奇則

空夢

 スマホのアラームが鳴り、目を覚ました。体を起こすと、掛け布団のちょうど股間に触れていたあたりが汚れている。昨日、寝る前に自慰をしたせいだろう。

 射精後しばらくの間は、性器から精液が少しずつ出続けるので、本来自慰のあとは時間を空けてから寝るべきだった。しかし、昨日はどうも眠気に勝てず、射精をしてすぐに布団に入り、寝てしまった。

 顔を洗い、髪を整え、汚れた掛け布団を持ち、部屋を出た。

 ここは高校の生徒寮で、寮の各階には生徒の洗濯物をまとめて洗うための洗濯室がある。そこにはスタッフがいて、そのフロアに住む生徒の洗濯物を洗濯してくれている。

 この高校は全寮制なので、寮にはかなりの人数がいる。私の学年は、各クラスに四十人いて、それが10クラスあるので、それだけで四百人いるという計算になる。

 一年と三年は、正確に何人いるかわからないが、聞いたところによると、私の学年に比べて、三年は少し少なく、一年は少し多いらしい。それを踏まえて概算すると千二百人近くはいることになるだろう。

 いったいこの寮の中にどれだけの洗濯機があり、一日にどれだけの水を使っているのか気になった。

 洗濯室にある、私の部屋番号がついたバスケットに布団を入れ、部屋に戻った。

 私は先ほど目を覚ましてから今まで服を着ていない。この学校には珍しいというか、おそらく、ほかの学校にはないであろう校則がある。

「原則、服を着てはいけない。」

というものだ。唯一、着衣が許されているのは体育の授業のときだけだった。これは必要以上の怪我を防止するためのものらしい。

 しかし、私が通っているのはこの高校だけで、ほかの高校にどのような校則があるのかなど、実際のところ知らないので、この校則がどの程度のものなのかは比べようがなかった。

 この校則は国から試験的に課されているという噂もあり、これが特殊な校則であると認識しておくべきだろう。

 目を覚ましてから一時間近くが経過し、朝食の時間になる。朝食の時間は、学年ごとに決まっていて、私は二年生なので、七時からになっている。一年は七時半からで、三年は六時半からだ。

 食べるのが遅い生徒は、次の学年の時間になっても残っているため、時間帯が決まっているとはいえ、ほかの学年の生徒と顔を合わせることも少なくない。

 五分前行動を心掛けている私は、六時五十五分に食堂に着くと、もうすでに数名の同級生が食堂に着いていた。

 当然ここでも教員以外は全裸である。

 二年目ともなれば、普段の生活ではさすがに慣れたが、食事の時ばかりはいまだに抵抗がある。

 嫌でも視界に他人の性器が入ってくることもあるし、中には勃起させているものもいるので、それを見ると食事が進まなくなる。

 極力他人の性器が視界に入らないように気を付けていた。

 食事はバイキング形式になっていて、好きなものを食べることができる。私は健康に気を使っているので、できるだけバランスよく食べるようにしていた。

 食事する席は、特に指定されているわけではないので、私はいつものように食堂の入り口とバイキングの料理が置いてある場所との両方から、ちょうど同じぐらいの距離にある席に座った。

 こうすることで、食堂に遅れて入ってくる生徒や料理を取りに来た生徒に邪魔をされないで済む。

 誰と喋るわけでもなく黙々と朝食を食べ進め、食堂内がまだ賑わっているうちに、私は自分の部屋に戻った。

 朝のホームルームは八時三十分から始まるので、それまでまだ一時間以上あった。来月には一学期の中間試験を控えているので、この時間を使って試験勉強をすることにした。

 この学校では、定期試験ごとにクラス替えが行われ、一組の一番から成績が良い順に振り分けられていく。うちの学年は、十組の四十番が最下位だ。

 私は一年の学年末の成績から一組の十番という位置にいる。五番以内に入ることを目標としていた私は、この結果に満足していないため、なんとしても今回の試験で上位五番以内に入りたいと思っていた。

 朝は理系科目の勉強をすると決めていたので、数学の復習をすることにしたが、参考書を開いたときに、まだ歯を磨いていないことに気づいたので、洗面所に向かった。

 洗面所で歯を磨きながら、鏡に映る自分を見ていた。日ごろから体は鍛えているため、程よく筋肉がついている。普段人前で、全裸で過ごすことを考えれば、体型維持に気を使うのは当然だと思っていた。

 歯を磨くために口の中で歯ブラシを前後に動かすと、私の性器は不規則に揺れた。時々それがおかしくて笑ってしまうこともあったが、最近は見慣れてそんなことも減った気がする。

 歯を磨き終わると、ローテーブルに戻り、勉強を始めた。年度初めということもあり、今のところ難しい内容は出てきていない。

 問題を解き進め、気が付くと八時を過ぎていた。教室までは五分ほどかかるので、必要なものをバッグに入れて、部屋を出る準備をしなければならない。

 着替えたり、そのために服を選んだりする必要がないのは、とても楽だった。

 教科書や筆記用具、その他必要なものをバッグに詰めて部屋を出た。

 教室に着き、自分の席に座る。私の出席番号は十番なので、席は窓側から二列目の前から四番目だ。

 一年の時の最後のクラスは、二学期の期末試験の結果で決まったもので、今のクラスは一年の学年末の成績で決まったものだったので、クラスメイトも多少変わっている。

 中には二年で上位クラスになることを目指して猛勉強したのか、2クラス分上がった者もいた。

 周りを見渡してみると、入学から一年経ったにも関わらず、いまだに全裸で過ごすことに恥ずかしさを覚えている者もいる。

 生徒は全員全裸なのだから、恥ずかしがる必要はないだろうとも思っていた。しかし、女子の裸を見て、いまだに性器を勃起させる男子がいることを考えれば、女子が嫌がるのも無理ないだろうとも思った。

 朝のホームルームの時間になると、担任の石川が教室に入ってきた。彼はいつもスーツを着用している。背が高く体格もいいため、威圧感がある。

 石川に目を付けられると、学校生活が窮屈になるという噂があったので、できるだけ日ごろの行いには気を付けるようにしていた。

 石川は出欠確認を簡単に済ませると、すぐに教室を出て行った。生徒と会話することを嫌がっているようにも見える。

 一時限目は体育なので、体操服を着て体育館に行く必要がある。みんな全裸なため、更衣室が設けられていない。

 わざわざ更衣室に行って着替える手間が省けて楽だった。

 今、体育ではバドミントンをやっている。中学生のときの経験から、春は陸上競技をするものだと思っていたが、この高校はそうではないらしい。しかし、やはりほかの高校に通ったことがあるわけではないので、私には高校の体育はこういうものなのか確かめる方法がなかった。

 バドミントンは競技の特性上、誰かとペアにならないと練習ができない。そのペアは体育教員の気分で勝手に決められる。

 私は中学生のときに、バドミントン部に所属していたので、バドミントンは得意だった。ただ、得意なだけあって、バドミントンを苦手とする人とペアになると苦痛で仕方がなかった。

 今日のペアは話したことがない女子だった。まだ名前も知らない。

 彼女はよろしくお願いしますと言って、礼儀正しく頭を下げた。それに倣って、私もお辞儀をして挨拶をした。

 彼女は名前を優奈ゆうなというらしい。その名前を聞いて、私は思い出した。

 去年、二組の中でも後ろの方にいたが、学年末の試験でかなり良い成績を残し、今年は一組になった女子生徒がいたという話を聞いたことがある。

 一組はすでに成績上位者で固まっており、二組から一組に上がるのは容易ではない。ここまで大きく順位を上げる生徒はまれだったため、彼女の躍進ぶりは学年ですぐに話題になった。

 その女子生徒が、この優奈だろう。

 一定の距離を取り、シャトルとラケットを構え、ラリーを始めた。しかし私の満足のいくほどの腕はなかった。

 そんなことよりも気になることがあった。彼女は頻繁に目をしばしばさせている。時々目をつむっているのではないかと疑うほどの時もある。私は気になって、目が乾くのかと聞くと、ドライアイだと彼女は言った。

