第3話 三輪の珍解答



「さてと、じゃあ残りは二人だけどどっちがオオトリやる?」


 山田が訊ねる。



 その顔は他の2人に比べたら生き生きとしており、何ならキラキラと瞳が輝いていた。


 当然だ。もう自分の恥はさらけ出したのだから。

 一種のランナーズハイにも似た現象だった。

 もう他人の珍解答を早く知りたくてうずうずしているのである。



 対する三輪と比和野はズーンと沈んだ雰囲気を醸し出している。

 相当珍解答を知られたくないのであろう。


「晴子はもうお気楽でいいよね」

「うん! 私はもう出したからね。早くみんなも引きずり込みたくて仕方がないわ」


 心中を隠すことなく暴露する山田に、2人は苦笑いを浮かべた。



「性格悪いって言われない?」

「人の価値観で私を推し量らないでもらいたいわね」


 嫌味に聞こえる様に言うが山田は意に介した様子もなく、曇りなき眼で2人を見ている。



「さあさあ、次はどっち? 」


 三輪と比和野は顔を見合わせた。

 お互いが最後だけは嫌だという顔であった。


「「次は僕(あたし)! 」」

「すごいハモリ」


 2人はお互いにオオトリを押し付け合う形で答案用紙をテーブルの上に置いた。

 バンと勢いのある音が部屋に響く。


「ちょっと、あたしの方が早かったでしょ」

「何言ってるの。僕だね」


 目線が火花を散らしている。

 お互い引く気がないようだ。


「うーん、じゃあじゃんけんで決めてよ」

「……仕方ない」

「そうだね」


 目線の殴り合いでは決着がつかないと判断した山田からの提案であった。



 2人ともそれに納得したのかしていないのかは分からないが、一応は応じてくれるようだ。


 手を重ねて裏返し覗き込む三輪と、首を左右にならし腕を伸ばす比和野。

 どちらもすごい気合の入りようだ。

 何とも言えない気迫が満ちている。



 ただのじゃんけんのはずだが、今から格闘技でも始めそうな雰囲気だ。


 床に転がった水野はいうなれば敗退者。

 彼女の役割は審判と言ったところか。


「両者、前へ!」


 とてもじゃんけんの審判とは思えないような号令をかける。



 繰り返すが、本当にただのじゃんけんだ。


 進み出た二人は劇画調の顔になっている。

 まるでバトル漫画のライバル同士が向き合った時のような緊張感が部屋を支配した。


「ハイ! じゃん~けん……」





 三輪の珍解答

 科目:生物

 問題:呼吸による二酸化炭素と酸素の交換を行う、直径0.3mmほどの袋を何と呼ぶか


 答:肺胞

 三輪の答え:ハイホー



「「「んっふふふ」」」


 またしても笑いの渦が巻き起こる。

 もはや何が来ても笑えるだろう。

 箸が転がればそれで笑えそうな勢いだ。


「唐突に陽気」

「突然のカタカナ表記」

「外国の方ですか?」


 三者三様な弄り方だった。


「あ~~~~~だからいやだったのよ! 違うじゃん、前の問題までカタカナ表記で答える奴だったじゃん!」

「問題文をよく読みましょうね」

「百歩譲ってカタカナ表記だったとしてもハイホーとはならないでしょ」

「いけない、あの音楽が鳴りだしてしまう」



 山田はかの有名な音楽が頭の中を支配してきたようで両手で耳を抑える仕草をした。

 彼女の頭の中では「ハイホー」に音符を付けたら流れてしまう音楽が流れているようだ。


 それはいけない。何というかコンプライアンス的にダメなのである。


「やだよぉおお! この人たち自分を棚に上げてものを言っているよぉ!」

「ハイホー」


 吠える三輪に意地の悪い顔でにじり寄る山田。

 その顔はこちら側へようこそと誘う悪役のごとし。


「やめろし35cm」

「やめて、傷を抉らないで」

「あはははは、腹いてぇ。ひい」

「「うるさい弟」」


 各々を笑えば笑うほど自分の傷を抉ることに未だ気が付かない3人だった。

 脱落者3人目となった。


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