」


 子どもはカゴを下ろし、自分の来た道を振り返った。そこにはぽわぽわしたものが点々と落ちていた。


「ああっ。大変だ」


 子どもは泣き出した。俺はひたすらに暇だったので、ぽわぽわしたものを回収してあげた。ついでに家まで送ってあげることにした。

 平日の昼間だというのに、子どもは学校に行かないのだろうか。


「学校は?」


「忙しいから最近行けてない」


 なんということだ。子どもは学校に行くことが仕事だというのに。まあ、価値観の違いもあるだろうし。でしゃばるのもよくないな。でも状況を見て、親に一言か二言は言ったほうがいいかもしれない。


 子どもの家は小さい家がぎゅうぎゅうひしめく一角にあった。


「おかえり。遅かったな」


 中には父親と思しき男性がいて、機織りをしていた。母親と思しき女性もいて、糸を紡いでいた。

 俺の姿を見て、二人とも恐怖に満ちた顔をする。なんでだ。

 子どもが「この人が運ぶの手伝ってくれた」と俺を紹介し、両親の顔の緊張がゆるんだ。よし。悪い人たちではなさそう。言ってみよう。


「勝手なことを言うようだが、子どもは学校に行かせたほうがいい」


 俺がそう言うと、父親の顔が強張った。


「事情も知らずに何を…」


 父親が気色ばんだところで、ノックもなく玄関が開いた。客がやってきた。身なりのいい三角の茶色い耳の男だった。狐族かな。


「依頼の品はできましたか?」


 父親が頭を下げる。


「昨日の今日では厳しいです。どうにか明日まで待ってもらえませんか」


 身なりのいい狐族。これは無理難題言ってるんだな。ははん。俺はぎろりと睨んでやった。


「おい。こちらは厳しいと言っている。他の職人を当たったらどうだ?」


「なっ、なんですか貴方は。部外者は黙っていてください」


「無理を言うところとは取引しなくてもいいんですよ、こっちは」


 狐族の男はぐうと唸り、「では、明日まで待ちます」と眉間に皺を寄せて帰って行った。


「ありがとうございます」


 鳥族の親子が俺に感謝した。


「少し前から、やたら大量注文で納期も厳しくなって。ずっとあのお店とだけ取引してたから、あそこに切られると路頭に迷うと思ってしまって」


 だから子どもも学校に行けずに家の手伝いをしてたらしい。どれだけ忙しくても、学校には行かせてあげるべきだと思うんだなあ。


 そんなことを思い鳥族職人の家を出ると、さっきの狐族が俺の前にすちゃっと出てきた。なんだいなんだい。ケンカする気か。


 と、思ったら。


「貴方の恐ろしいまでの気迫、感服いたしました。どうぞ、私の願いも聞いてくださいませんでしょうか」


 恐ろしいまでの気迫は言い過ぎだろう。睨んだけどさ。話を聞くだけ聞いてみよう。歩きながら話を聞く。


「実は、私どもの店にごろつきが因縁をつけてきて…。決まった額を要求してくるのです。あの鳥族の職人の織物は高く売れるので、補填のためについ無理な依頼をしてしまって…」


