今日は愛されたい

@orikousan_1126

第1話

「お待たせ」

顔を上げると、リカがいた。


私たちは夜のお店で働くキャスト同士として出会った。リカは顔もスタイルも良く、魅力的な女で、まるで二次元から出てきたようだった。

何もかも正反対な私は、そんな彼女をただひたすら眺めていると、リカから声を掛けてくれたのだ。次第に仲良くなり、ご飯や遊びに行く関係にまでになった。


今日もご飯を食べに行く約束をしている。

いつも通り、リカは待ち合わせに遅れてきて、合流する。こんな事すら愛おしい。

はじめは、彼女の美しすぎる容姿に胸を押えながら味も分からずご飯を食べていたものだが、彼女の取り繕うことない素直な性格に助けられ、今では談笑しながらご飯を食べられるようになった。

リカといる時間は何にも変えられない夢みたいな時間だった。


リカがすき。

リカが居るから生きていられる。

死にたがりの私は、リカと会った日は必ず自傷行為をしてしまう。

悲しい、寂しい、早く会いたいよ。

ずっと一緒にいたいよ。


お互い大学生だが、リカは一つ年上だった。

「東京なんてだいきらい」が口癖だった。

お互い上京してきて東京に住んでいるが、わたしは地元の大阪から逃げるように上京して、もうきっと地元には戻ることは無いと考えていたから、彼女の“好き”になれなくて悲しかった。

そして、私は、彼女の好きな物は全部好きになった。


桜が満開に咲き、徐々に桜が散っていく。まるでリカと私の関係を表しているようだ。

リカと一緒に居られるタイムリミットはあと一年。

リカは大学を卒業したら地元に帰ってしまう。美大に通っている彼女は就職せずに絵の勉強をするそうだ。


人間関係を構築することを苦手とする私は、友達がいない。リカはそんな私をいつも誘ってくれる。

私はいつ彼女に誘われてもいいように、沢山会えるようにリカと出勤日を同じにした。


夏休み、私はリカの地元に遊びに行った。リカが生まれ育った街。リカから地元に遊びに来ることを提案してくれ、優越感に浸っていた。


リカの家族は病的に優しい。彼女の実家に遊びに行った時、オーガニックを意識した食事、朝起きたら「朝起きれてえらいね」の言葉、リカが望むことをなんでも叶えてあげる。対照的な家庭で育った私は、これが本当の家族の姿なのか、と絶望したことを覚えている。


 帰りの飛行機の中で考える。

リカは本当は大阪に住みたかったらしい。だが、入試に落ちて、なくなく東京にやってきたそうだ。

私が住んでいた街、息苦しさを憶えて離れた街。彼女が好きな街、私も好きになりたかった。


リカにも遊びに来て欲しいけれど、家には泊めてあげられないし、住んでたからといって遊びになんて行ったことがなかったから、人に案内できる程、大阪を知らない。私の不甲斐なさを晒すだけだ。

自分が人間として専らつまらない存在だと再確認して、吐き気がした。


そろそろ真面目に就職について考えなければならない。私だって出来ることなら就職せず、リカと遊んでいたい。だが、そんな事出来るはずもなく、生きていくためには働かなければならない。

彼女は「もし就職するとしたら大阪でする」と言っていた。

大阪には帰りたくない。だが大阪に戻れば彼女に会うチャンスが増えるのではないかと思った。

リカが大阪に来る時、あわよくば一緒に住めるのではないかとも思った。


リカはわたしのことどう思ってるのだろう。

私たちはお互いのSNSをフォローしてない。

私の名前すら呼んでくれない、リカから感じる「越えてはいけない線」を感じ取っていたからだ。

だが、私はリカのSNSアカウントを知っている。時間をかけ、探しに探した。監視することが日課になっている。

日々のくだらない日常から友達と遊んだことまで、私の知らないリカを知ることができた。

リカには友達がいる。SNSにリカと楽しそうにする友達が憎くて仕方が無かった。リカが他の友達と遊んでことを知ってしまった日は、私は必ず自分の右腕を慰める。こんなことしても何も変わらないのに。


リカ、私はリカの何なの?

東京にいる間の暇つぶし?

リカはきっと地元に帰ったら私の事なんてどうでも良くなるよね。

私はリカの好きな物、全部好きになったのに、リカはわたしのこと好きになってくれないの?

