第11話

 黄昏時、街の喧騒が遠くに感じられる時に、私は一人で歩くことが好きだ。静かな時間が心地良く、空気を深呼吸していると、あたりは寂しげに感じられる。だが自分だけの時間を過ごすのは、自分自身と対話するいい機会でもある。街を見渡すと、人々は焦りに追われるように慌ただしく歩みを進めている。だが私にとっては、このゆったりとした時間が至福のときとなる。黄昏時にぼんやりと歩くことで、自分自身を見つめ直し、落ち着きを取り戻すことができる。

 あれは茹だるような夏の日。太陽がまだ空高く地上を照らしていた頃、私は、殺人事件の直後に現場に到着し、血と肉の腐った匂いが一層濃くなる中、状況を把握した。無表情の死体と、血で染まった場所が目に飛び込んできた。誰もいないはずの場所で、赤子が殺された。ひどく生々しいこの光景を見つめながらも、私は一瞬だけ背筋が寒くなるのを感じた。

 犯人の痕跡を探し、証拠品を収集した。捜査に協力している警察官たちは、やけに冷静だった。誰もが、これが最後の事件にならないことを知っていた。その後、証言を聞き、容疑者を特定し、徐々に犯行の順序が判明していった。

 私が知る限り、犯罪に嵌ったことのある人は必ずしも悪人とは言えないが、この事件の犯人は異なる。記憶がある限り、私はこんなに容赦ない犯罪者を見たことがない。ただただ、人を殺すことが好きだったのだ。

 終わりの見えないこの事件を解決するため、私は粘り強く捜査を続けた。状況は複雑になり、捜査は長期化し、最後まで犯人を捕まえる事は出来なかった。私の仕事は終わり、私はこの事件に関して語らないことに決めた。しかし、その光景は今でも目に焼き付いている。

 人には関わってはいけない領分というものがある。あきらかにこの事件はそれに当て嵌まる。食い千切られた赤子の死体の数々。捜査線上に上がって来るのは、その母親達であった。

 証拠はない。然し、アリバイもなく、それでも常識的に考えて子の母親が自らの子を喰い殺す事件が、1年で10件も起きるはずがない。

 私の影が黄昏時の薄闇に溶けていく。あの肉の腐った甘ったるい臭いが、鼻の奥にこびりついて、今になってもとれていない。

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地獄巡り 改訂版 あきかん @Gomibako

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