1-7
「えっ」とジャニスが固まった。私も流石にこれには困惑する。
ヴァランがピールド騎士団長とその兄の間に生まれた、決して生まれてはならぬ子だというだけでも驚きなのに、それが「フィラデリアの黒曜石」の関係者とは。
ヴァランの顔も蒼白になっている。
「……それは、どういうこと、なの」
「最低の女、最低の親と蔑んでくれて構わないわ。……今すぐここで殺されても、私は何も言えない」
机に突っ伏して、ピールド騎士団長が啜り泣く。さすがのジャニスも引き気味だ。
「どういうことか、詳しくお話し願いませんかな。特に、何故エムス氏がそれを知ったかという経緯も含めて」
「……はい」
泣き止むまで、1分ほどの時間がかかった。そして、彼女はぽつりぽつりと話しだした。
「……私と兄は、ヴァンダヴィルの孤児院で育ちました。孤児院の院長からは、ある女性から私たちを預けられたと聞いています。
……孤児院には12歳までしかいられません。そこから私たちは、貧しい中互いを支え合って生きてきました。私にとって兄……ジェインは、世界の全てだったんです」
まあ、よくある話といえば話だ。近親相姦に至るのは、半ば強姦に近いケースか、貧困の中で世界が閉じてしまったケースと相場が決まっている。
そして、倫理観が壊れた状態で育ったピールド騎士団長が、兄の面影を息子に見てしまったというのも読めた。「前世」で犯罪心理学に触れていた私にとって、その程度は特に驚くようなものではない。もちろん、嫌悪感はあるが。
問題はそこではない。
「その過程で貴女は身籠った、それは分かります。そして、それは教会にとっては死罪に相当する禁忌だ。恐らくは、身籠ったと分かった時に貴女たちは一生会わないという約束をして別れたのでしょうな。
解せぬのは、それを無関係であるはずのエムス氏が何故知ったかです。貴女がそのような秘密を漏らすほど軽率な女性とは思えない。ジェイン氏がどういう人物かは知りませんが、彼から伝わったというのも考えにくい。死罪に直結しますからな」
嗚咽と共に、ピールド騎士団長が話を続ける。
「……ジェインは……別れた後冒険者になりました。詳しくは知りません。ただ、カルディアの開拓に携わったと後で知りました。
その中で、転生者パウル・ソーリスと知り合い、ブラド大橋の建設とフィラデリアの振興に力を尽くしたと聞きました。そして、パウルと共に、命を落としたと……」
「貴女は、騎士団の一員としてその事実を知ったわけね。にしても、『フィラデリアの黒曜石』の創始者ってのは穏やかじゃないけど。そんな荒っぽい人間だったわけ?」
ジャニスの問いに、彼女は強く首を振る。
「元は、宿などを運営するただのギルドでした。兄はそこに娯楽施設を加えた、と聞きます。パウルの発案を形にし、フィラデリアに人が来る流れを作った……それ自体は、決して間違いではありません」
「ただ、その後継者は違った。そして、『フィラデリアの黒曜石』は、賭博を中心とした犯罪を取り扱う『裏ギルド』へと成り果てた……ってわけね。
そして、エムスはジェイン・ピールドの部下だった。貴女との間に子供がいるとまでは言わなかったにせよ、生き別れの妻と子供がいるぐらいは言っていたかもね」
ピールド騎士団長が驚いたように目を見開いた。
「……!!その通りです、どうして」
「それは貴女の感情の動きと、勘ね。ただ、あいつが貴女とジェインの子供がヴァランだと知るには、まだ論理の飛躍がある。その辺り、どうなのかしら」
ピールド騎士団長はちらりとヴァランを見た。
「あの子は……あまりにジェインに似すぎていたんです」
「それは兄妹だから当然じゃない?それを以ってヴァランが貴女とジェインの子供と推測するのは短絡的よ」
「いえ……兄は、ここでは『ジェムス』という偽名を使っていました。本当の名は、死に際に騎士団の人間にしか告げていないと思います。……私との繋がりが仲間にバレれば、厄介なことになるのは分かり切っていましたから」
なるほど、合点がいった。私は少し身を乗り出す。
