勇者パーティから追放されましたが、本当は追放する側でした。

乙丑

短編



「ナタリア、今日でお前をこのパーティーから追放する」


「――ん? なにか言った?」


 旅先の宿屋で自分のバックの中を確認していた私に、白銀の派手な鎧で着飾った優男がそう口走った。


「聞こえなかったのか? 今日でお前は――」


「あ、おじさん。はい宿代」


 言って、カウンターに宿代一人分の銀貨五枚を置く。


「だからお前をオレたちのパーティーから追放することになった」


 さっきからわめいている阿呆――ユーリの声は当然聞こえているが、興味がない。


「ユーリ、こんな地味なやつほっとけばいいのよ」


 さっきからゆでダコみたいに顔を赤らめている阿呆の横で、赤髪のロリビッチが言う。


「そうだよなぁ、こんな行き遅れをなんでオレたちのパーティにいたのか」


 そのロリビッチ――イリスの腰に手を回すと、それこそ肩をすかしたような顔でこっちを見るユーリ。


 そんな視線は眼中にないので、自分のショルダーバッグを肩にかける。


「おいおい、このオレがお前みたいな地味な田舎娘をここまで連れてきたんだ」


「あんたみたいな将来も何もない芋臭い女なんて、旅の途中で魔物に殺されるか、子鬼の苗床にされるか、徘徊している冒険者に犯されるのがオチよ」


「おふたりとも、そこまでに――ナタリアこれはもう決まったことです」


 階段から声が聞こえ、私はそちらを見た。


「人に一言もなしにってのはどうかと思うけどね? オルガ」


 私は、彼女――オルガを眇めるように言った。金糸雀カナリア色の整った長髪に翠眼でスッと顔立ちがよく、スタイルもいい。


 佳人っていうのは彼女みたいなのを言うのかもしれない。


「おいおいオルガ、もう決まったことで、お前も賛成してるだろ?」


 ユーリがやれやれと頭をふるう。


「そうですね。――」


「そうそう、もう決まったことだしねぇ。――」


 オルガとイリスがお互いを見すえると、私のほうを見た。


「わたくしたちはこれから先もユーリさまの旅に同行するつもりです」


「だからさぁ、ナタリアはもう用済み。おじゃま虫ってわけ」


「そうそう、わかったらさっさとオレたちの前から消えろ」


 ユーリは手を払うように、私を宿屋から追い出した。




 さて、追放されたので、気ままな旅をしよう。


「っと、ここから次の町は……っと」


 地図を見ながらさっきまでいた町から近場の町を探す。


 ちょうど森で隔てた先のようだ。


「あ、あの――」


 声がしたほうに目をやる。「もしかして、冒険者の方ですか?」


 声をかけてきたのは一人の少年だった。


「そうだけど?」


 そう答えると、男の子はソワソワとして次の言葉を発さない。


「どうかしたのかな?」


 視線を男の子に合わせるように膝を屈める。「あ、あの――」


「おーい、キリル」


「あっ! アリーナ」


 そちらに目をやると、革製の軽い胸当てをつけた女の子がこちらへと走ってきた。


 白桃色のボブカットで、幼いながらも可憐な顔立ち。


「キリル、この人は?」


「えっと……」


