NAMO AMITAAYUS
沢田和早
NAMO AMITAAYUS
アミダさんは憂うつでした。
アミダさんが精魂込めて建設した西方ジョードランドの入場者数が、最近激減しているからです。今日もアミダさんはため息をついて愚痴っていました。
「困りましたねえ。私が掲げた四十八の経営理念、ちょっと厳し過ぎましたかねえ。特に十八番。これが入場者激減の最大の要因でしょうか」
アミダさんはたくさんの人を喜ばせるために、子供の頃から一所懸命勉強してジョードランド経営のノウハウを学びました。苦しい勉強の合間に浮かぶのは「理想の経営者とはどのようなものか」という疑問です。
そこで自分が経営者になった時のために四十八の経営理念を作成しました。もしこの経営理念に外れるようなことがあれば即座に引退しよう、それほどの決意を込めた四十八項目でした。で、その十八番目が、
「正しいパスワードを言えたならば、どのような者であろうと西方ジョードランドに入場させる」
だったのです。
もちろん入場無料です。園内の遊具やアトラクションも無料です。閉園時間はありません。無期限に死ぬまで遊べます。というか死んだ人しか来ないので一度入場すると二度と退場しません。
「これほど素晴らしい施設なのにどうして人気がないのでしょうか。宣伝はしっかりやっているつもりなのですが」
最近のアミダさんはすっかり自信を失くしていました。美しい白蓮の花を見てもちっとも心が癒やされません。
「こんにちは、アミダさん。相変わらず浮かない顔をしていますね」
やって来たのはヤクシさん、東方ジョードランドの経営者です。
「こんにちは、ヤクシさん。こうも入場者数が少なくては遣る瀬なくて仕方がありませんよ」
「それは私も同じこと。如来となっても心配の種は尽きませんね」
如来とは業界用語でジョードランドの経営権を獲得した者のことです。一番有名な如来はシャカムニさんです。
「あっ、西方ジョードランドの入口に誰か来ましたよ。アミダさん、本日最初の入場者、おめでとうございます」
「気が早いですよ、ヤクシさん。正しくパスワードを言えなくては入場できないのですから」
アミダさんは期待と不安でいっぱいでした。(どうか正しく言えますように)と神様仏様に祈りながらその者を見守ります。
「おはようございます。西方ジョードランドにようこそ」
入場ゲートの係員がにこやかに話しかけました。
「あ、はい。おはようございます」
「こちらへの入場を希望されますか?」
「あ、はい」
「それではパスワードをお願いします」
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時……」
「さようなら~」
突然地面に穴が開くと、その者は闇に吸い込まれるように深淵へ落ちて行きました。アミダさんは深くため息をつきました。
「この情景をみるのは何回目でしょうか。お経はシャカムニさんのお言葉でパスワードではないのですが、ほとんどの人が勘違いしているようです」
「それだけシャカムニさんが有名だってことなのでしょうね。なにしろジョードランドを宣伝するために、生身になって現世まで行ったのはあの方しかいないのですから」
シャカムニさんがこの世に出現するまで、人々はジョードランドの存在を知りませんでした。当然全てのジョードランドは閑古鳥状態です。
「このままで彼らも我らも不幸になってしまいます。こうなったら現世へ宣伝に行くしかありません」
それは大変な決断でした。現世に行けばジョードランドの経営権を剥奪されて如来から
それでもシャカムニさんは実行しました。現世では厳しくつらい修行が続きました。何度も挫けそうになりました。しかしそれに耐え、ついに現世で如来となり、多くの人々にジョードランドを宣伝して回ったのです。その宣伝文句をまとめたのがお経です。数ある如来の中でシャカムニさんが一番人気なのは当然と言えましょう。
「あ、また来ましたよ」
「今度は正しく言えますように」
「おはようございます。西方ジョードランドへようこそ」
入場ゲートの係員がにこやかに話しかけました。
「おはようです。よろしくです」
「こちらへ入場を希望されますか」
「もちろんです」
「ではパスワードをお願いします」
「南無釈迦牟尼仏……」
「さようなら~」
その者は穴に吸い込まれていきました。またもため息をつくアミダさん。
「お経ではなく念仏だったのはよかったのですけどねえ。またもシャカムニさんですか」
「それでもシャカムニさんは他のジョードランドのパスワードをこっそり教えて、お客さんを回してくれていますからね。穴に落ちていったあの者もいつかこちらのジョードランドに戻ってくるかもしれませんよ」