私はリカが居なくなったら生きていけないよ、「早く地元に帰りたい」なんて言わないで。


私はリカのいちばんになりたいのに。

いつも私は誰の一番にもなれない。みんな私より大切な人がいる。


夜のお店で私は指名が呼べず、クビになった。

リカとの共通点が、会う口実が、どんどんなくなっていく。

予定の無い休日が寂しくて、リカの自宅に遊び行ってもいいかメッセージを送った。リカから承諾の返信が来る。急いで準備をして、リカの家に向かう。

 リカの家に着くと寝起きの顔で迎えてくれた。今日も可愛いな、なんて思いながら家に上がる。

一緒にアニメを観たり、ゲームをしながら、たわいも無い時間を過ごす。

リカがトイレに立ち上がると、私も一服しようとキッチンへ向かう。タバコを捨てようとゴミ箱を見ると、使用済みの生理用品が捨ててあった。脳裏にリカがよぎる。私の中の天使と悪魔が喧嘩するもその間1秒。リカが欲しくて、たまらずそれをポケットにしまった。

その後、リカと顔を合わせると多少の罪悪感はあったものの、自身の欲求には抗えなかった。


11月某日、明日はリカの誕生日だ。

誰よりも一番に祝いたい。リカの喜ぶ顔が見たい。

事前に予約しておいたケーキを手に持ち、リカの家に向かう。日付が変わった瞬間、インターフォンを押す。

・・・・・返事が無かった。

SNSを確認すると、友達に祝われているリカがいた。

風の音、車が走る音が酷く耳に刺さる。


「お誕生日おめでとう」

たったそれだけなのに、その一言がどうしても言えず、1日が終わってしまった。


冷たい風、窓の結露、私たちの思い出を泡沫に消し去ってしまうような冷たい季節。遂にこの時が来てしまった。

リカが地元に帰ってしまう。

やっと地元に帰ることができる、ウキウキしているリカ。それとは裏腹に絶望的な感情を隠す私。リカとの最後の食事、思い出を振り返る、絶対忘れないでね、なんて冗談っぽく言ってみると、忘れるわけないじゃん、と笑顔で返してくれるリカ。本当にその言葉信じていいのかなと疑いつつも少し安心した。

飛行機の時間が迫る。今にも止まってしまいそうな足を必死に動かしながら搭乗口の近くまで見送る。

「見送ってくれてありがとう。また連絡するね」

寂しそうな面持ちを一切見せず、満開の笑顔で手を振るリカ。一方で涙があふれてしまいそうな私。この感情は絶対にバレてはならない。目頭に力を入れる。「絵の勉強、ちゃんとするんだよ」なんて言いながら、笑顔で手を振り返す。

リカが行ってしまった。堪えていた涙が溢れてしまう。映画のワンシーンのように涙を流しながら、すたすたと帰路を歩く。


リカがいない日常。リカ色で溢れていた日常は、再び無彩色に戻る。

リカからの連絡はない。あるのは、リカのSNSに上がる楽しそうな日常だけ。

寂しさで壊れてしまいそうだったが、リカが大阪に来てくれることを信

じて1年間、必死に生きた。


頭も容姿も悪い私は驚くほどに仕事が出来ない。

そんな私を雇ってくれる会社は存在せず、お祈りメールしか届かない毎日。就職浪人することが決まり、親に勘当されることを覚悟の上、大阪に帰る。飲食店でアルバイトをしながら就職先を探す日々、リカと会う口実を作ることだけが私の希望だった。


大阪での生活が落ち着いた頃、久しぶりにリカに連絡を取る。

「リカ、久しぶり。今大阪に住んでるんだ。良かったら遊びに来てよ。一緒に大阪観光しよう。」

数時間後、返事が返ってきた。

「久しぶり。実は、結婚することになって今バタバタしてるんだ。落ち着いたらまた連絡するね。」



血の気が引く。

誰? 私のリカを奪ったのは。

私がリカとずっと一緒にいたかったのに。


リカと一緒になれないのなら生きる意味なんて無い。

パニックになった。昂った感情が治まらない。右腕を慰める。

心の奥の方が壊れたのが分かった。

壊れたものがどんどん沈んでいって、闇に消えていくのが分かる。

もう治らない。

飲めない酒を浴びる。意識が朦朧としてくる。口と下から温もりを感じる。こんな時まで、私は生きようとしているのか。なんて傲慢で悍ましい。

リカ、「死を仄めかす人は嫌い」って言ってたな。初めてリカの嫌いになってしまったな。

 親は離婚し、ずっと一人だった幼少期。容姿も頭も悪い何の取り柄もない私なのだから当たり前だけれど、せめて生きててよかったなと思えることひとつくらいあったら良かったな。

リカの一部になりたい。


一部…、前にリカの家から取ってきてしまったリカの跡を思い出した。

好きな人の血を飲めば結ばれると聞いたことがある。

袋から取り出し、それの匂いを嗅ぐ。リカの匂いがする。

陰部に当たる部分の血を舐める。雌のリカを感じた。

リカが体内に居る。リカと一緒に死のう。

「ずっと一緒がいいね」

そんな叶いもしないことを考えながら首に紐を掛ける。


意識が遠のく、恍惚な様で、リカといた日々を思い出す。

「リカ、だいすきだよ」
















毎年繰り返される春、桜が満開の日。

リカは赤子を抱えながら、病室から覗く桜を眺める。




「キョウ、生まれてきてくれてありがとう。」

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