1-2


「息子さん、ですか」


ピールド騎士団長は小さく頷いた。彼女はかなり若く見えるが、それでも私よりは少し歳上だろう。成年近い子供がいたとしても、それほどの驚きはない。


「どうして疑っているんです?同じ家に住んでいるから、微妙な変化に気付いたと?」


ジャニスの問いに、彼女は「それもあります」と短く答えた。


「見た目はほとんど変わらないですし、態度もいつもの優しいヴァランなんです。ただ言葉遣いとか、時折私の知らない単語が紛れ込んで来るのは妙だなと思っていました。

そんな時に、この殺人事件が起きたというわけです。……彼が転生者ならあり得ると直感しました」


「エルの言うことにはある程度の筋が通ってる。根拠は、殺されたのは例外なく手配書に名前がある人物だってことだ。

もっとエグいことをやっている奴の命は、まだ狙われてない。つまり、日常的に手配書を見れる立場の奴が犯人なんじゃねえかと俺は踏んでる」


エムスがちらりとエルを見た。その視線は鋭く、どこか彼女を責めているかのようにも見える。


私はピールド騎士団長を見た。


「それだけで貴女の息子さんを疑うわけにはいきません。もっと決定的な証拠があるのでは?」


「……臭い、です」


「臭い?」


「ええ。血の臭いが、微かに。私はヴァランを、見回り業務になど出したことはありません。将来は私の後継となるべく、彼には行政法と刑法を扱う内勤をやらせています。血の臭いなど、付くはずもないのです」


ジャニスが顔をしかめた。


「……なるほど、ね」


「ええ。ですので、貴女たちにはまず彼が転生者かどうかの確認をお願いしたいのです。その上で、ヴァランが一連の殺人に関連しているのかを調べていただきたく」


「それはいいけど、2つほど伝えておくわよ。まず、会っていきなり『浄化』はできない。教会が沙汰を判断するだけの材料が、現状ほとんどないからよ。

もう一つ、直に会って『魂の色』を確認することは、今回はできないわ。私たちの顔を知っていると厄介だし、危険を察知した彼が逃げ出して、破れかぶれに凶行を起こさないとも言えないから。

転生者であることを確認次第、彼が何をやっているか可及的速やかに調べる。その上で、その後の対応は私たちに任せて頂戴。いいわね?」


「ええ。お任せします。あの子を、救ってあげて下さい」


「分かったわ。聞いてはいると思うけど、依頼は必ず遂行する。そこは安心していいわ。後、代金の2000万オードはちゃんとあるのよね?」


隣りにいたエムスが「無論だ」と代わりに答えた。


「こっちの商売上、連続殺人鬼を排除してくれるならこれでも安いぐらいだ。エルに払わせてもいいが、騎士団に貸しを作る意味でも俺が払う。いいな?」


ピールド騎士団長は目を伏せながら「構いません」と小さく言った。


私は3人のやり取りを聞きながら、内心首を捻っていた。不自然な点が、多すぎる。

ジャニスがチラリと私を見た。「後で話がある」とその目は言っている。彼女にも思うところがあるらしい。


ジャニスは「了解よ」と立ち上がった。私もその後に続く。去り際に、彼女はピールド騎士団長に告げた。


「ねえ。一応訊くけど、ヴァランって子は貴女の実の子で間違いないのよね?」


「……?ええ、その通りですが」


「……そう。ありがとう」


「パウルの宿り木」を出るジャニスの表情は険しい。これは相当に機嫌が悪い時の彼女だ。


「……一度、宿で話しましょうか。お嬢様も、お感じになられたことが多々あるのでしょう?」


「ええ、そうね。とりあえず、1つ間違いなさそうなことがあるわ。

……あのエルって女は、マトモじゃない」



「マトモじゃない、とは?」


私はティーポットを高く上げ、遥か下のティーカップに紅茶を注いだ。ジャニスは「ありがと」と言うと、それに口をつける。


「血の臭い、よ」


「ああ、ヴァランから微かに血の臭いがしたという話ですか。それがどうかしましたか」


「貴方、あの会話で引っかかっている点が多そうなのに、そこには気付かなかったのね」


「犯行現場に彼女しか知り得ない別の決定的証拠があり、それを隠蔽した可能性は考えました。普通なら、血の臭いはそこまでこびりつきませんから」


疑問の1つはこれだ。背後から心臓を一刺しするならば、出血量はそこまで多くはならない。返り血を浴びた衣服をどうするのかという問題はかなり引っかかるが、血の臭いをもって息子を疑う論拠とするのはいかにも弱い。

つまり、ピールド騎士団長は既に決定的な証拠を握っている。その上で、それが表沙汰にならないようもみ消しているのではと私は推理した。


だが、ジャニスの結論は違うものだった。


「彼女が嘘をついている、それも一理あるわ。ただ、あの騎士団長は成人した息子と住んでいる。多分、父親はいないと思う。

その中で微かな血の臭いを感じ取るとしたら、どういう状況だと思う?」


「……さあ」


「生活の中で身体が密着した時、ってことよ。つまり、少なくとも一緒には寝ている。あの騎士団長が息子を語る時の目は、女のそれだったわ」


ジャニスが額に皺を寄せながら、クッキーを齧った。


息子と男女の関係にある、ということか。それはさすがに考えつかなかった。確かにピールド騎士団長はまだ女性として枯れている年齢ではないように見えたが、息子に手を出しているとなると少々異常だ。


ジャニスの言葉を下衆の勘ぐりとは片付けにくい。彼女は魔法使いとしても非常に優秀だからだ。

攻撃魔法や治癒魔法に加え、飛行魔法も使える。読心魔法は詠唱を伴うから簡単には使えないが、それでも大雑把な感情ぐらいは読み取れる。その彼女がここまで言うのだから、その推理はかなり確からしいのだろう。


私も自分の紅茶を一口飲んだ。最高級のパルフォール産ではなくカルディア南部のトンプー産ではあるが、香りはなかなかしっかりと立っていて柑橘系の味わいもする。悪くはない。


「まあともかく、共犯者に近い関係であるのには変わりなさそうですな。とすると、『浄化』を依頼した真意は何でしょう」


「そりゃ中身が違う男に抱かれるのが嫌だ、ということじゃないの?もちろん、裏ギルドとの関係性も考えてのことだろうけど」


「となると引っかかる点がもう1つ。なぜ、今回の報酬を裏ギルドが支払うのでしょう。いくらそれが自分たちの商売のためになるからとしても、です」


これもおかしな点だ。今回の依頼については、ピールド騎士団長と同じかそれ以上に裏ギルドが前のめりだ。

実子に疑いがかかってるピールド騎士団長は分かる。だが、裏ギルド側の動機がどうにも腹落ちしない。


「騎士団に恩を売るため、ってエムスは言ってなかったかしら」


「それもあります。ただ、どうにもおかしい。裏ギルド、あるいはエムス自身に何か隠しているものがあるのではないでしょうか」


「それって何よ」


「現状ではまだ。ただ、どうにもおかしな点が多そうですねえ……

とりあえず、考えても埒が明きませぬ。まずはヴァランが転生者であるか否かの確認。これから始めましょうか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る