私自身も社会の荒波に揉まれ、忙しなく日々を過ごしていたある日。高校の同窓会が開かれることになった。出席するか迷ったが、せっかくだからと参加を決めた。美栄子も参加するとSNSで発信していたからだ。同窓会で美栄子がどんな虚勢を張るか、楽しみで仕方なかった。

 美栄子のことはSNSで一方的に知っているだけで、本人を見るのは久しぶりだ。いったいどれほど取り繕って来るのだろう。

 会場でさりげなく周囲を見回すも、美栄子らしき女は見当たらない。あれほど華がある、というよりは華を全面的に押し出している女が目立たないはずがない。

 美栄子と同じグループにいた女子の集まりは見かけたので、たまらず声を掛けてみた。クラスメイトだと素性を明かし、私も当時よりは垢抜けていたので、警戒されることはなかった。

「ねえ、鳴木ナルキさんは一緒じゃないの? 仲良かったよね」

 鳴木とは美栄子の名字だ。ナルシストの語源であるギリシャ神話のナルキッソスに似ていて、美栄子らしい姓名だと感心したものだ。

 すると彼女らの顔が曇った。一人が絞り出すように言う。

「美栄子ね……死んだんだって」

「え……」

 私は言葉を失った。美栄子が死んだ? いつ? どうして? 疑問符がぐるぐる、頭の中を駆け巡る。

「一ヶ月前かな。電車に飛び込んで、自殺だったんじゃないかって」

「なんか美栄子、金持ち社長と不倫してたらしいよ。デキちゃったんだけど奥さんにバレて慰謝料請求された挙句男にも見捨てられて、堕ろせって言われたんだって。そりゃ死にたくなるよ」

「愛人時代相当おいしい思いしてたからね。羽振り悪くなるの耐えられなかったんでしょ」

「てかホントに妊娠したのかな? 想像妊娠だったんじゃないの?」

「あり得る〜! いもしない子供をダシに略奪して玉の輿狙ってたんじゃね?」

 かつての友人達は死者に鞭打つように、好き勝手に美栄子のことを語る。しかし私は美栄子の悪口に同意するどころではなかった。

 美栄子が死んでいた? ひと月も前に? そんなはずはない。だって、高校の時から稿からだ。

 私は断りを入れてSNSアプリを立ち上げた。美栄子のアカウントをタップする。新着通知があった。最新の投稿には写真が一枚アップされており、こんな文章が添えられていた。


『高校の同窓会に来てます♪

 懐かしのメンツと再会できて嬉しい〜!』


 写真に写っていたのは、美栄子と仲が良かったグループと私が会話している、今まさにこの瞬間。美栄子は遠近法で小顔に見えるように私達から少し距離を空けて、にっこり微笑んでピースをしていた。

「ね、ねえ!」私は思わず叫んでいた。「美栄子のアカウント、見た?」

「あー、自殺する前にメンヘラポエム投稿してたやつ?」

 そんな投稿、私は知らない。だって、私が見た当日の美栄子の投稿は、死ぬ気なんて微塵も感じられない満面の笑みで写っていた――

 深淵を覗けば、深淵もまたこちらを覗いているのだ、とはかのニーチェの言葉だ。私が美栄子を監視していたように、美栄子もまた私を監視していたのではないか。自身の不幸を私に悟られぬように、死してもなお取り繕って見せているのではないか。

 死んでまで見栄を張るなんて、彼女は筋金入りの『見栄子』だ。


【了】

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見栄子 佐倉満月 @skr_mzk

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