 目をしっかり開いていれば、彼女の眼は大きい方だったので、余計に乾きやすいのではないかと思ったが、ドライアイの目の乾き具合と、目の大きさに相関があるのか知らなかったため、それについて言及することは控えた。

 眼科には行っているのかと聞くと、行っていないと言うので、できるだけ早めに行った方が自分のためになるだろうと私は言った。

 彼女とするバドミントンは、競技としてはつまらなかったが会話をしながらであれば、遊びとして楽しめた。

 一時限目が終わると体育館の入り口にあるバスケットに着ていたものをすべて脱ぎ入れ、再び裸になる。

 体操服にはゼッケンがついているため、誰のものかがわからなくなる心配はなかったが、人の汗がついた衣服と一緒に詰められることには抵抗があった。

 しかしそれは、どうにもできないことだったので我慢した。

 体育館から教室までは五分弱かかる。教室に向かって歩いていると、後ろから優奈が話しかけてきた。

 さっきは体操服を着ていたし、今まで教室では意識したことがなかったので、彼女の裸をまじまじと見るのは、これが初めてとなる。

 彼女の胸は、お世辞にも大きいとは言えないが、器量がよかったため、そこは気にならなかった。

 優奈は、あまり体をじろじろ見ないでくださいと微笑みながら言った。私は、悪かったと言ったものの性器が勃起していたので、どこを見て、何を考えていたかは隠しようがなかった。

 勃起した私の性器に気が付いた彼女は、まだ午前中ですよと、また微笑みながら言った。


***


 四時限目の授業が終わり、昼休みになった。

 昼休みは五十分間で、その時間で休憩や昼食を取るなど自由に過ごすことができる。

 私は売店に行き、いつものように弁当を買った。

 買うといっても、その場でお金を払うことはなく、購入した物の金額が学校側に記録される。そして、それが親の元に通知され、学費と一緒に引かれることになっている。

 昼食を取る場所も自由で、教室で食べるものもいれば、屋上や中庭、寮の自分の部屋で食べるものもいた。

 私はわざわざ教室以外の場所から教室までを往復するのが面倒だったので、教室で昼食を取っていた。

 弁当の蓋を開け、バッグに入っている自分の箸を取り出し、食べようとしたとき、後ろから声をかけられた。

 その声の主は優奈ゆうなだった。一緒にご飯を食べてもいいかと聞いてきたので、構わないと言った。

 私は人の裸を見て食事をする趣味はないので、本当は誰かと向かい合って昼食を取るということはしたくなかったが、このときはなぜか断らなかった。

 入学当初から一組に所属していた私は、周りの人間は追い抜くべき敵であると考えていて、そういった人々と仲良く過ごすという発想がなかった。だから、友達もいなかったし、こうして昼食を一緒に食べようと誘ってくるものもいなかった。

 お互いに、共通の話題がまだわからないので、当たり障りのない話をしながら昼食を取っていた。

 向かい合って、彼女の顔を見ながら会話をしているが、笑顔がぎこちない。単純に笑顔が下手なのか、なにか別に理由があるのか、出会ったばかりで聞くようなことではないような気がして、これについて考えるのをやめた。

 そのまま特に盛り上がることもなく、昼食を取り終えた。まだ休み時間は三十分以上残っていた。

 私と優奈は、弁当の容器をゴミ箱に捨てた。弁当の蓋には、ご飯の湯気によって水滴がついているので、気を付けて運ばないと体に飛んで冷たい。今日は体に飛ばさずに済んだ。

 それからどうしようか迷っていると、優奈は私の部屋に行ってみたいと言った。

 生徒寮の決まりとして、男子生徒が女子生徒の部屋に行くことは禁止されているが、女子生徒が男子生徒の部屋に行くことは禁止されていない。

 高校生の男女が密室に二人きりになるという点で何も変わらないので、わざわざこうした決まりを作った理由が、私にはわからなかった。

 私は優奈に、あまり整理されていないが構わないかと聞くと、気にしないと言うので、優奈を私の部屋に連れていくことにした。

 生徒寮は学年ごとに建物が分かれており、二年棟は五階建てだ。一組から五組の生徒が住む棟と、六組から十組の生徒が住む棟に分かれており、渡り廊下で繋がれている。

 各階に1クラス分の生徒の部屋があり、私の部屋は二年棟の東側の建物の五階にある。

 優奈も今年から一組になったので、同じ階だ。同じ階ではあるが、当然男子エリアと女子エリアに分かれており、そこは監視カメラで監視されている。

 男子生徒が女子エリアに入ると寮に常駐している「治安維持隊ちあんいじたい」と生徒の間では呼ばれている大男がやってきてつまみ出される。

 私が一年のときに、一人だけ連れ出されたものがいた。彼は、生活指導程度で済むだろうと校則を軽視し、女子エリアに入ったが、彼があのあとどうなったか聞いたものはいないし、あれ以来一度も姿を見たことがない。

 聞いたのは、停学や退学の処分ではなかったということだけだ。

 私は部屋の鍵を開け、優奈を中に入れた。

「ありがとう。人が周りにいると落ち着かなくて。ほら、私去年まで二組だったでしょ?一組に知り合いなんて全然いなくて。今日の体育のときに話してから、隼人はやとくんが仲良くしてくれたから嬉しくて。初めてだったの、一組であんなに楽しく話せたのは。ごめんね、急に部屋に行きたいなんて言って。仲良くなりたかっただけなの。ただ、教室だと落ち着かなくて。」

 確かに一組は学業で成績を収めることにしか興味がないようなものばかりで、二組から上がってきたものからすれば居心地が悪いものだろうと思った。友達を作ることはかなり難しいと思う。

 実際、入学以来ずっと一組に所属している私でも、一組に友達といえる友達はいない。

 この学校で私の友達といえば、同じ中学からこの高校に進学したものが一人、三組にいるだけだ。

 私も一組に友達なんていないと言うと、優奈は信じられないといった様子だった。だから、優奈がこうして話しかけてくれて嬉しいと伝えると、優奈はよかったと目を細めて笑った。

 もうすぐ五時限目の時間なので、連絡先だけ交換して部屋を出た。

 五時限目は美術だ。優奈は絵を描くのが得意らしく、美術の授業は好きだといった。私は絵を描くのが苦手なので、美術は好きではないと言うと、ずっと一組にいる隼人くんでも苦手なことがあるんだねと少し驚いように言った。

 私は一組にいるが、それは定期試験の結果のおかげであり、実技分野は苦手だった。クラス替えの際に実技科目の実技試験の配点はそれほど高くない。もし実技試験の配点が高かったら、私は一組にはいられないだろう。


***


 この日の授業がすべて終わり、帰りのホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った。石川が表情なく教室に入ってくる。

「お前たちもこのクラスに少しずつ慣れてきたころだろう。中間試験まであと一か月ほどだ。クラスのものと仲良く過ごすのもいいが、くれぐれもクラスを下げることのないようにしろよ。お前たちももう二年だ。そろそろ卒業後の進路も考え始めなきゃいけない。気を抜くなよ。」

 去年も一組の担任は石川だったが、試験が近づくとホームルームのときにこうした説教を始める。

 私は聞き飽きていたし、なにより気を抜くことなどない。私は今日も放課後、自分の部屋で試験対策をするつもりだった。

 解散の挨拶をし、石川が教室から出ていくと、優奈ゆうなが私のもとへやってきた。

「このあと隼人はやとくんの部屋に行ってもいい?テスト勉強したいんだけど、一人だとやる気にならなくて。」

 私は人と勉強をするのは好きではなかったが、なぜか優奈が相手だとそれを許せてしまい、一緒に私の部屋に向かった。

 私の部屋に着くと優奈は、おじゃましますと小さい声で言い、小さく会釈をした。改めて礼儀正しい子だと思った。

 ここに住んでいるとはいえ、自宅ではないので、客用の飲み物やコップなどは準備していないことを申し訳ないと思ったが、みんなそんなもんだろうと思った。

 ローテーブルを囲んで座り、どの教科から勉強しようかと聞くと、まだ始めたくないと言った。

 優奈を部屋に連れてきたことを後悔した。私は口を開けば、勉強をしないことへの不満が出てきてしまい、優奈に嫌な思いをさせてしまうと思ったので、キッチンに行って、水を飲んだ。

