第2話 鍵穴くんがやってきた
大きな建物の中を、僕は息を切らして走っている。
それなのになぜか、僕の足音が通路に響かない。周りを歩いている人たちは、僕が見えていないかのように素通りして、誰も僕を止めようとしない。
「はぁ……、はぁ……」
どこに向かえばいいのか分からず、けれども僕は何かに駆り出されるかのように必死に走る。
暗い階段をつまずきそうになりながら飛ぶように降り、やがて開けた場所に出た。
そこには小さい子供から、年老いた人まで、さまざまな人が行き交っていて、僕は人の多さに階段の上で一瞬足を止めた。
さっきまで少ししか聞こえていなかった、がやがやとした人たちの声がはっきりと聞こえてきて、僕は少しの間、階段の上で圧倒されていた。
右側を見ると、大きなガラスを隔てて、駐車場と僕の知らない住宅街が見えた。
でも違う。僕が行きたいのは外じゃない、と、僕は思う。
僕は絵本でウォーリーを探すみたいに、人ごみの中に目を凝らした。
すると、左側に、人の流れが乱れている場所があった。
その場所をよく見ると、何人もの大人たちが、何かを運びながら走っているのが見えた。
あそこだ。僕はそう確信する。
僕は理由もわからず階段を飛び降り、大人たちに向かって走る。
僕に触れた人たちは、僕の体をすり抜けていく。
僕は、何かを運んでいる大人たちが建物の奥に走っていき、部屋に入っていくのを見た。
間に合って。間に合って。
僕は何も恐れることなく、機械だらけの部屋に飛び込んだ。
……じの時間の五分ま……になりました……。
どこからか、声が聞こえてくる。
少しだけ、木造の校舎のにおいが僕の鼻を掠める。
掃除場所に集まってください……。
掃除? ああ、そうか、今のは夢かと、ゆったりした意識の中で、僕はやっと気づく。
僕は教室の隅っこのほうで、体育座りの姿勢で居眠りしていたみたいだ。
今の声は多分、掃除時間を告げる校内放送だ。
……おーい。ぼーちゃーん。
聞き覚えのある声。この声は多分かいちゃんの声だ。
「ん……」
目を開いて上を見ると、かいちゃんは腰に片手をあてて、座っている僕を見下ろしていた。
「ぼーちゃん、すげーとこで寝てんな。汚れるよ?」
そう言って、かいちゃんは歯を見せるように、にっ、っと笑った。
「あ、かいちゃん……。おはよ……」
僕は寝ぼけながらそう言った。
教室の机と椅子は後ろのほうに引かれていて、クラスメイト達は慌てて掃除場所に向かっていった。
「おはよ、じゃないわ。掃除遅れるよ?」
しょうがないなあ、とでも言うように、かいちゃんは僕に手を差し伸べた。
「最近さ、ぼーちゃんって居眠り多くない?」
掃除場所の渡り廊下に向かう途中、前を歩いているかいちゃんが、あくびをしている僕にそう言った。
「うん、なんかそれに、変な夢も一緒に見るんだよね」
「変な夢って?」
「……なんか、僕が誰にも気づかれないで、ただ走る夢とか……」
僕はさっきまで見ていた夢を思い出しながら言った。本当になんだったんだろう……あの夢……。
「えっ? 何それ寂し……」
かいちゃんは声のトーンを落としてそう応えた。
かいちゃんというのはあだ名だ。この中学校に入学して、みんなの自己紹介が終わった後に、真っ先に話しかけてきたのがかいちゃんだった。
僕に話しかけた理由は、確か僕の名前の櫂房令斗の「かい」と、かいちゃんの名前の西宮海斗の「かい」がかぶっていたから、とかいうものだった気がする。あと「斗」も一緒だったから、とかも言ってたっけ。ほかにも、スポーツが得意そうだから、とか。まったく真逆だと伝えると、かいちゃんは驚いて、スポーツめっちゃできそうな体に見えるのになー、と僕の体をジロジロ見ながら言っていた。ここまでデリカシーがないとなると、ちょっと引く。
かいちゃんというあだ名は、かいちゃんが最初、僕に話しかけた後に、そう呼んでと言っていた。
正直、僕はそういう風に明るく接せられるのが、少し怖かった。なぜなら、
僕には小学生の頃の記憶がないからだ。
正確には、中学校に入学する前の記憶がない、と言ったほうが正しい。
