第4話 鍵穴くんとスポットへ
「おー! 面白そうじゃん! 僕も迷わず連れてって!」
やっぱりというか何というか、そういうことを言い出しそうな気がした。最近は鍵穴くんを小さくてわがままな子供だととらえると、なんとなく鍵穴くんの言動を予測することができるようになっていた。
日曜日、約束通り今日の午後一時から、かいちゃんが家にやってきて、心霊スポットに向かう。そのことを朝に鍵穴くんに話して連れて行こうか迷っていると言うと、このように言い出した。
僕としては、心霊スポットに行きたい気持ちはある。鍵穴くんとの関連があるのかどうか確かめてみたいというのもあるし、単純に、そこで目撃された女の子というのも気になるからだ。
だけど、そこに鍵穴くんを連れて行くとどうなるのだろう。もしかしたら鍵穴くんなりに心当たりがあるかもしれない。まあ、まったく関係のない場所だってことのほうが確率は高いと思うけど。一応、連れていく方向で考えている。ずっと僕の家に閉じこもりっぱなしにしておくのもかわいそうな気がする、という理由もあるけど。って、なんで僕が世話係みたいになってるんだ……。
なんにせよ、僕の抱いている疑問が漠然としすぎている。
とりあえず、心霊スポットに行けば、何かわかるかもしれない。鍵穴くんを連れて行って、何もなければ何もないでいいし、何か鍵穴くんに心当たりがあれば、鍵穴くんに対するふわふわとした疑問も解消されるかもしれない。
「わかった。迷惑にならない程度にね……」
迷惑になるなと言って、鍵穴くんが迷惑をかけなかったためしがないのだが。
駐車場の方から自転車の止まる音がして、部屋で律義に宿題をしていた僕は、ほとんどが好奇心でできているんじゃないかというほどの勢いの鍵穴くんに急かされ、玄関のかぎを開けた。
「令斗、どこか行くの?」
リビングにいるお母さんがそう言った。
「うん、ちょっと用事があって」
僕は大きな声で適当に返した。
「暗くなる前には帰ってきなさいよ」
僕はそんなお母さんの言葉を聞き流しながら、玄関のドアを閉めた。
「うわー、やっぱシャバの空気おいしー!」
鍵穴くんが釈放された人みたいに言う。そんな扱いをしたつもりはないのだけれど。
外の空気は、もう秋に差し掛かろうとしているのにまだまだ夏そのもので、陽の光がこれでもかというくらい町中に差していた。
階段を上がる足音がして、僕はその方を向いた。
かいちゃんはロゴのついたTシャツと短パンを着て、ショルダーバッグを身に付けていた。何気に、クラスメイトの私服を見るのは初めてだった。
「よ、ぼーちゃん」
かいちゃんは片手を上げながらそうあいさつした。
「あ、こんにちは」
「えええええええええっ⁉」
すると唐突に、鍵穴くんがボリューム満点で叫んだ。
僕は驚いて、
「えっ?」
という声を出して鍵穴くんのほうに振り返った。
鍵穴くんは口を大きく開けて僕を見ている。何がそんなに驚くことだったのだろうか。
「ん? どうかした?」
かいちゃんにそう言われそっちの方を向いた。どうやらかいちゃんには鍵穴くんの叫び声は聞こえていなかったみたいだ。
「い、いや、虫が飛んでる気がして……」
僕は適当にはぐらかす。適当なウソほど苦手なものはない。
「あ、そう」
というか、迷惑かけないでと言ったそばから、僕は恥をかかされた。まあ、鍵穴くんが余計な事しないほうがおかしいように思えてきたけど。
「なんだとー! 僕を虫扱いだなんて、令斗君ひどいぞー!」
後ろからぷんすこぷんすこと抗議の声を浴びせられる。
「あ、そうそう、心霊スポットまでは歩きで行くよ。熱いだろうけど我慢して~。自転車止める場所なんてないからね。後ろに貼られてる自転車のシール見られて学校に通報されるとかごめんだから」
かいちゃんが楽しそうに説明しているときでも、鍵穴くんは後ろでギャーギャー騒ぎ立てている。
「ちょっと聞いてるの令斗君! 僕かわいそうでしょ!」
