その五
次男の病床の口述筆記は、短い割に、多少の飛躍があったようである。けれども、さすがに病床の
──あきらめを知らぬ、本能的な女性は、つねに悲劇を起します。という初枝(長女の名)女史の暗示も、ここに於いて多少の混乱に
けれども王子は、いまや懸命であります。人は苦しくなると、神においのりするものでありますが、もっと、ぎゅうぎゅう苦しくなると、悪魔にさえ狂乱の姿で取り
「生かしてやってくれ!」と油汗を流して叫びました。悪魔に
「よろしい。ラプンツェルを、末永く生かして置いてあげましょう。わしのような顔になっても、お前さまは、やっぱりラプンツェルを今までどおりに可愛がってあげるのだね?」
王子は、額の油汗を手のひらで乱暴に
「顔。私には、いまそんな事を考えている余裕がない。丈夫なラプンツェルを、いま一度見たいだけだ。ラプンツェルは、まだ若いのだ。若くて丈夫でさえあったら、どんな顔でも醜いはずは無い。さあ、早くラプンツェルを、もとのように丈夫にしてやっておくれ」と、堂々と言ってのけたが、眼には涙が光っていました。美しいままで死なせるのが、本当の深い愛情なのかも知れぬ、けれども、ああ、死なせたくはない、ラプンツェルのいない世界は
老婆は、王子の苦しみの表情を、美しいものでも見るように、うっとり眼を細めて、気持よさそうに眺めていました。やがて、「よいお子じゃ」と
「いいえ、あたしは不幸な女です」と病床のラプンツェルは、老婆の呟きの言葉を聞きとって
「それは、お前のわがままだよ」と老婆は、にやにや笑って言いました。その口調には情の深い母の響きがこもっていました。「王子さまは、お前がどんなに醜い顔になっても、お前を可愛がってあげると約束したのだ。たいへんな熱のあげかたさ。えらいものさ。こんな案配じゃ、王子さまは、お前に死なれたら後を追って死ぬかも知れんよ。まあ、とにかく、王子さまの為にも、もう一度、丈夫になってみるがよい。それからの事は、またその時の事さ。ラプンツェル、お前は、もう赤ちゃんを産んだのだよ。お母ちゃんになったのだよ」
ラプンツェルは、かすかな
眼前に、魔法の祭壇が築かれます。老婆は風のように素早く病室から出たかと思うと、何かをひっさげてまた現われ、現われるかと思うと消えて、さまざまの品が病室に持ち込まれるのでした。祭壇は、四本のけものの
あまりの事に、王子は声もすぐには出ませんでした。ほとんど呟くような低い声でようやく、
「何をするのだ! 殺せとは、たのまなかった。釜で煮よとは、いいつけなかった。かえしてくれ。私のラプンツェルを返してくれ。おまえは、悪魔だ!」とだけは言ってみたものの、それ以上、老婆に食ってかかる気力もなく、ラプンツェルの
老婆は、それにおかまいなく、血走った眼で釜を見つめ、額から頰から
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