 ローテーブルに戻ると、優奈は申し訳なさそうにこちらを見ていた。

勉強するために来たのにごめんと彼女は言ったので、私は、誰でも気が向かないときはあるから気にすることはないと言った。

 私は勉強を始めたかったので、先に始めていてもいいかと聞くと、いいと言うので、勉強を始めることにした。

 放課後一番は、社会科の勉強をすると決めていたので、日本史のノートを開いた。

 私はどちらかというと理系の方が得意なので、クラスで上位を取るためには、文系科目にもっと力を入れなければならない。

 特に歴史は覚えることが多く、聞きなれない言葉が多く出てくるので、少し苦手だった。

 ノートと教科書を使って授業内容をまとめていると、視線を感じたので、優奈の方を見た。すると優奈は視線を逸らしたので、なにかあったかと聞いた。なんでもないと彼女は答えた。

 直感的に、なんでもないわけがないと思ったが、気にしないことにした。

 それから少しすると、また視線を感じた。気づかれないように、顔の向きを極力変えずに、視線だけ優奈の方に向けた。どうやら私の顔を見ているわけではないようだ。その視線の先にあるものが何か気になって、少し考えると、優奈の視線が私の股間に向いているような気がした。

 授業時間だけでなく、寮でも服を着ることが許されないので、私たちは全裸だ。

 優奈がどんな反応をするか気になったので、私は自分の性器を勃起させてやった。優奈は驚いたように声を出した。私が、どうかしたのかと聞くと、優奈は戸惑い、言葉を詰まらせた。こんなこと見慣れているだろうと私が言うと、まだ慣れないのだと彼女は言った。気にすることはないと言って、私は勉強を再開した。

 少し経つと、優奈はトートバッグから筆記用具とノートを出した。勉強する気になったかと聞くと、こくりとうなずき、今日の授業でわからなかったところがあると言ってノートを見せてきた。

 それから、夕食の時間まで二人で勉強を続けた。

 夕方十八時から夕食の時間が始まる。夕食の時間は、三年が十八時から、二年が十八時半から、一年は十九時からとおおむね決まっているが、そのあとに授業を控えているわけではないので、ラストオーダーの二十一時より前に済ませれば問題なかった。

 私と優奈は、十八時二十分に部屋を出て食堂に向かった。昼食のときと同様に、当たり障りのない話をして、食事を終えた。

 食後すぐには食堂を出ず、少し話を続けた。私は気になったので、勉強をしていたときに、なぜ私の股間を見ていたのか聞いた。すると、答えに困っている様子だった。

「恥ずかしがることはないよ。正直に言ってほしい。別に何を言っても変だと思ったりはしないし、誰かに言いふらすこともしないよ。」

 優奈は数回うなずいてから、私の方を見て、気になったから見たのだと言った。普段教室でいくらでも見られるじゃないかと言うと、それは違うと言った。私の性器は他の男子とは違う特殊な形をしているかと冗談っぽく聞くと、彼女は笑いながら首を横に振った。

 食堂を出て、私の部屋の前に着くと、優奈は、今日はもう自分の部屋に帰ると言った。私はわかったと言って、部屋の扉を開け、中に入ろうとすると、優奈は、また来てもいいかと聞いてきたので、構わないと言った。

 ありがとうと言って微笑み、おやすみと言って優奈は自分の部屋に向かった。


***


 私は、優奈ゆうなと勉強することが習慣となり、二人とも順調に知識を定着させていった。そのまま良い状態に仕上げて、中間試験を迎えることができた。

 結果、二人とも一組に残ることができ、私は六番に、優奈は十番にまで上がることができた。

 私は五番以内に入るという目標を達成できず、口惜しかったが、それ以上に優奈が一組に残ってくれたことが嬉しかった。

 このころには、会話をしていても当たり障りのない話ではなく、いろいろな話をするようになっていた。

 試験も終わったし、ゆっくり話がしたいと優奈が言ったので、荷物を自分の部屋に置いてから、私の部屋に来て、話すことにした。

 このときは今までの経験から、購買で買った飲み物と紙コップを部屋に常備しておくようにしていた。

 まもなく優奈が部屋に来た。お茶を紙コップに注ぎ、いつものローテーブルに置く。

 ちゃんとした容器がなくてすまないというと、優奈は大丈夫だよと微笑んで言った。

 いつもは向かい合って座るが、今日はベッドを背もたれにしながら、二人で並んで座った。

 優奈は私の腕に触れた。鍛えているのかと聞いてきたので、人並みだと思うと言った。

 優奈の手は、私の腕から肩へと移動し、胸のあたりまで来て止まった。私はそれに応えるように、優奈の胸に手を伸ばした。胸に触れた瞬間、少し体を震わせた。冷たかったかと聞くと、優奈はうなずき、でももう大丈夫と言った。

 それから、私は優奈と体が向かい合うように少し移動し、キスをした。彼女の緊張が解けてきた頃合いを見計らって、ベッドに移動した。

 優奈をベッドに横たわらせて、私は枕もとのケースからコンドームを取り出した。それを見た優奈は私に背中を向けた。

 私は、ごめんというと、初めてだから怖いと、やはり背中を私に向けながら言った。

 私はセックスが好きだが、相手が傷ついてしまうセックスは好きではない。自分だけが満足するセックスなど求めておらず、そもそも相手が嫌がっていたら、私も満足などできない。

 私は彼女に覆いかぶさり、キスをした。緊張した状態ではよくないだろうと思い、できるだけ、リラックスさせるように心がけた。

 それから緊張が解けてきたころに、行為に及んだ。一人用のベッドなので、私が動くたびに、軋む音が響く。この夜、優奈が自分の部屋に帰ることはなかった。

 翌朝、先に目を覚ましたのは私だった。隣に寝ている優奈の姿を見たときに、一つの校則が脳裏を過った。

「他人の部屋で寝ることを禁ずる。」

 私はあわてて彼女を起こした。私の部屋から女子エリアまでは、そう遠くはないが、近いとも言えない。ここでもし、寮内を見張る「治安維持隊」に見つかれば、私たちは処分されるだろう。

 優奈が目を覚ますと、私は校則のことを伝え、彼女が部屋に帰れるように準備をした。

 玄関を開け、あたりを見回すと、幸い、生徒の姿も大男の姿もなかった。時計を見ると、まだ五時過ぎだった。この時間に起きているものは、ほぼいないだろうし、起きていても部屋から出るものなどいない。

