第3話 僕を見つけてくれてありがとう

「じゃあ、神保じんぼ(剣)君、この書類まとめておいて」


「はい」


剣は出版社で編集の仕事をしていた。もともと文系で、小説とか、新聞とか、詩集とか、文字に目をやるのは好きだった。自分でも、書いては見たが、まるでものにならない。作家と言う道は諦め、しかし、全く関われなくなるのは嫌だと、何とか、今の出版社に入社することが出来た。


「あ、神保君、君、明日から三日間、東京出張決まったから。急で悪いけど頼むね」


「え!?」


「え?ダメかい?」


「あ、イエ。全然大丈夫です」


剣の心に蘭の顔が浮かんだ。


(会えるはず…無いけど)




☆☆☆☆☆



―次の日―

(うわ…滅茶苦茶人多いじゃん…金持ちのわりに旅行とかおやじたち好きじゃなかったからな…)


人混みにたじろぐ剣の耳に、とんでもない声が聴こえた。



「剣ちゃん!!!!」


こっちを向いて、大袈裟に手を振って笑った蘭。


泣きそうになったのを、気付かれないように笑い返した。


「元気?」


って聞く蘭を唯…。




☆☆☆☆☆



「しばらく見ないうちに何だか大人になったね」


お互い、少しなら時間があるという事で、近くの喫茶店に入った。


蘭の大人びた顔は、自信すらうかがわせた。


(もう…僕が知ってる蘭じゃないんだな…。もう…僕が居なくも平気…なんだな)


「剣ちゃん?どうした?」


一人、感傷に浸っていた剣に、キラキラした瞳で、見つめる蘭は、本当に綺麗だった。込み上げてくるものを必死で押し殺して、


「いや?何でもない。蘭、仕事、頑張ってる?」


「うん。何とかね。でも、毎日充実してるよ」


そう言って、蘭は笑った。





☆☆☆☆☆




いつもいつも二人を支えてるのは、僕だと思ってた。けど、支えてたのは…支えてくれてたのは、蘭の、この笑顔…だったんだ…。



何だか泣きそうになっていると、蘭の携帯が鳴った。


「あ、ちょっといい?」


「うん」


「もしもし?あ、夏樹?」


(!)


「今、前に話した幼馴染と偶然会ってね、ちょっと話してるの。今日は早く帰れると思うから。うん。うん。はい。じゃあね」


「…」


「ごめん。剣ちゃんは出版社だっけ?地元?」


「あぁ。山口。こっち来て、人の多さにビビった」


「あはは。私も最初はおっかなびっくりだったよ!」


「…」


急に黙り込む剣。


「剣ちゃん?」


「なんか…しばらく見ないうちにすべて蘭じゃないみたい。今の、彼氏だろ?もう…僕が入り込む余地なんて無いんだな…」


「…剣ちゃん…」


自分の言葉に、ハッとした。


「あ、や、懐かしい、って意味!」


咄嗟に取り繕った。


「…うん。でも、元気そうで良かった」


また見た事も無い笑顔で蘭は笑った。



☆☆☆☆☆



「じゃあ、また」


時間が来た。さよならの時間だ。


「うん。剣ちゃんも元気で」



逆方向に歩き出した時、余りの人の多さに、剣は、”奇跡”を感じた。そして、思わず振り返った。


「蘭!」


「!?」


「こんな人混みん中で僕を見つけてくれて、ありがとう!!」

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