「そんでさ、俺は心スポには欠かせない懐中電灯と、近くの自販機で買ってきた水のペットボトル二つ持ってきた。片方はぼーちゃん用ね」
鍵穴くんはまだ何か言っている。
「ふん! どうせ僕は虫ですよーだ!」
「いやーほんとは幽霊との対話を図れる機械とか買いたかったけど、俺のお小遣いじゃ足りないくらい高くてさー。それ使って幽霊にピンポンダッシュしたことあるか聞いてみたかったんだよ~」
前からはかいちゃんのまどろっこしい話、後ろからは鍵穴くんの騒ぎ声、空からは照り付ける太陽……。
心霊スポットどうこう言う前に重要な問題に僕は気づかされた。
かいちゃんと鍵穴くん、合わせるとすごいうるさい。
「あっつ……」
先頭でかいちゃんはそう言った。
先頭にはかいちゃん、その次に僕、その後ろには鍵穴くんがよちよちと後ろからついてくる形で、僕達は猛暑の中歩き続けていた。
田んぼが広がった場所に行くには、大きな坂の道路を上り下りしなくてはならなくて、僕達は今、そんな場所で熱いコンクリートを踏みしめながら坂を下っている。
「かいちゃん……。水……」
ふらふらした声で僕はかいちゃんに言った。
「あー、歩くの疲れたよぉー」
と鍵穴くんが後ろで言う。付いていきたいって言ったのは自分でしょ、と僕は心の中で突っ込む。
かいちゃんはふらふらとした手つきでショルダーバッグのチャックを開け、中からペットボトルを取り出した。
「はい……」
かいちゃんは僕にペットボトルを手渡し、僕はふたを開けて中身をごくごくと飲んだ。冷たさが体内に染み渡っていく。
「あー、令斗君いいなー……」
また鍵穴くんが後ろでぼやく。いいから静かにしてくれ。
かいちゃんもペットボトルを取り出そうとする。でも、ペットボトルの中が空っぽだったのか、バッグの中身を見ながらため息をついた。
少し歩くと右に消防署、左に交番が見えて、その先に自販機があるのがわかった。
「お、あれ自販機じゃない? よっしゃ!」
かいちゃんはそう言って、前に走り始めた。
「かいちゃん……まってぇ……」
体力のない僕は置いて行かれてしまう。
かいちゃんは自販機の前に立ち、財布を取り出して中の商品を眺める。輝いた目からそのうち光が消えて、かいちゃんはガクッと頭を下げた。何か落胆した様子だった。
「どうしたのかいちゃん……」
かいちゃんに追いついて僕はそう言った。
「ぼ、ぼーちゃん……。全部、売り切れてる……」
「あちゃ~」
と、後ろで鍵穴くんが言った。
坂を下りると交差点に着き、そこから左に曲がるとすぐに田んぼが広がった風景が見えてくる。そこは住宅街と丘に挟まれた土地だった。
部活で学校に向かっているのか、僕達の横を素通りしていく人達の姿もあった。
少し暖かい風が吹いて、稲穂がざわつく。
「で、心霊スポットはどこら辺にあるの?」
「えっと、あそこ」
かいちゃんは右斜め前の方向の、少し盛り上がっていて、木が生い茂っている場所を指さした。
「この道をまっすぐ進んで、ビニールハウスのある突き当りで右に曲がって、あの坂をちょっと登って、丘の雑木林に入れるっぽい」
僕たちはかいちゃんの指さした坂に着き、小屋のある丘の入り口に立った。なぜかここに着くまで、鍵穴くんは静かだった。
「入っても大丈夫だよね?」
今更どうにもならないことをかいちゃんに訊いてしまう。
「大丈夫だって。入っちゃダメとか書いてないし」
そんなことを気にするでもなく、かいちゃんは木々の中に入っていく。
「ちょっと、おいてかないで」
僕も、コンクリートの地面から、草の生えた地面に足を踏み入れた。鍵穴くんもそれに続く。
中は細くて背の高い木が沢山並んでいて、僕達を追い出そうとでも言うような、さまざまな方向に伸びる枝が、なんだか幽霊でも出そうな雰囲気を醸し出していた。
木々の隙間から布のように日が差し込んできている。その光景が薄気味悪くて、僕は周りを見渡しながら歩いている。丘の上では、のどかな田んぼの風景や、その向こうのアパートの並ぶ住宅街が見えた。