 優奈は、周囲に注意を払いながら、自分の部屋に向かった。

 二分ほどすると、私のスマホに優奈から、無事に着いたとメッセージが来たので、私は胸をなでおろした。


***


 朝の挨拶を簡単に済ませ、出欠確認をすると石川は教室から出て行った。

 今日は体調不良で休むと、優奈ゆうなから連絡が私のもとに来ていた。私は、お大事にと返信をした。

 優奈と話すようになってから、優奈と会えないのは初めてで、今日は何をして過ごそうか思いつかなかった。

 半年前の私であれば、人と話すことなど考えずに、ひたすら勉強していたものだが、今では優奈と話している時間が私の中で大切な時間になっているのだと気づかされた。

 昼休みになると、何かを求めるように食堂に向かった。私はいつも購買で買った弁当を教室で食べていたので、食堂で昼食を取るのは今日が初めてだった。

 昼休みの食堂は、生徒で溢れかえっていた。私は給水機で水を汲み、そのコップで席取りをすることにした。

 空いている席などほとんどなく、相席を避けられない状態だった。

 私は一番動きやすそうなカウンター席を選んだ。空席の隣はすでに女子生徒が座っていたので、隣いいですかと声をかけて、コップを置いた。

 女子生徒はこちらを向いて、笑顔でいいですよと言った。

 見たことがない顔だった。二年の生徒ではないような気がしたが、四百人もいる生徒の顔と名前をすべて覚えているわけではないので、確信はもてなかった。

 中学のときは、学年カラーというものがあり、上履きの色で学年を判断できた。あのシステムがいかに画期的なものだったか、今になってわかった。

 この高校にも学年カラーはあるが、誰も衣服を身に着けていないので、判断できなかった。

 席を取った私は、食べ物を取りに行ったが、珍しく食欲がわかなかった。カレーのスパイスは食欲増進につながると聞いたことがあったので、カレー皿を手にし、ご飯とカレーをよそった。

 私はご飯とカレーを半分に分けてよそらないと気が済まない。ご飯をよそった上からカレーをかけてしまう人がいるが、私にはそれが理解できなかった。

 席に戻ると、先ほどの女子生徒がまだ昼食を取っていた。

 私は気になったので、彼女に学年を聞いた。一年だという。あなたはと聞かれたので、私は二年だというと、先輩ですねと微笑みながら言った。

 優奈とは違って、きれいに笑顔を浮かべる子だった。彩香あやかというらしい。

 それから私たちは、喋りながら昼食を取った。彼女は、まだこの学校の校則に慣れておらず、男子生徒と話したことがほとんどないと言った。

 今は六月なので、入学してからまだ三か月だ。慣れないのも無理ない。私も一年の二学期になってやっと慣れたので、仕方がないことだろう。

 昼食を取り終え、二人で席を立った。彼女は自分で持ってきていたティッシュで、念入りに椅子を拭いている。

 気になるのかと聞くと、慣れないから汚しちゃうんですと言った。少し考えてから気が付いたが、彼女が拭いているティッシュを見ると糸を引いていた。

 一年のうちは、こうなってしまう生徒も多い。実際、私が一年のときは教室で、股間から腿を伝い、膝のあたりまで垂らしてしまっている女子もいたので見慣れている。

 彩香が自分の股間まできれいに拭き終えると、一緒に食堂を後にした。

 午後の授業も、やはり身が入らなかった。幸い、今日は五時限で終わりだった。

 帰りのホームルームが終わると、何を期待してか、お腹が空いているわけでもないのに、食堂に向かった。この時間に食堂に来る生徒などほとんどいない。

 私は給水機で水を汲み、さっき昼食を取ったときと同じ席に座り、水を飲んだ。

 各学年に、四百人前後いるこの学校なので、食堂は恐ろしいほど広い。2フロアあり、各フロアに二百席以上あるらしい。

 入口の方から音がしたので、そちらを見てみると、そこには彩香の姿があった。私はなぜだかわからないが、ほっとした気持ちになった。

 彩香は私に気づくと、笑顔で駆け寄ってきた。

 揺れる乳房につい目が行ってしまう。それに気づいた彩香は、どこ見てるんですかと頬を膨らませ、少し怒ったような表情をしたので、こういうことにも慣れないといけないよと私は言った。そうですけどと、少し恥ずかしそうに言った。

 彩香は給水機で水を汲んでくると、私の隣の席に座った。いつもいないのに今日は何かあったんですかと聞いてきた。

 この質問から、彩香は放課後、頻繁に食堂に来ているのではないかと思った。

 私は優奈のことを話した。大丈夫なんですかと聞かれたので、わからないと言った。

 私は、優奈が体調不良だということは知っていたが、実際どのような状態なのかは知らなかった。

 彩香は私の部屋に行ってみたいと言った。その真意はわからなかったが、私は構わないと言った。

 部屋に入ると、きれいですねと彩香は言った。

 優奈を部屋に入れるようになってから、整理整頓をこまめにするようにしていた。

 優奈のことが好きなのかと彩香は突然聞いてきた。私は優奈との初めての行為に及んで以来、週に二、三回のペースで優奈とセックスをしていた。しかし、私ははっきりと優奈のことをどう思っているか、今の時点では答えることができなかった。

 彩香は私と優奈の関係について、いろいろと質問をしてきた。私はあまり明確なことを言いたくなかった。

 そもそも優奈と彩香はお互いに面識がない。ここで勝手に優奈とのことを彩香に話してしまっても優奈に申し訳ない。

 私は彩香に、悪いがこれ以上優奈とのことを聞かないでくれと頼んだ。彩香は一瞬不満そうな顔をしたが、わかったと言って、優奈とのことを聞いてくるのをやめてくれた。

 そのあとは彩香が、この学校での過ごし方や、勉強、クラス替えについてなどを先輩である私に聞いてきた。私は教えられる限りのことを教えた。

 こうして話しているうちに、夕食の時間が近づいてきた。

 私は食堂で彩香と話していたときに、優奈の体調を詳しく答えられなかったことを思い出し、優奈の部屋に様子を見に行きたいから、今日は解散しようと言った。すると彩香は、捕まりますよと言った。

 私はそこで、男子が女子エリアに入ると処分されることを思い出した。こんなに大事な校則を忘れるなんて、私も相当参っているのだろうと思った。

 私はお腹が空いたので、彩香と食堂に行き、夕食を取ることにした。

 翌日、優奈の体調は回復し、朝から授業に出席することができた。私はとてもほっとして、二度と昨日のように優奈の体調が悪くなるようなことが起こらなければいいと思った。

 昼休みになると、優奈はいつものように私のところに来た。昨日は話せなかったから、私の部屋に行きたいと言う。私は当然、了解した。

 優奈は、お手洗いに行くから、先に部屋に行っていてよいと言うので、私は購買に寄り、弁当を買ってから、先に部屋に戻った。

 部屋の真ん中にあるローテーブルのあたりを見ると、陰毛が落ちていた。

 私は陰毛を処理しているので、それが私のものでないことは確かだ。私以外の人間の陰毛ということになる。

 私の部屋に入ったことがあるのは、優奈と彩香しかいない。そして、優奈は私の部屋に来るようになってからすぐに、陰毛を処理するようになった。つまり、今ここに落ちている陰毛は、ほかでもない彩香のものなのだ。

 彩香は陰毛を処理していなかった。優奈に気づかれてはまずいと思った私は、その彩香のものだと思われる陰毛をトイレに流した。

 まもなくして優奈が部屋に来た。昨日一日、優奈と過ごさなかっただけなのに、ずいぶん長い間会っていなかったような感じがした。

 私たちは、ローテーブルを囲むように座り、弁当を食べた。私は、昼食を取っている優奈にかまわずキスをした。優奈の口には、食べかけのたくあんが入っており、私の口の中にもたくあんの風味が充満した。

