後日談

 さて。僕はシークァーサー臭くなった資料を手に入れた訳だけれど、それだけで済んだかといえば、まあ違う。盗まれた包丁は未だ取り返せていないし、唐沢の家から持って帰った本は、何故か予定よりも一冊多くかった。そのことに気づいたのは、匂い消しの方法を勘案していた時だ。

 家にあった液体噴射型の消臭剤がこの強烈なにおいに勝てるのか、ラベンダーとシークァーサーの合わさった最低な本を図書館に返すのは人として何かに反しているのではないか、別の本にまで匂い移りすることを考えたら脱臭炭配合のなんかいいやつとか買ってきた方が、あとで怒られるよりは安くつくんじゃないかなんて思いながら、本を一冊一冊並べ確かめていた時、一冊だけ手触りが違ったのだ。フィルムコートがされていなかった。表紙がむき出しで、管理用の貸出記録カードも入っていない。

 変だなと思い、借りる予定の本をリストアップしていたメモを見ると、その一冊の名前は書かれていなかった。資料としては薄く、文庫本にしては厚い。間に挟まっていたのかもとは思ったが、分厚い学術書の中に挟まるにしては、存在感がある。上に乗っけて帰ったにしても、その時に気づいてもいいはずだ。この本が手元にある理由が分からなかった。

 読んでみると、文章の節々に妙な懐かしさを感じた。学者が一人、南方の離島へ土着の信仰を調べるために、現地で暮らし、その日々を綴った体験記。過ごす日々の楽しさと、いずれここを去ることになる心苦しさ、ページの端々からかおる強烈な柑橘系の匂い、自分をここに残すために何ができるのか。島神と、よそ者の肉、伝承の曲、そして、淡い恋心。合間合間に書き込まれた、ばいぶす、てんあげ、トロピカル因習アイランドの文字。ここでスクラッチ、と書かれた文字の力強さが一番不快だった。書き込みの汚さも相まって、ノスタルジックがぶち壊しになっていた。

 僕の意識がなかったあの時間、僕の身に何が起こったのか、理不尽としか言えない説教の原因は何だったのか、あの後ラインで何度聞いても変なスタンプではぐらかされて、答えてはくれなかったけれど、結局のところ、何かを唐沢がダメにしたってことだけが確かだった。毎度のことだ。なにがしかに後輩を巻き込んでは、解決だけはする。

 なんだか申し訳ない気持ちになったせいか、僕は破かないように丁寧に文字を消していった。幸い鉛筆で殴り書いていただけだったから、消しゴムで何とかなった。綺麗にした後に見てみると、最初から白抜きになっていた部分を変な単語たちで埋めていたみたいだ。単語のセンスに関してはノーコメント。本を綺麗にしていく過程で、どうにも愛着がわいて、ついにはラミネート加工までしてしまった。なぜだか、末永く誰かに読まれるような形にしておきたかった。

 うちに置いておくのも忍びないし、本を返す時に一緒に図書館に置いて帰ろうかな。

 

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トロピカル因習アイランドへ行ってきたよ 規格と装置 @oborokagerou

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