変わらず先頭をかいちゃんが歩いていて、僕の後ろを鍵穴くんがついてくる。不気味な静けさの中に、僕たちの草を踏みしめる音が、空気を刺激するように響く。
かいちゃんは小さな懐中電灯を取り出し、電気をつけて奥を凝視した。
「あれか?」
かいちゃんの目が何かをとらえたようで、そこに向かって前に走り出した。
「ちょっと!」
ただでさえ何かが出てきそうで怖いのに、かいちゃんはそんな僕のことは考えず先走っていく。
僕も走ってかいちゃんに追いつくと、そこには、木造の小屋があった。
「ここが、心霊スポット……?」
中は少し薄暗く、木の隙間から光が漏れている。
なんだろう……。この、少し懐かしい感じ……。
かいちゃんが、懐中電灯で中を照らしながら無言で入っていく。
「あ……」
僕は入る勇気もないまま、入り口で立ち尽くしてしまう。
中の部屋は四畳ほどの広さで、両側にシンプルな木材でできた長椅子と、真ん中に背の低いテーブルがあり、小さな鏡が置かれている。奥には、ほとんどからっぽの本棚がある。
かいちゃんは中のものに次々と光を当てていく。
「なんか、きれいじゃない? 手入れされてるって言うか……」
ライトを移動させながらかいちゃんは言う。
「ねえ、心スポってさ、こんなきれいか? 普通、埃が舞ってたり、蜘蛛の巣が張ってあったりしてもおかしくないだろ? でも、なんか今でも使われてる感じがするんだよね……」
かいちゃんの言うことは、入り口からでもわかった。妙に生活感がある。誰かが、ここを使っているということか?
僕は、ここで女の子の目撃情報があったことを思い出す。
鍵穴くんはどうしているだろうと、僕は横にいる鍵穴くんを見る。
鍵穴くんは、珍しく黙って、じっと部屋の中を見つめていた。
まるで、何かに取り付かれているみたいに。
一体、鍵穴くんには何が見えて……。
「あんた達、何してるの」
すると、急に女の子の冷淡な声が後ろから聞こえた。
「うあっ⁉」
「ひぃっ⁉」
「えっ?」
かいちゃんと僕と鍵穴くんが同時に驚いて、声のした方を向く。
そこにいたのは僕には予想もつかない人物だった。
「美香、なんでここに……」
かいちゃんは懐中電灯の光を消して、小屋から出てきた。
美香の姿は、木の陰で顔が覆われていた。でも、こちらを睨んでいるのだとすぐに分かった。
「こっちが聞きたいんだけど。私は、ここと家が近いってだけ。どうして、あんたたちはここにいるの」
「俺は、ここが軽い心霊スポットになってるって聞いて」
「令斗は?」
呼び捨てでそう睨みつけられ、一歩後ずさりしてしまう。
何か、何か言わないと。
「えっと、かいちゃんについてきて……」
「ほんとにそれだけ? あなたがここに来るってことは、何かまっとうな理由があっての事なんじゃないの?」
美香の抑揚のない声が、僕を責め立てる。
まただ、この、美香との話がかみ合わない感じ……。
僕がここに来た理由、それは僕の言った通りの理由だ。それが根本的な部分だ。ほかにここに来る明確な理由なんてない。僕は本当に、ただついてきただけだ。鍵穴くんのことなんて、口が裂けても言えないし。
「まっとうな理由って……。僕は本当にそれだけだよ」
「とぼけないで。そんなわけないでしょ。私を糾弾したいなら、好きにすればいいじゃない」
糾弾? 美香の言っていることが、ますますわからなくなる。
「おいちょっと、意味わかんないぞ」
かいちゃんが割って入ってくる。
「何よ。海斗には関係ないじゃない」
「関係なくない。ぼーちゃんは俺の友達だから」
友達。かいちゃんは平然とそう言う。
「ぼーちゃん、前に美香となんかあったのか?」
かいちゃんは僕を振り返って訊く。
「いや、何も……」
僕は首を振って答える。かいちゃんは美香の方を向く。