「あぁ、一緒に来てくれる大人の人?」


 女の子は首をかしげるように男の子に訊ねたが、


「う……」


 言葉をつまらせるようにして、困惑した顔――というよりは助けを求めるような目で私を見てきた。


 ここは違います。――とハッキリと言いたいのだけど。


「はて、キミたちくらいならふたりでできるクエストじゃないの?」


「実は僕たち薬が欲しいんだけどお金がなくて、それで薬草を集めていい薬を錬金術士に作ってもらおうと思ったんだ」


 男の子――キリルがそう説明する。


「でも品質の良い薬草はこの近くだと森の中まで入らないと採れないみたいなんだ」


 それを聞いて、得心する。「あぁ、だから大人の冒険者がいるのね」


「でも、お姉さん――そんなに強くなさそう」


 女の子――名前はキリルの言葉からしてアリーナって名前みたい。


 彼女はジッと私を見るや、「なんか田舎から来た世間知らず?」


 と言った。まぁ当たってるけどね。


「わかった。お姉さんもたまたまそっちに用事があってね」


 見たところ、ふたりとも冒険者になったばかりみたいだし、ここは先輩として見守ってあげよう。


「ホントですか?」


「でも大人にお願いしたら――護衛料っていうのを払わないといけないから」


 アリーナが喜んでいるキリルに相談する。


「あぁ……」


 コロコロと一喜一憂するキリルに、


「大丈夫、お姉さんこれでもいちおうは強いからね」


 言って、私は首にかけたキーホルダーの頭を、ふたりにこっそりと見せた。


 胸元で銀のタグがちいさく輝く。「うそ……、お姉さんって――」


「こら、のんびり旅をしたい冒険者もいるのよ」


 声をあげようとしたアリーナの口を抑える。アリーナはわかったとうなずいた。




 私はキリルとアリーナのうしろについて、ふたりに同行する。


「へぇ……、アリーナは職業が格闘で、キリルは法術士なのね」


 その言葉どおり、アリーナは両手にオープンフィンガータイプのグローブを装備していて、キリルは樫の杖を持っている。


 そして二人は姉弟のようだ。


「ところでお姉さんはどこに行こうと思っていたんですか?」


 キリルに訊かれ、「勝手気ままな旅をしてるからね」


 嘘は言っていない。あの阿呆勇者と一緒に旅の同行をお願いしたいと王様にお願いされたから、ここまで同行していただけ。




 最初は、それこそ本当に勇者っぽいことはしていた。


 なんなら最初の頃はちょっとは頼りにしていたことは事実。


 行き着く町で困っている人がいたら助ける。それこそ自分から率先して行動していた・・・・




 はい、過去形の時点でお察しのとおり。




 ある時期になると、ユーリは助けた町の町長の娘が可愛いとわかるや粉を掛けた。


 それで一度だけならば、私も――他のメンバーも文句はいわない。


 英雄色を好むもまぁまぁ許そう。男一人に女三人だものね、そりゃぁたまらないほうが可笑しい。




 だがそれがいつもである。しかも最初は老若男女問わずだったのに、最近は可愛い女の子が関わらないとやる気を起こさない。




 そして――今朝のあれだ。――追放?


 誰が――誰を?