 私はたくあんが嫌いだった。しかし、優奈の口から漂うたくあんの風味は悪くないように感じた。


***


 一学期の期末試験が近づいてきた。帰りのホームルームで、また石川の説教が始まったので、私は窓の外を見て、空に浮かぶ雲の数を数えた。

 ホームルームが終わり、優奈ゆうなが私のところへやってきた。そのままいつもの流れで私の部屋に行くことになった。

 優奈はセックスがしたいと言った。私たちは、試験前はセックスの回数を減らそうと約束をしていたので、今日を境に減らして、これからは勉強に集中しようということにした。

 この日は優奈が部屋に帰るまでセックスを続けた。このころには、私は優奈と付き合っていた。

 付き合ってからはセックスの回数も多少増えたような気がするが、回数を記録していたわけではないので実際に増えたのかはわからない。

 次の日の放課後。優奈は、去年二組で同じクラスだった友達に呼ばれたから、今日は部屋に行けないと言った。私は了解して、教室から出た。

 優奈がいないと勉強のやる気が出なかった私は、食堂に足を運んだ。

 食堂に着くと、そこには彩香あやかの姿があった。あれ以来、彩香とはメッセージでのやり取りしかしておらず、直接会うのは久しぶりだ。

 彩香は少し驚いた様子でこちらを見た。私が隣に座ってもいいかと聞くと、彩香は話をするなら先輩の部屋に行きたいと言った。

 今日は、優奈は来ないはずなので、彩香と私の部屋に向かった。

 部屋に着き、私たちはローテーブルを囲んで座った。

 彩香は悲しそうな顔をしていますねと私を心配するように言うので、私は、優奈が今日は来ないからだろうと言った。彩香は、好きなんですねと切ない顔をして言う。

 私は、優奈と付き合っていることを彩香に伝えた。ではどうして悲しそうな顔をするのかと聞かれたので、わからないと答えた。

「私だったら、彼氏に悲しい思いなんてさせないんだけどなあ。あっ、勘違いしないでくださいね。優奈さんが悪いって言ってるわけじゃないんです。でも、私だったら彼氏とずっと一緒にいたいし。ここって寮だから、寝る直前まで一緒にいられるじゃないですか。それなのにもったいないですよね。いつでも会えるからって思ってるんですかね。でも、私はその方が逆に不安かもしれないです。だって、先輩は彼女がいるのに、私と部屋に二人きりじゃないですか。ここの校則では、裸で過ごすことが強制されてるから、部屋に二人きりってことは、いつでもできちゃうってことですよ?私はそんなの耐えられないかも。」

 確かに彼女の言うとおりだ。でも優奈がどう思っているかは、私にはわからない。

 これ以上彩香と二人きりでいると、変な気を起こしそうだったので、その日は帰ってもらった。


***


 試験が二週間後に迫ってきた。石川の説教があった日にセックスをしてから、優奈ゆうなとセックスをしていない。丸二週間セックスをしていないことになる。

 自慰もしていなかったことから、最近は頻繁に勃起するようになっていた。

 昼休みになり、いつものように優奈が私のもとに来るかと思っていたが、なかなか来ないので、私から優奈のもとへ行ってみた。

 優奈の顔色が悪かったので、どうしたのか聞くと、体調が悪いと言った。

 私は優奈を連れて、保健室に向かった。養護教諭は、おそらく勉強のしすぎで疲れが溜まっているだけだろうと言う。

 確かにここ二週間は、セックスもせずに二人で毎日勉強をしていた。そのせいだろう。

 私は、今日はゆっくり体を休めた方がいいと優奈に言って、部屋に帰るよう促した。

 帰りのホームルームの後、私は部屋に戻り、彩香あやかに連絡をした。

「俺の部屋に来てくれないか。」

 十分ほどして、彩香が私の部屋に来た。私は性欲が溜まっていた。

 彩香は、また優奈さんはいないんですかと私に聞いたので、彼女は体調不良だと伝えた。彩香は、そうですかと心配する様子を見せた。

 私は、彩香の体を見て、性欲を抑えられなくなった。私は性器を勃起させ、彩香の隣に座った。

 彩香は私の性器を見て、溜まってるんですかと言った。ここ二週間、自慰もセックスもしていないことを伝えた。

 今日は優奈さん、ここに来ないんですよねと彩香は私に聞いてきたので、来ないと答え、彩香にキスをした。

 彩香は抵抗することなく、キスを受け入れた。そのまま私は、彩香をやさしく押し倒した。

 私の性器は痛いほど勃起していた。

 それから私は彩香と抱き合い、キスをし、愛を交わし続けた。

 夕食の時間など忘れ、学校で決められている就寝時刻の直前までセックスをし続けた。

 これが、優奈と付き合ってから、初めて優奈以外の人としたセックスだった。


***


 彩香あやかとセックスをした次の日、優奈ゆうなは授業に出ることができた。

 放課後になり、体調は大丈夫かと聞くと、まだ本調子じゃないから、今日も部屋でゆっくり休みたいと優奈は言った。

 私は彼女の体調が心配だったので、そうだねと言って、今日も私の部屋には集まらないことにした。

 部屋に戻ると私はスマホを開き、彩香とのチャットを開いた。そしてまた、俺の部屋に来てくれないかと昨日と全く同じ文を送った。

 五分も経たないうちに、彩香は私の部屋に着いた。彩香は、部屋に私以外がいないことを確認して、落ち着いた様子を見せた。

 優奈さんは大丈夫なんですかと聞いてきたので、明日には本調子に戻るだろうと言った。

 私は冷蔵庫からお茶を取り出し、紙コップに注ぎ、彩香の前に置いた。私もお茶を飲んだ。

 紙コップを空にすると、どちらからともなくキスをした。そして、昨日と同じように、しかし昨日よりもスムーズに、明らかに慣れた手つきで愛を交し合った。

 私は彩香を求めていた。優奈のことが嫌いになったわけでも飽きたわけでもない。優奈のことは変わらず好きだし、彼女とのセックスも好きだった。

 ここ最近、試験勉強のせいでできなかったことが、ここにきて裏目に出たのかもしれない。

 今日も昨日と同様に、就寝時刻までセックスを続けた。

 次の日、優奈は元気な様子を取り戻していた。今までのように、放課後になったら、一緒に勉強しようと誘ってきた。私は嬉しかった。

 私の部屋に入ると、優奈は突然ハグをし、キスをしてきた。二日間も来られなくてごめんと謝ってきた。私は仕方がないことだから気にしなくていいと言った。

 いつのもように、ローテーブルを囲んで座り、勉強の準備をしようとすると、優奈が落ち着かない様子を見せた。

 どうかしたのかと聞くと、性欲が溜まっているという旨のことを言った。でも試験までは勉強をしなければならないから、今はできないと答えた。

 昨日と一昨日、彼女がいるにも関わらず、下級生とセックスをした人間が、何を言っているのだろうと自分ながらに思った。

 優奈は、じゃあ我慢すると言って勉強の準備を始めた。

 私は心が痛んだ。彼女は私のことを信じている。私との時間を大切にしようとしてくれている。それなのに私は、優奈が体調不良のときに、そんなことは忘れ、下級生とセックスをした。

 勉強をする気になどならなかったが、ここで彼女と一緒に勉強をすることが、多少の償いになるかもしれないと思って、勉強を始めた。

 夕食の時間になり、優奈と一緒に食堂に行った。

 久しぶりにゆっくり話せたので、私たちは一年生の夕食の時間になっても食堂にいた。

 優奈は、体調不良で休んでいたときに、何度も夢を見たと言った。どうやらその夢には、私が出てきていたらしい。

 私がどんな夢だったのかと聞くと、どこかのテーマパークでデートをしている夢だったと言う。

 私たちは寮にいて、基本的には学校の敷地から出ることが許されていない。許されるのは長期休暇期間中だけで、その期間は家族などと会うことができる。しかし、クラスメイトなど学校の人間と学校外で会うことは、校則違反となる。そのため、テーマパークに行けるのは、卒業してからの話になりそうだ。

 話を続ける優奈の顔を見て聞いていると、視界の端に見覚えのある裸体が入ってきた。

 そちらに目を向けると、そこにいたのは彩香だった。

 彩香も私に気づき、笑顔でこちらに向かって歩いてきたが、途中で私が優奈と一緒にいることに気づき、悔しそうな顔をして歩く方向を変えた。

「どうしたの?今私の後ろの方見てたよね?誰かいた?」

「うん、まあ。ちょっとした顔見知りがいただけだよ。」

 ふーんと言って、優奈はまたさっきまでの話を続けた。気付けば二十時を過ぎていた。私たちは私の部屋に戻った。

 部屋に戻ると、勉強を再開した。

 しかし私は、今日勉強していることの一割も頭に入っていない。まったく勉強に集中できていないのだ。

 それに気づいた優奈は言う。

「なんかぼーっとしてる?隼人はやとくんも疲れが溜まってるんじゃない?今日は休む?私も昨日までダウンしてたし、疲れちゃうのわかるよ。試験当日に体調崩してもよくないし、今日はゆっくり休んだら?」