「だってよ、美香が勝手に話進めんなよ。俺たちはここがうわさになってるから来ただけ。それ以外になんの意図もねえよ」
かいちゃんに怒りが表れているのが、後ろからでもわかった。
「そんなこと……、ありえない」
かいちゃんが怒っていても、美香は一歩も引かない。険悪な雰囲気が流れ出して、僕は動けなくなる。
「何がありえないんだよ。ってか、いつも思ってるけど、なんか美香ってぼーちゃんに当たり強くない? そういうの、マジで面白くないんだけど。美香とぼーちゃんに何の関係もないなら、ほんとに何やってんの」
美香は意味が分からないと言うように、眉を顰める。
誰か、誰か助けて……。
「どうしよう……。令斗君、止めないと……」
鍵穴くんが後ろで言う。そんなこと、できっこない。
美香とかいちゃんの言い争いが始まってしまう。
「何も知らないあなたが首を突っ込まないで!」
「美香のそういう態度が気に入らねーの!」
わわわ、どうしよう! と、鍵穴くんが慌てている。
どうにかしないと。
……その時、僕の頭の中に、流れ込んでくるものがあった。
この小屋と、小さな怒りの声と、夕日と。
二度と取り戻せないという後悔と、自分の弱さに対する悔しさと。
小さな僕を見上げている景色を。
……あれ、僕は、いつかこんな光景を……。
そう思うと同時に、横からハンマーで殴られたような衝撃が、頭に響いた。
「ううっ……」
そんな声を上げて、この場に立つ力すら失って、横向けに倒れてしまう。
どさっという、地面が僕を受け止める音で、かいちゃんは倒れてしまった僕の方へ振り向く。
「おい! ぼーちゃん!」
「ぼーちゃん! 大丈夫⁉」
駆け寄るかいちゃんと鍵穴くん、僕を見ながら立ち尽くしてしまう美香。僕は朦朧とした意識の中でそれを捉えて、目を閉じてしまった。
「ん……」
「あ、ぼーちゃん……。大丈夫だったか?」
周りを見渡すと、そこは清潔な部屋という感じで、ふかふかした絨毯の上に白いテーブルがあり、その上にかいちゃんの荷物が置かれていた。僕はそのテーブルとベッドに挟まれた場所に敷かれた布団で寝かされていた。
「ここは?」
僕は座っているかいちゃんに訊いた。
「美香の部屋だよ。美香が近くに住んでるって言ってただろ?」
よく見ると、テーブルの反対側では、鍵穴くんが手を預けて心配そうに僕を見ていた。
「あの後、どうなったの?」
かいちゃんは答えづらそうにうつむく。明かりがついていない部屋が、かいちゃんの表情をさらに暗くさせる。
「あの後、ぼーちゃんが倒れた時、美香に家で様子を見るようにお願いしたんだ。そんで、俺がぼーちゃんをおぶって、ここまで連れてきた」
「美香さんは?」
「お茶を淹れに行ってる。そして、あとで美香と話をしてもらった方がいいって思うんだ。あいつ、なんかぼーちゃんに思っていることがある気がする」
「うん。美香さんの言ってることがよくわからなくて、そのことをちゃんと言わないと、分かってくれないよね……」
僕は、美香に何もしていない。美香は、僕に何もしていない。なのに美香はいつも僕と話すとき、自分を責めるような喋り方をする。きっと、美香は僕に対して何か勘違いをしている。
「じゃあ、俺はトイレに行くふりしてるから、そん時に、美香の誤解を解きな。俺がいたら、美香は話そうとしないと思うから」
じゃ、行ってくる。と言って、かいちゃんは美香の部屋を出た。
ドアの奥から、美香の声がする。
「どこ行くの?」
「ちょっとトイレに」
「場所はあっち」
「わかった。ありがと」
かいちゃんと美香がいない間、テーブル越しに向かい合っている鍵穴くんに僕は声をかけた。
「鍵穴くんも出て。僕も、話しにくくなるから」
うん、と鍵穴くんは頷いた。
トレイにお茶を乗せた美香が、ドアを開けて廊下から入ってきた。入れ違うように鍵穴くんが部屋から出ていく。
「暗いでしょ。電気つけたら」
冷たくそう言って、美香はテーブルにトレイを置き、勉強机の上に置かれたリモコンを取り、電気を付けた。