 ……さて、って一週間だろうなぁ。




「合流したら分前をもらわないと」


「どうかしたんですか?」


 アリーナに呼びかけられ、私はそちらに目をやった。


「あぁ、いやちょっとね」


 おっと、顔に出ていたのだろうか。


 感付かれないように笑顔で対応しよう。




「そういえば、ナタリアさんは銀等級の冒険者なんですね」


「まぁね。と言っても冒険というより錬金術での評価だけどね」


 言うや、アリーナとキリルは私を見すえた。


「それじゃぁ薬とかも作れるんですか?」


「簡単なポーションや、材料にもよるかな」


「それじゃぁ、ナタリアさんにお願いして薬を作ってもらえば、お母さんの病気も治せるね」


 キリルが興奮したように言う。「病気?」


 そういえば、この子たちが森に行く理由を聞いていなかった。


「ワタシたちのお母さん、一週間前から病気でほとんど寝ているんです」


 キリルと対照的にアリーナは浮かない顔で説明する。


「なるほど、だから薬草がいるのね」


 私は姉弟が大人の冒険者がいる理由がわかるや、


「二人が必死になってやろうとしているから、お母さんはいい人なんだろうね」


 と訊ねた。


「「うん、大好き」」


 百点満点の笑顔です。まさに太陽。




 あぁ、守りたいこの笑顔。


 ユーリ、英雄っていうのはこういうちいさな笑顔を守ってこそ、はじめて英雄っていうんだぞ。


 ただ、会ったことはないので想像でしかないのだが、もし二人のお母さんが美人だったら――。


「あの阿呆がふたりを見つけなくてよかった」


 ふぅ……と溜息をつくと、アリーナとキリルは首をかしげた。




 ◇




 ……勇者ユーリがナタリアを追放してからしばらく経っての宿屋の一室。


「よし、今日はこの森に行くぞ」


 ユーリが備え付けのテーブルに地図を広げ、町から近い森を指さした。


「なんでもここに珍しい花が見つかるらしくてな、それを売ればかなりの収支になる」


「へぇ、すごいですね。そんなのどこで聞いてきたんですか?」


 イリスが太鼓を持つ。「ははっは、こんなのオレ様には簡単なことよ」


 それに囃し立てられる形で、ユーリは笑った。


「しかし、その森には強力な魔物が出るという話も聞いています」


「おいおいオルガ、オレは勇者だぜ? こんなちいさな森で生息している魔物なんて一撃だろ?」


 オルガの言葉に耳を掛けず言い出すユーリを、


「そうそう、ユーリ様ならそんじょそこらの魔物なんて簡単に――ね」


「これは失言しました」


 イリスとオルガは、憐れむように見た。


「それじゃぁ準備ができ次第、森に行くぞ」


 そう言うと、ユーリは意気揚々として部屋を後にした。




 部屋のドアが閉まると、オルガはパッとそこに近付くやドアに耳をあてがい、廊下を窺った。


 近くで、ユーリが階段を降りていく音が聞こえ、途絶える。


 わざわざ階段に近い部屋に女三人の部屋を取ったのだ。


 ユーリはフロアの奥に一人部屋を取らせた。


「大丈夫――?」


 イリスがそう訪ねると、オルガはちいさくうなずいた。


 それを見て、イリスは座っていたベッドに、倒れこむ形で仰向けになった。


「オルガ、換気ッ! 換気して!」


「いくら身分を隠していても、さすがにみっともないですよ」


 苦笑を浮かべながらも、オルガは窓を開けて空気を入れ替える。


「あぁ、いいのいいの。隠してるのはわたしだけってもんでもないでしょ?」


 イリスは、ゴロンとうつ伏せになって、オルガを見すえた。


「それで、ナタリアは?」


「偶然――というべきか、おなじ場所に向かっているようですね」


 それを聞いて、イリスは、「あぁ……」と苦笑いする。


「それじゃぁ、わたしたちも準備しないとね」




 ◇




 森はジメッとしていて、歩くたびに不快感が増していく。


「ほ、本当にこんなところに薬草があるの?」


 どう見ても品質がいい草が生えているとは思えない――と言わんばかりに、アリーナは顔を青くしていた。


「あら? いいものほど人が入らない場所にあるものよ」


 私なんて、貴重な素材を手に入れるために、一週間ドラゴンが住んでいる渓谷で探していたくらいだ。


 これくらいの、魔力をあまり感じない――。


「――……っ」


 立ち止まり、周りを見わたす。木々に覆われた森の中。


 聴こえるのは風で揺れる葉のざわめきと小鳥の――。「ふたりとも、警戒態勢ッ!」


「「えっ――」」


 二人がこちらを見た瞬間だった。


「きぃしゃぁぁッ!」


 キリルのうしろに黒い大きな影が現れると、その巨体で身体を切り裂いた。


「キリルッ?」


 アリーナが悲鳴をあげ、キリルのところへと駆けだした。


「ぐぅおぉ?」


 大きな黒い魔物がアリーナに気付くや、そちらへと身体を向けた。


 そしてアリーナを爪で刺し殺そうとした一瞬、




 ――パンッ!




