とある島の因習の始まり

水無瀬

とある島の因習の始まり

「久しぶりです。灯さん。」

「久しぶり、航太。姫さんに用か?」

「キョウにも用はありますが半分は灯さんです。いいお酒をもらったんです。つまみをお願いします。」

「作るのはいいんだけど、事前に連絡しろっていつも…。」

「キョウには言いましたよ。」

航太は平然と伝えてくる。俺たちの主従は知ってるんだから俺に連絡すればいいものを。

「姫さん!」

「旦那の予定くらい把握してるわ。」

奥さんは平然と航太を招き入れる。

「灯先輩、お願いします。」

「わかりましたよ姫さん。」

「ありがとう、旦那様」

「可愛い奥さんの言うことですから。」

「灯さんってそつがないですよね。」

「なんとでもいえ。」

奥さんと後輩の従兄弟コンビにまともに取り合っても疲れるだけだ。

諦めて共に食卓を囲んでいると、航太がおもむろに口を開いた。

「灯さんもご存知の通り僕ら二人、呪われるのが趣味みたいなところあるじゃないですか。」

「そんなことを存じさせるな。」

「キョウ、覚えてる?あの島。」

「…あれ?」

「うん。僕らの最後の島。」

「お前たちが阿呆みたいに地方因習巡ってたのを急に辞めた時の話か?」

「僕たちが唯一恐怖を覚えた話です。」


「始まりは、東北の町でした。とある呪いの回収が終わった僕たちはとある男から話を聞きました。曰く“故郷の島は今年祭事の年だ。海と山の神の呪いが1000年ぶりに解かれ、衝突する”と。」