 そうだねと言って、今日は帰ってもらうことにした。

 私はこの夜、罪悪感と虚無感に苛まれた。


***


 一学期の期末試験が終わり、一学期の成績表を渡される二者面談が始まった。今日は、私の面談が十四時半からある。

 私は憂鬱だった。優奈ゆうなは努力の甲斐あって、五番にまで順位を上げることができた。一方で私は、二十番にまで順位を落とした。

 衝撃的だったが、自分の中では、どこかこうなることがわかっていたような気もした。

 前の人の面談が終わり、私の番になる。石川は机を三つ横に並べ、長机のようにして、そこに、このクラスの生徒の成績などの資料が入ったファイルなどを並べている。しかし、机の高さは均一ではなくでこぼこしている。

 私は、石川の向かい側に準備されている椅子に座った。よろしくお願いしますとあいさつをし、面談を始めた。

「今回の成績のことだが、お前何かあったのか?二十番なんて初めてだろ。やっぱり二年になってたるんだのか?そういえば最近、食堂で下級生と一緒にいるのを何度か見たが。まあ、教員が生徒のそういったことに口出しをするのはよくないな。でも、青春を楽しむのもいいが、将来のこともそろそろ考えろよ。いつもホームルームで言ってるよな?お前に関しては、一年のときから成績も良かったし、こんなことはないと思ってたんだがな。人は何があるかわからんな。」

 私は何も言い返すことができなかった。それとともに、いつ誰がどこで見ているかわからないので、気を付けなければならないと思った。

 それから進路のことを話し、石川から激励げきれいの言葉をもらい、面談を終えた。

 私は誰かに慰めてほしい、そう思い、スマホを開いた。そして優奈にメッセージを入れた。

「俺の部屋に来てくれないか。」

 この文言を彩香とのトークルームからコピペして送った。

 五分ほどして優奈が私の部屋に来た。私は成績のことや、今気分が落ち込んでいることを話し、優奈に慰めをうた。

 優奈は私をやさしく抱きしめ、慰めの言葉をかけてくれたが、私の耳には入ってこなかった。こうしてくれていることが嬉しかった。

 私はこのまま、優奈の胸の中で涙を流した。


***


 面談期間が終わり、あと一週間ほどで夏休みに入るという頃になった。クラスではすでに、夏休みにどこに行こうか話しているものも少なくない。

 長期休暇には、家に帰ることが許可されているので、実家に帰るというものも多い。ただ、校則のせいで、友達や恋人と会えるのは校内に限られる。そのため、長期休暇の大半を学校で過ごすものも多い。

 私は、お盆期間には家に帰るが、それ以外は寮で過ごすつもりでいる。

 今日の授業は半日で終わり、帰りのホームルームが始まる。

 石川は教室に入ってくると、夏休みには遊ぶだけでなく、これまでの復習も徹底するようにと言った。

 今回ばかりは、この言葉が私にも響いた。

 放課後になると、私は優奈ゆうなと私の部屋に行った。私たちは、試験前から試験期間までの間の分を取り戻すかのように、ひたすらセックスをした。

 昼食を取ることも忘れ、夕食の時間になるまでセックスに夢中だった。

 十九時になり、さすがに空腹感を感じた私たちは、食堂に向かった。

 夕食を済ませると、さっきまでしていたセックスの疲れが来たようで、優奈は眠そうにしていた。

 二十時にはそれぞれの部屋に戻った。私はベッドを背もたれにして、ローテーブルの方を向いて、カーペットの上に座った。

 私も優奈と同じように疲れていた。先ほどの食事で、食欲は満たされていたが、睡眠欲と性欲が満たされていないことに気が付いた。

 そして、自分の収まらない性欲に驚きもした。私は彩香あやかにメッセージを送った。

 彩香が部屋に来て、玄関を閉めたところで、私は彩香にキスをした。彩香は、焦りすぎですよと少し困った顔をしながら、しかし嬉しそうに言った。

 私は彩香とセックスをしたかった。もはや優奈とのセックスは、カップルであるが故の義務感によるセックスだと感じていて、本当に愛をもってセックスができるのは、彩香が相手のときだと思っていた。

 この日から夏休みに入るまで、授業のあとは、夕食の時間まで優奈とセックスをし、夕食のあとに、就寝時刻まで彩香とセックスをするという生活を送った。

 そして夏休みに入った。

 夏休みの初日、私の体に限界が来た。連日の異常な回数のセックスのせいで疲労がたまっていたようだ。

 半日セックスをし続ける生活を、一週間ほど続けられたこと自体、今考えれば不思議だった。

 ほかの男がどの程度の頻度でできるのかはわからないが、私はこれぐらいが限界のようだった。

 そう考えると、ここ一週間でしたセックスの回数が、平均的なものなのか多いのか、少ないのか、私だけでは判断できなかった。友達とセックスの話をすることもないので、人のセックスの回数を私は知らない。

 私はそれから三日間安静にして過ごすことにした。その間、最初の日は優奈に来てもらったが、残りの二日間は彩香を呼んだ。

 優奈には、一人でゆっくり寝たいからと伝えていた。

 彩香は私の部屋に来ると、セックスをしたいと言ったが、私が今の体調のことと、その原因と考えられることを説明すると、笑いながら、それは無理ですねと言った。

 そう言いながらも彩香は、ベッドに横たわっている私の性器をでた。私は、明日まで待ってくれと言うと残念そうな顔をして、ベッドから少し離れた。

 そして、私の前で自慰を始めた。私は目をつむり、軽い笑い交じりにやめてくれないかと言ったが、やがて彩香は絶頂に達した。もう一度、私の性器を撫でると部屋を出て行った。


***


 私の体調が回復すると、優奈ゆうなは私の部屋に毎日来た。

 優奈は私によく、愛を伝えてくれる。毎日セックスをしたがった。

 私は嬉しかったので、可能な限りするようにした。

 体調が回復して以来、彩香あやかと会っていなかった私は、彩香に会いたくなった。優奈が部屋にいるにも関わらず、私は彩香のことを考えていた。

 そんなある日、優奈は私に悲しそうな顔をして言った。

「最近ね、私、隼人はやとくんのことが好きで。もちろん付き合う前から好きだったよ?でもなんていうか、その頃よりももっと好きな気持ちが強くて。自分でも信じられないぐらいに。わけわかんないぐらいに。

だからかわからないんだけど、昨日夢を見たの。隼人くんが出てきたよ。でもね、楽しい夢じゃなかったの。いつも隼人くんといるときはもちろん楽しいよ。でもその夢は楽しくなくて。隼人くんがね、私から離れていく夢だったんだ。他の女の子と一緒にいたの。悲しかった。起きたら現実でも泣いててね。隼人くんは浮気なんてしないって信じてるけど、ちょっと不安になっちゃって。私、浮気って許せないんだ。誰でもそうだと思うけど、私は特にだめだと思うの。クラスの女の子と仲良くされるのもつらい。一緒にいるのを見るだけでもつらい。一組はそこまでクラスメイト同士の仲が良いわけじゃないから、それはよかったんだけど、体育のペアで女の子と隼人くんがペアだと苦しくてね。だから、しないってわかってるけど、隼人くんには浮気をしないでほしいの。お願いだから。ね?重いって思うかもしれないけど、それだけ好きな証拠だって思えば、たいしたことないよね?」