 と、強力な破裂音が響き渡った。


「ぐぅおぅ……ッ?」


 魔物は目を手で覆い、たじろぐようにしてアリーナとキリルから離れた。


「アリーナ、キリルを連れて私のところに来て」


「あ、はいッ!」


 アリーナはキリルを抱きかかえるようにゆっくりと私のところへとやってくる。


「う、うう……」


 キリルは、大量の脂汗を吹き出して、痛みで言葉も出せない。


「な、なんで――」


「泣くのは後にしてね――」


 私は虚空に手を伸ばす。


 『アイテムボックス』から【初級ポーション】を取り出すと、口を封じたコルクを抜き取った。


「ちょっと染みるけど、冒険者なら我慢しなさい」


 私はキリルに飲まれるのではなく、傷つけられた背中に直接かけた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 キリルは悲鳴をあげると、気を失った。


「キリルッ? キリルッ!」


 アリーナが呼びかける。それこそ必死の顔で。


「大丈夫よ、気を失っているだけ。すこし寝れば起き上がるわ」


 私はスッと立ち上がると、『アイテムボックス』から石版タブレットを取り出した。


「それは?」


「んっ? わかりやすく言えばマーキングした相手の居場所がある程度分かるやつね」


 と云っても、格子状に区切られたエリアを白い点が動いているだけなんだけどね。




 ――さて、さっきの空気爆弾のなかに紛れてマーカーを突けられたわけだけど。


 石版に映されている点は四個。


 ひとつはさきほどの魔物につけたもの。


 自分を中心にしているから、そこから離れているからわかりやすい。


 そしてもうひとつ――正確には三個の点が一緒になって近くまで来ている。


「とりあえず、今日はクエスト失敗ってことで」


 私がそう言うや、アリーナはそれこそ、絶望したような顔で、


「だ、ダメなんです……もしかしたら間に合わないかもしれない」


「でも、キリルがこの状態じゃ満足に薬草は探せないわよ」


 アリーナが必死になるのもわかる。わかるけど――、


「お母さんが、お父さんの代わりにワタシたちを育ててくれているんです。感謝したいけど気にしなくていいって」


「ちょ、ちょっと待って? お父さんいないの? いつから?」


「キリルが生まれてすぐ――ワタシたち家族をおいて出ていったんです」


 アリーナの声に父親への遺憾が込められていた。


 おそらく、母親が倒れたのはその父親のせいだろう。


 あまり触れてはいけない話だろうから私はその場に座り込む。


「ナタリアさん、いったいなにを?」


 アリーナがけげんそうな顔で訊いてきた。「ちょっと気になってね」


 私は『アイテムボックス』から薬とフラスコを取り出す。


「この森に入って最初に思ったのが魔素が少ないことなのよ」


「魔素が少ないとどうなるんですか?」


「この森に生息している魔物や植物なんかの栄養が行き渡っていかない――これがどういう意味かわかる?」


「薬草の品質が落ちている?」


 私は正解だとうなずいてみせた。


 試験管の中に手製の、魔素の濃度がはかれる薬品を入れて、その中に、足元の雑草を千切って入れた。


「本来なら魔素が濃ければ濃いほど赤くなっていくんだけど」


 試験管の中に入れた薬品の色が青になっている。


「それじゃあ、本当に魔素が少ないんですか?」


「もちろん、色々と考えられることはあるけど」


 さて、どうしたものか。


 私一人ならこれくらいの森はどうってことはない。


 だけど今は幼い姉弟のクエストに付き合っている。


 二人はこのクエストをやめるつもりはないどころか、やめられない理由がある。


 だからこそ、私は二人に尊重する。




「う、ううん」


「キリルッ?」


 キリルが気付き目を覚ますや、


「大丈夫? なんともない?」


「う、うん」


 アリーナが目に涙を浮かべながらいうものだから、キリルは面食らった顔で困惑していた。


「さてと、しばらく休んだら採取の再開をしましょうか」


「――えっ? でもさっきクエストを中止して街に戻ったほうがいいって」


「冒険が危ないことは身を持って知ったでしょうからね。今度はきちんとクエストをクリアする心得を教えてあげる」


