第7話

 そこは『居酒屋』という一括りにするには、あまりに洒落たお店だった。

 黒を基調にした和風の内装は、格式高いイメージ日本食を想起させる。

 予約の名前をつげると、通されたのは、完全な個室だった。

 随分と気合の入った席を用意したものだと、私は勝手に思っていたけど、他の女の子達はこの高級な雰囲気にすでにワクワクしているように見えた。

 ああ、そうか。

 ここでああして、目をキラキラさせる事ができないのが、ダメなのだ、きっと。

 席について五分ほどで男性陣も到着し、合コンは開始された。

 どうやら、男性の方は一人だけ少し遅れてくるようだ。

 お決まりの乾杯から始まって、自己紹介。

 私の苦手な流れだ。

 それでもなんとか当たり障りなくこなすと、N大のボランティアサークルの代表を勤めているという山崎拓夢(やまざきたくむ)を中心に、話が始まった。

 どうやら、彼がリーダー格のようだ。

 テンポの良い口調と、所々ジョークを聞かせた言い回しなどは、確かに好感が持てなくもない。

 多少必要性を感じない横文字が多い気がするけど、それを差し引いても、彼の話は『楽しい』部類に入るだろう。

 事実、女の子達の殆どは、彼の話に笑いを零していた。

 私が見る限りは、きっと演技などではないだろう。

 そんな感じで、合コンが進む中、二十分が過ぎた辺りから、私は『それ』に気付き始めた。

 山崎拓夢の視線だ。

 先に断っておくけど、私は一度や二度や三度や四度視線を送られただけで『あ、この人、自分に気があるのかも』などと思うほど、おめでたい思考も、過剰な自意識も持ち合わせていない。

 しかし、あまりにちら見と問い掛けが多すぎると、流石の私も、何かあるのだろうと勘ぐってしまう。

「七枷さんは、サークル入ってないんだよね?もしよかったら、うちのボランティアサークルに入らない? インカレサークルだから、外部の人も全然いるし、ボランティアとは言っているけど、結局どんな形でも地域貢献していこう、って感じの緩いサークルだからさ」

 善行をしつつ、堅苦しくない雰囲気ですよ、というアピール。

「参加強制もないし、事実飲み会だけくるやつもいっぱいいるよ。ちょっとばかし困ってるけど……」

 好感度の高い爽やかな笑顔を向けながら、身を乗り出すように話かけてくる。

 不味い。

 これ、完全に狙われている。

「う~ん、でも、私、バイトと授業だけで、結構いっぱいいっぱいなのよね」

「興味があったら、いつでも。あとこれ」

 そう言って、名詞のようなカードを私に差し出す。

「うちのサークルのカードなんだ」

「あ、それ、わたしもほしー」

 隣で見ていた美樹がそう割り込む。

「もちろん、みんなに配るよ」

 山崎君は言いながら、みんなにカードを配って行く。

「入りたい人は、連絡してね」

 彼はみんなに向けてそう言って、私に視線を戻した。

 そして、こっそりとカードを裏返すような仕草を取る。

 私は、一瞬首を傾げたが、すぐに渡されたカードを裏返してみた。

 すると、印刷されている文字とは別の手書きの連絡先が記載されていた。

「よろしくね」

 彼は言って、にっこりと笑った。

 確かに彼は好青年だ。

 顔だって、きっとイケメンの部類だろう。

 背も高く、少し色黒で、健康的な印象も悪くない。

 しかし、である。

 すでに彼と知り合って、三十分ほどが経過しているが、私は彼を面白いと思わないのだ。

 『面白い』という表現をすると多少なりとも語弊が出てくるかもしれないので、正確には『興味』と言い直した方がいい。

 きっと、彼にナンパなり何なりされて、ついて行く女の子も少なくはないだろう。

 でも……。

 その明らかに善人を意識している感じとか、爽やかを演出している感じとか、無駄にコミュニケーション能力高いですアピールしてるところとか、頭良さげな空気を業とかもし出しているところか、そういうのが全体的に苦手だ。

 不良やアウトローな雰囲気な好きな女子中高生的な感覚は全く無いけど、そのなんとも薄っぺらステータスが透けて見えるのが、如何ともしがたく不快なのだ。

 私は、洗練された(というか練習しまくった)超絶自然な視線のそらし方をすると、口角だけを上げて微笑み、オブジェクトに徹する。

 自意識過剰かもしれないけど、この彼に下手に狙われでもしたら、困る。単純に面倒くさいのだ。

 私が、これまた洗練し尽くしたさりげなさで溜め息をついたのと、すぐ近くのドアが開いたのは、ほぼ同時だった。

「すまない……遅れた……」

 ドアを開けたのは、一人の青年だった。

 白シャツの上に細身の紺のコットン地のジャケットを羽織り、アースカラーのパンツを穿いていた。

 ツーブロックの髪を綺麗にオールバックのような形に整え、程よい清潔感とおしゃれ感があった。

 私は一瞬、妙な違和感を覚えながらも、自然と軽く会釈をしていた。

 彼は私をじっと見て、追加でさらに二秒ほど見詰め、目元だけで小さく笑った。

「おー、やっと来たか、遅いぞ!」

 山崎君が手招きをして、今来た青年を自分の隣に座らせる。

「それじゃあ、まずは自己紹介を……」

 促されて、青年が口を開く。

「みなづき、せんです。よろしく」

 彼の自己紹介のタイミングでスプモーニを飲んだことを後悔した。

 耳を掠めたその名前に、私は思わず噴出しそうになったからだ。

「ゴホッゴホッ……」

 当然、噴出すのは回避したけれど、そのままむせてしまう。

「ごめん、なさい」

 私は謝りながら、ハンカチで口を押さえる。

 すると、彼――水無月仙は、楽しそうな顔で、ニヤっと笑っていた。

 どうりで、何か引っ掛かったはずだ。

 私はこの青年を見たことがあるのだから。

 それにしても、髪型の服装というものは、こんなにも人を変えて見せるものだろうか。

 髪を整え、ヒゲをそり、ピシッとしたジャケットを着込むだけで、まるで別人のようだ。

 こうしてみると、中々整った顔をしてるものだと、私は思った。

 水無月仙は、あまり話さない人だった。

 常に口角を上げて、自然な笑みを作って頷いて、時折楽しそうに笑う。

 その『作業』の完成度に、少し驚いた。接客中でもあるまいし、なぜそんな『嘘』の表情をしているのだろうか。

 私は彼を分からないように盗み見ては、じっと観察していた。

 彼は大凡、得体が知れなかったからだ。

 そんな風にして、私はこの後悔の比率が多くなっていた合コンを、なんとかそれなりに悪くないものに思えることができた。

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ジャーキング 灰汁須玉響 健午 @venevene

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