「状況が見えてきました。貴女は3年前にここに赴任し、騎士団長として治安任務に当たっていた。ヴァランが騎士団に入るまではそれで問題はなかった。
ところが、彼が見習い騎士となり状況が変わった。裏ギルドの人間にとって、新入りがどのような人物かの確認は一応済ませるはずですからな。それが高等学院で優秀な成績を収め、跳び級で卒業した若者となれば、なおさらです」
「……!!それも、読心魔法か何かですか」
「いえいえ、あんな高等な魔法など私に使えようがない。事前に調べたのですよ。浄化対象の下調べぐらいはやっておくものです」
フリード――私たちの最大の後ろ盾でレヴリア皇太子でもある――彼のコネクションを使えば、相当量の公的情報にアクセスできる。
ピールド騎士団長がヴァランを内勤に回したのは、彼が文官として有能であったからという以上に、これ以上裏ギルドに彼の身元を悟られないようにするためだろう。
私は話を続ける。
「ここからは私の推測ですが……ヴァランを調査していく中で、エムス氏は彼がジェイン氏に瓜二つであると知ったのでしょう。名字が違っているのにこの容姿となれば、彼が語っていた別れた妻と子を貴女たち親子と結びつけるのは自然だ。
しかも、貴女自身も恐らくジェイン氏に少し似ている。そこでエムス氏はカマをかけたのか、あるいは決め打ちして貴女を脅迫した。
身内が裏ギルドの創始者であるだけでも極めて都合が悪いのに、その間に子供までいる。彼からすれば金鉱脈を見つけたかのような心持ちだったでしょうな」
そう。だからこそヴァランが「討伐」で死ぬのはエムスにとって不都合だったのだ。もし死んで荼毘に付されれば、どんなに彼が近親相姦によって生まれた忌み子と主張しようがそれを証明する手段はない。
逆に生きてさえいれば、鑑定魔法を使えばある程度の血縁関係は分かる。DNA検査もないこの世界において、物事の本質を明らかにする鑑定魔法は相当有用なものなのだ。
とにかく、エムスはいざとなればいつでもヴァランがピールド騎士団長とジェムスの子供であると証明できる。それは圧倒的なアドバンテージだ。
そしてこの親子が健在である限り、エムスは騎士団に対して強い立場を維持できる。共同での治安維持計画もその一環なのだろう。
仮にピールド騎士団長が失脚しそうになったら、武力行使で反対派を暗殺すればいい。フィラデリアを私物化するには、ヴァランを「浄化」で生かしておくのが必要なのだ。そのためなら、2000万オードなど端金ということなのだろう。
「ふざけるなっ!!」
ヴァラン……いや、竹内が叫んだ。
「それじゃ……エルさんが時々、遅くまで帰ってこなかったのは……『ヴァラン』がそれをずっとおかしいと思っていたのはっ……!!」
ピールド騎士団長はそれに答える代わりに、「許して頂戴っ……!!」と再び手で顔を覆って号泣した。
ジャニスが「許し難いわね」と底冷えのする声で呟く。私にも、エムスが彼女に何をしていたかは想像がついた。この美貌と肉体だ、身体を差し出すことも、秘密を保持する条件に含まれていたのだろう。
私は軽く息をついた。ヴァランの浄化は、予定通り行う。これはもはや避けようがない。
しかし、私たちを利用しようとしたエムスには、然るべき罰を与えねばならない。
私たちはあくまで法に基づいて行動する「祓い手」だ。殺人はもちろん、誰かを傷付けることも許されてはいない。騎士団、あるいは元の世界の警察のように、特定の条件であれば武力を行使できる立場でもない。
だが、その武力は……私もジャニスも、人後に落ちるものではない。
依頼人の不実には、然るべき罰を。私の脳内には、そこに至るまでの道筋が瞬時に構築されていた。
私はピールド騎士団長に向けてニィと笑う。
「では、行きましょうか」
「……どこへ?」
「決まっているでしょう。ハーディ・エムスに、この世の理を教えてやるのです」
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