とにかく、僕には小学校、幼稚園(または保育園)、生まれてすぐの期間、何をして、どうやって人と接してきたかよくわからないのだ。
生まれてすぐの記憶なら、全部覚えている人のほうが珍しいけど、小学校までとなるとさすがにおかしい。
そういうわけだから、自己紹介の後にかいちゃんに話しかけられて、かなりどぎまぎしてしまった。
ここは少人数の中学校だから、みんな自分をさらけ出して、自由にやっている感じだけど、僕にはそれが難しかった。本当の友達、みたいなものを作るのが少し怖いと思ってしまう。
本当は、僕がさっき起きた時のかいちゃんの笑みを見て、そのほっぺたをひねってさわやかな笑顔を崩してやりたい衝動に駆られたけど、やめた。
誰も傷つけないように優しく接すれば、とにかく問題になることはないだろうし、人との接し方がわからなくても、何とかなると思ったのだ。
でも、ちょっとだけ疲れる、というのが僕の本音だ。
「ねえねえ、知ってる?」
夏の日差しが照り付ける中、体育館までの渡り廊下の掃除をしていると、かいちゃんが話の本題すら教えてくれないまま話しかけてきた。かいちゃんはちょっとしたクラスの中の情報通みたいな感じだ。少人数の学校ではいろんな情報が筒抜けなのだろう。
「いいえ」
そう言うと、かいちゃんはまたあの笑顔をした。これは、なかなかのビッグニュースをつかんだ顔だ。またその頬をつねってやりたくなる。
「実はね、最近、いろんなクラスメイトの家で、ポルターガイストが起こってるらしいよ……」
かいちゃんは僕に耳打ちした。なんだか、かいちゃんはいつも距離が近い。
かいちゃんが顔を遠ざけると、僕は訊いた。
「そもそもポルターガイストって何?」
「あー、まずそこからね。ポルターガイストって、いわゆる心霊現象みたいなもので、誰もいないのに引き出しが動いたりとか、ピアノが鳴ったりとかするような、勝手にモノが動くことを言うんだよ」
「で、それがクラスメイトの中で起こっているってこと?」
「そうそう」
なんだか、思っていたより胡散臭い話だった。
「ポルターガイストと言っても、ピンポンダッシュみたいな感じなんだけど、この地区より西のほうの住宅街に住んでいる人が良くポルターガイストにあうらしいよ。インターホンが鳴って、玄関のドアを開けると、そこには誰もいなかったらしい」
それは本当にただのピンポンダッシュなんじゃないだろうか。
「この前も美香の友達がポルターガイストにあったって言ってて、本当になんの足音もなく、玄関を開けた時には誰もいなかったんだって」
美香は同じクラスの女子で(と言っても二年生のクラスは一組しかないけど)、学習委員会に入っている。あの人も確か西のほうの地区に住んでいた気がする。
あっ、と、僕はここで気づく。僕も美香さんと同じ方角の地区に住んでいる。
僕はここでかいちゃんの意図に気づいた。
「ってことは僕も……」
「おお、なかなか察しいいじゃん。ぼーちゃんもおんなじ地区に住んでるでしょ? てことはぼーちゃんのとこにも来るかもね、幽霊……」
かいちゃんはわざとらしく声を震わせてそう言った。なんだかそう言われると、逆に怖くなくなる。
「はいそこ、喋らなーい」
話し込んでいると、両手にゴミ袋を持ってせっせと忙しそうにしている用務員さんが通りすがりに注意した。
「はーい」
かいちゃんはめんどくさそうに返す。
まあ、ピンポンダッシュのポルターガイストなんて、別に実害があるわけじゃないし、僕の家で起こったとしても、何の問題も無いだろう。
記憶がないと言っても、生活の中の基本的な感覚は残っている。自転車の漕ぎ方とか、箸の使い方とか、勉強で言えば、漢字の読み書きとか、三角形の面積の求め方とか。そんな感覚は、なんとなく体がわかっている。多分、僕が覚えていないのは、中学校に入学する前、僕がどこで何をしていたか、というところだけだ。
六時間目が終わり、さっきまでの快晴が嘘だったみたいに雨が降り出した。
トイレから出た僕は、目の前のびしょ濡れの階段を見て、うわ、結構降ってる、とつぶやいた。