 私がそう言うや、アリーナとキリルはお互いを見やった。


「冒険者の心得。『冷静』・『判断』・『覚悟』・『恐怖』」


 そう話すと、アリーナは首をかしげた。


「冷静は状況を見ること。判断はそれを瞬時にただしい行動を取ること。覚悟は立ち向かうこと――最期の恐怖は?」


「それはね、ここではあえて教えない」


 私は、ふたたび試験管に薬品を入れて、今度は木肌をナイフで削り取り、木に含まれている魔素を調べる。




……やはり魔素が少ない青の色だった。




 ◇




 ユーリがイリスとオルガとともに森の中へと入ってしばらく経ってのことだ。


「さぁて、可愛い可愛いお花ちゃん、はやくボクのもとにやって来なさい」


「ユーリさま、花は動きませんよ」


 イリスが愛想笑いで言う。


 もちろん本心は『やっぱり阿呆だこの勇者』である。


「ユーリさま、近くに魔物がいるようです」


 警戒を――とオルガが付け加えようとするや、


「そんなことわかってんだよ? オレが魔物に負けるわけねぇだろ」


「出すぎたマネをしてしまい、申し訳ございません」


 ユーリに睨まれ、オルガは頭を下げた。


「それにこんなところの魔物だ、そんなに怖くないだろ」


 どこからでてくるんだその自身は――とイリスとオルガは思った。


「――でも、魔物が近くにいるのは本当なんでしょ?」


「えぇ、ナタリアからもらった石版タブレットに出ているアイコンが、わたくしたちの他にひとつ増えていますね」


「警戒に越したことはないね」


 イリスは目を閉じ、魔法を詠唱する。「プロテス」


 ユーリの体全身を青いオーラがまとう。


「ははっは、イリスは心配症だな」


 ユーリがイリスにサムズアップする。


「ユーリさまなら大丈夫だと思いますが、念の為にですよ」


 イリスはそう言いながら、オルガが手に持った石版を覗きこむ。


「一マスだいたい100メートルだっけ?」


 マスは上下10マスで区切られており、ナタリアがもっているもの同様、持っている人間を中心としてマーカーとの間合いを測ることができる。


 その追加されたマーカー。ナタリアがつけた魔物のマーカーがユーリの元へと近付いているのである。


「うぎゃぁあああああああっ!」


 いつの間に先に進んでいたのか、ユーリの汚い悲鳴が森の中で響き渡った。




 ◇




 ――頭がいたい。


 それこそ聞きたくないものを聞いて不快な気分になる。


「どうかしたんですか?」


「――んっ? ちょっと遠くで音がしたんだけどね」


「もしかして、さっきの魔物が?」


 キリルが、震えた声を上げる。


「それならはやく薬草を見つけて、必要な分を取ったら切り上げたほうがいいわね」


 最悪、森を抜けて――は無理だな。多分それをすると間に合わなくなりそう。


「ふたりとも周りに警戒しつつ、薬草が群生していないか探してみて」


「あっ、ありました」


 キリルが指さした先に開けた場所があり、そこを『夜目』で見てみると、たしかに薬草が群生していた。


「よし。後は魔素の品質が高かったらある程度摘んで――」


 アリーナとキリルを連れて、そこへと向かった時だった。




「ぎゃぁあああああああああっ!」


 バキバキと、慌ただしく落ちている木の枝や葉っぱを踏みながら、それこそ逃げる猪のように、木々の間からユーリが飛び出してきた。


「げぇ? ナタリアぁ?」


 私に気付いたのか、ユーリはおどろいた顔で私を見る。


「あっ!」


「なんで、お前がこんなところ――ぶっ!」


 ばちん――と、木にキスをするユーリは、そのままズルズルと倒れこんだ。


「え、えっと今の人は?」


「あぁ、気にしなくていいから。ただの馬鹿だから」


 アリーナが呆然とした顔で訊いてきたのを、私は苦笑を浮かべながら答えた。


「だけど、こんなところでユーリが出てきたってことは」


 ユーリが出てきたところへと視線を向けた。


 薄闇の中に赤い瞳が浮かび上がった。


「――アリーナ、キリルを全力で守りなさい」


 私は魔物を見据え、バッグから丸いたまご型の、お手製手榴弾を取り出して、


「まずは牽制――ッ!」


 魔物にぶん投げる。


「ぐぅおぉっ!」


 魔物は手榴弾を手で払い落とした。「うそぉ?」


 衝撃を与えたら爆発するタイプなんですけど?