 そう言いながら、優奈は涙を流した。私は優奈を抱きしめた。しかし、私はすでに浮気をしている。これを知られたらどうなるだろうか。

 今はとにかく、優奈を安心させるべきだと思って、抱きしめながら、絶対に離れたりしないと言った。浮気をされて嬉しい人などいないだろう。

 私はテレビで、浮気調査をする海外のテレビ番組が紹介されているのを見たことがある。浮気されている主張する依頼者に、番組の司会者が付き、今の状況について聞いていく。そして番組は、浮気を疑われている側の行動を隠し撮りし、証拠を押さえるといったものだ。

 あの番組では、よく修羅場になっているが、私の浮気がばれたら、優奈はどんな反応をするだろうか。

 どんな反応をするにせよ、優奈のためにも自分のためにも浮気はやめるべきだと気づいた。そして、今度彩香に、今の関係を終わりにしようと伝えることにした。

 この日の夜、優奈が帰ったあと、私は彩香にメッセージを入れた。

「明日、俺の部屋に来てくれないか?話がある。」

 そう送ると、私がトーク画面を閉じる前に既読がついた。そして、返信が返ってきた。

「わかりました。」

 なにか伝わったのだろうか、その返信からは、神妙しんみょうな様子が伝わってきた。

 優奈には、明日は友達が来るから会えないとメッセージを送った。

 次の日、彩香が私の部屋にやってきた。いつものような笑顔はなく、どうしたんですかと、やはり神妙な表情で聞いてきた。

 私はお茶を用意し、いつものようにローテーブルを囲んで座るように促した。そして彩香に、浮気はよくないと思い始めたこと、今の関係を終わりにしたいと思っていることなどを話していった。すると彩香は、俯いたまま言った。

「そうですか。でも、隼人くんは心からそう思ってますか?隼人くんは私と行為をするとき、いつも私に愛を伝えてくれてましたよね?私はわかってましたよ。あの愛が本物だったって。優奈さんじゃ足りないんじゃないですか?まあ、それは隼人くんが決めることなので、私は何も口出しできないってわかってますけど。でも、隼人くんがなんて言おうと、私は隼人くんのことが好きです。隼人くんに彼女がいても、一緒にいられる時間が嬉しかった。私は隼人くんとの今の関係が終わっても、隼人くんのこと諦めませんから。迷惑はかけたくないので、邪魔をしたりはしませんけど。でも、隼人くんのことは、ずっと好きですから。前にも言いましたけど、私は優奈さんと違って、隼人くんに悲しい思いをさせたりしませんからね。いつまでも待ってますから。」

 そういって、彩香は立ち上がり、玄関に向かった。彩香が、私のことを下の名前で呼ぶようになったのは、このときが初めてだろう。

 私は待ってくれと言うと、彩香は不思議そうな顔をして振り返った。私は彩香を引き寄せてキスをした。

 自分でも何をしているのかわからなかったが、少し考えて、彩香を失うのが怖かったのだろうと気づいた。

 しかし、私には優奈がいる。この矛盾が、やはり自分の中ではよくわかっていなかった。

 私は彩香を部屋に戻した。そしてベッドに押し倒したが、彩香は抵抗しなかったため、そのままセックスをした。

 私は知らず知らずのうちに、これを求めていた。それがなぜかはわからない。考えたところで無駄だろうと思った。

 そして彩香とセックスをしながら、これで最後にすると、心の中で何度も叫んだ。


***


 八月になって親から連絡があり、私は八月十三日から二十日までの間、実家に帰ることになった。優奈ゆうなは十日の朝に寮を出るらしい。

 優奈は私に会えなくなるのが寂しいと言った。私も寂しかった。それと同時に、私に寂しいと思う権利があるのだろうかとも思った。

 しかし、優奈の前では浮気はしていないという態度をとっている必要があったので、寂しそうな表情をしておいた。

 八月になってからは、優奈が実家に帰省するまで、毎日セックスをしていた。

彩香あやかとの関係を終わらせた今、優奈とのセックスに以前よりも愛を含ませることができるようになった。

 そのことに気づいた優奈は、喜んでいたし、私も罪を償っている感じがして、気分がよかった。

 そして十日になり、優奈は実家に帰省した。

 私が帰省するまで、あと三日もある。私は一学期の期末試験で成績を落とした分、復習をしなければならなかった。

 久しぶりに一人で丸一日使うことができるので、朝から張り切っていた。

 試験問題を復習すればするほど、自分がいかに簡単な問題を落としていたかが見えてきて、ひどく落ち込んだ。

 二学期には、また順位を一桁に戻すべく、猛勉強しなければならないと思った。

 優奈が帰った日は、ずっと勉強をし、久しぶりに充実した一日を過ごしたような気がした。

 そして、特にすることがなくなった私は、夕食を取ったあと、部屋で自慰をして、性器から出てくる精液の量が減ってきたころにベッドに入り、寝た。

 翌朝、目が覚め、体を起こしたが、掛け布団は汚れていない。自慰をしてから就寝前に、しっかり時間を置いたのがよかったのだろう。

 食堂に朝食を取りに行くと、彩香の姿があった。私は彩香との関係に区切りをつけたので、気づかないふりをして、離れたところに座った。

 プレートには、様々な食べ物が乗っている。私は、朝ご飯はパン派なので、ロールパンを三つ取ってあった。そのうち一つは、普通のバター入りロールパンで、残りの二つは黒糖ロールパンを選んだ。

 黒糖ロールパンの香りが好きなので、朝食では必ず食べるのだが、さすがに三つも食べる気にはならないので、一つだけ普通のロールパンにするというのが、私の定番である。

 ロールパンのほかには、オムレツやサラダ、ウインナー、コーンポタージュスープ、ハンバーグなど、バイキングコーナーから様々なものを選んで食べていた。

 この高校の料理はどれもおいしく、毎日の食事が楽しかった。

 朝食を取り終えると、できるだけ彩香が座っている席から遠い通路を通って、食堂を出た。

 部屋に着くと昨日のように勉強を始める。この高校は夏休みの宿題がなく、自主的に勉強するように言われていた。

 私は、宿題のように全員が同じ課題を与えられても、全員が同じ学力ではないし、それぞれ苦手なところ、伸ばしたいところは違うから、意味がないと思っていた。そのため、この学校の教育方針は私に合っていた。

 この点が、私がこの高校を選んだ理由の一つでもある。

 優奈と切磋琢磨しながら勉強するのもいいが、一人でこうして集中しながら勉強するのも良いと改めて感じた。

 今日は一学期で習った内容の総復習をすることにした。私は国立大学を目指しているので、文系も理系も勉強しておく必要がある。文系は苦手なので、できるだけ早めに苦手をなくして、克服しなければならない。

 いきなり文系科目を勉強すると、やる気が出ないので、まず理系科目を少し勉強してから、文系科目に移ることにした。

 十二時になり、私は空腹感を感じたので、購買に行って食べ物を買うことにした。

 鮭おにぎりと明太子おにぎり、即席みそ汁を買った。

 購買の出入り口のすぐ横にあるポットから即席みそ汁にお湯を入れ、部屋に戻った。

 部屋でそれらの買ったものを食べると、少し食休みを取った。

 お腹が落ち着いてきたので、キッチンに行き、水道から水を汲んで水を飲むと、ローテーブルに向って座った。

 勉強を再開しようと、筆記用具や参考書を準備したとき、インターホンが鳴った。

 誰からも今日部屋に来るという話を聞いていなかったので、少し驚いたが、だいたい予想はついた。

 玄関を開けると、そこには彩香がいた。

 私は、前に言った通り、関係は終わりにしたいんだと言ったが、彩香はそんなことは関係ないといった様子で、部屋にずかずかと上がっていった。

 申し訳ないが帰ってほしいと言おうとしたとき、彩香は私にキスをした。私はそれを振り払うことなく、受け入れてしまった。

 やっぱりと彩香は嬉しそうに言う。

隼人はやとくんは私のことを求めてるんですよ。我慢しなくてよくないですか?優奈さんにばれなければいいんですもん。もとはといえば、隼人くんが私と関係を持つようになったのって、優奈さんのせいですもんね。隼人くんは悪くないじゃないですか。」