 ヤクザにみかじめ料を取られてるのかな。俺はただの大学生なので、ヤクザとは対決できないんだなあ。


「あっ、奴らです」


 話をすれば早々と。二人の人物が現れた。話を聞きながら歩いているうちに、いつの間にか狐族のお店の前まで来ていた。


「おうおう。オーナーさんよ。今日の分をいただきに来たぜ」


 なんだろう。狼かな。狼族。じっと観察していると、ごろつきが俺にメンチ切ってきた。


「なんだてめえ。睨んできやがって」


 今は睨んでない。もともと目つきがキツイのだ。

 ごろつきに胸ぐらをつかまれたので、これはチャンスとばかりに俺は相手の奥襟を取って…。

 どーん。

 俺はこう見えて柔道経験者なのだ。高校県大会で二回戦までいった実力なのだ。ひるんだもう一人もぐっと掴んで内股どーん。

 俺の突然の柔道技に見事にかかってくれたごろつきたちは、ヨロヨロと立ち上がると「おぼえてやがれ」「兄貴に出張ってもらうからな」と言い捨てて逃げてった。

 なんという負け犬感。


「どうかウチの用心棒になってください!」


 狐族オーナーに頼まれてしまった。用心棒って。それはそれでごろつきと似たようにものでは。


 それはともかく。

 ごろつきが兄貴分を呼んできたら厄介なので、警察に連絡したら?と思ったけど、警察は役に立たないらしい。ごろつきとのイザコザには介入しないそうだ。

 世間のグレーな部分怖いなあ。

 と、思ってると、さっきのごろつきが兄貴分を連れて戻ってきた。早いよ。


 兄貴分にも俺の県大会二回戦の実力が通用するといいんだけど。ボコボコにされたらどうしよう。


「すみませんね。ウチの若い者が迷惑をかけて」


 兄貴分はごろつきたちをぶん殴った。怖。


「よくよく言い聞かせておきますからね。そっちの人族の兄さん、お手間とらせましたね」


 兄貴分はそう言い残して帰って行った。アレだな。これはもう解決ということだな。警察の介入しない、グレーな解決方法だけど。


「素晴らしいです!ありがとうございます!」


 狐族オーナーに感謝された。


「鳥族の職人に正当な報酬を渡すんだったら、考えてもいいぞ」


 俺が狐族オーナーにそう言うと、オーナーはぐうと唸った。高く売れるものを作ってるわりには、あの鳥族職人の家は粗末だった。

 推理しなくても分かっちゃうぜ。


「わ、分かりました。これからはキチンと報酬を支払います」


 オーナーは頭を垂れた。一件落着。



 ということで、暇人ヒモ男の俺は職を得た。用心棒だ。

 ただ、それだけではない。朝は早起きして、鳥族の子どもと一緒に白いぽわぽわを摘みに行く。あれは街の外れに自生している植物で、織物の原料になる。カゴいっぱい摘んだあと、子どもはそのまま学校へ行く。俺はカゴを担いで鳥族職人の家に運ぶ。


「いつもありがとうございます、ジン様」


「どういたしまして」


 俺は糸紡ぎも習っている。用心棒は長く続ける仕事ではない。手に職をつけないといけないし、自分で布を織りたい。

 ぽわぽわをほぐして糸を紡ぐ。鳥族奥さんの糸はすうっと細い一本の糸になるが、俺のはまだデコボコしてしまう。


「原料を無駄にしてすみません」


「いえいえ。こちらにいてくださるだけで充分です。ジン様がオーナーにかけあってくれて収入も増えました」


 なんか感謝されまくって、様付けで呼ばれている。


 糸紡ぎの作業はお昼ごろに切り上げる。なぜなら、用心棒として店に顔を出さなければならないからだ。それに他にも用事がある。

 職人の家をお暇して、ずんずんと店に向かって歩く。


 その途中。在りし日のごろつきたちが、ここらでは見かけない覆面をした人に因縁をつけてる場面に遭遇した。


「おいおい、いい服を着てるなあ。ここを通るには通行料がいるんだぜ」


 見てみぬふりはできない。


「おい。何してる」


 ごろつきたちに声をかけると、「狂犬のジンだ!」と慌てて逃げて行った。誰が狂犬だコラ。


 覆面の人はこちらを向くが、覆面というか、頭巾というか。頭からすっぽりかぶっていて、顔が見えない。どんな表情なのだろう。体格からして男だと思うが、何歳なのか何族なのかも判然としない。


「ここはたまにああいうのがいます。気を付けたほうがいいですよ」


 身なりのいい覆面にそう忠告すると、覆面は少し頭を下げた。怖くて声が出ないのか、それともあれか。声が出ない人なのかもしれない。顔を隠しているし、何か障りがあるのかも。


「家まで送りましょう」


 覆面は首を横に振った。俺のことを新たなるごろつきと思っているのかもしれない。


「大通りまで送りましょう」


 俺の申し出に、覆面は頷いた。


「ジン様、いつも見回りありがとうございます」

「ジン様、今度はいつ施設に来てくださいますか」

「出たっ!狂犬のジンだ!」


 大通りまでの道すがら、何人かに声かけられたし逃げられた。

 いろいろあったんだ。

 女の子に絡んでいる酔っぱらいを投げ飛ばしたり、迷子の子供がいたから家に送ってやるよと送って行った先が児童養護施設だったのでなんやかんやで手伝いすることになったり。

 ヒモ兼用心棒兼職人見習い兼施設お手伝い、それが今の俺の職業。ちなみに特に見回りはしてない。ただ歩いているだけだ。


「では、気を付けて」


 覆面を大通りまで送り、俺はまた来た道を戻る。狐族オーナーの店に顔を出さないと。そんで施設にも行ったほうがいいな。


 俺の毎日、暇人から一転した。毎日忙しい。

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