この学校の階段は、設計上外に剥き出しになっているから、簡単に濡れてしまうのだ。
すると、誰かが踊り場を曲がって、クラスの人数分のノートを抱えてこちらに歩いてきた。
あのバッサリと切られた短髪の女の子は、美香だ。そういえば、最近その友達が例のポルターガイストにあったんだっけ。
僕からの美香の印象は、なんだかキッチリした人、という感じだ。学級委員長だし、成績はトップレベルだと聞いたことがある。
そんな美香が、無表情で階段を下りてくる。
雨で濡れた階段を降りる美香の足取りがおぼつかなかった。
「きゃっ⁉」
美香が悲鳴を上げるのと同時に、美香は後ろに足を滑らせた。
「あっ!」
僕は急いで階段を上って美香に近づく。
周りにノートが散乱して、美香は運よく背中を打った。頭を打っていたら大ごとだ。
「大丈夫? 美香さん⁉」
僕はしゃがんで美香を見下ろした。
「いった……」
美香はそう言って、背中に手を当てながら、上半身を起き上がらせた。転んだせいで美香の髪の毛がくしゃくしゃになっていた。
僕は慌てて周りに散乱したノートを拾う。散乱したノートのほとんどは表紙が少し濡れているくらいで済んだ。
「だ、大丈夫? よかったら持っていくけど……」
胸にノートを抱き抱えたまま僕は言った。
「いい。自分で持っていくから」
美香はそう言いながら、ノートを持っていないほうの手でスカートをぱっぱとはたきながら立ち上がった。そして、しゃがんだままの僕に手を広げた。
「え?」
「そのノート、渡して」
「あ、うん」
僕は両手でノートを美香に渡した。
美香は、僕の渡したノートを自分の持っていたノートと重ね合わせて、何事もなかったかのように歩き始めた。
少し手伝うくらい、いいと思ったんだけどな……。
学校から僕の家までの、二キロの道のりを僕は毎日自転車で通っている。スポーツなんかやらない僕は、毎日帰っただけでへとへとになってしまう。
屋根付きの駐車場に自転車を止めて、玄関までの小さな階段を上る。レインコートのせいか、足取りが重かった。
玄関のかぎを開けて中に入り、レインコートを脱いで風呂場に入れ、二階の自室に入る。
ゆっくりとベッドに近づいて、だらりと体を預けた。
なんだか今日は、いつもより疲れた。このまま自分をさらけ出すこともなく、自分が何をしてきたのか、いったい自分が何者なのか、分からずに生きていくんだと思うと、憂鬱な気分になる。
なんだかベッドの部分にだけ重力が増したみたいに、僕は動くことができなかった。
電気もつけず、うす暗い部屋の窓から土砂降りの雨を眺めていると、そのまま僕は、部屋着に着替えず眠ってしまった。
僕の眠りを妨げたのは、煩わしいインターホンの音だった。
「ん……」
僕はどうせ宅配便か何かだろうと思って、ベッドから起き上がる。
寝ぼけた頭で部屋を出て階段をゆっくりと降りる。そのまままっすぐ電気のついていない廊下を歩き、玄関に出て、ドアノブの鍵に触れたあたりで、僕はあることを思い出した。
『ぼーちゃんのとこにも来るかもね、幽霊……』
かいちゃんのおちゃらけた声が脳内で響く。
もしかして……。
今更になって、少しだけ寒気がした。
……いやいや、大丈夫。もし幽霊だったとしても、ピンポンダッシュでちょっと迷惑かけるくらいなんだから、何も怖くない。ピンポンダッシュにあった家が呪われたとか、その家の人が、最近肩が重くなったとか、そんな話は聞いてない。もしその幽霊を見ちゃったのだとしても、きっとお茶目でかわいい幽霊だろう。
僕はドアノブの鍵を回し、ドアを開けて、そいつを目にした。
結論から言うと、お茶目でかわいいという推測はある意味当たっていた。
二本線の縦の目と、僕の目が合う。そいつはぽかんと口を開けている。
そいつは、僕の足跡で濡れたタイルの上にちょこんと立っていた。
そこにいたのは、前方後円墳、いや、鍵穴みたいな形をした、円錐の上に球体を差し込んだような体で、ネコ型ロボットみたいな腕とまん丸い掌がある落書き? だった。
「えっ、もしかして、僕のことが見えてる?」
僕の脳内に響いてくるような、高い声だった。
え、喋った?