 もしかして、私がぶつけたやつで学習した?


「ナタリアさ……ッ!」


 アリーナとキリルが私のところへと駆け寄る。


「ふたりは急いで薬草を摘んで。あの魔物は私がどうにかする」


「わ、わかりました」


 魔物を警戒しつつ、アリーナたちが薬草摘みが終わるまでは動けない。


 いや、それ以前にどうしてユーリがこっちに来た?


「ぐぅぬぅ」


 ぐるりと、魔物は私に意識を向けた。


「ぐぅおおおおっ!」


 魔物はけたたましい咆哮をあげ、私に向かって突進してきた。


「ナタリアさんっ!」


 アリーナとキリルが悲鳴をあげた。――




 ――ザシュッ!




 風を劈く銀の鏃が、魔物の左目を射抜いた。


「ぐぅのおおおおおぉっ!」


 あまりに唐突だったのか、魔物はその場にのたれまわる。


 それを逃さんとばかりに、鏃の雨が魔物に襲いかかった。


 血塗れになりながらも、魔物は立ち上がる。


 その赤い目をアリーナたちに向けるや、襲いかかろうと飛び上がった時だった。




「スロウッ!」


 グンッ――と地面が揺らいだ。


 魔物が、アリーナに手を伸ばすが、上から重力が掛かり動きが鈍くなっている。


「ぐぅぬぅううおおお」


 アリーナとキリルは、逃げるようにゆっくりと立ち上がる。


 魔物はそれこそ手を伸ばした。


 まるで逃してはいけないと言われているかのように――。


「ナタリアッ」


 ユーリが出てきたところから、イリスとオルガが飛び出してきた。「魔物は?」


「――動けないでいるけど」


「それならあの子達も危ないのでは?」


 オルガがそう訊いてきたが、


「わからないけど――あの魔物なにかから守ろうとしていたんじゃ」


 自分でもなにを言っているのかわからなかった。


「だけど、人を襲った魔物は殺さないといけないのでしょ?」


 イリスが焦燥とした声で言う。「そうだけど――」


 自分でもわかっているのに判断とその覚悟ができていない。


 ――魔物が人を襲う大きな理由は空腹だ。


 だけどその空腹も、魔素という栄養素がなければいくら食べても――。


「そうか――」


 私は、アリーナとキリルの元へと歩み寄る。


 そして、そこに群生している薬草を一枚摘んだ。


「ぐぅぬぅうううっ!」


 すると、魔物は「やめて」と言わんばかりに苦痛に満ちた声を上げた。


 試験管の中に魔素を調べる薬品を入れ、薬草を入れると――、薬品は真っ赤に染まった。


 魔素が多く含まれている証拠だった。




「そ、それって」


 試験管を見て驚きを隠せないでいるアリーナとキリルは、動けずにいる魔物を見やった。


 その魔物は、もう動けないと、荒い呼吸をしているだけ。


「イリス、魔法を解除してあげて」


「ちょ、ちょっと? そんなところにいたら殺されるわよ?」


 慌てたように困惑した顔を浮かべるイリスに、


「ナタリアが考えもなしに行動はしないはずです。大丈夫――あの魔物からは殺気を感じられません」


「あぁ、もうっ! どうなっても知らないからね?」


 オルガに説得され、イリスは魔物に掛けた魔法を解除した。




「ぐぅ……ぬッ」


 どうして――と言っているのだろう、魔物は困惑した顔で私を見た。


「他の場所の魔素は少ないのに、ここだけ他より魔素が濃い。つまり――あなたは人がこの場所を見つけないようにいつも見回っていたのね」


 そう訊ねると、魔物はジッと私を見た。――それが答えなのだろう。


「そうか、ほかと比べて栄養のある場所が人間に見つかったら」


「摘み盗られて自分たちが口にする物を失ってしまうということですね」


 イリスとオルガも、魔物がそういう行動をしたことに納得する。