時計を見ると午後二時半に差し掛かっていた。
美香がさっき鍵穴くんのいた位置に座った。
少しの間、沈黙が流れる。
「えっと、美香さん……」
「何?」
美香はこちらを見る。淡々とした声にひるみそうになるのを抑えて、僕は言う。
「美香さんはさ、僕に、何か勘違いをしているんじゃない?」
「どうして、そう思うの」
「美香さんは、なんだか僕のせいで自分を責めてるように見えて。僕、美香さんに何かされた覚えはないのに」
美香は、困惑の表情を浮かべる。
「どうして? 覚えてないの? 小学生の時、私は令斗に……。全部、私のせいみたいなものなのに……」
先生から、美香とは同じ小学校だったと聞いたことがある。小学生の頃……。僕の記憶にない期間。その頃に、美香は何かをしたのだ。
これを言うときが、来たのかもしれない。僕が、ずっとみんなに隠していたこと。
「あの、僕……よく、覚えてないんだ。小学生の頃、何をしていたのか、よく、思い出せなくて……」
そう言うと、美香は、悲しみと恥ずかしさが混ざったように、顔を赤らめた。美香の目が大きく広がり、美香は両手で顔を隠し、やがて泣いてしまった。
「ちょ、美香さん?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……。私、本当に馬鹿……」
どうして、美香が泣いてしまったのかわからず、僕は慌ててしまう。
「やっぱり、何かおかしいと、思ってたの……。そっか、もう、あの時とは違うんだ……。ごめん……ごめんなさい……。すべて、私が間違ってたんだ……」
その後、美香はなにを言うでもなく、ずっと泣き続けていた。
かいちゃんのドアのノックが、この状況を終わらせてくれた。
「美香、ありがと。ぼーちゃんも体調良くなったみたいだし、俺達、もう帰る」
かいちゃんは玄関の外で、中にいる美香にそう言う。
「うん、今日は、ごめんなさい」
美香はそう言う。目元に涙の跡がこびりついているのが分かる。
「じゃ、行くぞ」
かいちゃんは僕の肩をポンと叩いて元の道に戻る。僕と鍵穴くんはかいちゃんについていく。
坂を下りながら、かいちゃんは僕を見ずに言った。
「ぼーちゃん、美香とどんな話をしたんだ?」
いつもより明るさのないかいちゃんの声が吐き捨てられる。
「やっぱり、何か誤解してたみたい。でも、美香さんが何を勘違いしてたのか、僕には分からなくて……」
流石に、かいちゃんに記憶がないことは話せなかった。僕が記憶がないということを話せないのは、周りに弱い人間だと思われたくないからだ。強い力を与えれば崩れてしまうもろい人間だと思われて、心の中に踏み入れられるのが怖いからだ。
「そっか……」
かいちゃんはそれだけ言った。
僕の家に帰るまで、僕達はずっと何も話さなかった。
「今日はごめんな。心霊スポットに行くつもりだったのに、変なことになっちゃって」
玄関前で、かいちゃんは申し訳なさそうに話す。
「ううん、大丈夫」
そう言いながらも、体の中では疲労がたまっていた。
「じゃあ、また明日な」
そう言って、かいちゃんは階段を下りた。
「うん」
僕と鍵穴くんは家に入る。部屋に入ると、僕はベッドにだらりと体を預けてしまう。横になりながら、机の上にやりかけの宿題のプリントが目に入る。起きてやればいいかと思って、僕は眠ろうとする。すると、鍵穴くんが質問をしてきた。
「ねえ、令斗君は、ぼーちゃんって呼ばれてるの?」
ぼーっとした頭で僕は答える。
「かいちゃんにだけね」
「へー。面白いね。どうやって決まったの?」
「名字の櫂房から。かいちゃんが勝手に呼び出した」
「ねえ、僕も令斗君のこと、ぼーちゃんって呼んでいいかな……」
「うん、いいよ」
適当にそう答えると、僕は眠ってしまった。
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