シャカムニさんは現世へ来る時に経営権を剥奪されたので、ジョードランドも閉園になってしまいました。しかし現世で如来となり再度経営権を獲得したので現世でのみジョードランドを運営できます。
「あ、また来ましたよ」
「おはようございます。西方ジョードランドにようこそ」
入場ゲートの係員がにこやかに話しかけました。
「おはようございます。お願いします」
「こちらへの入場を希望されますか?」
「言うまでもありません」
「それではパスワードをお願いします」
「南無妙法蓮華経……」
「さようなら~」
またも穴に落ちていく入場希望者。アミダさんの表情は冴えません。
「これは念仏ではなくお題目ですね。残念です」
「シャカムニさんのお言葉であるお経に帰依するわけですから、行先は霊山ジョードランドで確定でしょうか。幸せになってほしいですね。あ、また来ましたよ」
「おはようございます。西方ジョードランドにようこそ」
入場ゲートの係員がにこやかに話しかけました。
「おっはー。良い朝だねえ」
「こちらへの入場を希望されますか?」
「えっ、入ってもいいの。やったー」
「それではパスワードをお願いします」
「パ、パスワード? えっと、何だったっけ、確か、南、南無」
そこから先が出て来ません。アミダさんもヤクシさんも固唾を飲んで見守っています。
「南、南、
「さようなら~」
またも穴に落ちていく入場希望者。ヤクシさんの表情も冴えません。
「南無三宝というお言葉が今では全然別の意味に使われていますよね。やっちまった助けて~!って感じですか」
「助けてって言いたいのは私たちですよね。このままじゃジョードランド潰れちゃう、南無三!」
ちなみに南無三の三は仏法僧の三宝を意味します。
「あ、また来ましたよ」
「おはようございます。西方ジョードランドにようこそ」
入場ゲートの係員がにこやかに話しかけました。
「はい。おはようさん」
「こちらへの入場を希望されますか?」
「はい」
「それではパスワードをお願いします」
「えっと、ナンマイダー」
「おお、ついにやりまたね、アミダさん」
飛び上がって喜びヤクシさん。しかしアミダさんは慎重にその者を見つめています。まだ言葉が続いていたのです。
「何枚だー千枚だー狭いんだー千枚田」
係員は困惑した顔で叫びました。
「判定をお願いします!」
「否!」
「さようなら~」
アミダさんの判定は不許可だったためその者は穴の中へ落ちていきました。
「あの程度の言い間違いなら許可してもよかったのではないですか」
ヤクシさんの疑問にアミダさんが毅然として答えます。
「念仏とは念声一致。心で仏を念じそれを声として表すもの。あの者の心にあるのは仏ではなく千枚田でした。これでは正しくパスワードを言えたとは認められません」
「なるほど。ちなみに熊野の丸山千枚田は千三百四十枚の田があるそうですよ。すごいですね。あ、また来ましたよ」
「今度は正しくパスワードを発してほしいですね」
「おはようございます。西方ジョードランドにようこそ」
入場ゲートの係員がにこやかに話しかけました。
「おはようございます」
「こちらへの入場を希望されますか?」
「お願いいたします」
「それではパスワードをお願いします」
「南無阿弥陀仏」
その者がこの言葉を発した瞬間、入場ゲートの電飾が一斉にピカピカと点灯し、弦楽と管楽の調べに合わせて厳かな読経が始まりました。
「おめでとうございます。入場が認められました」
アミダ城の背後では花火が上がっています。アミダさんは入場ゲートに直行してその者の手を取りました。
「よく来てくれました。ありがとうありがとう。これからは永遠にこの西方ジョードランドでお過ごしください」
涙を流して喜ぶアミダさんの姿を見てヤクシさんはもらい泣きしてしまいました。
「よかったですねえ。アミダさん、グスン。本当によかった。さてそろそろ私も帰りましょう」
ヤクシさんは自分の経営する東方ジョードランドに戻ってきました。ちょうど入場希望者が来ています。
「それではパスワードをお願いします」
「南無薬師仏」
「さようなら~」
その者は穴の中に落ちて行きました。ヤクシさんはため息をつきました。
「うちのパスワード、難しすぎますかねえ。南無薬師瑠璃光如来。言える人はほとんどいません」
ヤクシさんの正式名称はヤクシルリコウさん。ジョードランドも正しくは東方ルリコウジョードランドなのです。ヤクシさんの悩みはまだまだ続きそうですね。
NAMO AMITAAYUS 沢田和早 @123456789
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