「だけど――この子たちにもそれをする覚悟があるの」


「覚悟――」


 輪唱するように、アリーナとキリルが口にする。


「あなた達がしていることは、魔物が生きるために必要な食料を奪っているのと同じことなの」


「――だけどワタシたちだってお母さんを助けたくて」


 アリーナがオルガに抗議する。


「だからこそ、わたくしたち冒険者は魔物に殺される覚悟がないといけないのです」


「えっ……」


 オルガの言葉に、アリーナとキリルは呆然とした声をあげる。


「魔物の中には自然に溶けこんで、人を襲わないおとなしい魔物もいます。だけど自分が大事なものを盗られようものなら必死でそれを守る」


 オルガは、視線をアリーナやキリルと同じようにする。


「だからわたしたちはもうひとつ覚えておかないといけないことがある」


「それって、もしかして――『恐怖』ですか?」


 アリーナがそう答える。「それはどうしてか分かる?」


「いえ……ナタリアさんも教えてくれませんでした」


「それはね――死ぬことへの恐怖を常に持つこと。生きることを諦めないってことなの」


 イリスの言葉に、アリーナは魔物を見た。


 この魔物も、冒険者に殺される覚悟でここを守っていただけ。




 イリスがゆっくりと魔物に歩み寄った。


「ナタリア、これは貸しだからね」


「あとで美味しいお菓子をごちそうするわ」


 私がそう答えると、「覚えておくからね」とイリスはちいさく笑った。




 イリスは目を閉じ、詠唱をはじめる。


完全回復パーフェクト・ヒーリングッ!」


 イリスの足元に魔法陣が展開されると、サークルは大きく拡大されていく。


 それこそ、森全体を包み込むように――。


 あたたかいひかりが倒れている魔物をはじめとして、森の木々を蝕んでいた瘴気を払っていく。


 現れたのは、木漏れ日が眩しいきれいな森林の輝きだった。


「きれい――」


 アリーナとキリルが目をしばたたかせながら、周りを見渡した。


「さすが、我が国きっての聖女様」


「あははっは、これくらいの範囲。余裕のよっちゃんってね」


 イリスは、ほれ見たかと、ない胸を張る。


 これで見た目がロリビッチなのが残念でしかたがない。




「それじゃぁ、ナタリア」


「えぇ、この子たちのクエストをちゃんとしないとね」


 私は姉弟が摘んだ薬草から二枚ほど拝借する。


錬金釜展開オープン・キッチン


 空間に大きな錬金釜が出現する。


「ご依頼通り、ポーションを錬金するからちょっと待っててね」


 言って、私は薬作りに集中した。




「ふたりとも、ナタリアがどうして銀等級なのか知ってる」


「えっと、錬金術での評価だって言っていました」


「それだけで銀等級になるほどランクアップは甘くないわよ」


「それじゃぁ――」


「よし、できた」


 私は錬金釜から小瓶を取り出すと、アリーナに渡す。


「これをお母さんに飲ませてあげて」


「あ、ありがとうございます」


 アリーナとキリルは頭を下げると、お互いに笑顔を向けた。


「それで、二人に相談なんだけど」


 私は、視線をイリスとオルガに向ける。


「わかってる。ふたりをわたしたちがいた町まで送り届けて欲しいんだよね?」


「その依頼料はもらわないと――」


 オルガの言葉に、アリーナは、


「だけど、ワタシたちお姉さんたちに払うお金が」


 と、申し訳ないといった表情を浮かべる。


「大丈夫よ。子供から巻き上げるほど困っていないからね」


 イリスは、アリーナとキリルの頭を撫でる。


「それに、わたしたちにとっての最高の報酬は――」




 ◇




「お母さん……ッ!」