「…ツッコミは禁止か。」

「全然禁止してないけど、多分死んじゃうよ。灯先輩。」

姫さんは淡々と酒を注いでくれる。

「…続けてくれ。」

いつものことだ。諦めるしかない。

「その男は言いました。“俺も祖父から聞いた話だ。と言っても死んだ祖父は首を振るばかりだった。”」

「待て。」

それでも突っ込みたいことはある。

「男がいくつか知らねえが、祖父ならせいぜい100年が限度だろ。なんで体験したような感じなんだ。頻度がどう考えても計算が合わない。」

「そうなのよ。今から考えるとこの辺からおかしかったの。」

姫さんはくすくすと笑う。

「それはそれとして私たち、その島向かったの。そこで見たのは…青い海、白い砂、照る太陽にあふれる緑」

「姫さん、今度旅行行く?」

急なやっすいキャッチコピーが流れてきた。

「本当にそういう場所だったんですよ、な、キョウ。」

「うん。田舎のリゾート地、って感じだったの。年齢層が案外低くて。それでコータが懐に入り込んで長老の宴会にもぐりこんだの。」

「そういうの本当に航太は得意だよな…。」

航太は年甲斐もなくピースをしている。

「引き出しだけは多いんで。それで水を向けてみたんですよ。そしたら衝撃自体が発生しました。」

「すでに衝撃事態はいっぱい起きてるがなんだ。」

「住民たちは慌てだしました。”忘れてた“”あれ今年か“”ガキの頃にやった“”やばい“」

「…忘れてたのか。」

「はい。それはものの見事に。“やり方知ってるか、社は”“煙草で前に燃えた”“西のジジイは”“死んだ”“東のババアは”“ボケてる”」

「最初のおっさんの時間のずれからして、やらなくてもいいんじゃないか?」

「コータもそう進言してたけど、暇なのか恐れなのかわからないけれど“いややらなくてはならない”って妙に頑固で。今思うと酒が入ってたからかもしれないわね。」

「これなに、酒は怖いっていう教訓?」

俺は今何を聞かされているんだろう。

「そんで誰もわかんないもんだから、さっき“ガキの頃にやった”と口にした爺さんがすべてを背負わされることになったの。」

煽った酒が妙に染みる。

「儀式かなんか始まるならちょっと待ってくれ。酒とつまみを用意してくる。」

「ありがとうございます。灯さん。」

「ありがと、灯先輩。」


「ほいよ。」

酒とつまみを用意して、もう一度腰かける。

「それで?儀式は無事に行われたのか?」

「すべての責任を負わされたおじいさまが口にしたのは、断片的な情報。それを手掛かりに始めたの。まず最初は、“夏至の日”…奇しくもそれは翌日だったの。」

「なあ、それ本当か?」

「わかりません。」

「そして場所は“海と山の間”…まあ、これは伝承からしてもそれっぽいですし、そもそも大体の場所がそうです。なので、翌日、コータと共にその場所を見つけるのは簡単でした。…伝言ゲームがへたくそだったのか、キャンプファイヤーがあったので。」

「まあ、それくらいなら篝火的な発想で許容範囲か。」

「僕らもそう思いました。」

「でも次の手は許しがたかった…!おじい様は“弦楽器が鳴ってた”と口にしました。その結果寄こされたのが、弱冠18歳のエレキギター持ちの高校生でした。」

言葉が出てこない。

「調子に乗ったらしく、神輿もどきを用意した爺様は“それっぽい音楽を奏でろ”と無茶を言いました。」

「本当に無茶だな!」

「でも、高校生も肝が据わっているというか舐めているというか。上手でした。後ろ手でスマホいじって…多分Youtubeですね。それっぽい音楽を探しだして、音をかけました。」

「私の耳にはあれは笙の音に聞こえたわね。」

「…俺が無知なら放っておいてほしいんだが、あれ笛だよな?弦じゃないな?」

「それでも爺様納得してましたからね。」

「ありか、それ…。」

俺の知っている祭祀じゃない。

「そのあと、“鎮魂の舞があった”という雑な記憶に基づく雑な指示が入り、各々踊り始めました。ただし誰も聞いたことがないうえ、リズム感が適当なため、何一つあっていない。そして音楽が終わって以降、高校生が文化祭と勘違いしたのか、自分のバンドを連れて、勝手に音楽を始めました。」

「なあ、俺本当に今何を聞かされてるんだ?」

絶対間違ってる。

「そしたらキョウが僕の袖を引いて、“やばい”と言いました。僕はその言葉に従ってそこから距離を取りました。」

「お?」

姫さんは理系人間のくせに、霊感としか呼べないものがある。やっとそれっぽい話になりそうだ。

「足元で子供たちが放り込んでた葉が…詳細は省くけど、まあ俗にいう大麻とか覚せい剤とかそのたぐいと同じ成分を放つ奴で…あんな近くにいたら私たちまでラリッちゃうわ。」

「…姫さんの専門分野か。」

「兄さんのね。」

義兄は植物と薬学の専門家だ。姫さんも草の方には詳しい。

「案の定、島民たちはラリッてしまって…私たちには見えない何かを崇め始めたわ。」

「こわ…。」

怖い。普通に怖い。霊とかよりよっぽど怖い。

「そしたら航太についてた呪いが離れ始めたのよね。」

「ストップ。」

「なんです?」

「なんで状態異常がデフォなんだ。」

「最初にいったじゃない。呪われるのが趣味みたいなところがあるじゃないですか、って。」

「本当の意味だとは思ってなかったよ!」

俺の知る呪いというのは…もっと具体的で個人的な怨念、愛とも呼べるもののはずだ。

「その数体が融合し始めて。その島民のところに向かい始めたの。」

複数かよ。

「ぎょっとはしましたけど、まあ、そんなに質が悪いわけでもないですし、多分実在しないとは言えど、僕たちが連れていた雑魚たちより、奇跡的に神格が高まって…なにより祓う方法が一生確立されなさそう。悪くはないのかもしれません。僕としても別に友達じゃないんで、どこにいてくれてもいいし。」

「それでいいのか…。」

そうはいっても俺も、可愛い後輩や奥さんが呪われているくらいだったら、信仰の薄い知らない島民が呪われた方がいい。

「かくして、呪いと因習は新しく生まれ、僕たちは語り手になれたことに満足して、因習巡りを終えました。」

航太は荷を下ろしたように酒を口にした。

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とある島の因習の始まり 水無瀬 @Mile_1915

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