僕は三本線で簡素に描かれた顔を見ながら、こくりとうなずいた。
すると、そいつは目を輝かせて(そう見えただけだ)、嬉しそうに口を開けた。
「ねえ、君は、令斗君って名前で合ってる?」
そいつは無邪気な声でそう訊いた。僕の名前を知っている?
「えっと、そう、だけど……」
そう言うと、そいつはさらに口を大きく開けて、喜んだ。どこまで開くんだ?
「やったあ! あ、ぼ、僕の名前は鍵穴くん! ずっと君を探してたんだ!」
鍵穴くんは短い片腕を上げて、そう自己紹介した。
なんだか、僕の思っていたより、ゆるゆるとしたやつだった。
僕が返答に困っていると、鍵穴くんは二本の縦線の目を不等号の先が向かい合うように変化させてくしゃみをした。
「ごめん、令斗君、上がらせてくれない? ちょっと雨のせいで体が冷えちゃってて……」
「あ、うん……。タオルとか、いる?」
体が冷えるとか、あるのだろうか。
「うん!」
僕は洗面所のほうに向かった。
なんだか、あの鍵穴くん? という何かを、なぜか受け入れてしまっている自分に驚いた。普通ではありえないことが今目の前で起こっているというのに。だけどなぜか、あの鍵穴くんを見たとき、ちゃんとした記憶があるわけでもないのに、なぜかとても懐かしいと思ったのだ。
自分の部屋だけ電気をつけて、僕はベッドの上で胡座をかいていた。鍵穴くんは僕と同じくベッドの上にいて、タオルを頭から被って布団で温まっていた。
「あの、えっと……」
どうやって言えばいいものか…。とりあえず、根本的な所から訊こう。
「何?」
「あの、鍵穴くんって、どういう存在なの? 幽霊?」
そう言うと鍵穴くんは視線を上にやって少し考えた。
「うーん……。僕がみんなには見えなかったから、幽霊なのかな……、いや、でも令斗くんには見えたからなぁ……」
なんだかパッとしない答えが返ってきた。
「でもやっぱり幽霊なのかもな……」
いや、どっちなんだ。
そう思っていると、鍵穴くんは視線を落とした。顔のパーツは簡素なのに、なぜかちょっと悲しげな表情に見えた。
「多分ね、僕は、君の助けになるためにここにきたんだよ」
「……僕の助け?」
家族や友達に話せない困り事は、考えたらキリのないほど沢山あるけど、鍵穴くんはそれらを解決するために僕の家に来たのだろうか。
「僕の使命はきっと、令斗くんを幸せにすること。多分それが果たせたら僕はいなくなっちゃう……。幽霊の用語で言うなら、未練、ってやつなのかな……いや、でもちょっと意味違うかな……」
「え、消えちゃう?」
どういうことだ、それ……。いきなり家に押しかけられて、僕の悩みを晴らして消える?