 町に戻ったアリーナとキリルは、ベッドに臥している母親の元へと駆け寄った。


「お、お帰りなさい二人とも――」


 ゆっくりと起き上がろうとする母親を、アリーナが支えた。


「お母さん、親切な人からお薬をもらえたんだよ」


「お前たち――まさか変なことはしていないんだろうね」


 驚いた顔で叱ろうとしている母親に、


「お母さん、二人は貴女のためを思い、森まで薬草を採りに行っていたんです」


 イリスがそう説明した。「あなた達は?」


 母親は、イリスとオルガを訝しげな目で見る。


「森の中で迷っていた二人をここまで送り届けたものです」


「それはご親切に」


 母親は頭を下げる。


「ですが、このような貴重なものを――」


「こんな幼い子供に心配をかけた時点で、貴女に文句をいう資格はありません」


 渋る母親に、オルガは一喝した。


「あっ……」


「その薬に使った材料は、ふたりがお母さんを助けようという、ただそれだけの理由で危険なことをした結晶なんです」


「それを無下にするのは、母親失格じゃないですかね?」


 母親は、アリーナが手渡した小瓶を見つめる。子供が自分のために――。


 そう思いながら、小瓶のコルクを抜き、中の液体を一気に飲み干した。




 するとどうだろう。


 母親の痩せこけた肌がゆっくりと、肌理細かい肌ツヤの良い身体へと取り戻していく。


「お母さんっ!」


 一目見ただけでも回復したことがわかる母親に、アリーナとキリルは飛び込むようにして抱きついた。


「こら――お客様の前ではしたないですよ」


 母親は優しい声で姉弟を叱った。




「これでクエストクリア――かな」


 イリスは、母親が飲んだポーションの小瓶をくすね、家から出るとそれをじっと覗きこんでいた。


「しかし、ナタリアにも困ったものですね」


 オルガは翠眼を淡く光らせた。


 イリスが手に持っているナタリアのつくった小瓶を鑑定したのだ。




【エリクサー(空) 品質・最上級 死以外のすべての状態異常を回復させる】




「まぁ、それを平然と錬成つくってしまうから銀等級になれたというかなんというか」


 イリスは、苦笑を浮かべる。


「まぁ、だからこそわたくしたちはユーリではなく――ナタリアと一緒に旅をしていたのですがね」


 オルガも眇めるようにして苦笑を浮かべて言った。




 ◇




 アリーナとキリルを、イリスとオルガに任せた私は、森の出口を抜けて、外へと足を踏み入れた。


「さてと、どこに行こうかな」


 まずは近くの、人が住んでいる集落か村で、拠点を得ることだな。


「そういえば、なにか忘れているような――」


 まぁ、いいか……。




 ◇




 森が魔素を取り戻した――からと言って、魔物が駆逐されたわけではない。


 むしろ、魔素が多く含まれた草や木の実のお陰で、逆に強くなっているのが現状。


 そんな、生まれ変わった森の中で、


「くぅそぉー誰かぁ、だれか助けてくれぇ」


 一人の阿呆な男の悲鳴が木の上から聞こえている。


「オレはなぁ勇者だぞ? 勇者がこんな目にあっていいのかよ?」


 ユーリが悲鳴をあげた時だった。


 ――バキッ!


「あっ……」


 しがみついていた木の太い枝が無惨に折れてしまい、ユーリは地上へと叩き落とされる。


「いてててて」


 ユーリの目の前で数匹の魔物の目が見つめている。


「えっ? あ、ああああああああああ……」


 ユーリの悲鳴が、森の中でひびいた。




 ――数日後、森を探索していた冒険者によって、一人の冒険者の哀れな姿が発見された。

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