 そう言って、再び私の唇を奪った。それから彩香にされるがまま、夕方までセックスをした。


***


 寮の私の部屋の玄関を開けると、こもった空気が出てきた。窓を開けると、この嫌な空気が一気に抜ける。

 夏場に一週間も部屋を空けると、こうなってしまうから、あまり部屋を空けたくなかったが、帰省なのでしかたがない。

 どうやら優奈ゆうなも寮に戻っているようだった。久しぶりに優奈に会えることが嬉しくて、私は部屋に優奈を誘った。

 少しして優奈が来た。それぞれ帰省先で買ったお土産を交換し、帰省していた間にあったことを話したりして過ごした。

 帰省とはいえ、高校生なので同じ県内である。そのため、地方限定のお菓子などがあるわけではない。ちょっとしたプレゼント交換のようなものだった。

 それから夏休みの間は、勉強とセックスをバランスよく行った。充実した時間を過ごせているような気がする。

 二学期になれば、また試験に向けて二人で勉強する。試験が終わればセックスをする。そして、また次の試験が近づけば、勉強をする。

 想像しただけで、私は幸せ者だと感じる。これから心機一転して、優奈との日々を大切に、過ごしていこうと決めた。


***


 二学期には文化祭がある。私は学校行事が嫌いだったので、文化祭には興味がなかった。

 しかし、優奈ゆうなが実行委員になっていたので、今年は去年より、文化祭について多少考えるようになった。

 文化祭が近づいてくると、優奈は委員会の集まりに行ってしまうことが増えた。優奈が委員会の集まりに行っていて、私の部屋に来られないときは、一人で試験勉強をするようにしていた。

 文化祭の一週間後に二学期の中間試験があるので、文化祭がとても邪魔に感じた。それとともに、その期間に勉強ができない優奈がかわいそうだった。

 文化祭の三日前。この日は集まりがないらしく、優奈は私の部屋に来て、一緒に勉強していた。

 夕食の時間が近づいてきたとき、優奈は私に言った。

「最近忙しくてごめんね。明日と明後日と、あと文化祭の二日間で委員会の仕事は終わるから。そのあとは一緒に勉強頑張ろうね。」

 私は、無理のないように頑張れと言った。そして、勉強の方は順調かと聞くと、少し順位は落とすかもと言った。

 こんなに頑張っている優奈が報われないのは、あまりにも残酷だと思った。

 委員会に入っていない人間よりも委員会に入っている人間の方が、学校やほかの生徒のために貢献しているはずなのに、そのせいで自分の時間が削がれて、結果として成績を落とすのは、何か違う気がした。

 翌日、授業が終わると、優奈は委員会の集まりがあるため、多目的室に向かった。

 私は勉強をしなければならないのだが、一度食堂に向かった。

 食堂の給水機でんだ水を飲みながら、少し休憩をした。そして、部屋に帰ろうとしたとき、前から彩香あやかが歩いてきた。

私は目をそらし、関わらずに部屋に帰ろうと思ったが、彩香の方から声をかけてきた。

「あれ、隼人はやとくん。食堂に来てたんですね。どうしたんですか?隼人くんが食堂に来るときって、なにかあったときですよね?なにか求めているときですよね?なんかさみしいことでもあったんですか?また優奈さんに放っておかれてるんですか?私なら空いてるんだけどな。」

 彩香にそう言われて、私の中で何かが壊れた気がした。私は彩香の手を握り、私の部屋へと連れていった。

 玄関を開け、部屋に入るなり、彩香にキスをした。玄関の扉が閉まる音がしたのは、キスを始めてからのことだった。

 隼人くんどうしたんですかという彩香の声も聞かずに、彩香をベッドに押し倒した。私は我慢できなかった。

 優奈とセックスができないことで、性欲が溜まり、それが限界を迎えたときに頭に浮かぶのは、彩香の顔だった。

 このときに確信したのは、恋人として好きなのは優奈であるが、セックスをしたい相手は彩香であるということだった。

 私が彩香に覆いかぶさり、セックスを始めようとすると、彩香は嬉しそうに微笑んだ。

 この顔を見たかった。私の頭の中では、興奮でうるさいほど脈が響いていた。

 お互いに求め合った。私は嬉しかった。浮気をいけないことだなんて、まじめに考えていた自分が馬鹿に思えすらした。

 私と彩香が夢中でセックスをしているとき、私の部屋のインターホンが鳴った。しかし、私は気が付かなかった。

 聞こえていなかったのだ。正確には、耳には入っているが、意識には届いていなかった。

 そして、その扉は開かれた。部屋に入ってすぐにキスを始めた私は、鍵をかけ忘れていた。

 やがて、行為をしている二人のもとに、足音が近づいてくる。しかし、二人とも気づいていない。

 二人のすぐそばに来た足音の主は、持っていた荷物を床に落とし、言った。

「なんで・・・。隼人くん。」

 その声で私は我に返った。そこにいたのは優奈だった。優奈は涙目でこちらを見ている。私は彩香を体から離し、優奈のもとに近寄る。

 私は、優奈に何か声をかけなければならない。しかし、優奈は後退あとずさりをし、離れていく。

 待ってくれと言うが、優奈は待ってはくれない。

 優奈は落とした荷物を部屋に残したまま、玄関を開けて走っていった。

 トートバッグから出たボールペンが、床に転がった。

 私は優奈を追わなければならない。話を聞いてもらう必要がある。

 現場を見られたことに間違いはないが、なにか別に誤解をしているかもしれない。せめて、その誤解を解かなければならない。

 そうだ、優奈は、私が優奈よりも彩香のことを好きだとか、優奈のことを好きではなくなったとか、誤解をしているかもしれない。

 そもそも優奈は彩香のことを知らないはずなので、うまいことを言えば、まだどうとでもなるかもしれない。

 優奈は走るのが苦手なため、私が全力で走れば追いつく。私は女子エリアに向かって走る優奈を追いかけた。距離がどんどん縮まっていく。

 廊下での異変に気付いた生徒たちが、それぞれの部屋から顔を出す。お前たちには関係ない。そう心の中で吐き捨てるように言った。

 やがて、女子エリアが見えてくる。もう少しで追いつきそうだが、優奈はあと少しで女子エリアに入るところだ。

 もう少しで追いつく。そのとき、女子エリアとの境の横から治安維持隊ちあんいじたいの大男がやってきた。

 私はそれに構わず、優奈の方へ手を伸ばした。そして、優奈の腕を掴んだ。しかし、私は腕から力が抜け、床に倒れこむ。

 体中に鈍い痛みが走った。そして、私の目線は高くなった。何者かに担がれたようだった。

 少しして、さっきの大男に捕まったのだと気づいた。

「ふざけるな!俺はただ、話がしたいだけなんだ!優奈に話がある!」

 そう言ったつもりだったが、声が出ていなかった。

 女子エリアとの境をくぐり、そこの扉がどんどん遠くなっていく。

 どうやら私は、優奈を追って女子エリアに入っていたようだ。そして、女子エリアでも男子エリアでもない場所に向かっていく。

 私の高校生活は終わりだ。それどころか、人生すらどうなるかわからない。私は暴れようとしたが、体に力が入らなかった。

 男女エリアの境の扉から、優奈がこちらを見ているのが見えた。もしかしたら、これは誤解だと、この大男に言ってくれるかもしれない。

 そんな期待も空しく、優奈はすぐに女子エリアに戻ってしまった。

 私はおそらく、彩香が裸でなければ、こうはなっていなかっただろう。こんな気は起こさなかっただろう。

 生徒が裸で過ごさなければならない校則とは、おかしなものだと思った。

 今までそれを受け入れていた自分のことがおかしくてわらった。しかし声は出ていない。

 この学校に入学してから、一年半と少しが経っただろうか。この日初めて、私はこの学校の「奇則きそく」を恨んだ。

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奇則 空夢 @sorayume_novels

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