「ごめんね、暗いこと話しちゃって。やっと僕たち出会えたのに」
いや、やっと出会えたとか思っているのは鍵穴くんだけなのではないだろうか……。
「ってゆうか、なんで僕の名前を知ってたの?」
「……さあ?」
「いや、さあじゃないって……。って、鍵穴くんはこの家にずっといるつもりなの⁉」
「え、そうだけど?」
鍵穴くんは当たり前じゃんとでもいうような顔をした。なんか妙に腹が立つ……。
「というわけで今日からよろしくお願いしま……」
「ちょっとまって⁉」
僕は慌てて言葉を遮る。
鍵穴くんの口がぽかんと開く。
「まだここに住んでいいって僕言ってないし! てか、鍵穴くんがここに住んでたらお母さんに変な目で見られちゃうじゃん!」
「いや、それは令斗君が気を付けてよ」
笑いを含んだ声で鍵穴くんは言った。
どうしたものか……。
「わ、わかった……。僕が気を付ければいいだけの話だから、ここに住んでていいよ……」
ガクッと頭を下げて、僕は鍵穴くんの要求をしぶしぶ認めた。みんなには鍵穴くんが見えないのだから、あまり迷惑にはならないだろうとは思った。それに、ここで鍵穴くんを帰したら、なんだかいけない気がするのだ。単純な理屈がとくにあるわけでもなく、感覚的な話だけど。
「ええ! そうなの⁉ やったぁ!」
鍵穴くんがわかりやすく喜んだ。
「ただし条件ね!」
と、僕は付け加える。
「お母さんに迷惑をかけないことと、学校にはついて行かないこと! わかった?」
「うん! わかった!」
鍵穴くんは勢いでそう返事した。
ほんとにわかってるのかなぁ……。
その日の夜、また夢を見た。
田んぼが広がる中の道路を、僕は誰かに手を引かれて走っている。
空は深い青で包まれていて、奥には大きな入道雲が見える。
僕は少し不安になりながら、こんなに楽しくなっちゃっていいのかと思いつつ、自分の中で膨らむ好奇心を抑えられなかった。
僕の手を引いてくれる誰かは、とても足が速くて、僕は走るのが精いっぱいだった。
「ねえ、どこに行くの?」
僕は質問する。
僕たちの声は、どこかに閉じ込められてしまっているみたいに、この世界に反響する。
「ほら、あっち!」
僕の手を引いてくれる誰かは、もう片方の手で遠くを指さした。
……景色がよく見えない。
……ねえ、どこ。
夢を見る僕は、その誰かに訊こうとする。
でも、夢の中の僕は、喋ることができない。
そして夢の中の世界に、ノイズが走り始める。それと同時に、田んぼの景色が、もやがかかるみたいにあやふやになっていく。
じりじりと、頭の中で音が響き渡る。
僕をつかんでくれる手のしっかりとした感触が、少しずつなくなっていく。
その誰かは、僕に言う。
「あっちで見つけたんだよ! 俺らの……」
そこで、急にノイズが大きくなって、世界が崩れ始める。
世界が暗くなって、目を閉じているのだと気づいて、僕ははっ、と目を開ける。
そこは暗い個室の中だった。僕はその部屋の隅に、一人でうずくまっている。
……まだ、夢の中にいるの?
そこはただただ寒くて、誰もいない空間で、人の気配が感じられなかった。
お願い。助けて。と、夢の中の僕は泣いている。
僕が悪かったから、と。僕が弱いせいで、と。
どこかへ行きたいのに、怖くてどこにも行けないせいで、僕はずっと一人で泣いている。
……いとくん!
高い声がどこからか聞こえてくる。
……令斗君!
僕の名前が、呼ばれている。
「ねえ! 令斗君!」
声がはっきりと聞こえて、僕はやっと目を開ける。体がとても冷え切っていて、うまく頭が回らない。
ベッドの横では、鍵穴くんが心配そうにこちらに顔をのぞかせている。
「鍵穴くん?」
僕は鍵穴くんを見る。
「大丈夫? かなりうなされてたけど……」
今まで何度か不思議な夢を見ることはあったけど、ここまで僕の感情が揺さぶられる夢は初めてだった。
まるで誰かが、僕に何かを訴えているかのように、今の夢は強烈なものだった。
誰かって、一体……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます